第167話 元皇子VS第一皇女
「今の話以上に大事な話……ですか?」
「そうだよ? むしろ今から話す事が僕にとっても、エメリアにとっても本題といってもいいだろうね。もちろん、エレンにとってもね」
「私もか?」
「当り前じゃないか、第一皇女としての責務を果たす時が来たって事だよ」
一部の人の時が止まりました。
そして、止まったのは、僕とキアラちゃん、そしてスノーさんです。
「えっと、冗談ですよね? エレン隊長?」
スノーさんが恐る恐ると言った感じで、エレンさんに尋ねます。
それに対し、エレンさんは小さく首を振りながら、観念したかのような口調で答えました。
「……兄上の言う通りだ。今まで隠してきてすまなかった」
「うそ……」
スノーさんが言葉を失っています。
僕も驚きました、まさか皇女様の騎士団隊長が第一皇女様だなんて、思いもしませんでした!
「むしろ、今日まで気づかなかった方が不思議じゃがな。普通気付くじゃろ?」
「いえ、まさか皇女で在られる方が自分の上司であるとは思わなかったから……」
それを見ていたアリア様が呆れたように僕たちを、主にスノーさんを見ています。
「アリア様は気付いていたのですね」
「うむ、一目みてわかったぞ? なぁ、アンリ?」
「え、えぇ……もちろんです」
あ、仲間がいました!
といってもエレンさん……エレン様とアリア様達が出会ったのは戦場で、しかも最前線での時のようです。
その状態で一目見て気付けと言われても難しいと思いますけどね。
普通に会話していた僕たちと違って。
「ま、エレンが皇女だったのは置いておくとして、話を聞いて貰えるかい?」
「置いとくって……お主は鬼畜じゃな。人の素性をさらっとバラしておきながら」
「そうかな? むしろ皇女としての立場を捨てようとしたエレンが悪いと思うんだけど……まぁ、いいや」
そして、エレン様に追い打ちをかけるように非難しています。
実はいい人かと思いましたが、皇子様はやっぱり悪い人ですね!
エレン様もこめかみに青筋を浮かべてますし、皇子様はこの後大丈夫なのでしょうか?
「そんなに睨まないでくれるかい? 話しにくいからさ」
「どう考えても兄上が悪いからだ!」
御尤もです。
エレン様の正体を明かすにももっとやりようがあったと思います。
ですが、皇子様はそれを気にした素振りも見せずに話を続けました。
「そう、まずはそこだよ。エレンとエメリアには悪いけど、僕は君たちの兄ではなかったんだ。だから、もう兄と呼ぶのやめた方がいい」
「今更、ですか?」
「そうだ。今更だけど、今だからこそなんだ。これからのルードは君たち二人が背負う事になっていくだろう。そこに僕という存在は必ず邪魔になる。白天狐という僕がね」
「黙っていればわかりません!」
「あのね、僕の姿は多くの兵士が見ている。今更取り繕う事は不可能なのさ。それに、君たちは僕を引きずり落とそうとしていたんだ、過程が違うだけで、同じじゃないか」
「それは、お兄様がお兄様の派閥を使って……」
「戦争を起こすとばかり思っていたからだ……」
皇子様が戦争を起こそうとしている。
それは全て勘違いでした。
そして、勘違いと分かった時、エレン様とエメリア様の心境は変わってしまったみたいです。
「とにかく、今後は僕は君たちの兄とはなのれ……名乗らない。それと同時にオルスティア、この名前も今日が最後だ」
「そんな……」
エメリア様がとても悲しそうな顔をし、その瞳が潤んでいます。
それを見返す皇子様も少し辛そうに見えますね。
それもそうですよね。
例え血がつながっていなくとも、共に過ごした時間は消えません。
「父上は……それに対し何と言っていたんだ?」
「最初から決まっていた事だからね、何も言っていないよ」
「父上は、お兄様の事を止めなかった、のですね」
「そうだね。僕と陛下の約束でもあったからね。それと、もう兄ではないから、気を付ける事、いいね?」
僕には兄と呼ばれたい癖に、エメリア様達には厳しいですね。
この場くらい呼ばせてあげればいいと思います。
「ユアン、君が何を言いたいのかわかるよ。だけど、この場に集まった人を見てごらん? 決して、安い席ではないんだ。幾ら顔見知りだからといって、線引きはある」
ルードの皇女様、アルティカ共和国の一角に座る王様、そして元皇子様……顔見知りなので気にしていませんでしたが、言われてみると凄い人達が集まっています。
ローゼさんだってエメリア様達の派閥の重鎮で、領地を持っている貴族ですしね。
そう考えると、僕たち弓月の刻ってかなり場違いな所に居合わせていますね。ルリちゃんもですけど。
「私は気にしないが……まぁ、お主の言い分はわかる。じゃが、お主の名前がない以上、他に呼びようがないぞ?」
確かに、皇子様でもない、オルスティア様でもないとなると名前がありませんね。
白天狐と呼ぶのも変ですし、兄でもありませんからね。
「僕の名前ね。僕は本当の両親から名前を貰えなかったから自分で名乗っているんだけど、【シノ】とでも呼んでくれるかい?」
皇子様はシノと名乗りましたが、まさか天狐様達から名前を貰ってないとは思わず、僕は驚きを隠せませんでした。
「意外だったかい? 僕としては気にする事でもないからどうでもいいんだけどね。オルスティア、って名前も結構気に入ってたしさ」
「気に入ってる割にはあっさりと捨て、かすりもしない名を選ぶとはな。面白いやつじゃな」
「当り前さ、僕と皇子は別人として生きると決めたからね。それに……どうせなら名前にも意味を持たせたいよね?」
そう言って、皇子様……ではないですね、シノさんはアカネと名乗った宰相の方を見つめました。
シノさんに見つめられたアカネさんはシノさんから視線を逸らしました。
「……今は、話を先に進めてください」
「そうだね。名前の由来は僕たちだけが知っていればいい、語る必要もないね」
僕たちって事はアカネさんも知っているという事ですかね?
うー……そう言われると、凄く気になります!
どういった経緯で名前をつけたのか、二人の関係がどういった関係なのか、内緒にされると気になっちゃいます!
「ま、そんな訳で今日をもって僕は皇子ではない。兄でもないって訳だ」
「……はい」
シノさんの決意は変わらない。それが伝わったようで、エメリア様は視線を落としながら、静かに頷きました。
「だから、僕はルード帝国を離れる。今後の事は二人に任せてね」
「え?」
エメリア様が俯いていた顔をあげました。
「何を驚いているんだい?」
「いえ、それは冗談、ですよね? 皇子としての立場を終えるのはわかりましたが、ルード帝国を離れるのは……冗談ですよね?」
「冗談じゃないよ?」
シノさんとエメリア様が見つめあっています。
そして、エメリア様は慌てたように椅子から立ち上がりました。
「困ります! いきなりお兄様がいなくなるのは流石に困りますから!」
「だから、兄じゃないって。それに、結果的には同じなんだ。僕が戦争を起こしていたら、僕は引きずり降ろすって認めたじゃないか」
「それはそうですけど、それはお兄様を止めたかっただけで……」
「うん、止めた後の事も考えていたんだよね? なら、それをするだけじゃないか」
あー……。僕と同じようになっちゃっていますね。
何を言っても言いくるめられる言葉が返ってきます。
違う場所から攻めてもまるで準備していたかのように言葉が返ってくるのです。
「私ではまだ、力不足です……」
「だろうね。僕が君たちを見てきてそう思ってきたからね」
「なら……」
「でも、僕の答えは変わらないよ? 子供じゃないんだから、いつまでも甘えてないで、自分でどうにかするんだね。僕はそうしてきたよ? この日の為にね」
それを言われてしまうと返す言葉がないようで、エメリア様は黙ってしまいました。
「兄上、お言葉ですが、私はこの日の為に備えてきました。決して甘えてなどはいない!」
そして、エメリア様の代わりに立ち上がったのはエレン様でした。
けど、わかります。
シノさんがそれを見て、微笑んだのです。
「備えてきた、か。じゃあ聞くけど、エレン……君は10歳の時、何をしていたのかな?」
「ふっ、10歳ですか? 私は7歳の時には剣の才を自覚しました。10歳の時には既に騎士団に所属していましたよ」
「…………」
その答えにシノさんが黙りこみました。
ですが、シノさんの顔を見ればわかります、明らかに呆れているのだと。
けど、ある意味すごいですね。シノさんの微笑を一瞬で消したのですから。
「…………15歳の時は?」
「自分を鍛えました。誰にも負けないエメリアの剣となる為に、自分に鞭を与え、ひたすら自己研磨に励んでいました。そして、エメリアが15歳になった時、私はエメリアの騎士団隊長として今日まで過ごしています」
そして、聞いてもいない事まで答え始めました。
それにはシノさんも深いため息つきました。
「ねぇ、僕が聞いているのは、皇女として国の為に何をしているかなんだけど?」
「だから言っているではありませんか。エメリアの進む道を照らす騎士として傍に寄り添い、迷いを断ち切るための剣だと!」
「いや、それはエメリアの為であって、君自身がルード帝国に、皇女として何をしているかの答えにはなっていないからね?」
「エメリアの為に動くことが、ルード帝国の為になると私は信じでいます」
カッコいい事を言っていますね!
僕もシアさんにそんな事を……と思いましたが、意外とそれに近い事を言われてきた気がします。
っと、今は僕たちの事ではありませんね。シノさんとエレン様の話が大事です。
「エレン……君は馬鹿だと薄々感じてはいたけど、本物の馬鹿だとは流石に僕でも気づかなかったよ」
「褒められる程ではありません。私はただ私が出来る当たり前をしてきた迄ですから」
頭を抱えそうにしているシノさんに対し、エレン様は堂々としています。
ですが、褒めていないと思いますよ?
「エメリア、この馬鹿な君の姉をどうにかしてくれないかい?」
「お兄様、エレン姉様は馬鹿ではありません。こんな私に忠義と愛を注ぎ、今日まで支えてきてくださったのです」
「あぁ……やっぱりコイツもだめだよ」
シノさんが嘆いています。
エメリア様の事をコイツと言ってしまう程に嘆いています。
「アリア、どう思う?」
「いきなり呼び捨てかい……まぁ、構わぬがどうせならおばちゃんと呼んでくれ」
アリア様はアリア様でそこに拘るのですね。
何か、話があっちこっち飛んで大変な事になってきましたね。
「今度からそうするよ……それで?」
「ま、阿呆じゃな。思っていた以上に阿呆じゃな……アンリ、お主はいずれ私の後を継ぐ、決してこうなるでないぞ?」
「深く、心に刻んでおきます」
アリア様も酷い事をいいますね。それに頷くアンリ様もです。
まぁ、僕でもわかりますよ?
皇女様達がちょっと酷いって事くらいは。
ですが、とてもではありませんが、僕の口からは裂けても言えませんけどね!
「それとじゃ、面倒だとは思うが、今のうちに仲良くしとけ。こやつらが上に立った時、お主が相手にすることになるじゃろうからな」
「本気……ですか?」
アンリ様が皇女様達を恐る恐ると言った感じでみます。
「ルード帝国とアルティカ共和国、両国の平和と繁栄の為、どうかよろしくお願いします」
「あ、あぁ……よろしく、頼む」
アンリ様を真っすぐと見つめるエメリア様。これだけ見ればすごく立派に見えますね。
ですが、アンリ様は「今すぐは無理だ……」と僕の耳で、ギリギリ捉えられるほどの小声で呟くのが聞こえました。
これからの事を考えると、凄く苦労しそうですね……。
なんか、ご愁傷さまですと、手を合わせたくなります。
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