第166話 黒天狐VS白天狐

 「最初の布陣、何故あのような形だったのかが疑問でしたが、今の話を聞いて理解しました」

 「全ては、邪魔者を排除する。その為だったのだな」


 皇女様とエレンさんが深いため息をつきました。

 エレンさんが先ほどから軽い口調で皇子様と話しているのが少し気になりましたが、僕はその会話を聞いてそれどころではなくなってしまいました。


 「つまりは、今後のルードの為に、あの人達を見捨てた……という事ですか?」

 「そうなるね」


 僕がどうしても許せなかった事。

 戦いの序盤、僕たちが救えなかった人達がいました。

 右軍の前衛で仲間の援護もなく、ただ魔物に蹂躙されていたあの人達。

 僕たちが到着した頃には壊滅した状態で、助けに入る暇もなく死んでいった人たちがいました。

 そして、今の話で気付いてしまいました。

 右軍にたどり着くまでに見た兵士の死体……大盾部隊の前で亡くなっていた人達もきっと同じように死んでいったのだと。


 「そんな理由で、あの人達は死んでいったのですか?」

 「そんな理由? 君がどう思っているかはしらないけど、君が思っているほど小さな話ではないんだけどな」

 「命に大きいも小さいもありません! 命は命です!」

 「そうかもしれないね。だけど、いいかい? あの人達は犯罪者、もしくはそれに準ずる行為をしてきた者達なんだ。それを野放しにする方が問題なんだと思うけどな?」

 「犯罪者だからといって、命を無駄にする必要はないと思います!」


 法に基づいた刑罰があります。

 何が悪かったのか、これからはどう生きようと悔い改める時間を設け、人はそこで変われるかもしれません。


 「君は随分と綺麗な世界で生きてみたいだね。人を殺した快感を覚えた快楽殺人者はそれを生きがいにする。物や金銭を奪い、楽を覚えた泥棒はそれで生計を立てる。人とはそういう者だ。人は簡単には変われない、君の言っている事は綺麗ごとでしかないね」

 「そんな事はやってみないとわかりません!」

 「やってきた歴史が物語っているんだよ? そこまで言うのなら、君の知り合いにオリオとナターシャという人物がいたね? 君は随分と自信があるようだし、その二人を君のパーティーに加え、更生させることが出来たのなら、僕も君の言葉を信じようかな?」


 オリオとナターシャ……シアさんと出会った村に居た二人組ですね。

 シアさんとパーティーを組む事になった切っ掛けとなった人物でもあります。

 オークから逃れるために、シアさんを襲い、シアさんが動けない間にシアさんを囮にして逃げた二人組です。


 「それは……」

 「どうしてだい? 彼らは犯罪者、だけど半年も牢に入り、日々罪を償っている。君の言葉が嘘でないのなら受け入れる事が出来るよね?」


 あの二人の言動と行動が思い出されます。

 僕の事を馬鹿にし、シアさんがオークに襲われ逃がしてくれたと嘘を言い、最後は侯爵である父親の名前を出して言い逃れをしようとしました。

 そんな人と一緒に過ごすのは僕もシアさんも嫌です。


 「どうしたんだい?」

 「ユアンが良くても、私が断る」

 「そりゃそうだよね。僕だったら絶対に許さないし」


 僕が答えられないと、シアさんが間に入ってくれました。

 ですが、皇子様の攻撃はまだ止まりません。


 「ユアン、君は人を殺めたことはないのかい?」

 「……一応、あります」

 「だよね、聞いた話によると、確かタンザ近くの森だったかな? そこで盗賊の頭を殺している筈だ」


 そんな情報まで知られているのですね。

 

 「その時、捕らえることも出来た筈なのに、どうして殺したんだい?」

 「それは、あの人が盗賊で、人を攫ったり、人を殺して金品などを奪ったりした悪人だから……」

 「そうだよね。だから、殺した。それと、これはどう違うのかな?」

 「兵士と盗賊は、違います」


 そうです、ナターシャとオリオも兵士ではありません! だから、立場が違うので……という言い訳は通用しませんね。

 立場は関係なく、罪は罪ですから。

 


 「そういう事さ。最前線で戦っていた者たちは、叔父上の派閥に所属し、立場を利用して、強奪、殺人、強姦などを繰り返してきた人物だった。勿論、中には純粋に人の為になりたいと純粋な気持ちで兵士となった人物もいる。けど、そういった人物は予めあの部隊からは外してあるよ」


 あれは、罪滅ぼしだったと皇子様は言います。最後にルードの為に役立つために、ただ死ぬのではなく、ルードの最前線で戦い散った名誉を取り戻すための計らいだったと。


 「納得したかな?」

 「……はい」


 納得したかと問われると、複雑な心境です。

 まだ、死んでいった人の事を考えると思う所はあります。

 ですが、僕もあの時、盗賊の頭を殺めています。

 あの盗賊達によって、奪われた未来があった人達の為にも、これから同じような人が出ない為にも、僕は戦いました。

 それとこれが何が違うのか、規模が違うだけで、変わらない事だと気付いてしまいました。


 「はぁ、君は少し考えすぎだ。命は重い。確かに、それは正しい。だけど、大切なのは何を守り、何を先に繋げるかじゃないかな?」

 「その通り、だと思います」


 皇子様はただ無意味にあの人達を見捨てた訳ではなく、しかも兵士として、最後はルードの為に戦った者として扱ってくれたみたいです。

 意外と、いい人なのかもしれません。


 「ま、何事も経験だよ。それを積み重ねて、その小さな体と共に成長するんだね」

 「なっ! ち、小さいは余計です! それを言ったら皇子様だって小さいではありませんですか!」

 「うん、そうかもね。だけど、ユアンよりも大きいし、僕はこの身長で満足しているからね」

 「ふんっ、僕だってもう少しすれば、もっと大きくなりますから、問題ありませんよ!」


 皇子様は僕より年上で、成長は終わっていますけど、僕はまだまだ伸びしろがありますからね!

 もしかしたら、皇子様よりも大きくなり、シアさんと同じくらいに成長するかもしれません!

 身長も胸も!


 「期待している所悪いけど、ユアンは15歳だよね。僕の成長はそこで止まった。そして僕とユアンの生まれ方を考えると……ね?」

 「な、何ですか?」


 いえ、言いたい事はわかります。

 ですが、その先はあまり聞きたくありません。

 ですが、皇子様は意地悪く微笑みました。


 「ユアンの成長はそこまで、って事さ。あ、でもあくまで体の成長だから魔法は鍛えればその分強くなれるよ、良かったね」


 良くないです!

 魔法をもっと覚え、強くなれるのは嬉しいです。ですが、それ以上に体の成長を僕は望みます!

 いつまで経っても子供と間違えられるのは嫌ですからね。


 「で、そろそろ僕の事を兄と認めて、お兄ちゃんと呼んでくれる気になったかい?」

 「どうしてそうなるのですか!?」


 皇子様は悪い人ではない、とは何となくわかりましたけど、それとこれとは別です。

 

 「逆にどうしてだい?」

 「だって、僕が孤児院に居たと知っていたのに、接触もしてくれませんし、僕が孤児院で大変な生活をしているにも関わらず、皇子様は帝都で美味しいものとか食べていたのですよね?」


 それはあまりにもずるいですよね?

 皇族の生活と、僕の過ごした生活。

 あまりにも差があり過ぎます!


 「あのね、ユアン。これでも僕は君の為に色々してきたんだよ?」

 「いえ、何もしてくれてませんよ!」


 だから、兄だなんて呼んであげません!


 「はぁ……。ユアン、君が食事に困った事はあったかい?」

 「それは、なかったですけど」


 貧乏ではありましたが、孤児院の子供が毎日食事をとれる事は出来ました。


 「普通の孤児院じゃ、それはありえないからね?」

 「そうなのですか?」

 「当り前だよ。普通、孤児院は身寄りのない子供が幼くして預けられる。そして、そういった子供はまともな教育を受ける事が出来ず、街や村の人から虐げられるんだ。常識のない子供がいつ問題を起こすかってね」


 僕の村ではそんな事はありませんでしたけどね。


 「だから、街の人から寄付も貰えない。領主からの支援金も渋られる。それが普通の孤児院の有様なのさ。だけど、ユアンが居た孤児院は食べる物があった、何でだと思う?」

 「院長先生がいい人だったからみんなが協力をしてくれていた……からですか?」

 「それもあるけど、僕が支援していたからだよ。せめて、食べる物に困らないようにってね」


 むー……。

 裏でそんな事をしていたと言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまいます。

 だけど、僕よりも遥かにいい生活をしていのは確かです。


 「でも、孤児院はボロボロでした、修復してくれても良かったじゃないですか」

 

 雨漏りは所々していますし、冬には隙間風が入り、虫も入ってきます。

 それくらいガタが来ていましたからね。


 「してあげたかったけど、それは流石に無理だったね」

 「どうしてですか?」

 「孤児院にお金があると思ったら狙われるよね?」

 「むー……確かに」

 「それを目的に、ユアンだけではなく、他の子供が誘拐されたりしたら大変だったのさ」


 だから、せめて食事には困らない程度に援助をしてくれていたみたいです。


 「でも、皇子様は毎日おいしい食事に、温かいお布団で寝ていましたよね?」

 「そこは否定しないね」

 

 ずるいです! ずるいです!


 「だけど、それがいいかと聞かれるとどうだろうね」

 「どうしてですか?」


 冒険者として活動をし、美味しいものを食べれる様になり、温かいお布団で眠れる日も多くなりました。

 それだけで、僕は幸せだと思います。


 「そもそも毎回毎回、豪華な食事をとっている訳ではないし、豪華な食事をとる時は大概、来賓や僕の派閥の者が挨拶に来た時くらいだ。その度にマナーを意識し、食べる事を優先できると思うかい?」

 「目の前に美味しいご飯があれば食べればいいじゃないですか」

 「簡単に言うね。僕の行動は緻密なスケジュールが組まれていた。会食に次ぐ会食。しかも、会食は食事を楽しむのではなく、相手の話を聞き、そこから意図を読み取り、その話から様々な対策を練らなければならない。必ずしも相手が僕の味方とは限らないからね。とても気を許せるような食事でもないのさ」


 ……僕はそんな食事、とても耐えられそうにありません。

 その会食も、例えお腹が空いていたとしても、食事に手をつける事も出来ない場合もあるみたいです。

 一語一句、相手の言動を見過ごさないためにも。


 「そして、暖かい布団で眠れる? 僕にとって布団とは一時的に体を休める場所でしかないよ。僕の仕事は会食だけじゃないからね。会食が終われば、溜まった政務をこなさなければならない。気づけば外が明るくなっている……そんな日はザラにあったよ。まぁ、悪い事ばっかりではなかったけどね。それでも、ユアンはこんな生活を望むのかい? 僕としては自由が利くユアンの生活の方が余程羨ましいのだけど」

 「僕は……今の生活で良かったです」

 「だろうね」


 皇子様は皇子様で大変な生活をしていたみたいです。

 しかも、自由の利かない場所で。

 僕だったらその生活は耐えられない自信があります。

 皇子様が羨ましいと思ったのは、全面的に取り消させてもらいます。


 「という事で、ユアン、僕の事を……」

 「それとこれは別です。だって、僕は皇子様の事をほとんど知りませんからね」


 それに、兄と呼ぶのは何か恥ずかしいです!

 アンリ様もそうでしたが、兄と呼ばれるのはそんなに嬉しいものなのでしょうか?


 「あの……私達が置いてけぼりなのですが……」

 

 申し訳なさそうに、皇女様がしています。

 ですが、悪いのは明らかに皇子様です。それと、ちょっとだけ僕も。


 「申し訳ないです」

 「あぁ、すまなかったね」

 「いえ……それで、お兄様はこれからどうなさるのですか?」

 「そうだね。大体の話はしたと思うし、そろそろ一番重要な話をしようか」


 今までの話も内容は濃かったですが、まだ重要な話があるみたいです。

 皇子様の目つきが鋭くなります。

 そしてこの後、皇子様から驚くべき話が語られる事になったのでした。

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