第164話 弓月の刻、皇子様達と話をする

 「それじゃ、飲み物も配り終わった事だし、話していこうか。あ、飲み物に毒は入っていないから、安心してね?」


 そんな心配はしていなかったですけど、そんな事を言われると逆に心配になります。


 「のぉ、皇子よ、わざわざそんな事を言うでない。心配になるじゃろうが」

 「ちょっとした冗談だったんだけどね。こうピリピリした状態じゃ、有意義な時間を過ごせないと思ってね」


 そういって、僕の方をちらっと見てきますが、別に僕はそんな雰囲気を醸し出しているつもりはありません。


 「ま、飲み物の話は置いておいて、何処から話そうかな……折角だし、質問形式にして、それに答える形にする? 足りない所は補足するようにしてね」

 「うむ、私はその方がわかり易くて助かるかの」

 「私も、その方法で構いません」

 「そうか、それじゃ聞きたい事があったら聞いてくれて構わないよ」


 聞きたい事は山ほどあります。

 ですが、最初に僕が聞くのも立場的におかしいので暫くは聞くことに徹する事にしました。


 「それでは、まずは私から質問させて頂きます。お兄様、その姿はどうなさったのですか?」

 「この姿かい? まぁ、これが本当の姿、って所かな。見ての通り、狐の獣人さ。髪の色は少々変わっているけどね」


 変わっているどころか、珍しい、しかもルード領では忌み子とされてきた白髪ですけどね。


 「その事は、お父様は知っておられるのですか?」

 「もちろん知っているよ。その辺の記憶は曖昧だけど、黒天狐と白天狐……まぁ、僕の両親だね。その人達が僕を父上に、いや、陛下に預けたみたいだし。この日の為にね」

 「この日の為?」

 「見ての通りさ。軍を率い、あの魔物を討伐、または再び封印する為だよ」

 「そうですか……お兄様はアルティカ共和国に戦争を仕掛ける為に軍を動かしたわけではなかったのですね」

 「そう言う事になるね」


 皇女様が安堵した表情をしています。

 皇女様は皇子様が戦争をする事をずっと止めようとしていました。結果はどうあれ、それを止めれた事に安心しているみたいです。


 「では、それを何故、エメリア様に伝えなかったのだ?」

 「そりゃ、伝えないさ。君たちは詰めが甘いからね。言動や行動から誰かに悟られる可能性が高いだろうし」

 「そんな事はありません! 相談して頂けたのなら、きっとお兄様のお役に立てた筈です!」

 「そうかな? タンザの件はそこの冒険者が居なかったら失敗していただろうし、今回の戦いでもそうだ。勝手に持ち場を離れ、前線に向かった。アリア殿が居なかった今頃どうなっていただろうね」

 「う……」

 「そうじゃな、まさか皇女たちが前線に来るとは思わなかったな」

 

 へぇ、僕たちが右軍で戦っている時にそんな事があったのですね。


 「どうせ、自分たちが何もしていない事を危惧して、少しでも名声をあげようと思ったんじゃないかな? 今後の僕に対抗する為に」

 「……はい」


 図星だったみたいで、素直に皇女様は頷き、そのまま項垂れてしまいました。


 「ま、生き残ってくれただけで十分だし、結果的に名声を少しでもあげてくれた訳だから、僕としては助かるけどね……で、話を戻すよ?」

 

 項垂れた皇女様もフォローする事もなく、皇子様は話を続けます。

 少し、可哀想です。


 「それで、僕は一応だけど、表面上は皇子として育てられ、今日に至った訳だ」

 「ふむ……奇怪な話じゃな」

 「本当にね。他人の子を、それも獣人の子を皇子として育てるなんて可笑しな話だよね」

 「じゃな。で、天狐達とルードの王はどういった繋がりがあるのじゃ? 子を預けるのは余程の信頼がなければ出来る事ではあるまい」


 そうですね。

 他人に、しかも獣人が人間に子を預けるのは余程の事ですよね。

 

 「ま、僕は利用されたと言った感じだろうね。僕の妹もだけど」

 

 妹、といって皇子様が見たのは皇女様ではなく僕の方でした。

 僕は皇子様を兄と思っている訳ではないので、ぷいっと顔を背けますけどね。


 「随分と嫌われたようじゃな」

 「みたいだね。まぁ、その辺は後で解決するとして、話を進めよう」


 後で解決できるとは限りませんけどね!

 納得してくれる答えがなければ、僕は絶対に許さないと思います。


 「それで、陛下と天狐達の関係だったね。これは聞いた話によるから確証は得られてはいないんだけど、陛下の父……エメリア達の祖父に当たる人が王を務めていた頃に陛下は天狐達と出会ったみたいだね」


 今でこそルード帝国は戦争を仕掛けていませんが、皇女様のお爺さんが王様だった頃は頻繁に戦争をし、各地でしのぎを削っていたみたいです。

 そして、お爺さんは龍人族が住む場所を見つけ、そこにも戦争を仕掛けた事があったみたいです。


 「それを止めたのが天狐達であり、ある条件を引き換えに龍人族の怒りを鎮めたみたいだね」

 「条件じゃと?」

 「うん。龍人族の街の守護者となる変わりにルード帝国や他の国に手出しをしないという条件さ。もし、この二人が居なかったら今頃、ルード帝国はどうなっていただろうね」


 龍人族は龍神様より生み出され、この世界の基礎を造ったとも言われているみたいです。

 古代魔法や古代魔法道具アーティストをみればわかりますが、僕たちでは及ばない技術や力を持っている事が予想できます。


 「お父様がそこに関係しているのですか?」

 「しているよ。だって、その場に立ち会ったみたいだからね」

 「龍人族に!?」

 「そう言う事。だから、陛下は天狐達に国を守って貰った事に感謝しているんだ」

 

 そんな経緯もあって、皇子様は王様に預けられたみたいですね。


 「ですが、何の為にお兄様は皇子として預けられたのですか?」

 「だから、僕が封印された魔物に対処するためにだよ? あの一件がなければ、天狐達が戦うつもりだったみたいだったからね。その代わりさ」


 それが、天狐様達と皇女様の父親との約束みたいですね。

 そして、皇子として育ち今日に至るみたいですね。


 「なら、僕はどうなんですか? この話だと、僕は必要ありませんよね?」


 皇子様が封印された魔物と戦うのなら、僕が生まれた意味はありません。

 この結果を見ればわかります。

 僕がこの戦いに置いて、出来た事はほとんどありません。少しは被害を減らせたかもしれませんが、あの魔物に対して何もできなかったですから。


 「必要はあったよ。君はルードとアルティカ共和国との懸け橋になったじゃないか」

 「僕が、ですか?」

 「うん。アリア殿、もしユアン達が居なかったら、どうなったと思う?」

 「そうじゃな。まず、私の元まで皇女の手紙は届かず、あそこまで迅速な対応は出来なかったかもな」

 「エメリアはどうだい?」

 「弓月の刻の皆さんのお陰で、叔父上の計画を阻止し、アルティカ共和国との連絡をとる事が出来ました」

 「みたいだよ。だから、君は必要だったんだ。ルード帝国の上に居る僕と、孤児院で育ち冒険者となった君が下から違った場所、目線で動くようにね」


 そうかもしれません。

 ですが、皇子様ほどの役割を果たせたかと思うと疑問は残ります。


 「そこは心配ないわよ。ユアンは必要だった。そこは私が断言してあげる」

 「え?」


 声のした方を見ると、天幕の入り口からローゼさんとフルールさんが現れました。

 しかも、ハーフエルフの若い姿でです。


 「遅くなったわね」

 「いや、まだ話は始まったばかりだよ。それよりもご苦労様」

 「お礼ならフルールに。兵士の弔いはほとんどフルールがしてくれたから」

 「森の損傷が酷かったからそのついでをしただけよ。お礼は後でローゼにして貰うから平気」


 ローゼさんが僕たちの隣に座ります。

 いきなりの登場に驚きましたが、ローゼさんはエメリア様の派閥の重鎮であり、この戦いの最初で精霊魔法を使い、戦いの狼煙をあげたので関係者と言えば関係者ですね。

 皇子様の指示にも従っていたみたいですし、皇子様とも顔馴染みみたいですしね。


 「って事さ。君はトレンティアを守った。実はこれがかなり大きな役割を果たしている」

 「そうなのですか?」

 「そうだよ。もう、皆も知っている通り、裏で魔族が暗躍をしている。トレンティアでの事件も含め、実は各地で同じような事件が起きていたんだ。ま、トレンティアに比べれば些細な事件だからそこまで公になっていないけどね」


 各地で同じような事が起きているとは聞いていましたが、聞いた話によるとアルティカ共和国でも似たような事件が起きていたみたいです。


 「トレンティアは国境に一番近い街で、もしトレンティアが魔族の手に落ちていたのならば、軍の補給が安定せず、ルード側の国境も壊滅していただろうからね」

 「そうね。あの時にユアン達が居てくれたのは幸運の一言では済まなかったわ」

 「そう考えれば、君が冒険者で自由に動き回れる事は大きかったわけだ。自由が効かない僕の代わりにね」

 「そうなんですかね?」


 実感は沸きません。

 僕が居合わせたのはたまたまですからね。


 「いや、違うよ? 自由に動ける君たちがそうなるように仕組んだのは僕だからね」

 「え?」

 「君たちの行動は常に把握させて貰っていた。タンザからトレンティア、そしてアルティカ共和国についてからもね」

 

 僕たちの行動が常に?

 どうやって……。


 「わからないみたいだね……いいよ、出ておいで」

 「はーい!」


 突然、皇子様の影から人がにゅっと現れました。

 そして、それは僕たちが知っている人物でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る