第171話 弓月の刻、領地を授かる

 「ふんふ~ん!」

 

 アリア様が鼻歌を歌っています。凄くご機嫌そうですね。

 まぁ、それもその筈です。アリア様の思い通りに事が運んでいるからです。

 僕だって狙い通りに事が運べば嬉しいです。それが、アリア様の目的が最高の形になりかけているのでしょうから、それも仕方ありません。

 

 「そうと決まれば領主を決めなければならぬな!」


 そうですよね、やっぱりそうなりますよね。

 領地を頂き、それで終わりとはいきません。

 その領地を管理する為に、絶対に領主が必要となります。


 「という訳じゃ……となると、勿論ー……」


 アリア様が僕の方を嬉しそうにみています。

 アリア様だけではありません、シノさんもアカネさんも、僕の仲間も全員が僕を見ているのがわかります。

 わかりますよ、どうせこうなると思っていましたから……。

 だから、僕は……。


 「スノーさん凄いですね! 領主ですよ、領主!」

 「えっ!?」


 アリア様が僕を指名する前に、僕はスノーさんの名前を大きな声で呼びあげます!

 ですが、これだけでは領地を頂き、領主となれる事に喜んでいるだけにしか聞こえません。

 なので、明確にする必要がありますね!

 スノーさんが領主に選ばれたのだと!

 

 「ルード帝国でも貴族ですし、領主となれば、アルティカ共和国でも貴族って事ですよね? スノーさん凄いですね!」

 「ちょ、ちょっと!?」


 これが僕の秘策です!

 僕が指名される前に、他の人を指名しちゃおう作戦です!

 スノーさんが慌てて僕を止めようとしますが、時すでに遅しです。

 


 「うむ……確かに今後の事を考えれば、それも有りかのぉ?」

 「そうですよ! それに、スノーさんはただの貴族ではなく、エメリア様の騎士団副団長でもあります。ルード帝国とアルティカ共和国との繋がりが目に見える形でわかりますよね!」

 「うむ。確かにな……獣人の国に人族の者が領地を持ち、人族の国に獣人の者が領地を持つといった可能性が今後広がるかもしれん」

 

 そうなれば、ルード帝国とアルティカ共和国は友好国として見られるかもしれませんね。


 「ちょっと、おかしいよ? この流れだとユアンが領主でしょ! ね、シア? ユアンが領主だったら、従者のシアも嬉しいよね? みんなから認められるんだからさ!」

 

 むむむ……。

 スノーさんはシアさんを味方につける作戦で来ましたか。

 

 「うん、ユアンは凄い。みんなに認められると嬉しい」


 ですが、そうはいきませんよ!

 僕とシアさんの繋がりを舐めて貰っては困ります!


 『シアさん、僕が領主になったら、忙しくて一緒に居られる時間が少なくなりますよ? 僕、淋しいです」

 『それは困る!』

 『だから、僕は領主は嫌です……シアさんと一緒に過ごせる時間がいっぱい欲しいです』

 『私も。ユアンは正しい』


 シアさんは僕を見つめ、ゆっくりと頷きました。

 僕の念話で僕の思いが伝わったみたいです!


 「……けど、スノーの方が適任」

 「どうしてそうなるの!?」

 「スノーも凄い。頑張る」


 ふふん! シアさんも僕の味方になりましたよ!

 となると、後はシノさん達と、キアラちゃんですね……。


 「僕はどっちでもいいけど、アカネはどう思う?」

 「スノーさんの方が適任だと思います。先ほど話があったように、今後の付き合いを考えれば悪い話ではありません」

 「ルリはよくわかんない!」


 少なくとも、アカネさんはこっちの味方……とは違いますが、スノーさんを推していますね。


 「うぅ……きあらぁ」

 

 そして、残るはキアラちゃんです。

 

 「えっと、スノーさん以外にも適任がいるかもしれません。例えば、シノ様やアカネさんじゃ、ダメなのかな?」

 「僕かい? 僕がなっても意味はないと思うよ」

 「私もですね。ルードを捨てた身でありますから」


 ですが、それはエメリア様の対応次第で変わると思います。

 最初からルード帝国とアルティカ共和国で交換する目的とでも言えば、どうにかなると思います。


 「だけど、一つだけ言っておくよ。意見が纏まりかけた時、絶対に反対意見が出るものだ。そして、反対意見を言った人が、責任をとる事になる」


 今、スノーさんが領主に一番この中で相応しいと決まりかけています。

 ですが、ここで反対意見が出たら……つまりは、スノーさんで決まらなかったら、キアラちゃんが次の候補に上がるって事になります。

 これはシノさんのナイスな手助けですね!

 シノさんは僕を助ける意図で言った訳ではないかもしれませんが、凄く助かる意見です!

 それを聞いたキアラちゃんの顔が強張りました。

 スノーさんが領主になる事を反対したら、次はキアラちゃんが指名される事になる。

 暗にそう言われているのですから当然ですよね。


 「そうじゃなぁ……エルフ達との交流を考えればそれも悪くないな?」


 そして、更なる追い打ちがアリア様から飛んでいきます。


 「ひっ……スノーさん! 私が支えるから、頑張ってね! 領主のスノーさんもきっと素敵だから……」

 「キアラが裏切ったぁぁぁぁ!」


 キアラちゃんも陥落です。

 そうですよね、誰だって領主なんてやりたくないですからね。

 

 「という訳で、領主はスノーさんにやっていただきます」

 「うむ! そのように手配しておこう。スノーよ、これからの働き、期待しておるからな!」


 スノーさんが項垂れています。

 ごめんなさい、ですが、仕方ないです。

 僕はただのんびり暮らしたいだけですからね。領主なんてやっている暇はありません!

 きっと、暇な時は多いですけど、暇はないです。


 「避けられないよね? 今からユアンに……ユアンじゃなくてもシアやキアラになったりはしないよね?」

 「私ができる訳がない」

 「私も遠慮したいです」

 「スノーさんしかいませんね!」


 そうなんです!

 どう考えてもスノーさんしかあり得ません!


 「わかりました、その役目、受けさせて、頂きます……」


 どうしようもないと悟ったスノーさんがぽつりぽつりと言葉を区切りながら了承しました。

 

 「だけど、私が領主って事は、ある程度の人事は選んでいいんだよね?」

 「うむ、お主の管轄だ。フォクシアに悪影響が出ぬのなら構わぬぞ?」

 「わかりました」


 ようやく顔をあげたスノーさんが笑っています。

 僕たちを順番に見渡しながら、不敵に笑っています!

 スノーさんのあんな笑顔は見た事がありません……すごーく、嫌な予感がします。


 「ふふふっ、楽しみだね……ね、ユアン?」

 「は、はい! そうですね?」

 「色々と大変そうだね、シア?」

 「出来る事は手伝う」

 「そうだよね。仲間だもんね……キアラ?」

 「と、当然だよ!」


 あれ、もしかしてもっと悪い状況になっていたりしませんよね?

 スノーさんが今何を考えているのかわかりませんが、不敵に笑う姿はシノさんの悪い笑顔を連想させます。


 「ま、その辺は追々と決めていくが良い」

 「はい、そう致します。アリア様もご協力お願い致しますね?」

 「う、うむ。頼りにしとるぞ?」

 「はい、こちらこそ」


 いつものスノーさんではありません!

 凄ーく怖いです。顔は凄く優しい顔をしているのに、それが逆に怖いです!


 「で、僕たちが住む場所はどこにあるのかな?」

 

 スノーさんがそんな状態になっているにも関わらず、シノさんは関係ないといった風にアリア様に話しかけます。


 「……って、シノさんも来るのですか?」

 「うん? そのつもりだけど?」

 

 当たり前じゃないか。そんな感じでシノさんは言っています。


 「いえ、他で探してくださいよ」

 「どうしてだい?」

 「どうしてって、理由はありませんけど、何か嫌です。アカネさんとルリちゃんはいいですけど、シノさんは嫌です」

 

 あ、でも。シノさんはアカネさんと結婚するつもりと言っていましたので、シノさんを断ると同時にアカネさんも断る事になってしまいますね……。


 「シノ様、私はシノ様と一緒でしたら、何処でも構いませんよ?」

 「うん、その気持ちは有難いよ。だけど、ユアンが約束を反故するとは思わなかったなぁ」


 約束の反故? 何の話でしょうか。

 

 「あれ、さっき僕たちの手助けしてくれるった言ったよね?」

 「言いましたね。なので、シノさん達が困ったら、その時は手伝いますよ」


 約束はしてしまいましたからね。

 

 「うん、そうだよね。それで、僕たちは今後暮らす場所に困っている訳だ」

 「アリア様の所で暮らせばいいじゃないですか」


 アリア様ならきっと面倒を見てくれると思います。


 「それはダメだよ。だって、僕やアカネを政治に利用しようとするだろうし」

 「そんな事はせぬぞ?」


 と、アリア様は言いますが、信用できませんよね。僕も嫌だと言ったのに、お祭りの日に紹介されましたし。


 「って事で、僕は困っている」

 「そうかもしれませんけど……僕が決める訳にはいきませんからね」


 領主がスノーさんになる訳ですからね。

 スノーさんの方が決定権を持っていると思います。


 「って訳だけど、スノー、どうかな?」

 「私が決めていいの?」


 領主となる事は決まりましたが、まだ領主ではありませんし、村の事もわかりません。

 そもそも、僕たちが……人族であるスノーさんが領主になる事で反発が起きる可能性もありますからね。


 「そこは私が抑えるから問題ない。まぁ、私が抑える必要が来る日はないと思うがな」

 

 穏やかな人が多い、って事ですかね?

 

 「それならいいんじゃないかな? よくわからないけど」

 

 ですね。

 正直な所、僕たちが勝手に色々とやっていいのかわかりません。

 村の風習的なものもあるかもしれませんので、僕たちが勝手な事をしてそれを変える訳にもいきませんしね。

 なので、明確な答えを出す事はできません。


 「もし、僕たちを受け入れてくれるのなら、アカネがスノーのサポートに回る事も出来るよ?」

 「是非とも一緒に来てください!」


 ですが、シノさんの一言で、スノーさんはあっさりと尻尾を振りました!

 比喩表現ですよ? スノーさんには尻尾はありませんけど、そんな感じで椅子から立ち上がり、頭を下げています。


 「うんうん。僕たちも助かるよ」

 「ですが、折角宰相という立場を捨ててきたのに、スノーさんのサポートに回る事になるのはいいのですか?」


 領主様のサポートになると、それなりに仕事があると思います。

 また同じような生活に逆戻りをしてはルード帝国に居た頃と変わらないですよね。


 「その程度の仕事であれば、片手間で終わるくらいですので問題ありません。それに、シノ様に任せられた仕事ですので」


 片手間で終わり、その程度と言ってしまうあたり、本当に仕事の出来る人なんだなと思います。

 僕ではどんな仕事があるかもわかりませんからね!


 「それじゃ、ここに居る全員がそっちに移り住むって事でいいのじゃな?」

 「うん、後は外で待機してるデインもお願いするよ。彼はどうしても僕たちについてきたいみたいだからね」

 「構わぬよ。どうせ、人はどんどんと増えていくじゃろうからな。一人二人増えた所で変わらないじゃろう」

 

 あっさりとデインさんの移住許可もおりました。


 「ここに居る全員って事は、ルリもいいのかな?」

 「いいんじゃないかな? シアの妹だし」

 「えへへっ、嬉しいんだよ!」


 キアラちゃんの方から、男の子の声で「マジかよ」と小さく聞こえた気がしましたが、きっと気のせいです。

 まぁ、一人二人増えても平気と言っていましたし、問題ないですよね?


 「ですが、これから人が増えていくという事はどんどん発展してる場所って事なんですかね?」


 その場所に見込みがなければ人が集まりませんからね。


 「それは、ユアン達次第じゃが……まぁ、人は集まるじゃろうな」

 「意外と凄い場所を貰っちゃいましたね」

 「いや、そうでもないぞ? 自然豊かな事以外は特別目立ったところではないからな」


 それなのに人が集まるのですか。


 「わかっておらぬようじゃな。黒天狐と白天狐が住む場所になるのじゃぞ? みんな恩恵を授かりたくて移住を希望するじゃろうな」

 「え……僕たちが原因ですか!?」

 「当り前じゃ。王族とは知らなくとも、知名度は十分にある。ある意味、観光地になりそうじゃな……となると、それに似合った名前をつける事も考えないとな」

 「名前ですか?」

 「うむ。まだその場所に名前はないからな。私の管轄から、スノーの領地となるのじゃから、名前くらいはあってもいいじゃろう」


 えっと、トレンティアやタンザみたいな名前をつけるって事ですかね?


 「なら、ユアン達がいる事がわかるように、天狐村や天狐街にしようか」


 さっきの仕返しとばかりにスノーさんが真っ先に候補をあげます。


 「それだと、スノー・クオーネ・テンコって名前になる」

 「あー……そうか。悪くはないけど、私は天狐じゃないし、無理があるね」


 ローゼ・アルカナ・トレンティア。

 ローゼさんの本名です。

 これと同じように、領地の名前が最後に入りますからね。変な名前をつけると困るのはスノーさんになってしまいますね。


 「まぁ、アルティカ共和国にはそんな風習はないから気にしなくともよいが、一応、ルード帝国の者が治める土地じゃし、その辺は任せようかの」


 アルティカ共和国は貴族名などもなく、シンプルに名前しかないみたいですね。

 なので、領地が名前に加わるのはアルティカ共和国でスノーさんが最初になりますね。


 「なんか、どんどん責任重大になっていく気がするんだけど……ホントに私を見捨てないでね?」

 

 スノーさんが不安そうにしています。

 ですが、それだけは大丈夫です。僕の目的が、夢がそこにありますからね。

 何よりも、みんなと一緒に、弓月の刻を続けたいですから。


 「ま、領地の件は前から進めてあったから、後は内容を詰めるだけじゃし、この辺でいいじゃろう」

 

 その後は、報酬以上に大事な話はありませんでした。

 なので、夕方も近づき、一夜だけ国境で過ごし、僕たちはフォクシアと戻る事になりました。

 当然、全ての人が戻れる訳ではないので、アンリ様と一部の兵士が残る事になりましたけど……頑張ってください。

 そして、僕たちは翌朝、フォクシアへと戻りました。

 誰か、忘れている人がいた気がしましたけど、きっと気のせいですよね?

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