第165話 弓月の刻、謎の冒険者と再会する
「えへへ、久しぶりなんだよ!」
「え、どうしてルリちゃんがここに?」
その人物はシアさんの妹で、タンザで情報屋をやっている筈の人物でした。
「どうしてって、ルリはオルスティア様と契約しているからだよ?」
「契約……って事は、僕とシアさんが結んでいるような影狼族の契約ですか?」
「うん、そうなんだよ!」
驚きました。
まさか、そこに繋がりがあるとは思いもしませんでした。
「だけど、私達の行動が筒抜けって、ルリちゃんと私達はタンザを離れてから会っていないよね?」
「うん、そうだね! だけど、教えてくれる子がいたよ!」
「教えてくれる子……ですか?」
「えっと、まさかですけど……ラディ!」
キアラちゃんが召喚魔法を使い、ラディくんを呼び寄せます。
「何? って、ルリがいる。最近みないと思ったら、どうしてこんな場所にいるの? 僕としては平和で有難かったけどさ」
召喚されたラディくんは辺りを見渡し、ルリちゃんをみつけると嫌そうな顔をしました。
魔鼠の顔でも嫌そうな顔をしているのがわかるくらいなので、ルリちゃんの間で何かあるみたいですね。
「ラディ、それよりも……ルリちゃんに私達の事を話したりしてたりする?」
「世間話程度には話はするよ」
今何処にいて、どんなことがあったのかを話したりすることがあったみたいです。
「えへへっ、それだけ教えて貰えれば表向きは情報屋をやってたルリなら、大体のことは予想がつくんだよ!」
「……この魔鼠、やっぱり食料にしとくべきだった」
「仕方ないじゃないか」
うーん。確かに仕方ないですよね。
僕たちもまさかルリちゃんが皇子様と繋がっているとは思いもしませんでしたし、ラディくんを責める事は出来ませんね。
「という訳で、君たちの行動は筒抜けだったって訳さ」
「やられましたね……って事はですよ、シアさんが見た冒険者って……」
「うん、ルリの事。皇子と繋がっていたのならば、ユアンに先に知らせておくべきだった」
「シアお姉ちゃん、内緒にしてくれてありがとうございました! 」
あの場でルリちゃんが居た事を知ったとしても、その関係性に気付けたかはわかりませんけどね。
それに、タンザに居た時にその関係性に気づけていない時点で手遅れですしね。
「それじゃ、あの蜘蛛を倒したのもルリちゃんなの?」
「うん、ルリが倒したよ! その後かなり危なかったけどね! 光線みたいなのが飛んできてドカーンだったからね!」
あの攻撃からどうにか逃れたみたいですけど、よく無事でしたね。
情報を流されていたのはちょっと嫌ですけど、シアさんの妹で、僕たちにも情報をくれていたので無事でよかったと思います。
「ま、情報を流したのは、オルスティア様の指示なんだけどね!」
「そうやって動かされていたのですね……」
ルード軍が何処まで迫っているのかなどがわかっていたのはルリちゃんがラディくんを通じて教えてくれていたからでした。
それすらも僕たちを動かす為の策だったみたいです。
「だけど、情報屋は平等って言ってなかったっけ? 平等なら私達にも皇子様の事を少しでも教えてくれてもいいのに」
「情報屋ならね! だけど、ルリの本職は情報屋じゃなくて、オルスティア様の諜報員だよ? だから、関係ないんだよ!」
うー……。見事に嵌められてしまっていますね。
「それに、シアお姉ちゃんならわかると思うけど、主が不利になるようなことは絶対にしないんだよ? 例え姉妹であっても!」
「うん。ルリがユアンと敵となるなら、姉妹でも容赦はしない」
「ルリもだよ! だけど、シアお姉ちゃんとは争いたくないなー」
「出来る事なら私も」
影狼族の忠義というのは姉妹の関係すらも越えるみたいですね。
ですが、姉妹同士で戦いになっては欲しくないですよね。なので、ルリちゃんが……皇子様がこれから敵とならない事を願うばかりです。
「だから、ユアンお姉ちゃんもオルスティア様と仲良くしてね?」
「どうしてですか?」
「喧嘩はダメだよ? ユアンお姉ちゃんがルリたちを心配してくれるように、ルリたちもユアンお姉ちゃんとオルスティア様の事が心配なんだよ! 兄妹なんだからね!」
「大丈夫ですよ、僕は敵対するつもりはありませんからね」
それと同時に仲良くするつもりもありませんけどね。
いきなり兄と名乗られても納得いきませんし、兄のように振舞われても困惑するだけです。
シアさんとルリちゃんの為にも敵対はしないつもりですが、逆に皇子様が僕たちに敵対する行動をとる可能性はあります。
そうなった時はわかりませんけどね。僕が大事なのは仲間ですから。
「話がかなり脱線してしまったみたいだけど、その話は後にするってことでいいかい?」
「あ、ごめんなさい! 後、頭撫でで欲しいです!」
「はいはい、だから大人しくしててくれるかな?」
「はーい!」
皇子様とルリちゃんの関係は良いみたいですね。その横で二人を眺める女性の目が鋭いですけど、何か怖いですし、面識もないので触れませんけどね。
「で、僕の事はこれでいいとして、他に質問はあるかい? ちなみにだけど、僕の見た目はずっと変化の魔法で変えていただけだから、そこは触れなくていいからね」
生まれて直ぐにその魔法を使えたという事に驚きです。出来る事なら僕も使えていれば、わざわざローブで姿を隠すような真似をしなくて済んだので知りたかったですね。
それはさておき、話を纏めると、皇子様は天狐様達に封印された魔物をどうにかするために、二人と関係があった王様に預けられたって事ですね。
「魔族の目的は何だったのでしょうか?」
「いい質問だね、エメリア。だけど、そこは僕にも良くわかっていないのが本音だ。ただ、今回の一件は繋がりがあると見ているけどね」
封印された魔物とトレンティアなどで起きた事件は繋がりがあると皇子様は言います。
「今回の事件で一番規模が大きかったのはトレンティアなのは間違いないけど、件数で言えばルード帝国近くの村や街の方が遥かに数は多かったんだ」
「私の方もそうじゃな。どちらかと言うと、虎の所……西の方に事件は集中しておったな」
各地の冒険者で対処できるような事件が国境から離れた場所で起きていみたいですね。
「だろうね。これは僕の推測なんだけど、魔族は国境に目を向けさせにくいように動いていた、狙いは帝都にあるのだと思わせたかったのではないかと思っている」
「どうして、そう思うのですか?」
「封印された魔物が魔の森にいると悟らせたくなかったからさ。実際に、この中で封印されていた魔物の存在を知っていた人はどれだけいるかな?」
僕たち4人は知っていたので控えめに手をあげますが、それ以外の人からは反応はありません。
「ユアン達が知っていたのが意外ね」
ローゼさんが感心したように僕たちを見ます。
「僕たちは魔の森を通りましたからね、そこで存在を知りましたので」
ガロさんに教えて貰ったとは言えませんけどね。あの場所の事は出来るだけ伝えない方がいいと思います。
そういえば、ガロさんが教えてくれたのは白天狐様に伝言を頼まれたから、ですよね?
つまりは魔の森に入り、ガロさんと会う事も皇子様に仕組まれていたって事になりますね。
そう考えると、皇子様に教えられた、という事になりますね。
「つまりは、あの魔物の存在はほとんどの人が知らない訳だ。そして、そこに目が行かないように、内部で事件を起こし、国境に……魔の森へと意識をさせないように仕組んだと僕は予測している」
皇子様が知らなかったら、いつの日かあの魔物が完全な力を取り戻し、国境だけではなくルード帝国やアルティカ共和国へと向かっていた可能性があった訳ですね。
「お兄様のお陰で、両国は救われた、って事ですね」
「そうなるのかな、一応は…………だけど」
皇子様は眉をひそめました。
「まだ、終わりじゃない。何かがある筈なんだ」
「その何かとは何なんですか?」
「それがわかれば苦労はしないさ……杞憂である事を願うばかりだね」
皇子様がわからない事が、僕たちにわかるはずもなく、重苦しい空気が流れます。
「叔父上の……タンザの領主であった、叔父上はそれに関係していたのでしょうか?」
「タンザの領主はオルスティア様の派閥の者だった。その辺の説明も願いたい」
「そうだったね。そもそも、僕の派閥というけど、エメリア達はその派閥がどうなっているのか知っているのかい?」
「いえ、お兄様の派閥に所属しているとしか……」
それに関しては僕たちは全く分かりません。
強硬派と和平派その二つが皇女様と皇子様とで分かれているのは知っていますが、それ以外は全く知らないのです。
「エメリア達は僕が魔族と繋がっていた、そう思っていたんじゃないかな?」
「はい、今も少なからずその可能性があると思っています」
「それは仕方ないね。実質、半分は当たりだしね」
「という事は、お兄様はこの事件に……!」
関係している。
とも言えますね。
ですが、皇子様はそれに対し、首を振りました。
「魔族との関係は昔からある。今もそれなりに情報を交換するほどの交流もね。だけど、この事件に関係しているかと言うと、難しい話ではあるね」
「どういう事ですか?」
「僕の派閥は、僕の派閥でありながら二つに分かれていた。僕に従う者と、表面上は僕に従うとしながら、叔父上が纏めていた派閥にね」
タンザの領主は王様の弟です。
タンザはルード領に存在する街の中でもかなり大きな街で、人や物が集まる重要な場所でもあります。
そこを任されるのはかなり名誉な事ではありますが、あの人はそれだけでは満足していなかったみたいです。
「それで、お兄様の派閥の者を引き抜き、水面下で自らが王の座に座る為の画策を描いていた、という訳ですか」
「そう言う事だね。それと同じで、魔族の方も今、派閥が二つに分かれている」
「魔族がですか?」
「あぁ、魔力至上主義。魔力の高い魔族こそこの世を支配し、魔力の低い人間、獣人は魔族に従うべきだ、と主張する者達が出始めたんだ」
魔族の事はよくわかりませんが、少しだけ知っている事もあります。
代々の魔族の王である魔王は、魔力の器が大きい人が選ばれると聞いた事があります。
「その主張した人は、魔王様の派閥なのですか?」
「いや、違うよ。僕たちと交流があるのが魔王の派閥だからね」
魔王と聞くと、おぞましいイメージが浮かんできますが、実際は違うみたいです。
魔族といっても、獣人に耳と尻尾があるように、角が生えていたり、翼があったりするだけで、人と変わらないと皇子様は言います。
「今回の事件は、その派閥の者が勝手に起こした、という事でいいのだろうか?」
「そうだね。それも、叔父上の派閥と裏で結託してね」
うー……よくわかりません!
つまりは、皇子様の派閥が二つに分かれていて、魔王様の派閥も二つに分かれていて、ルードと魔族の対立した派閥同士が手を組んでいたって事ですかね?
「なんじゃ、アルティカは巻き添えを食っただけではないか」
「そうとも言えるね。だけど、完全には無関係とは言えないんじゃないかな?」
「まぁな。確信をもって言える訳ではないが、アルティカでも不穏な動きはわかっておるからな」
アルティカ共和国でも、そういった動きがあるみたいです。
「とまあ、魔族と叔父上の関係はそんな感じだね」
「わかりました……ですけど、それは完全にお兄様の管理不足ではありませんか?」
「間違いなくね。だけど、それで良かったんだ、これからの為にもね」
「わざとか?」
「うん、わざとだよ? これからのルードに不必要な者を炙り出すためにもね」
皇子様が微笑みました。
しかし、その微笑には優しさというものが一切感じられません。
僕はただ皇子様を見つめる、それしか出来ませんでした。
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