第169話 皇女たちの道
「そんな……そんな理由で」
「エメリアにとってはそんな理由と思うかもしれないけど、僕たちにとっては大事な理由だからね?」
「エメリア様が遊ばれていた時間を私達が今度を過ごすだけですので」
「だから、今まで遊んできた分、エメリアと、特にエレンには頑張って貰うつもりだから覚悟してね?」
「私もか?」
「当り前さ。言ってしまえば君が王族としての責務を一番果たしていない。ルード帝国の一番上に立てとは言わないけど、エメリアを違った面で助けるのが君の役目だよ?」
皇子様が抜け、継承権がどうなるのかはわかりませんが、実質、王様の第一子がエレン様にあたります。
そう考えると、エレン様は剣を振っている暇ではありませんよね。
「お兄様と宰相が抜け……私はこれからどうしたら……」
「どうもこうもないよ? 二人はこれから陛下に怒られ、教育係をつけられ、王族としての役目を果たすために地獄をみることになるのさ。かつて僕とアカネがしてきたようにね」
意地悪い笑顔でシノさんが微笑んでいます。
それに対し、エレン様が鼻で笑いました。
「ふっ、父上が私にそんな事をする訳がありません。私は父上に剣の才能を褒められ、育ってきましたから」
「へぇ……何て言われてきたんだい?」
「お前は剣の才能がある。だが、それだけでは駄目だ、エメリアを支える為に、もっと他にも学ばなければならいと」
「それで、何を学んだのかな?」
「剣だけでは確かにエメリアを護る事は叶わない。だから私は戦術も学び、守る為の陣形なども編み出しました。所謂、護衛術ですね」
いえ、王様が学んで欲しかったのはそういった事ではないと思います。
「って事で、僕の代わりに君たちには犠牲になって貰うから頑張ってね」
そして、エレン様をシノさんは無視しました!
何を言っても無駄、そんな顔をしていますね。
「うぅ……お兄様、私を見捨てないでください……」
「泣いても何も変わらないよ?」
「わかっています……ですが、自分の愚かさを痛感し、どうしていいのかわからないのです……」
手で顔を覆い、エメリアが震えた声でシノさんに助けを求め、エレン様がエメリア様の頭を撫で、慰めています。
「それをこれから学ぶんだね。って事で、早速だけど君たちに仕事だ。兵士達に状況を説明し、これからどうするのか君たちが判断し、指示してきて」
「い、いきなりですか!? そんな……私達がお兄様の代わりに軍を動かすなどできる訳がありません!」
うわぁ……シノさん鬼畜すぎますね。
ルードの兵士は数千人単位の人がいます。
それをいきなり預けられてもどうしようもありませんよね。
「そうは言っても、早くしないと日が暮れちゃうよ? それに、今は戦闘が終わった直後で気が高ぶっているから些細な事はあまり気にしないだろうけど、時間が経つにつれ、兵士は落ち着き、エメリアが指揮を執っている事に疑問を抱く人が多くなっちゃうけどいいのかい?」
そうなったら、シノさんが居ない事が騒ぎになるのは確実ですね。
今なら、皇子様の代わりに皇女が指揮を任されていると誤魔化す事が出来るかもしれないですけどね。
「わかりました……ですが、お兄様の事を伝える時が必ず来ます……その時は、どうすればいいのか、それだけは教えてください」
「僕の事? 別にエメリアの好きにすればいいさ。僕がみんなを騙していた悪人としてもいいしね。むしろ、その方がエメリアにとっては都合がいいと思うよ。兵士を味方につけるのならばね」
ずっと皇子だと思っていた人は、実は白天狐という獣人で、その人に魔物と戦わされたと思う人はいるでしょうね。
それをうまく利用しろと、シノさんは遠回しに言っているのだと思います。
「わかりました……」
「うん、それじゃ後はよろしくね!」
「はい……ですが、またお会いできますよね?」
「どうだろうね。何度も言うようだけど、僕はもう兄ではないからさ」
「お兄様はそう仰いますが、私にとってお兄様はお兄様です。確かに、お兄様に対し思う所はありましたが、共に過ごした時間を忘れる事はできません」
「…………」
「この剣は、兄上より授かった。私もこの剣を見るたびにきっと思い出すだろう。例え、血の繋がりがないとしても」
「…………好きにして。だけど、僕はもう兄とは名乗れないからね」
「わかりました……再び、お会いする日を楽しみにしています。そして、その時はお兄様に認められる王族になってみせます」
「楽しみにしているよ」
シノさんが柔らかく笑いました。
何だかんだありましたが、感動しますね。
そして、エレン様が椅子から立ち上がり、僕たちを見渡しながら、口を開きます。
「皆さま、この度はルード帝国にご助力頂き、誠にありがとうございました。正式な礼は本国に戻り次第させて頂きます」
「うむ、こちらも助かった。アルティカ共和国の代表として礼を言わせて頂く」
アリア様も立ち上がり、エメリア様とエレン様の二人をみました。
「後ほど使者を送らせて頂きます。今後の関係をよくするためにも」
エメリア様はアルティカ共和国といい関係を結びたいみたいですね。
「その必要はないぞ? 暫くはお主の騎士団副団長のスノー・クオーネがおるのだろう。連絡手段はこちらで整える故、何かあれば伝えるが良い」
スノーさんは元々そういう役目もありましたしね。
ちょうどいいかもしれませ……あれ、ですけど……確か、スノーさんって……。
「あ……それなのですが、スノーはこの戦いの最中に辞められたので……」
「は?」
そうです。
スノーさんは騎士団を辞め、正式に弓月の刻で活動すると決意を固めてしまっています。
なので、もうエメリア様の騎士ではありません。
そして、その事実にシノさんがエメリア様に質問を投げかけます。
「エメリア?」
「は、はい!」
「これは、どういう事、なのかな?」
「それは……スノーが……」
「いや、スノー・クオーネがどうこうじゃないよ? 君はこれからアルティカ共和国との交友を望んでいたよね? なのに、何故、その掛橋となった人物を手放しているのかな?」
「それは、その……スノーが」
「だから、スノー・クオーネがどうこうではないよ。君は……はぁ、もういいや。スノー・クオーネ」
まだ何か言いたそうでしたが、大きなため息を吐き、シノさんがスノーさんを見ます。
「はい!」
「君は、この戦いの途中で剣を落としたね? 魔物に襲われ、途中で剣を落としてしまったね?」
「いえ、そのような事実は……」
「そうかそうか。その剣はたまたまエメリアが見つけ、拾ってくれたそうだ。だから、その予備の剣は使わなくていいよ。良かったね」
スノーさんに有無も言わせず、シノさんがにっこりと微笑みます。
「さぁ、エメリア。剣をスノーに返してあげなさい」
「はい! スノー、大事にしてくださいね……えっと、もう落とさぬように……」
「……はい」
スノーさんがエメリア様の前へと進む。片膝をつけ、エメリア様に剣を授かりました。
「いやー、ホント良かったね? ね、エメリア?」
「はい! で、では……私は兵たちの指揮がありますので、これにて失礼致します! エレン姉様、行きましょう!」
「あ、あぁ!」
あー、逃げるようにエメリア様が天幕から出ていきました。
なんか、さっきの感動が一気に薄れてしまいました。
「それじゃ、私も失礼するよ。これでも、エメリアの派閥だしね」
「うん。エメリア達をよろしく頼むよ……それと、これを」
立ち上がったローゼさんにシノさんが何かを投げ渡します。
「これは、通信の
「うん、後で、エメリアに渡してくれるかい?」
「ふふっ、素直じゃないのね」
「深い意味はないさ」
「そう言う事にしとくわ。それじゃ、私はこれで……ユアン、たまには遊びに来るのじゃぞ? 直ぐにでもお主たちの処分は取り消されるじゃろうからな」
ハーフエルフの姿から、いつもの姿にローゼさんが戻りました。
やっぱりこっちの方が落ち着きますね。
「はい、みんなで遊びに行かせて頂きますね!」
「うむ、その時は顔を出してくれ、ローラも喜ぶからな、儂も楽しみにしとるぞ……それと、フルールはしっかりと仕事しとるか?」
「はい、いつも僕たちの家の管理をしてくれてますので、すごく助かってます」
買い出しにも行ってくれますしね。
「そうかそうか。なら、まだ追い返さなくていいな」
「もう、追い返されないわよ。それに、これから忙しくなるんでしょ?」
「まぁな。という事で儂らも失礼する。狐王よ、儂らの領地は国境に近い、世話になるぞ」
「うむ、あの娘ではまだ頼りにならん。いい話があったら私の領地であるフォクシアへ連絡を頼むぞ」
「その時は是非に。では、白天狐も達者でな」
ローゼさんも天幕から退出していきました。
「さて、残るは僕たちの今後についてだね。だけど、エメリアとローゼが居なくなったし、いつまでも僕たちが居座る訳にもいかない……場所を移したいんだけど、いいかな?」
そうですね。
シノさんはもう皇子を辞めると宣言しました。
なので、立場的にはルード帝国の人はいません。一応は、スノーさんがいますけど、中央の天幕を使う権限はないと思いますし。
という訳では、僕たちも天幕を後にし、フォクシアの国境へと場所を移す事になりました。
その時、離れていくエメリア様とエレン様の背中を見送るシノさんの姿がどこか寂しそうに見えました。
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