第159話 第一皇女

 「あれがキャッスル・スパイダー……か」


 突如現れた漆黒の蜘蛛が糸を吐き、兵士達を連れ去っていく。

 主に被害が出ているのはトーマの所と……。


 「母上、鳥王が下がっていきます」

 「当然じゃな」


 鳥王クドーの軍は空に兵士を集めた事が災いとなったな。

 幾ら鳥人族とはいえ、空中に拡散された糸を全て回避する事は敵わぬ。半数まではいかぬが数は減ってしもうたな。


 「どれ、こうしていても仕方あるまい。私が倒してこよう」

 「それでしたら私が」

 「時間が惜しい。アンリの獣化はまだ不安じゃからな」


 それに今なら連れ去られた者達も助かるやもしれん。


 「わかりました。お気をつけて」

 「うむ。私に何かあった時は、後は任せたからな」

 「縁起でもない事を……」

 「それくらい余裕を持てって事じゃ」


 アンリの心配症はどうにかならぬものか。これではまだまだ国を任せる事は出来そうにないな。

 私としては、今の座をさっさと降りて、残りの人生を謳歌したいのじゃがな。

 じゃが、そうするためにもこの戦い、まずは目の前の虫けらをさくっとやってしまわぬとな。

 

 「それじゃ、行ってくる」

 「はい……」


 アンリの今後は心配ではあるが、未だに親離れできない子というのも可愛いものじゃ。

 母の勇ましき姿をとくと見ておくが良い。


 「久しぶりじゃな、私が獣化をするのも」

 

 獣人の国が今の形に落ち着くまではよく獣化で戦ったものだ。

 戦争ではないがな、先代の虎王ともよく力を競い、力で交渉事をよく進めたのが懐かしく思う。


 「獣化……」


 ふむ?

 久しぶりのせいか、少し体の節々が痛むのぉ。

 じゃが、悪くない、悪くないな。

 四肢に力が宿り、身体が火照ったように熱くなる。


 「さて、トーマ所に顔を出してやるか」


 この姿となれば火車狐よりも速く地を駆ける事ができる。

 蜘蛛の糸に苦戦するトーマの所まで移動するのは一瞬じゃった。


 「くそっ、中々千切れねえぞ! しかもすげえ力で引っ張ってくるな!」

 

 私が辿り着くと、蜘蛛の糸とじゃれているトーマの姿が見えた。

 

 「なんじゃ、楽しそうではないか」

 「うぉ! あちいな!」


 そりゃそうじゃ。今の私は獣化していて、謂わば炎を纏っているような状態じゃからな。

 私に触れなければ何ともないじゃろうが、近づけば熱いのは当然じゃろう。


 「助けはいらなそうじゃな」

 「ババアの助けなんかいるか!」

 「そうかそうか。なら、燃えとけ……ふっ」

 「ぐぉぉおぉぉぉぉ!」


 誰がババアじゃ。人の手を煩わせて少しは反省するがよい。

 トーマが私の前でゴロゴロと転がって火を消そうとのたうち回っている。

 勿論、幻術ではないから早く火を消さないと大変な事になるぞ?

 まぁ、この阿呆にはこれくらいがちょうどいい。 


 「あちちちちちっ!」

 「ほれ、自由になったならさっさと軍を引け。魔物の数も減ってちょうどいい頃合いじゃろう」


 見える魔物は蜘蛛1匹じゃ。

 中央の方にはちらほらと見えるが、そっちも数も少ない。

 まぁ、当然じゃな。

 蜘蛛の糸に掛かるのは何も人だけではない。魔物がいれば当然そやつらも掛かり邪魔となるじゃろう。

 敵も考えて行動している……馬鹿なりにな。


 「所詮は魔物の知恵、浅はかだな」

 「何じゃ、ラシオスも来たのか」

 「あぁ、あちらの娘に頼まれたからな。その案内だ」

 

 ラシオスも律儀なやつじゃな。

 ルードの皇女が合流してきたと伝えたのは間違いじゃったかな。

 邪魔だから落ちてきたのじゃが、まさかここまで着いてくるとは思わんかった。


 「ラシオス、皇女に何かあった時、責任はお主がとれ、よいな?」

 「承知。だが、何か起きるとは思わないな。それがわからないアリア殿ではないだろう」

 「まぁな」


 代々の強さというのは一目見ればわかる。

 中にはユアンのような戦ってみるまで強さが測れない者もおるがな。


 「で、何でついてきた? お主は第二皇女の護衛が責務じゃろうに」

 

 流石というべきか、アルティカの王が3人も集まっているにも関わらず、この者に臆した様子は見えない。


 「単刀直入に言おう。手柄が欲しい」

 「手柄じゃと?」

 「あぁ、この戦いで私達の力を示す必要がある」

 

 手柄か。確か、第二皇女の話では皇女の立場は第一皇子に比べ遥かに低いと言っていたな。

 

 「名声が欲しいという事か」

 「そう言う事だ。それに、今後の事を考え、アルティカ共和国と共に戦ったという実績も欲しい」


 欲張りな奴じゃなぁ。

 

 「それで、本音は?」

 「純粋に戦ってみたい。このような機会はこの先、中々ないだろうからな!」


 そして、馬鹿がつく程に素直じゃな。

 じゃが、トーマもそうじゃが、逆に好感が持てるな。

 潔い馬鹿は誰かが助けてやらねばならぬ。

 皇女に恩を売っておくいい機会でもあろう。


 「よかろう。蜘蛛までの道は私が開いてやろう」

 「助かる」

 「じゃが、手助けするのはそこまでじゃからな」

 「十分だ」


 共に戦うのも良いが、私の攻撃に巻き込む恐れもあるじゃろうし、勝手に危機に陥ってくれた方が助けた時に恩を売れるじゃろう。

 

 「ついて参れ。私の後ろに常にいろ。すれば安全じゃ」

 

 蜘蛛までの糸は纏った炎で消える。どうやら、魔力を含んだ糸もみたいじゃが、私の垂れ流し状態の魔力の方が高いみたいじゃ。

 ただし、獣化した状態に限るじゃろうが。


 「次にキャッスル・スパイダーが糸を吐きだしたら、それを消してやる。後は走れ」

 「わかった」


 うむ、集中しておるな。

 こやつからピリピリと殺気が伝わってくる。

 大した才能と努力じゃな。

 簡単に身に着けれる代物ではないぞ。

 

 「来るぞ」


 蜘蛛の目玉が私を捉え、ゆっくりと尻をあげた。先ほどから見ていたが、あれが糸を吐きだす予備動作じゃな。

 それに合わせてやればよい。

 魔法ではないからな、詠唱も必要がない。

 ただ本能のままに、体内に巻き起こる嵐を吐きだしてやれば全ては終わる。

 

 「私を信じ、真っすぐ進むがよい!」


 キャッスル・スパイダーが糸を吐きだした。

 同時に私も進む足を止め、炎の渦を口から吐きだす。

 炎の渦はとぐろを巻き、蛇のようにうねり、糸を掻き消してながら、キャッスル・スパイダーへと向かう。

 そして、第一皇女、が私の炎の渦の後へと続き、まっすぐ蜘蛛へと向かう。


 「なんじゃと!?」


 流石に驚かずにはいられなかった。

 皇女が私の吐いた炎の渦に自ら飛び込んだのだ。

 じゃが、それだけでは終わらない。

 私の炎が徐々に消えていったのだ。

 いや、消えたのではなく、収まっていったというべきか、第一皇女の剣へと。


 



 「これは、質のいい炎だ」


 折角だ、使わせて頂こう。


 私には才能があった。

 一つは剣技。ルード帝国で剣の扱いで私に敵う者はいないという自負がある。例え、火龍の翼のリーダーが相手だとしても。

 一つは観察眼。人であろうが、魔物であろうが生物の起点となる行動がある。

 目の動き、筋肉、関節、それを行動に移す事により動く重心、バランス。

 それをこの目で捉えることが出来る故に、相手の行動は先読みが出来る。

 だが、それだけでは足りない。

 才能だけでは届かない領域がある。

 だから、私は鍛えた。

 幼き日より自覚した才能を伸ばす為に欠かさず鍛錬を繰り返した。

 そして、一番の才能を私は自覚した。

 それは努力を続ける才能。

 たった一つ。それだけを信じ、折れずに挑み続ける才能。

 それ故に、手に入れた力がここにある。


 「宿せ、我が剣よ」


 私に魔法の才能はない。

 だが、研ぎ澄まされた感覚は魔法を肌で感じ、質や流れを掌握できる。

 そして、私と愛剣はその感覚を共有する事が出来る。

 そこだけは兄上に感謝せざるを得ないな。

 この愛剣は兄上より授かったのだから。

 しかし、その兄上が障害となるのならば、いずれは越えなければならない。

 我が愛する妹、エメリアの為にも!


 「だが、まずはお前だ。恨みはないが、私達の道を拒むのなら、その糧となれ」


 私の剣はエメリアのためにある。

 第一皇女という立場は捨てた、全てをエメリアに捧げるために。


 「消えろ!」


 



 

 「おぉ……やりおるな」


 私の炎が消えた時はどうなるかと思ったが、あ奴の一撃でキャッスル・スパイダーが真っ二つに切断されるのをこの目で確かめた。


 「確かにな……だが、アリア殿のお陰が大きいのではないか?」

 「どうじゃろうな」


 確かに、それもあるじゃろうが、それを可能としたのはあの娘の力じゃ。

 

 「くそっ、いい所を持っていかれちまった!」

 「まだいたのか? さっさと帰らぬか」

 「はんっ! 俺はまだまだ戦える!」


 獣化もとっくに解け、まるで生まれたての小鹿のように足を震わせ何を言っておる。

 とりあえず、この馬鹿を連れ、一度下がるか。アンリ達をいつまでも心配させたままではいかぬからな。

 

 「おい! 離せ!」

 「うるふぁい」

 「くっ、ならせめて背中に乗せろ!」


 背中に乗せろじゃと? 運んでやるだけ有難く思え。

 むしろ、私に服を咥えられ、運ばれる恥ずかしい姿を見られる方がご褒美じゃろうに。

 

 「中央の方もどうにかなったみたいだな」

 「みたいだね」


 蜘蛛を倒し、捕まった者達を救出した皇女が中央の有様をみた。

 膨大な魔法が中央で糸を吐いていたキャッスル・スパイダーを襲い、跡形もなく吹き飛ばしたのが私にも見えた。

 この様子だと、右軍も問題なかろう。


 「お怪我の方は?」

 「気遣い無用。貴方達の助けもあった。感謝する」

 「ぺっ……話は後にせい、いつまでも此処に居ては危険じゃ、皆と合流するぞ。トーマ、お主も兵をいったん下げろ……あむ」

 「だから、咥えるなって言ってんだろ!……ちっ、下がるぞ! 負傷した奴は手を貸してやれ」


 まぁ、被害はあったが魔物は粗方始末できたかのぉ。

 主に被害はトーマの所が大きいがな。

 そして、戦場はひと時の静けさに包まれた。

 後に、この判断が私達の運命を大きく変えるとはこの時はまだ気づかなかったがな。

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