第170話 弓月の刻、報酬を提示される

 「ここなら誰にも邪魔されぬじゃろう」

 「疲れましたね……」


 ルード軍の天幕から僕たちはアリア様の天幕へと移動してきました。

 国境の壁を越えた先なので、アルティカ領に一応戻ってきた形ですね。


 「みんな、大変そうでしたね」

 「そりゃそうじゃ。あれだけの戦いがあったからな、死者が0とは行かぬじゃろ」


 アリア様とアンリ様の指揮が良かったのか、フォクシアの兵士に死者はいませんが、他の軍ではそれなりに死者が出ているみたいです。

 特に、虎王のトーマ様の所が特に酷いみたいです。


 「アリア様はここに居ていいのですか?」

 「うむ、後の事はアンリに任せてあるからな。これも勉強じゃよ」


 アンリ様も大変ですね。

 死者こそいないものの、傷を負った兵士や武器や防具などの確認、他の軍と今後の打ち合わせなどに奔走しているみたいです。

 まぁ、魔物を倒しましたから帰りましょうとはいかないので誰かがやらなければならないので仕方ないですけどね。


 「で……なんでシノさん達までついてきているのですか?」

 「何でって、僕はもう皇子ではないからね、ルードに居座るのも変でしょ? 場を移しただけで、話し合いは終わってないからね?」


 話し合いと言っても、特にもう話す事はないと思いますけどね。


 「まぁ、立ち話もなんじゃ、座れ座れ」


 むー……アリア様がそう言うのなら、僕がシノさんを追い出す訳にはいきません。シノさんだけならともかく、アカネさんもルリちゃん、外には何故かシノさんの第一騎士団長デインさんまでついてきていますしね。

 そして、丸いテーブルを囲むように僕たちは座りました。


 「では、改めて話し合いを進めようかの」

 「それで、何を話し合うのですか?」

 「うむ、お主たちの今後についてじゃな」


 僕たちの今後ですか。

 そんなのは決まっています!

 ついにその時が来た! ですからね!


 「僕たちは何処かに家を建ててのんびり暮らすために、まずはお金を集めようと思います」


 僕たちの資産ではまだまだ足りないみたいですからね。

 少しでも早く家を建てる為にも、冒険者として仕事を探すのが第一ですね。


 「僕と宰相も同じかな。まぁ、僕たちはお金だけは有り余っているから探すのは土地だけだね」


 ちゃっかりしてますね。

 ルード帝国で稼いだお金をしっかりと持ってきたみたいです。

 別に、それはシノさん達が頑張って貯めたお金なのでいいと思いますけどね。

 だから羨ましくはないですよ?


 「そうかそうか。お主たちの目的が変わっていないようで何よりじゃな」

 「はい、その為に今日までやってきましたからね!」

 

 本当はもっとすんなりとアルティカ共和国に来れる予定でしたけどね。事件に巻き込まれたり、足止めをされたりと思った以上に時間が掛かってしまいました。

 その代わり、色々な報酬のお陰で夢には近づけましたけど。


 「うむ。では、ユアン達の助けとなるよう、先に報酬の話をしておこうか」

 「そういえば、そんな話もありましたね。ですが、僕たちはこの戦いでほとんど出来た事はありませんでしたよ」


 振り返ってみればわかります。

 アリア様の助けとなれたのは、最初に防御魔法をかけたくらいです。

 後は戦場を行ったり来たりして、ユージンさん達と一緒に戦って、最後は助けられて……正直、胸を張って頑張ったとは言えない成果だと思います。

 最後の魔物を倒したのもシノさんでしたしね。


 「そうかの?」

 「はい。もっと出来た事はあったと思います。なので、シノさん……手助けが出来なくて申し訳ありませんでした」


 僕がこの戦いに参加した理由の一つにガロさんからの伝言で白天狐が手助けを求めている、と言われたからでもあります。

 

 「構わないよ。戦力としては最初から宛にしていなかったからね」


 うー……そう言われると、すごく悔しいですね!

 確かに、攻撃に関してはシノさんの方が僕よりも遥かに凄かったですけど……いえ、攻撃だけではありません。僕では防げなかったあの光線もシノさんは防いでいましたし……何も言い返せなくなります。


 「大丈夫大丈夫。僕がユアンに手助けを求めるのはこれからだからね?」

 「これからですか?」

 「うん。だから、お願いしてもいいかな?」


 あれだけ凄かったシノさんが僕に手助けして欲しいと言っています。

 まだ、何かあるって事ですよね。


 「わかりました、今日の戦いで手助け出来なかった分、出来る限り手助けさせて頂きます」

 「うん。助かるよ……って事でアリア?」

 「おばちゃんをつけろと言っておろうが!」


 僕からするとおばちゃんと呼ばれるのは年を重ねたみたいで嫌ですけどね。

 それに、アリア様の見た目はまだまだ若いです。20代後半と言われても信じてしまいそうな程に。


 「今度からね。それよりもユアン達に報酬でしょ?」

 「約束じゃからな? で、ユアン達の報酬なんじゃが……」


 アリア様がにたーっと笑いました。

 その笑顔が凄く怖いです。嫌な予感がしますよ!


 「ユアン達の報酬は……フォクシアの近くにある村の領地じゃ!」

 「りょうち?」


 えっと、りょうちって……領地?


 「って、領地ですか!?」


 一瞬考えてしまいましたが、領地は領地です!

 つまりはその土地を丸ごと渡され、そこを管理しろってことですよね?

 丸ごとはもちろん村も人も含めてです。

 

 「いりません! もっと、まともな報酬でお願いします! いえ、むしろ報酬すらいりません!」


 領地を治めるという事は、同時に領主となる事を意味しますよね。

 そして、領主という事はローゼさんみたく貴族になるという事……でもありますよね?

 その辺の仕組みは僕ではわかりませんけど。


 「ま、貴族になった方が、色々と便利じゃろうな。村人も迂闊に逆らえないしな」

 「僕はそんな権力はいりません! なので、報酬はなしでいいです! ね、みんなもそう思いますよね?」


 そんな面倒な事はしたくないです。

 僕は人を管理するのではなく、怪我した人や病気の人を治したりして生計をたてたいですからね!


 「報酬はなしか……それは、ちっとばかし困るのぉ」

 「何でですか? 報酬を渡さなければ、損はしませんよね?」

 「そうでもないぞ? フォクシアの中で、一番の功績をあげた者をあげるとすれば、間違いなくお主ら、弓月の刻じゃ」

 「そうなのですか?」


 アリア様達がどんな活躍をしたのかは聞いていないので、それだけでは何とも言えませんね。


 「そうじゃよ。ルード帝国との友誼を結べた功績も含めれば間違いないな」

 「それが、報酬となんの関係があるのですか?」


 僕たちが一番功績をあげ、それに見合った報酬を提示されても、僕たちが断れば、その報酬を他の頑張った人にあげればいいと思います。

 

 「それが、簡単には行かぬのじゃよ……なぁ、シノ?」

 「そうだね。僕とユアンで例えようか……今回の戦いにおいて僕と君、どちらが活躍したかな?」

 「それは、シノさんだと思います」


 誰が見てもそう答えるほど、その差は歴然としています。


 「で、だ。もしその状態で、僕とユアンの両名に報酬を提示され、僕が断ったら君はどうする?」

 「難しいところですが……報酬次第では受け取る、かもしれないです。ですが、受け取っていいのか考えてい増します」

 「まぁ、そうだろうね。ユアンみたく考えた末に受け取る者と僕が受け取っていないのだから、自分も受け取れないと思う人に分かれるだろうね。少なくとも大多数の人がまずはどうするかと考える筈さ」


 確かに僕も考えました。

 正直な所、その状態で受け取って良いのか悪いのかわかりませんからね。


 「じゃから、ユアン達が報酬をいらないと言ったならば、他の者も受け取りづらくなるじゃろうな……しかも、黒天狐という存在が無償でアルティカ共和国を助けたとなれば余計にな」


 そこで僕の髪が黒い事を利用するのですか!

 うー……つまりは、僕たちが報酬を受け取らなければ、他の人も辞退する可能性が高いって事ですよね……。


 「せめて、別の報酬はないのですか?」

 「うむ、もちろんあるにはあるが……他の者にも家を与えたりするからな。ユアン達の報酬が低ければ低いほど同じことはきっと起こるな」

 

 お金を直接頂く方法もありそうですが、それを僕から聞いてしまうと、僕がお金にがめついと思われそうなので、それも嫌です。

 結局の所、他の人の事を考えたら受け取る以外に選択肢はなさそうです。

 

 「って訳じゃ……大人しく、領地を受け取ってくれるな?」

 「それが、狙いだったのですね……」


 大人しく受け取れって言っているくらいです、理由をつけて渡すつもりだったのがわかります。

 

 「じゃな。それに、ユアン達は私が住んでいるフォクシアよりも、落ち着いた場所の方がいいじゃろ?」

 「まぁ、そうですかね?」


 フォクシアの街並みは綺麗で、人も多く、物流も盛んに思えましたが、暮らす場所と考えると少し落ち着きません。

 もっと、自然に溢れて人の生活も緩やかな時が流れているような場所の方が僕は好きです。

 何か買い物をしたかったら、こっそりと転移魔法陣でフォクシアなりトレンティアに行けばいいだけですしね。


 「うむ。なら、ユアン達に与える領地は悪くないぞ?」

 「そうなのですか?」

 「うむ、きっと気に入るじゃろうな」


 アリア様はそうは言いますが、見てみない事には信用できません。

 もし、自然豊かでも領地に住む村や街がスラム街みたくなっていたら困りますからね。


 「少し、考える事は出来ませんか?」

 

 だから、そんな直ぐに決める事は出来ません。


 「無駄だと思うよ?」


 なのに、シノさんはそんな事を言います。


 「どうして、無駄なのですか?」

 「だって、アリアはユアン達に領地を渡す頭でいるからさ」

 「はい、だから考えさせて欲しいと……」

 「考える必要がないのさ。話が出た時点で決まった事だからね。僕だったら、君たちにこの場で爵位を授け、領地を任せる手続きをすぐにとるよ? アリアだったらどうするんだい?」

 「おばちゃんな? まぁ、ユアン達が断ったらそうするつもりでいたな」


 ホントに退路を断たれていました!

 けど、そんな事が可能なのでしょうか?

 例え、アリア様が女王だとしても……。


 「それが、権力じゃな。それが許される為に日ごろから民を護っている」

 

 どうやら可能みたいです。


 「なら、何処か別の国に……」

 「それも無駄かな?」

 「どうしてですか?」

 「ルードにはエメリアがいる。ユアンが戻ったのなら同じような理由で、ユアンに爵位を渡し、アリアの血縁者として扱うだろう」

 「僕は獣人ですよ?」

 

 だから、人族が中心となった国で……。


 「ローゼはハーフエルフだよ?」

 「あ……」


 前例がいました。

 となると、ルード帝国では無理ですね。


 「なら、魔族領は……」

 「こんな問題があった直後にかい?」


 自分からトラブルに飛び込むようなものだとシノさんは言います。

 間違いないです。


 「それじゃ、別の国に……」

 「安心せい、倭の国にしろ、別の国にしろ繋がりは何処かしらある。私が根回しをしてやるぞ?」

 「酷いです!」


 八方塞がりになってしまいました!


 「うー……」

 「別にユアンを困らせるつもりではないんじゃがな……。アンジュ姉さまの娘に幸せになって貰いたい、ただそれだけじゃ。領地と言っても、私の権力で税もとらんし、役員も派遣するからな。要は形だけの領主になって貰いたいんじゃよ」


 僕たちはその領地の管理者としてお人形をしていればいいとアリア様は言ってくれます。


 「な? どうじゃ?」

 「僕だけは決めれません……報酬は弓月の刻に、ですよね?」

 「うむ。そうじゃな。ユアンだけではない、他の者の事も私が評価しての事じゃからな」

 「みたいですが……皆さん、どうですか?」


 僕だけでは決めれないですし、みんなで決めたのなら納得できます。

 

 「私はユアンと一緒なら何処でもいい」

 「どっちにしろ押し付けられるのなら、自分たちで決めたいよね」

 「そうですね。どう転んでも同じならば私達でやると決めましょう」


 つまりは、受けるしかないのなら押し付けられるのではなく、自分たちでやると決めるって事ですね。


 「わかりました、アリア様」

 「うむ……答えを聞こう」

 「はい、有難く報酬の方を頂きます」

 「うむ! ユアン達ならそう言ってくれると思ったわい!」


 正確には言わされた、ですけどね!

 って事で、僕たちはフォクシア領の。とある村だか街を管理する事になりました。

 なんか、凄くやられた感じがします。

 いえ、実際にやられましたね。

 でも、領地には既に家とかもあるみたいですし、結果的に家は手に入りましたね。

 念願のアルティカ共和国の家です!

 それだけはちょっと楽しみですね!

 ですが、話はそれだけではありません。

 問題は、これからの話題です。

 僕はそれを乗り切らなければならないと知っています。

 なので、僕はアリア様からその話が振られる前に、対策を練る事にしました。

 僕の目的を叶えるために!

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