第156話 弓月の刻、火龍の翼と休憩をする

 「へぇ、ユアンがパーティーを組んだ経緯にそんな出来事があったんだ」


 少し休憩をとれる事になり、僕たちは火龍の翼の皆さんと休憩をとっています。

 といっても、いつ魔物の襲撃が激しくなるのかはわかりませんし、壁となった騎馬隊が突破されるかもわかりませんので、テントを張ったりするわけではありませんけどね。

 なので、軽い食事と水分を補給し、いつでも動ける体勢で座って雑談をしています。


 「はい、いつの間に契約されちゃいましたからね」

 「迷惑だった?」

 「そんな事ありませんよ。シアさんのお陰もあってここまでこれましたからね」

 「嬉しい」

 「わっ! もぉ、シアさんみんなの前ですからね?」


 それに、これでは動ける体勢で休んでいる意味がありません。

 シアさんに抱えられ、シアさんの足の上に座らされていますからね。


 「いいな。私も、そっちのパーティーに移ろうかしら。女性パーティーって安心できるし」

 「私も。ルカ……キアラもいるし」


 6人パーティーですか、ですがこれだと後衛ばかりのパーティーになってしまいますね。

 

 「ちょっと、待て。流石にそれは困るからな?」

 「わかっているわよ、冗談よ、冗談……たぶんね」

 「多分ってなぁ……」

 「仕方ない。実際の所、女性パーティーの方が安心できる。特にリーダーの弱点が色仕掛けに弱いのは不安」


 ユージンさんにそんな弱点があったのですね。

 そして、可哀そうな事に、僕の仲間から白い目で見られていますね。


 「まぁ、それは仕方ないな! ユージンだって男だ、可愛い子がいれば助けたくもなるさ!」

 「勘違いされる前に言っておくが、俺はそんな理由で冒険者はしていないからな? だから、そんな目で見ないでもらえるか?」

 「それは勘違いされる行動をとるから悪いのよ。この前だって……」


 魔物の襲撃に困っている村を助けたり、食料難に陥っている村を助けたりと、僕と別れた後にそんな活動をしていたみたいです。

 それも、村の女の子に依頼をされると、Aランク冒険者とは思えない、破格の依頼料で請け負っていたみたいです。


 「そのせいで、火龍の翼は格安で依頼を受けてくれるパーティーだと思われた」

 「そして、他の冒険者から、「あいつらが格安で依頼を受けるせいで依頼料を値切られる」って陰で言われたりもしたわね」


 シアさんと出会う前に、ザックさんの護衛をリクウさんとマリナさんとご一緒しましたが、同じような事をして、注意を受けましたね。

 


 「問題ないだろ? ロイが黙らせたしな」

 「当然だ! 冒険者なら、文句があるなら直接言ってくればいいからな!」


 ギルドでお酒を呑みながら、陰口を言う冒険者達に向け、ロイさんが忠告をしたみたいですね。

 陰口を叩く奴を見つけたら、ただじゃ済まさないと。

 ロイさんの見た目でそんな事を言われたら、普通に怖いですよね。話してみると豪快で気さくな人ですけどね。


 「そういえば、リンシアだったな、お前は何を食べているんだ?」

 「ユアン特性の保存食」

 

 ユージンさんの女癖の話から、次は食べ物の話へと変わりました。

 どうやら、シアさんが食べている、僕が作った干し肉が気になったみたいですね。


 「嬢ちゃん、こんなのまで作ってたんだな」

 「はい、やはり食べ物はないと困りますからね」

 

 育った村から旅立つときに作ったので、ユージンさん達と出会った頃には持っていましたが、食事をご馳走して頂いたりしたので、持っている事を伝えてはいませんでしたね。


 「なんか、強烈な匂いがする」

 「それがまたいい」

 「美味しいのか?」

 「美味しい」


 珍しい食べ物に見えるのか、ユージンさん達が興味を示していますね。


 「嬢ちゃん! 俺にも分けてくれないか!? なんか、食欲を煽る匂いがたまらん!」

 「いいですよ」


 火龍の翼の皆さんにはお世話になりましたからね。

 本当は僕達の大事な保存食なので、あげることはしたくありませんが、火龍の翼の皆さんになら断る理由がありません。

 

 「お湯で柔らかくすると食べやすく、お湯に味が染みてスープとして飲む事も出来ますよ」

 「そうか! 悪いが、両方試してもいいか?」

 「はい、ではお湯もどうぞ」


 収納魔法にカップも常時してあるので、カップに魔法で熱湯を注ぎ、ロイさんに渡してあげます。


 「少し、時間がかかりますけど」

 「おう! それじゃ、先にこのまま頂くな!」


 ロイさんがゴブリンの干肉様に齧り付きます。

 僕では噛み千切れないほど硬い干肉様ですが、ロイさんは容易くぶちっと噛み千切りました。


 「おぉ!……これはいいな!」

 「ですよね」

 「歯ごたえがあって、野性味あふれる味、口に広がる辛み、身体が熱くなり、力が溢れるようだ!」

 「わかる」


 ゴブリンの干肉様は賛否ありますが、ロイさんは気に入ってくれたみたいですね。


 「美味しい……のか?」

 「おぅ! これはうめぇぞ?」

 「ロイの味覚は信用ならない」

 「そうね……私も遠慮しとくわ」


 ルカさんとエルさんはいらないみたいですね。


 「ユージンさんはどうしますか?」

 「俺か?……そうだな、この後も戦いはあるし、そこまで食事はとりたくないな、興味はあるが……」

 「なら、スープだけでも飲みますか?」

 

 干肉様は食べるとお腹に溜まりますが、スープだけならば、味を楽しむ事が出来ます。


 「折角なら頂くか」

 「はい、既に味が染みたスープがありますのでこちらをどうぞ」


 一応用意しておいて良かったです。

 

 「あちゃー……」

 「ご愁傷様です……」

 

 何故か、スノーさんとキアラちゃんがユージンさんに手を合わせています。

 ちょっと、失礼ですよね。

 

 「匂いは……まぁ、強いが悪くないな」


 香辛料を使っているので、匂いが強いのは当然です。しかも、食欲を刺激するとシアさんが言っていましたし、悪くないと思います。


 「ちびちびしやがって、男なら一気にいけ!」

 「熱いんだよ、俺は猫舌だ」

 「大丈夫ですよ、注いでから少し時間が経っていますので、そこまで熱くないと思います」

 「そうか……なら、頂くな」


 ユージンさんがカップに口をつけ、みんなの視線が集まります。


 「ゴクッ……ぶはっ!?」


 そして、盛大に吹きだしました。


 「汚なっ!」

 「酷い顔」

 「ゴホッ! ルカ、みず……を、くれ」


 咳き込みながら、ユージンさんがルカさんに水を要求します。


 「何事だ!」

 「敵襲か!?」

 「おい、Aランク冒険者がやられたぞ!」

 「赤い液体……吐血か!?」

 「周囲を警戒しろ!」


 そして、ユージンさんが苦しそうにしているのを見た冒険者が騒ぎ始めました。

 香辛料のせいでスープは少し赤みが掛かっていますので、口元から垂れたスープを血と勘違いをしてしまったみたいですね。


 「ちょっと、ユージン! 騒ぎになっているわよ、どうにかしなさい!」

 「そんな、事、言われても、な」

 「早くしろ、女たらし」

 「情けないな、ちょっと辛いだけじゃねぇか」

 「少しは、心配する優しさはないのか!?」


 しかし、これは事態を収拾しないとまずいですよ?

 周りの冒険者達は剣をとり、身を固め、周囲の状況を伺っています。


 「面白い」

 「面白いじゃないですよ。ユージンさんが大袈裟なせいで大変な事になってます」

 「まぁ、初めて食べれば、あの反応はしかたないけどね」

 「私も衝撃的でしたから、気持ちはわかります」


 とにかく、どうにかして騒ぎを収めなくては休憩が休憩でなくなってしまいます!

 けど、この騒ぎ……いくら何でも慌て過ぎじゃないですか?

 既に、冒険者達の垣根を超え、前線を走る騎馬隊の方まで広がって……。

 そのとき、僕たちに影がかかるのがわかりました。

 何事かと上空を見上げると、快晴だった青空が白く、真っ白くなっているのがわかりました。


 「…………! 防御魔法を展開します!」


 それが、何か僕は直ぐにわかりました。

 嫌いだったお陰でほぼ反射的に行動に移せたのが幸いしました。

 ドーム型の防御魔法を出来る限り、広げ出来るだけ他の冒険者たちも庇えるように展開します。


 「ユアン、平気?」

 「はい……怖い、ですけど、平気です」


 身体が震えます。

 あれだけは、本当に無理です。


 「ユアンさんがあんなに怯えるなんて」

 「……もしかして、もしかしたり……するのかな」


 スノーさんも凄く嫌そうな顔をしています。

 僕の態度から、スノーさんも察してしまったみたいです。

 ドーム型の防御魔法に影となり、上空を白く染めたものが付着します。

 弾くのではなく、べったりと付着したのです。


 「ユージン」

 「あぁ、わかってる」

 「面倒ね。火を使える、高い魔力を保有する冒険者が居る事を願うばかりね」

 「だな! 流石に、あれは俺も少しばかり骨が折れるぞ」


 ユージンさん達も、起きた事から事態を把握したみたいです。同時に、魔物の存在にも。


 「嬢ちゃん、休憩は終わりだ」

 「……はい」

 「ちょっとばかり厄介な相手が現れた、手伝ってくれ」

 「わかり、ました」


 ユージンさん達は僕たちが苦手とする魔物だとは気付いていないみたいですが、だからといって断る事は出来ません。

 正直な所、もう二度と戦いたくはない相手でしたが、こればかりは仕方ありません。逃げる訳には行きませんからね。

 

 「大きい、ですね」

 

 魔の森で出会った、あの魔物よりも二回り以上、大きな姿を遠目で発見しました。

 8本の脚、真っ黒な短い体毛を持った魔物がのそのそと森から姿を現したのです。

 僕とスノーさんが苦手とする蜘蛛型の魔物がその三つ目で僕たちを捉えているようでした。

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