第157話 謎の冒険者

 「殿下! 前線で動きがあった模様です!」

 「うん、ここからでもわかるよ」


 まさか、城を築く《キャッスル・スパイダー》蜘蛛まで登場してくるとは思わなかったね。

 それだけ伝えると、伝令は直ぐに僕の元を去っていった。

 かなり慌てているみたいだね。

 

 「オルスティア様、あの魔物をご存知なのですか?」

 「うん、見るのは初めてだけど、聞いた事はあるよ。僕が生まれる前の話になるけど、宰相も聞いた事ある事件を引き起こした魔物だよ」


 宰相は冒険者ではないからね、魔物についてはさほど詳しくはない。

 だけど、エピソードを話してあげればすぐに理解する。歴史上に起きた事件などは覚えているからね。


 「魔族領に近い場所に、街があったのは知っているよね?」

 「はい、存じております。魔物の襲撃により、住むのが困難に陥り、その街を捨てざるを得なかったとか」

 「うん。その魔物が今現れた魔物だよ」


 キャッスル・スパイダーという名前の由来はそこにある。

 その頃はまだ、魔族ともそれなりに交易があった事もあり、その街はルード領の中でも栄えていた。

 領主の館も帝国よりも小さいが、それは立派な城が建てられていたという話だ。

 

 「だけど、その街はたった一日で……いや、一晩で終わりを迎えた」

 「蚕……事件ですね」

 「うん、その通りだよ


 実際にその現場を目撃した人はいないからこれは憶測になるのだけど、どこからともなく現れたキャッスル・スパイダーが全体を覆うように糸を吐き続け、まるで蚕が繭を作ったような状態になったみだいだね。

 そして、キャッスル・スパイダーはその街を占拠し、糸によりに脱出できない人を少しずつ喰らい、討伐隊が到着した頃には、既に生存者はいなかったという話だ。


 「まぁ、これは少し話が大袈裟に盛られているみたいだけどね。実際に生存者はいるみたいだし」

 「確か、地下水路から外に脱出したのでしたよね」

 「そうだね。街の半数以上の人は生き残ったらしいよ」

 「それでも、半数は犠牲になったのですよね」

 「まぁね」


 その事もあり、前例のない事件からキャッスル・スパイダーはAランク指定の魔物に認定されたわけだ。

 

 「ですが、謎も多い事件ですよね」

 「そうだね。前例がない事がまず不思議だよね」


 キャッスル・スパイダーがAランク指定に認定され、初めてそんな魔物が存在するとわかった訳だけど、何故キャッスル・スパイダーが長い歴史の中で発見されなかったのか、何処から現れたのか、数が少ないのか、今も研究が行われているほど、謎が多い魔物だ。


 「まぁ、僕は魔族が裏で糸を引いていると思っているけどね、蜘蛛だけに」

 「オルスティア様、笑えません」

 「冷たいなぁ……面白くもないのは確かだけどさ」


 僕も言った後に気付いたし、面白くもないのは事実だし、仕方ないか。


 「それよりも、どうなさるのですか?」

 「うーん。まぁ、どうにかなるんじゃないかな?」

 「キャッスル・スパイダーが脅威ではないと?」

 「いや、脅威だよ。だけど、本当の脅威はまだ先だと思うからね」

 「そうですね、その為に此処まで遥々来られたのですから」

 「そう言う事。僕が出てもいいけど、まだ温存をしたいからね」


 キャッスル・スパイダーが脅威なのは間違いない。

 だけど、所詮はこの程度なんだ。

 僕の力がなくとも倒せなければ、この先はないし、それだけの力が兵士達にはあると確信をしている。

 あくまで厄介なのは糸の量とその強度だけ。対処法さえわかれば、Aランク指定でもCランク程度の魔物と大して差はないしね。

 要は、使いどころだ。

 キャッスル・スパイダーが優位に立てるのは、不意をついた時だけ。

 あの街を落とした時のように、夜に忍び寄り、気づかれないうちに糸で相手の動きをとれなくするのが本来の使い方。

 僕ならばそうするね。

 

 「だけど、そろそろ前線のすぐ後ろまで移動するよ。宰相は危険だから、ここで待っていて」

 「お断り致します。私もそれなりに戦えますから」

 「……物好きだね」

 「オルスティア様ほどではありませんよ」

 「そんな事もないと思うけどなぁ……ま、危なくなったら下がる事、これは命令だよ?」

 「畏まりました。逃げる暇がございましたら、オルスティア様の命に従い、行動に移します」


 逃げる気はないと言っているのと同じじゃないかな。

 まぁ、宰相も頑固な所があるし、これ以上は言っても無駄だろうね。


 「それじゃ、移動しようか」

 「はい」


 これが終われば、僕の出番は近い。

 そして、それが終われば僕の野望は叶う。

 キャッスル・スパイダーの糸が届く範囲は決まっている。僕たちはそのギリギリの位置まで移動を始めたのだった。

 




 「ユージンさん、あの魔物は……その蜘蛛、ですよね?」

 「あぁ、そうだな。しかもAランク指定とされる化物だ」

 

 ここに来て、Aランク指定の、しかも蜘蛛型の魔物ですか……ホント嫌になりますね。


 「ユージンさんは戦った事あるのですよね? 先ほどの口ぶりからすると」

 「あるぞ。まぁ、面倒だな」

 「動きは遅く、毒も持っていないから、Aランク指定という割にそこまで強くはないわよ」

 「ただ、吐きだす糸の量が厄介」

 「だな! 俺でも引きちぎるのに手間取ったからな!」


 防御魔法に付着した糸の量を見ただけでもわかりますね。たった一匹が前線を越え、僕たちの元まで糸を飛ばしてきたのです。

 そして、その糸は当然、蜘蛛にも繋がっていて、蜘蛛と僕たちの間には糸の橋が出来上がっています。


 「騎馬隊はもう動けないわね」

 「だな。分断されたか、捕まったかしているだろう」

 「えっと、弱点はないのですか?」


 蜘蛛に捕まる。凄く怖いと思います。

 なので、そんな想像はしたくありませんので、早急に対処の方法を考えます。


 「弱点は火よ」

 「火なんですね、何とかなりそうですね!」

 「それが、そうもいかないのよね」

 「どうしてですか?」


 マリナさんが難しい顔をしています。


 「火と言っても、ただの火じゃだめなのよね」

 「蜘蛛の糸には魔力が籠っている。生半可な火では燃やす事は出来ない」

 「耐性があるって事ですか?」

 「そういう事ね。あの時は私が糸を燃やし、その間にロイとユージンが畳みかけてどうにかなったけど、今回はそうもいかないわね」

 「どうしてですか?」

 「1匹じゃないからよ」


 絶望しました。

 1匹でも嫌なのに、それが複数……いるみたいです。

 

 「えっと、どこにいるのですか?」

 「中央の方でも糸が飛んでいるのを見たわ。その様子だと恐らく左の方にもいるでしょうね」


 この位置からは離れた場所にいるみたいですね。安心した気持ちと同時に、左軍にいるアリア様が心配になります。

 もうとっくに僕の防御魔法は切れていますからね。


 「まぁ、左軍と中央は兵士達に任せるとして、俺たちは目の前の魔物をどうにかしないといけないな」

 「どうやって戦うのですか?」

 「まずは、騎馬たちの所に行かない事には何とも言えないな」

 「という事は……前に、出るって事ですよね?」

 「それ以外に方法がないからな」


 やっぱり、この場からどうにかする方法はないみたいですね……。

 

 「冒険者達はどうするの?」

 「置いて行く。相手が少ないのなら人数は最低限の方がいいだろう。蜘蛛の糸が相手だ、人数を増やし動きが制限されると厄介だ」


 あれだけの糸を吐く魔物です。

 固まった場所を狙い糸を吐かれるとまとめて糸に絡めとられるとユージンさんは言っています。

 となると、蜘蛛を倒しに行く冒険者は……。


 「俺達と嬢ちゃん達のパーティーで行こう」

 「そうなりますよね」


 人数を絞ると言っていましたので、そうなると思いました!


 「覚悟は……しなくていいな。俺達は一度戦った事ある魔物だ、普通に戦えばどうにかなるだろう」

 「前に戦った個体より強い可能性はあるから油断は出来ないわよ」

 「わかってる。だが、嬢ちゃんの補助魔法もあるし、以前より楽には戦えるだろう」


 そんなに期待されても困りますけどね!

 蜘蛛が相手となると、本来の力を発揮できるかわかりませんからね。

 実際に、森蜘蛛フォレストスパイダーを倒した時、キアラちゃんにかけた付与魔法は間違えましたし……。


 「それじゃ、行く……おっ、騎馬隊が返ってきたな」

 

 いざ、僕たちが出発をしようとした時、前線から騎馬隊が戻ってくるのがわかりました。


 「代表者はいるか!」

 「ここだ!」


 騎馬隊の偉い人でしょうか?

 その人が大きな声を張り上げ、それにユージンさんが手をあげて応えます。


 「何があった?」

 「見ての通りだ、キャッスル・スパイダーが現れた」

 

 あの蜘蛛はそんな名前をしているのですね。

 

 「だね。被害は?」

 「騎馬隊が半数取り残されたが、今の所それほど被害は出ていない」

 「意外だな」

 「あぁ、騎馬隊と共に移動していた部隊に冒険者が混ざっていたからな。その者のお陰だ」

 「冒険者だと? 人数は」

 「一人だ」


 へぇ……すごいですね!

 たった一人であの糸をどうにかして被害を最小限で喰いとめたのですか。


 「なるほど、すぐに援護に向かおう」

 「いや、その必要はない」

 「どうしてだ?」

 「その冒険者がいるからだ」


 ユージンさんの表情が険しくなるのがわかります。

 

 「勘違いしないでくれ、お主たちがAランク冒険者であり、凄腕という事は私達も知っている」

 「なら、どうしてだ」

 「それは、あの冒険者が少し特殊だからだ。武器……と言えるのかわからないが、その性質上、敵味方関係なしに被害が出る可能性がある」


 無差別攻撃をするって事でしょうか?

 職業は狂戦士バーサーカーか何かなのですかね。あの職業をしている人は、一度暴れると手に負えないと言われていますし。

 

 「わかった……本当に俺たちは行かなくていいんだな?」

 「今はな。だが、あの冒険者がやられる事を踏まえ、いつでも向かえる準備だけはしておいて貰いたい」

 「わかった」


 えっと……もしかして、僕たちはあの魔物を相手にしなくても良い事になったのでしょうか?


 「ユアン、嬉しそう」

 「そんな事あり……ますね。戦わなくていいのなら戦いたくありませんからね」

 「私も同感。他の魔物だったら構わないけど、蜘蛛は避けたいね」

 「子連れだったら、私も少し嫌ですね。思い出しちゃいますから」


 キアラちゃんもあの一件でちょっとトラウマになってしまったみたいですね。


 「それにしても、どうして冒険者が騎馬隊に混ざっていたのでしょうか?」

 「もしかしたら、帝都専属の冒険者なのかもしれないね」

 「そんな冒険者がいるのですか?」


 専属という事は、帝都を拠点に活動する冒険者という事ですかね?


 「それに近いかな。軍人ではないけれど、騎士や兵士が請け負う事の出来ない依頼や任務を受ける冒険者が居るって聞いた事がある。まぁ、大体は素性を隠していたり、ちょっと訳ありの冒険者だったりするみたいだけどね」

 「訳あり、ですか?」

 「うん。犯罪を犯した腕のある冒険者だったり、多大な借金を抱えた冒険者だったり、帝国に従順する事を条件に罪や借金を酌量の余地を与えているみたいだね」


 考えものですね。

 また冒険者として活動できる代わりに、帝都から命令があればそれに従い、場合によっては酷使される可能性があるみたいです。

 自由を求め、冒険者になったのに、やっている事は帝国の飼い犬……僕は嫌ですね。

 

 「ですが、本当にその冒険者に任せて大丈夫なのですかね?」

 「大丈夫」


 僕の疑問に、シアさんが断言しました。


 「なんでそう言い切れるのですか?」

 「その冒険者、さっき見たから」

 「え? いつですか?」

 「火龍の翼と一緒に戦っている時、騎馬隊が通った。その時に、私達に手を振ってた」


 全然、気づきませんでした……。

 それに、僕たちに手を振って?


 「えっとー……誰か、知り合いが居るって事ですかね?」

 「うん。知り合い。みんな知ってる」

 「だ、誰ですか!?」

 「知り合いか……気になるね」

 「私と皆さんの共通の知り合いとなると……かなり絞れるけどわからないですね」


 うー……。気になります。

 ですが、シアさんは誰なのか教えてくれません!


 「手を振った後に、慌てて内緒ってポーズしてたから」

 「でも、知り合いなら手助けした方いいですよね?」

 「大丈夫。強いから、条件次第では私も負けるかもしれない」

 「シアさんがですか?」

 「うん。あれは天才の部類」


 シアさんはその人の事、結構詳しいみたいですね。

 その時、前線の方で歓声があがりました。


 「倒した」

 「え、もうですか!?」

 

 ですが、それを証明するように、防御魔法に張り付いていた蜘蛛の糸が溶けていくのがわかります。

 ある意味、あの糸は魔法で作られたものみたいなので、術者……蜘蛛がやられた事により消滅したみたいです。


 「蜘蛛が現れてからまだそんなに時間が経っていないのに……」

 「仕方ない。天才は何処にでもいる」

 「僕たちでも敵わない人、ですかね?」

 「条件次第。だけど、ユアンが居れば負ける要素はない」

 「一対一では厳しいって事ではありますね」

 「そうでもない。普通に戦えば、スノーでもキアラでも勝てる相手」


 むむむ……ホントに条件次第で変わるみたいですね。

 今回はその人の条件にあった戦い方が出来た、って事でしょうか?


 「違う。今回は、魔物も冒険者も苦手とする戦い。ただ、その冒険者の方が上手だっただけ」

 

 余計にわからなくなりますね!

 強さも未知数、正体も不明、なのに僕たちが知っている相手みたいです。

 思い当たる中に、そんな人はいませんけどね!

 ともあれ、キャッスル・スパイダーと呼ばれる魔物はどうにかなったみたいです。

 しかし、それだけでは終わらないのがこの戦いみたいです。

 

 「わっ!」

 「危ない」

 「すごい、揺れね」

 「立っていられません」


 キャッスル・スパイダーを倒したのがきっかけとなったのかはわかりませんが、今までで、僕が体験した中で一番大きな揺れ、地震が起きました。

 キアラちゃんが言う通り、その場で立っている事すら困難なほどの大きな揺れです!

 そして、揺れが少しずつ納まり始めた時、突然、魔の森の一部が吹き飛んだのを僕は見てしまいました。

 そして、忘れもしません、僕を捕えようとした、祭壇でみたあの大きな目を持った魔物がゆっくりと姿を現したのです。

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