第163話 弓月の刻、白天狐に呼ばれる
それはまさに一瞬とも言える出来事でした。
「倒して、しまったのでしょうか?」
「みたいかな?」
目が眩むほどの閃光が走り、その閃光が治まった時には既に封印された魔物の姿はなく、残ったのは皇子様と、魔石のような物だけでした。
「あれが本体なのですかね?」
「なのかな?」
「けど、壊せないみたいです」
「あれは無理」
皇子様が何度か攻撃を繰り返していましたが、全ての攻撃を無効化し、暫くした後に空高く飛び上がり、何処かに消えてしまいました。
「終わったのかな?」
「多分、そうだとは思いますけど……」
「静かです」
「実感がまだ湧かない」
僕たちと同じように、冒険者も兵士達も空を見上げるばかりで、歓声が一つもあがりません。
封印された魔物が消えた。
それだけはわかるのですが、この戦いが終わったのか、それともまだ何かが起こるのか、そこの判断がつかないみたいです。
「あ、行っちゃいました」
てっきり、戦いが終わったら僕の元へと来るかなと思っていましたが、皇子様は西の方へと飛んで行ってしまいました。
「むー……」
「ユアン、落ち着く」
「落ち着いてますよ?」
うん、大丈夫です。
僕はちゃんと落ち着いていますからね!
「ソワソワしてるユアンさんも可愛いです」
「耳と尻尾が落ち着きなく動いて、触りたくなるね」
そんな事ないですよ。
耳と尻尾は勝手に動くことがあるので、僕の感情というか、内心に反応している訳ではありません。
「それよりも、どうしましょうか?」
終わったのならいつまでも此処に留まる必要もありませんし、アリア様達の元に戻らないといけません。
何よりも、先ほどの攻撃でアリア様の安否を確認する必要もありますからね。
「そうだね……とりあえず、アリア様達と合流をした方がいいかもね」
「一応、アリア様達の軍として参加する事を条件にされてましたしね」
「そういえば、そうでしたね」
すっかり忘れてました!
ま、まぁ……実際にはルード軍との戦争ではなかった訳ですし、怒られはしないですよね?
「火龍の翼の皆さんは……冒険者を纏めるのに忙しそうですし、このまま行きますか」
我に返った冒険者の一部が騒ぎ始めています。
喜んでいるのか、それとも思った以上に魔物を倒せずに儲けが少なかったのかはわかりませんが、それを宥める……というよりも叱りつけている感じですね。
あれは、邪魔をしてはいけない奴だと思います。
「という訳で、火龍の翼の方には後で挨拶をするとして、僕たちはアリア様達の元に……」
向かいましょうと言おうとした時でした。
「やぁやぁ、待たせたね」
「わっ!」
突然、僕たちの前に白天狐……皇子様が現れました。
「どうしたんだい? 変な顔をして」
「いきなり湧いて出たから驚いただけです」
「人を虫みたいに言わないで貰いたいな」
「変わらないですよ」
「なんか、冷たいね。何かあったのかい?」
「…………」
色々ありましたよ。
最初は現れた事に驚きはしましたが、落ち着いてみると沸々と怒りが込み上げてきます。
「ふふっ、僕に対して色々思う所があるようだね。だけど、その話は後で聞こう。今は付いてきてくれ」
「どうして、皇子様について行かなければならないのですか? 僕は、アリア様の所に戻りますので、ついて行きませんよ」
「ん? ならちょうどいいじゃないか。今から向かう所にはアリアもいるよ?」
むー……。
「それじゃ、行こうか。徒歩じゃ時間がかかるし、転移魔法で移動をしようか」
「僕達は魔法陣でしか移動できませんので、歩いて行きますので、先にどうぞ」
「ふふっ、いいよ連れてってあげるよ」
「結構です!」
皇子様の事は信用できませんからね。
どこに連れていかれるかもわかりません。
「仕方ないね。それじゃ、中央の天幕で待ってるから出来るだけ早く来てくれるかい?」
「言われなくてもそうしますよ」
皇子様が肩を竦め、消えてしまいました。
どうやら、魔法陣を使わなくても転移魔法が使えるみたいですね。
「ユアン」
「はい、何ですか?」
シアさんがギューッとしてくれます。
「落ち着くと言い。皇子のペースに呑まれてる」
「はい、気をつけます」
「うん」
自分では気づけていないみたいなので気をつけないといけませんね。
けど、シアさんがこうしていてくれるお陰ですごく落ち着いた気分になれます。
獣人だからですよね、シアさんの匂いに包まれる感じが凄く落ち着く気がするのです。
「ありがとうございます」
「うん。いつでもしてあげる」
「いいなー」
「たまには私達も混ぜて欲しいよね」
「では、たまには今日はみんなで寝ますか?」
「ベッドで休めるならそうしたいですね」
「まだ厳しそう」
「事後処理が一番大変だからね。今日はゆっくりできないかもね」
そればかりは仕方ありませんよね。
魔物、人間、獣人、この国境には色々な亡骸まだ転がっています。
死体からは疫病が発生したりしますし、魔族がまだ裏にいるはずなので、その死体を使って何かをする可能性も残されています。
放置する訳にはいきませんよね。
「僕たちが手伝える事があるかもしれませんので、向かいますか」
皇子様にではなく、会いに行くのはアリア様にですけどね。
皇子様には聞きたい事はありますが、話したいとは思いませんからね。
という訳で、僕たちは皇子様に来るように言われた中央の天幕へと向かったのです。
その時に、西の方から歓声があがり、その後、馬に乗った人から戦いが終わりを告げたことを知らされました。
そして、徐々に歓声が全体に広がっていったのです。
そんな中、中央の天幕を目指していたのですが……。
「中央の天幕って、どこでしょうか?」
「こっちだとは思う」
ルード軍の事は全く分かりません。
なので、兵士の方に場所を聞きながら向かっていく事になります。
教えてくれる人と教えてくれない人。
僕たちの事、というよりも僕の事をみて顔をしかめる人などが居ましたが、どうにかそれらしい場所……大きなテントが建てられた場所が見えてきました。
「あれだね」
「そうなんですか?」
「うん。オルスティア様の紋章が刻まれているから間違いないよ」
「そうなんですね」
僕には皇女様との紋章と区別はつきませんが、あれが皇子様の紋章のようです。
「止まれ」
天幕に近づくと、僕たちの前に大柄の兵士が立ちはだかりました。
身の丈を越える、僕の腕の太さくらいありそうな太い大きな槍を持った人です。
「お久しぶりです、デイン殿」
「む……エメリア様の所の副隊長か。久しいな」
「元、ですけどね」
スノーさんと面識があるみたいですね。
「そうか、それで何用だ?」
「オルスティア様に呼ばれた次第です」
「という事は、弓月の刻か。わかった、通れ」
緊張しました……。
立っているだけで威圧感がありましたからね。
大きい人は何人も見た事はありましたが、強いというよりも、堅いという感じですね。
「あの人が、オルスティア様の第一騎士団の隊長だよ」
「どうりで貫禄があった訳ですね」
それと同時に親衛隊の隊長も務めている方でもあるみたいです。
そこに選べれる事はよほど忠義に厚くないとダメみたいなので、皇子様の信頼も高いみたいです。
「遅かったね」
「歩いてきましたし、場所がわかりにくかったですからね」
「だから、転移魔法で一緒に来ればって誘ったんだけどね」
「それは遠慮させていただきますよ」
天幕に近づくと、中ではなく、天幕の外に人が集まっていました。
そうそうたる顔ぶれです。
皇子様は勿論の事、皇女様、護衛のエレンさんにアリア様とアンリ様。
アルティカ共和国の王様はアリア様ですが、王族が4人も集まっているのです。
「ユアン、無事で何よりじゃ」
「はい! アリア様もアンリ様も無事で何よりです」
「うむ。序盤はユアンの防御魔法もあったしな、最後は判断を誤っていたら、皇女もろとも死んでいたがな」
「本当に、良かったです」
左軍でアリア様達は封印された魔物が放った紅い光線を放った近くで戦っていたみたいで、もし撤退をしていなかったらかなり危うい状況だったみたいです。
「よし、役者もある程度揃ったみたいだし、そろそろ本題に移ろうか。残りの人ももうすぐ来るだろうし」
「ルード軍の事は良いのか?」
「うん、問題ないよ。宰相に任せてあるからね」
「良かろう。ちと疲れたから中で良いな?」
「うん。そのつもりさ……どうぞ、中に」
皇子様が天幕の中に消えていきます。
「呼ばれたって事は僕たちも中に入らなければいけないのですかね?」
「当り前じゃ。その為に呼ばれたんじゃからな」
そうですよね。そうじゃなければ、呼ばれないですよね。
でも、何のためにでしょう?
僕達は王族でもない、ただの冒険者なのに。
まぁ、恐らくは白天狐と黒天狐である僕の繋がりだとは思いますけどね。
何せ、皇子様の姿は依然あのままなのですから。
皇女様、アリア様達、僕たちの順で天幕に入り、四角いテーブルを囲むように僕は座りました。
「よければそちらの方も掛けてくれて構わないよ? 話は長くなるかもしれないからね」
「遠慮する」
「私も、遠慮させて頂きます。キアラは座るといいよ」
「えっと、わかりました。失礼致します」
シアさんもスノーさんも、警戒してくれているみたいですね。
暫くすると、天幕の中に女性が現れました。
「オルスティア様、兵への指示は終わりました」
「うん、ありがとう。問題は?」
「今の所は問題ないかと」
「そうか。ご苦労様」
「ありがとうございます」
この方が宰相なのですね。
皇子様よりも背が高く、細身で長い黒髪が特徴的で、疲れた顔をしていますが、とても綺麗な方です。
そして、皇子様の事を優しい眼差しで見つめているのが印象に残ります。
「では、今後について話し合いをしたいのだけど、先に言っておきたい事はあるかい? なければ僕が進行させて貰うけど」
「うむ、面倒じゃからそれでいい」
「エメリアは?」
「お兄様の話を聞かない事には何とも」
「それもそうだね。そちらの弓月の刻の方々もいいかな?」
「それで、いいですよ」
「うん。それじゃ、そうさせてもらうよ……さて、どこから話したものかな」
こうして、皇子様が進行の元、今後に向けた話し合いは始まりました。
皇子様の口から何が語られるのか、僕はそれを待つしかありません。
きっと、僕たちにとって無関係ではない話なのですからね。
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