第160話 封印された魔物

 「宰相、お疲れ様」

 「ありがとう、ございます」


 宰相が肩で息をしている。

 宰相が魔法を使えると言っていたので、キャッスル・スパイダーに放ってもらったけど……。

 うん、中々のものだね。

 魔力の才能という点では評価はしにくいけど、詠唱、魔力の凝縮、流れ。この点に置いては良く洗礼されていたかな。

 自身を、才能型よりも努力型と評するのが良くわかる場面だったよ。


 「少し、休むといいよ」

 「いえ、私の仕事は別にありますので」


 乱れる呼吸を整えつつ宰相が気丈に振舞う。

 

 「大丈夫、宰相の仕事は暫く先になるからね。後は僕の仕事さ」

 「わかっております。ですが、オルスティア様の雄姿をこの目で見届けないと、一生後悔する事となります……これ以上、後悔はしたくありませんから」

 「それは同感だね」


 生まれた場所、時代が悪かった。そう言ってしまえばそれまでだけど、これ以上は後悔を重ねたくはない。

 

 「さて、そろそろ、かな」


 時は来た。

 最後の戦いが始まろうとしている。

 

 ゴゴゴゴゴゴッ!


 激しく地面が揺れ、地響きが起こり、森が爆ぜた。


 「オルスティア様」

 「大丈夫さ。心配はいらない」


 宰相の身体が震えている。

 そんなに怯えなくても大丈夫。

 だから、安心して待っていてくれ。

 僕はそっとアカネの肩を抱き寄せる。

 上空へと浮かぶ、紅い目を真っすぐ見つめながら。





 「なんだ、あの化物は」


 ユージンさんの狼狽えた声が僕の耳に届きました。

 魔物、ではなく化物と称したのには納得できます。

 

 「あれが、封印された魔物の本当の姿なのですね」

 「不気味すぎますよ……」

 「高い」

 「流石に私とシアじゃ、攻撃手段が限られるね」


 祭壇で見た時と同じ目がふわふわとまるで浮遊するように浮かんでいます。


 「まるで、クラゲみたいね」

 「クラゲ?」

 「ユアンは知らない?」

 「はい、知らないです」

 「海に住む生物。海面に漂う、半透明な体、沢山の触手を持った生物」

 「食べると美味いんだよな!」

 「まぁ、俺たちの知るクラゲはあんなおぞましい姿はしていないがな」


 どうやら似たような生き物がいるみたいです。

 僕の住んでいた村の東にも海はありましたが、ほぼ年中荒れているような場所なので海産物は滅多に目にした事はありません。

 なので、僕はクラゲという生き物は知りませんでした。

 ですが、大きな紅い目の上にキノコの笠を乗せ、2本の長い触手とその間に生えた数え切れないほどの細かい触手を持った生物が海にいると思うと、とても行きたいとは思えませんよね。


 「大丈夫。普通のクラゲはあんな姿していない」

 「そうですね。まず、目があるかもわかりませんし」

 「キアラも知っているんだ」

 「はい、時々ですが村にも珍しい海産物として届くことがありましたからね」


 ですが、目を除けば姿はクラゲに似ているみたいです。

 目があるにしてもないにしても、見た目が受け付けませんね。


 「おいおい……一体あの化物は何をするつもりだ?」

 

 この場所からでは僕たちの攻撃は届かない為、僕たちはただあの化物を眺める事しかできません。

 そして、暫く観察していると、クラゲの化物がゆっくりと長い触手を高く掲げました。


 「嫌な感じがします!」

 

 クラゲから放たれる魔力には覚えがあります。

 魔の森に溶け込んでいた、あの濃い魔力にとても似ていたのです。

 そして、クラゲの化物は掲げた2本の触手を持ち地上へと振り下ろしました。


 「すごい魔力です……」

 「うん。私でもわかる」

 「ビリビリと、伝わってくる、ね」

 「魔力酔い……は平気みたいですね」


 魔力が溢れたというよりも魔力が拡散した感覚が一番近いですね。

 風が吹き抜けるように、魔力が僕たちの間を吹き抜けたのです。


 「まだ、あるのか」

 「みたい、ですね」


 そして、森の中から再び魔物が現れました。


 「なんて数」

 「今までは遊びみたいなものだったのかしら?」

 「がはははっ! 全て、蹴散らせばいいだけだろ?」


 ゴブリン、オーク、オーガなど2足歩行の魔物。

 

 「虫型の魔物はやめて欲しいな……」

 「足が速いのもいる」

 「共存する魔物ではないのばっかりです」


 魔物同士で争いは置きます。

 その辺りは動物とも変わらず、弱肉強食の世界です。

 それにも関わらず、狼型の魔物の隣には鹿や豚型など、本来であれば捕食対象となりえる魔物が肩を並べて向かって来ています。


 「さて、やるしかないな」

 「そうですね、これ終わりと信じて頑張りましょう」


 封印された魔物が現れたという事は、きっと終わりが近づいている証拠だと思います。

 ただ現れたのではなく、きっとみんなの力で引きずり出したって事です!

 しかし、やはり一筋縄ではいかないようです。


 「気をつける」

 「紅い目に魔力が集まっています!」

 「見るからにやばそうなんだけど」

 「出来る限り固まってください! 冒険者の人達も!」


 一目見ただけでマズい事が起きそうだとわかります。

 そして、その予感は的中してしまいました。


 クラゲの紅い目から一筋の紅い閃光が放たれたと思った瞬間、地面から真っ赤な柱が上がりました。


 「わっ!」

 「きゃっ!」

 「凄い音」

 「みんな、無事?」


 そして、爆音が遅れて僕たちの元へと届き、いつかのお祭りの時のような衝撃波が僕たちを通り抜けました。


 「狙われたのがこっちじゃなくて助かりました」

 「ユアン、防げなかった?」

 「はい、正直、自信がありません」


 あの閃光は一点に集中していました。

 恐らくですが、あの魔力量から考えると、ドーム型の防御魔法では一点突破され、着弾して無事では済まなかったと思います。


 「だが、そのせいで前線は壊滅してしまったな」

 「あれを連続して撃たれるとどうしようもないわね」

 「いや、流石にあれを連続して撃てるとは思わないな」


 クラゲの化物が放ったのは3発。

 右軍、中央、左軍、それぞれの前衛に向かって放たれたみたいです。


 「同感。魔物を召喚したのは時間稼ぎかも」

 「かもな!」

 「どちらにしても、生き残るためには魔物を倒すしかないけどな」

 「そうですね……」


 まずは、再び現れた魔物を倒さない事には話になりませんからね。

 それも、さっきの攻撃が再び行われる前にです。

 ですが、魔物の数は数え切れないほどいます。

 全てを倒すのに要する時間はかなりかかってしまいそうです。

 時間をかければ倒せない事もなさそうですが、その間にさっきの攻撃が飛んで来たら終わりです。

 魔物の群れが近づいてきます。

 前線が壊滅したので、右軍の最前線は僕たち冒険者です。

 中には前線で生き残った人もいて、魔物たちから逃げるようにこちらと合流をしてきますが、大半の人が酷い傷を負い、戦力としては考えられそうにありません。

 もちろん回復魔法で命を繋ぎますが、失った血までは回復できません。

 結局の所、戦力としては期待はできないでしょう。


 「絶対に生き残りましょうね」

 「もちろん」

 「まだ死ねないからね。死ぬ気もないし」

 「はい、まだまだやりたい事はあります」


 何の為に旅をしていたのか、それを達成するまでは終われません。

 

 「武器を構えろ!」


 ユージンさんの怒号が響き渡ります。

 魔物はもう目の前まで迫ってきました。

 きっと、これが最後の戦いになります。

 僕たちの最後の戦いが幕をあけー……ませんでした。


 「あれ、魔物の動きが……?」

 「進んでない」

 「むしろ、下がってる?」

 「けど、こっちに向かって走ってますよ」


 魔物の侵攻が、僕たちとぶつかる寸前で止まりました。

 手足は動かしているのにも関わらず、前に進めていないのです。


 「ユアンの防御魔法?」

 「いえ、ドーム型の防御魔法は使っていないので、止める事はできません」

 「それじゃ、何が起きてるの?」

 「わからないです……」


 依然警戒したまま、暫くその光景を見つめていると、魔物たちの群れが徐々にこちらを向いたまま後退していきます。

 まるで、引っ張られるようにです。


 「おいおい、魔物数がどんどん減っているぞ」

 

 ユージンさんの減っている、という言葉はかなり正確です。

 倒したのならば、死体は残ります。

 ですが、本当に魔物の数がどんどんと減っていく……消えていくのです。


 「なに、あれ……」


 ルカさんが指さした先をみると、そこには漆黒の球体が浮かんでいました。

 そして、魔物たちが次々とその中へと吸い込まれていくのがわかります。

 

 「え?」


 そんな中、僕は何処からか視線を感じたような気がしました。


 「どうしたの?」

 「いえ……なんか、視線を感じた気がして……」

 「あれ」

 

 シアさんが上空をジッと見つめています。

 僕はその視線の先を追いかけました。


 「……もしかして、あれは」


 僕の視線の先には白髪の、僕と同じような耳と尻尾を持った人が、空中に浮かんでいました。

 そして、その人は僕の方を見て、ふっと柔らかく、笑ったのです。

 一目でわかりました。

 あの人が、僕に手助けを求めた……。

 白天狐様なんだと。

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