第162話 白天狐の戦い

 「まずは、これをお返ししようか」


 僕は補助魔法が苦手だ。

 だからといって、攻撃を防ぐ手段を持ち合わせていないわけではない。

 攻撃は最大の防御とは良く言ったものだね。

 要は使い方。攻撃魔法も使い方によっては、防御魔法の変わりにもなる。

 妹が未熟だと思ったのはここら辺にある。防御魔法も使い方によっては攻撃魔法の変わりになるからね。

 それでだけど、僕が使ったグラビティー・ホールは攻撃魔法に分類される魔法だ。

 吸い込んだものを時空の狭間へと送り込む事が出来る魔法であり、簡単に例えるのなら、収納魔法の攻撃魔法版と考えればわかりやすいかな。

 つまりは、取り出しが可能という訳だ。

 

 「自分の攻撃に焼かれるといい」


 グラビティー・ホールを再び出現させ、先ほど吸い込んだ、妹を狙った際に吸い込んでおいた熱線をお返しする。


 「キィィィィィィィィィ!」


 金属を擦り合わせたような甲高い悲鳴が魔物から洩れ、宙に浮かぶ巨体がぐらりと揺らいだ。


 「まだまだ、行くよ?」


 折角ここまで来たんだ。

 僕の魔法に付き合って貰わないとね。ここまで全力で戦う事が出来るのは、最初で最後かもしれないからさ。


 「おっと……何のつもりだい? 僕にはそんな趣味はないよ?」


 まぁ、魔物も一方的にやられるつもりもないらしい。というよりも、僕を倒すつもりでいるのだろうね。

 無数の触手が僕に向け伸ばされた。

 あれに捕まると、下手すれば眷属化させられる可能性があるから気をつけないといけないな。

 まぁ、魔法耐性次第になると思うけどね。

 魔力の保有量からみて捕まったとしても、大丈夫な気がするけど、あんなものに拘束されるのは流石に嫌かな。


 「だから、切り落とさせてもらうよ。ジャグラー《切り刻む刀》」


 湾曲した小ぶりのシミターに似た刀が、10本ほど僕の周りを回遊する。まるで、曲芸師がジャグリングするかのような動きから名付けられた闇魔法……みたいだね。

 みたいと言ったのには理由がある。

 妹もそうだけど、僕たちが使える魔法は今では失われた魔法が多い。

 生まれた時から、自我が芽生えた時から魔法の知識を持っていた。恐らくは、両親が僕たちに教えた、というよりも記憶として埋め込んだのだろう。

 まぁ、由来などは知らなくとも知識さえあれば使えるのが魔法だからね。その辺は有難いよね。


 「さてさて、君の闇魔法への耐性はどれほどかな?」


 不規則な動きをみせる、湾曲した刀が目の前の魔物へと迫る。

 僕の攻撃魔法は闇魔法が多い。もし、仮にだけど闇属性への耐性が高かったのなら、僕の攻撃を防ぐことが出来るかもね。

 できれば、だけど。


 「ほら、もっと防がないと、どんどんと失っていくよ?」


 うん。どうやら、魔物の耐性よりも、僕の闇魔法の方が上回っているみたいだ。

 次々と魔物の触手が切り刻まれ、本体から分かれていく。


 「けど、これじゃ埒が明かないな」


 力を制限されているとはいえ、古の魔物というだけある。

 その再生力には驚かされる。

 触手を斬り落とした次の瞬間には次の触手が再生している。


 「この作戦では駄目かな。無駄に被害が広がりそうだ」


 落下した触手を眺めならが、僕はこの攻撃手段が失敗だったことに気付く。

 それと同時に、貴重な情報を得る事も出来た。


 「なるほどね、変異種の正体はこの魔物が原因だった訳だ」


 斬り落とした触手には細かな棘が生えていた。

 細かなと言っても、魔物の本体と比べるとだけどね、僕たち人間のサイズからすれば1本1本が掌サイズはある。

 触手に生えたそれが爆ぜたかと思えば、棘が無数の雨となり降り注ぎ、地上で僕たちの戦いを見守る兵士へと降り注いだ。

 そして……。


 「おい、どうした!?」

 「こいつ、いきなり襲い掛かってー……うわっ!」


 不運な事に棘が刺さった兵士が暴れ始めたようだね。

 あの棘にはどうやら眷属化させる効果があるみたいだ。

 魔族はこの棘を利用し、魔物などを操っていたのかもしれないね。

 まぁ、どこで手に入れるのかまではわからないから対策は練れないのが残念だけど、今後は僕の仕事ではないし、この情報が誰かの役に立つ事を願うばかりだ。


 「っと……考え事をしている暇はないね」


 地上の事は地上に任せ、僕は僕でこの魔物の力を削がなければならない。


 「さて、触手を狙えないとなると、本体を狙うしかないかな」


 となると、笠の上からでも本体に通る攻撃の方がいいかな。


 「アビストライデント《深淵より降り注ぐ槍》」


 トライデントという武器は割と有名かな。

 別名で三又槍とも呼ばれる、先端が3つに分かれ、海辺の街では魚を捕る為に使われたり、魔物と戦うために使われていたりするみたいだね。

 目の前に浮かぶ魔物の見た目はクラゲみたいだし、ちょうどいいよね。


 「ほら、交わさないとどんどんと刺さっていくよ」


 魔物の笠は見た目通り、柔らかいみたいだね。

 といっても、普通の武器や魔法では傷つけるどころか、弾かれるだろうけど。

 しかし、僕の魔法は防げないようだ。

 そもそも物理ではなく、魔法で造り上げた槍だからね。闇魔法の耐性が高くなければ防ぎようがない。

 

 「この程度か……期待外れだね」


 本来の力には程遠いのはわかっているけれど、何とも呆気ない。

 まぁ、何事もないのが一番だとは思うけど、ちょっと拍子抜けにもほどがあるかな。

 といっても、かなりの被害は出てしまったのは確かだ。

 その代償は支払って貰わないといけないね。


 「それじゃ、大分弱ってきたみたいだし、終わりにさせて貰おうかな」


 少し物足りないから、遊びたいところだけど、手痛い反撃を受ける可能性もある。

 だけど、最後くらい……いいよね。

 持ちうる魔法の中でも最大級の魔法を使っても。


 「倫理では語れない真理。禁忌を犯した者が得た神秘なる闇は神をも呑みこむ鍵となる。

 暗く、深く、蠢く混沌。

 光の届かぬ場所からの怒り。

 絶望と絶望が結合し、欠乏した血を求め、相対する者へと振るわれる、揺るぎないつるぎとなりて処刑の時を刻む」


 詠唱を唱えるのなんて初めてかもしれないね。

 詠唱に意味はない、ただ、少しでも魔法の力を増幅させる為の準備あそび

 そして、その魔法は間もなく完成する。

 詠唱の時間を使い、増幅された闇魔法の素が集まった。

 それを、全て変えてみせよう。


 「光の導きに……

 少し、痛いかもな! だから、直ぐに眠らせてやるよ……孤独を照らす光アネモネ


 正直なところ、俺の中でも上位にあたる魔法だ。

 これを食らってなお、残るようならちょっとばっかり厄介だな。

 ま、その心配はいらなかったようだ。

 光魔法を放ち、戦場全てが光に包まれ、それが晴れた時、そこに残っていたのは、まるで心臓のように鼓動を繰り返す核。


 「もしかして、壊せたりするかな?」


 少しだけ期待を込め、闇魔法で造りあげた槍を核に放つ。


 「だよね。流石に無理か」


 僕の魔法が核に当たる直前に消えるのが見えたね。

 魔法が無理ならと剣を振りかぶり、核にむかって投擲してみたけど……うん、これも無理だ。

 一応、ミスリルで出来た剣だけど、跡形もなく、溶けるように消えてしまったね。

 あれを壊すのには何かしらの方法が必要みたいだね。


 「っと、眠るのかい?」

 

 僕の言葉に返事をするように、核が激しく鼓動を繰り返す。

 何を伝えたいのかな?

 まぁ、感謝では、ないよね。

 核から呪わんばかりの黒いオーラを感じる事ができるし。


 「いいよ、眠るがいいさ。だけど、次は壊すよ、何度も復活されても面倒だからね」

 

 次の封印が解けるのは何年、いや、何十年後……下手すれば数百年後になるかわからない。

 その時はきっと僕ではない誰かが相手になるだろう。

 それまでにこの世界が残っていれば、の話だけどね。

 ま、この魔物に関しては、もう僕には関係のない話だ。


 「じゃあね。楽しかったよ、それなりにね」


 核が空へと昇っていく。目で捉えられなくなる高さまで、高く、高く昇っていく。

 きっと、何処かの地で再び封印され、そこで深い眠りにつくのだろう。


 「終わったね」


 地上の方も、どうやら操られた兵士の対処が終わったみたいで、僕の事を見上げている。

 最後に無駄な犠牲を出してしまったけど、当初の予定よりは被害は抑えられたかな?

 これもアルティカ共和国の協力があったから……って事にしておこう。

 そっちの方が、僕にも都合がいいからね。

 ともあれ、この戦いを終わりにしよう。

 あー……でも、僕の姿はこんなだし、僕が勝鬨かちどきをあげるのも変か。

 よし、だったら別の者に任せよう。

 ちょうどいい人がいるからね?

 僕の事を見上げる兵士を無視し、その人達の元に向かい、この戦争に終わりを告げさせる事にした。

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