第161話 白天狐

 これは終わりにして、始まりとなる戦い。

 

 「宰相、終わらせてくるよ」

 「はい、お気をつけて」


 宰相の頭を軽く撫で、僕は空へと昇った。

 【飛翔】 羽がなくとも宙を飛べる魔法を僕は使った。

 それと同時に、僕は変化の魔法を解いた。

 兵士が驚きの声をあげる。

 仕方ないね。いきなりルード帝国の皇子が宙へと飛んだと思ったら、姿が変わったのだから。

 しかも長年の間、忌み子と蔑んできた白き髪の獣人に変わったのだからね。

 皇族、貴族の間での認識は少しずつ変わってきたとはいえ、ここに集まった兵士の大半は平民や没落貴族などの者が多い。

 父上……陛下が変えようとした、白髪と黒髪の獣人への認識はまだ浸透していない。

 この状況に、困惑するのも仕方ないだろう。

 まぁ、そんな事は関係ない。

 僕にとっては関係のない話なんだ。

 何せ、僕が皇子であろうと、白天狐だろうと、僕の役割は今日で終わらせるつもりだからね。

 後は、妹に任せる。

 ルード帝国のことはエメリア達に。

 天狐と呼ばれる存在の役割は黒天狐にね。


 「まぁ、エメリア達とは血は繋がっていないのだけど」


 僕が自我を持ったのは生まれて直ぐ。

 目もまともに開けられず、両親の顔すら覚えていないのに、今後の僕が果たす役割だけは記憶に刷り込まれていた。

 その後、陛下と天狐達は面識があったようで、僕は表面上はルードの皇子として育てられる事になった。

 そして、僕の役割とは、天狐達に変わり、封印された魔物を再び封印する事。

 倒す事が目的ではない、再び封印する事が僕の目的だ。


 「まぁ、簡単に言ってくれるよね」

 

 この魔物を封印したのは龍人族。その龍人族ですら封印するのがやっとだった古の魔物を、僕一人で封印しろだなんて、無茶を言ってくれる。

 まぁ、その為に今日まで準備を整えてきた訳だけど。


 「質で劣るのなら量で勝ればいい」


 この魔物の厄介な所は、自分の領域テリトリーに踏み入った魔物を自分の眷属化をさせること。

 僕たち人間が定めた魔物のランクは関係ない。

 当たり前だよね、魔物のランクとは人間が、冒険者ギルドが勝手に定めただけなのだから。

 見た事もない、聞いた事もない魔物をランクで表す事は出来ないし、ランクで計ろうと出来るほど、矮小な存在ではない。

 謂わば、この魔物は龍神が残した遺物。

 この世界を造った、神とも呼べる存在が造り上げた生物なんだ。

 勝手に溢れたような生き物とは訳が違う。

 あの触手で捕らえた生き物ならば、全てを眷属化させ、自在に操ってくる。

 

 「そのお陰で助かったとも言えるけどね」


 封印されている間は力の制限が掛かる。

 しかし、この魔物はその制限の中で力を使い、長い間をかけて手足となる魔物の軍団を造り上げた。

 もし、封印が解けるまでの間、大人しく、ただ静かに力を水面下で蓄えていたのなら、また違った結果になっていただろう。


 「そうさせなかったのは僕の両親のお陰でもあるんだろうけどね」


 ともあれ、この魔物の力は、本来と比べれば遥かに劣っている。

 そして、完全に封印は解けていない。

 今なら、魔物の力を削いでしまえば、再び封印に呑み込まれるだろう。


 「その前に……」


 魔物が行った攻撃の所為で、前線が崩壊してしまった。

 そして、最後の軍勢となる召喚された魔物たちが兵士達へと殺到している。

 

 「救える命は救わないとね」


 僕は、攻撃魔法は得意だが、補助魔法が苦手だ。

 僕が出来るの攻撃魔法を使用するくらい。

 

 「呑みこめ……グラビティー・ホール」


 右軍、中央、左軍、それぞれに漆黒に染まった球体を出現させる。

 その場所は、それぞれの魔物の群れの中心。

 次々に魔物を引き寄せ、呑みこんだ球体が膨張しはじめる。

 質量が限界に達した時、球体は破裂し、ここら一帯を吹き飛ばす事になるだろう。

 だから、その前に握りつぶす。


 「掌握」


 漆黒の球体が消え、それと同時に魔物の群れも跡形もなく消えてなくなった。


 「少しは役に立ったかな?」


 呆然とする兵士の姿が可笑しく、つい笑みが零れる。

 そして、その中に妹の姿を見つけた。

 僕の姿を見つけた妹は凄く驚いた顔をし、そして直ぐに険しい顔つきへと変わった。

 どうやら怒っているみたいだね。

 だけど、そんな妹も可愛く思える。

 たった一人の、血の繋がった妹だからね。

 

 「おや? もうさっきの攻撃かい?」


 魔物の紅い目に魔力が収束されていく。

 

 「だけど、さっきよりも弱弱しいね」


 かといって、無視はできないかな。

 しかもよりによって狙いは僕の妹が居る……右軍とはね。

 僕を狙ってくれれば楽だったのに、もしかして僕が魔物を減らした事への意趣返しかい?


 「……あれじゃ、防げないな」


 妹も狙われている事に気付いたみたいで、防御魔法を展開している……が、あれでは無理だね。

 どうやら妹は、まだまだ力の引き出し方が完璧ではないらしい。

 一言で言うならば未熟。

 力は正しく使ってこそ意味がある。

 

 「仕方ないな」

 

 魔物の目から熱線が放たれる。

 僕はそれに合わせ、移動を開始した。

 妹のために。

 



 「白天狐……様」

 「あの格好って……もしかして、オルスティア皇子……?」

 

 僕たちの見つめる先に居る人物は、紛れもなく皇子様。

 アルティカ共和国側の国境に居た時に、僕も一度だけ姿をみました。

 恰好もそうですし、かなり印象に残った人だったので、例え耳と尻尾が生えたとしても、間違えようがありません。

 そして、同時に怒りが沸々と込み上げてきます。


 「あの人が……あの人のせいで沢山の人が……」


 戦いの序盤、沢山の人が亡くなりました。

 理由はどうあれ、僕の目の前で助けられなかった人が居たのです。

 明らかに見捨てられたあの人達。

 作戦だったのかもしれませんが、その作戦を実行したのは、僕に手助けを求めたあの人だったのです。


 「ユアン! 攻撃、くる!」

 「えっ……」


 シアさんの声で我に返りました。

 そして、視線を白天狐からクラゲ魔物に視線を移すと、僕たちに向け、先ほど前線を壊滅させて魔法を放つ準備をしているのがわかりました。


 「防御魔法を全力で展開します!」

 

 時間的にはギリギリ間に合います……ですが、問題は強度です。

 果たして、防ぎきれるのかわかりません。


 「無理そうでしたら……シアさん、スノーさん、キアラちゃんだけでも転移魔法で逃げてください」

 「ユアンは、どうする……?」

 「僕は、ギリギリまで粘ります」


 僕たちだけではなく、ユージンさん達も居ます。

 そこで見捨てる選択肢は僕には生まれません。

 

 「わかった。私はユアンと共にいる」

 「ダメです、逃げてください!」

 「意味ない。私とユアンは繋がっている。ユアンが死ねば、私が死ぬ。一緒」


 そうでした、シアさんとは契約により、僕が致死性のダメージを受けた時、そのダメージを肩代わりしてくれるという契約があるのでした。


 「私も残ります。ユアンさん達は勿論ですが、エルお姉ちゃんを残してはいけないです」

 「私も残るよ。私一人だけ生き残りたくないし。最後となるなら、みんなと一緒がいいからね」


 死にした場面にも関わらず、みんなは僕と一緒に残る選択をしました。

 一緒に逃げるのを提案するのではなく、僕に付き合って残る選択をしたのです。


 「皆さん、変わってますね」

 「ユアンに言われたくない」

 「そうですよ、ユアンさんが一番変わってます」

 「うん、間違いないね」

 「そんな事ありませんよ」


 僕が出来るのは補助魔法でみんなをサポートする事です。

 出来る事を精一杯やっているだけですからね。


 「きます……スノーさん、精霊魔法で手伝って貰えますか?」

 「うん、あまり役には立たないけど頑張るよ」

 「いえ、少しでも強度が上がるのならお願いしたいです」


 防御魔法を何重にも張り、層の間をスノーさんの精霊魔法で埋めて貰います。

 先ほど火柱が上がったのが見えました。もしかしたら、水で少しは軽減できる可能性があります。


 「ユアン、何か手伝える事ある?」

 「今は……ないですが、ギュってして貰えると、その、嬉しいです」

 「わかった!」


 これは、不安だからとかじゃなくて、ただ、もしかしたら、衝撃で僕の体が動いてしまうかもしれないからですからね?

 

 「スノーさん、頑張ってね」

 「ふふっ、キアラにそうしてもらえると、頑張れるよ」

 

 キアラちゃんもスノーさんの身体を支えています。


 「シアさん、ありがとうございました」

 「まだ、終わってない。諦めるのは早い」

 「そうですね、ですけどお礼は言っておきたかったです」

 「大丈夫。私達は終わらない」

 「はい、そうなるように頑張ります」


 そして、クラゲの化物から攻撃が放たれました。

 それは、一瞬で僕の防御魔法へと到達します。


 「ぐっ……」


 突破されない為に、防御魔法を強化し続けます。

 

 「ユアン、頑張る」

 「はいっ!」


 頑張っていますっ!

 だけど、この攻撃はあまりにも一点に集中しすぎて、一層目の防御魔法が突破されっ!


 「全く、世話のかかる妹だね」

 「え?」


 僕に届いた、男性の声。

 それと同時に、僕へと掛かっていた圧力がふっと軽くなるのを感じました。


 「幾ら何でも、焦り過ぎだよ。熱に対し、水で守ったらどうなるかくらい、わかるよね?」


 シアさんに支えられた僕の隣に、いつの間にか白天狐、様が立っていました。


 「白天狐、様……」

 「いや、僕と君は兄妹、尊敬する気持ちはわかるけど、少し違うかな」

 「兄妹……?」

 「うん、そうだよ。おっと、今はそれ所じゃないかな。まずは、この戦いを終わりにしよう」


 僕たちの元を離れ、白天狐……皇子様が再び宙へと昇っていきます。


 「もしかして、助かったのかな?」

 「みたいだね」


 あの攻撃を耐え、無事に立っている事、今起きた事にスノーさん達が呆然としています。


 「助けられた、って事ですね」

 「うん。落ち込む事はない、喜べばいい」

 「そうですね……」


 結果的に、僕たちは皇子様に助けられたみたいです。

 僕たちだけだったら、どうなっていたのか正直わかりません……いえ、きっと無事では済まなかったですよね。

 皇子様の言った通り、最初の防御魔法が突破された後に控えていたのには、スノーさんの張った精霊魔法です。

 スノーさんが契約した精霊は水……僕が使う付与魔法エンチャウントで【爆】という付与魔法エンチャウントがありますが、あれは水と火を掛け合わせ、爆発を起こします。

 もし、あのまま突破されていたら……。


 「結果は結果」

 「はい、今は無事でいられる事を喜ぶべきですよね」


 例え、助けられたくなかった人に助けられたとしても。

 僕は宙へと浮かぶ皇子様の姿を見つめます。

 それしか出来ない、って事もありますが、あの人が何を考え、何を目的にしているのか、確かめ見届けたいからです。

 それに、僕は認めませんが、あの人は兄と名乗ったのです。

 色んな感情が巡りに巡ります。

 怒りなのか、喜びなのか、感謝なのか、憎しみなのか……僕の中に渦巻く感情が纏まりません。

 だから、僕は見届けるのです。

 皇子様の、白天狐の、兄と名乗った人物が巻き起こしたこの戦いの行方を、この目で。

 その先に、何があるのかを知るために。

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