第155話 皇女様

 「ちと、マズいな」

 

 トーマの軍勢の勢いが明らかに落ちてきとる。

 それに、私が連れてきた者も既に獣化を使ってしまった。


 「母上、次に魔物が攻めてきたとき、守る手段がありません。ご決断を」

 「わかっておる」


 獣化は獣人の潜在能力を引き出すことが出来る。

 だが、それと引き換えに大幅に体力を消耗する。下手すれば命に関わる程にな。

 これも虎王が無茶をするからじゃ。

 最初から獣化で突撃し、勢い任せの攻撃を続けておる。

 私達よりも普段から獣化をしようし慣れているからとはいえ、そろそろ限界も近いはずじゃ。

 その証拠に、虎王の軍勢の中には虎の姿から人の姿へと戻っている者も少なくはない。


 「仕方ないかの」


 魔物の数はそれなりに減らせた。

 ここらで一度、軍を引き、休ませ、ルード軍に前線を任せる方が利口じゃな。

 問題は、大人しく虎王が言う事を聞くか……。

 引き際を間違えた時、再び横っ面を狙われ、引くタイミングを失う可能性もある。


 「アンリ、最悪の場合は虎王は切るぞ」

 「わかりました」

 「他の王たちにも伝えておけ」


 後は、あの馬鹿が本物の馬鹿ではない事を祈るばかりじゃな……ん?


 「母上」

 「うむ、わかっておる」


 あれは、どこの軍じゃ?

 一度、下がる決断を下そうとした時、アルティカ国境の方から近づいてくる者達がおった。


 「混合部隊……あれは、国境の警備兵ですね」

 「そうじゃな……独断か?」


 国境の警備兵の役割は国境を護る事。

 国境の中、ではなくアルティカ領に立ち入らせないために、あの壁を護る事を任せておる。

 それ以外の指示は出していない。

 立派な命令違反じゃな。


 「じゃが、今ばかりは不問じゃな。アンリ、あの者達の力を借りるぞ」

 「わかりました」

 「私達の部隊へと引き込め」

 「撤退は?」

 「せぬ。虎王を下がらせるまではな」


 トーマは馬鹿じゃが、一応虎族を纏める王じゃ。失うのは私にとっても痛手となる。

 戦争はどうでもよいが、また虎族の新たな王と関係を結ぶのは面倒じゃし、為政者の思想が変われば関係も変わる。

 

 「母上」

 「なんじゃ?」

 「別の部隊もこちらに近づいて来ております」

 「別の部隊じゃと?」


 アンリの見る方を私も見る。

 アンリの言う通り、国境の兵士達の後ろから砂塵をあげ近づいてくる部隊が見えた。


 「どこの部隊じゃ? 少なくとも、アルティカの関係者ではなさそうじゃな」

 「どうなさいますか?」

 

 近づいてくるのは人族という事だけはわかる。

 だが、その者達と協力するかと問われると……難しいな。

 少なくとも知らぬ相手とは共に戦えぬ。戦おうとは思わぬ。


 「信頼できる相手ではない、放っておけ」

 「ですが、真っすぐにこちらへと向かってきます」


 国境の兵士達の後をつけているのか?

 よくわからない動きじゃ。


 「放っておけ。アンリは警備兵の責任者に話をつけておけ」

 「わかりました」

 「ただし、あの軍には気をつけておけ、味方とは限らぬからな」


 敵ではないとは思うが、不測の事態が起こるのが戦場じゃ。

 それに、もしかしたら進行方向が警備兵達とたまたま同じで抜かそうとしているだけ……はないな。

 アンリが警備兵の元へと赴き、警備兵たちの進軍が緩まると、その後ろの部隊の足も緩やかになった。

 そして、その中から一騎の騎馬が部下を引き連れ私の軍へと近づいてくる。


 「狐王、アリア殿はいるか!」


 殿……か。

 舐めた口をききよる。


 「我が軍に何用だ! アリア様は暇ではない、早々に立ち去れ!」

 「そこか……」


 私の側近が追い返そうと、声を張り上げたことにより、私の位置を知られてしまったようじゃな。

 まぁ、隠している訳ではないので構わぬが、面倒ではあるな。

 そして、純白の甲冑を着た騎士らしき者がずかずかと私の元へと向かってくる。

 

 「何用じゃ。ここは前線、早急に用件だけ伝えよ」

 「アリア殿、初にお目にかかります。こんな場所ではありますが、お会いできたこと、大変うれしく思います」


 私の前まで来た騎士は馬から降り、まっすぐ私を見据えた。

 馬を降りたのは礼儀の為か、しかし他国の王に対し頭を下げぬのはいただけない……いや?


 「なるほどな、お主は……」


 素性は一目でわかった。

 幾ら巧妙に隠そうとしても隠しとおせない事の方が多い。

 そして、この者も同じ。

 色々と隠しておるようじゃが、私からすれば子供騙しと同じ。

 何よりも、この者は驚くほどに不器用だ。

 一般の者ならともかく、見る者がみれば一目でわかるじゃろう。

 まぁ、トーマじゃ間違いなく無理じゃろうがな。

 となると、話は変わるな。

 この者を、どう扱うかで今後の状況が大きく変わる。

 全く、どうしてこう馬鹿ばかりなのじゃ。

 いつでも状況は馬鹿で変わる。

 計画というのをことごとく壊していくのはいつでも後先を考えぬ馬鹿のせいじゃ。

 仕方ない。この者が、この者が仕える主の話をサクッと聞くか。

 何せ、一緒についてきたみたいじゃからな。

 




 「…………それは、本当かい?」

 「はい、本当です」


 宰相の目は本気だ。

 正直、僕は耳を疑った。

 妹たちは馬鹿ではないが、時々、本当に馬鹿だと思う行動をする時がある。

 今回は本当に……まぁ、仕方ない。妹達は妹達の考えがあっての行動だろうし。


 「どう、なさいますか? もしからしたら私達の野望がそこで途絶える事となります」

 「そうだね。エメリア達を失うと、僕たちの野望はそこで途絶える事になる」


 僕の耳に入ったのは、エメリア達が前線へと護衛騎士を伴って移動を始めたというもの。

 正直、何のために一番安全と思う場所に配属させたのかわからなくなるよ。


 「オルスティア様はエメリア様達が大事なのですね」

 「まぁね。だって、今後のルードの中枢を担う人物だよ?」


 それなのに、この行動。

 溜息しかでないよ。


 「宰相、左の騎馬も動かして」

 「わかりました」


 アルティカ軍が動いた事により、左の騎馬隊は温存できていた。

 しかし、エメリア達に何かあってからでは遅い。彼女らが犠牲になるのはまだ先の話だ。

 今は失う訳にはいかない。

 だけど、まだそれだけでは不安だね。

 もう少し、エメリア達の戦力を補強しておく必要がありそうだ。


 「宰相、ローゼはどうしている?」

 「エメリア様達と行動を共にしているようです」

 「なら、止めて欲しかったな」

 「わかっていてやっているのでしょうね」


 まぁ、この戦いで何もしないというのは立場的に厳しくなるという判断だろうね。

 戦場でそれなりに功績を作り、今後の支持を得たいって所かな。

 間違ってはいないけど、間違いだらけだ。

 

 「まぁ、エメリア達が危うくなったら、僕も動くよ。最後まで温存したい所だけど」

 「仕方ありませんね……」


 珍しく宰相もため息をついている。

 僕だって頭を抱えたくなるよ。

 

 



 「エメリア様」

 「どうしましたか、エレン?」


 前線で沢山の人が死んでいる。

 天幕の中で椅子に座り、その報告をただ聞くことしか出来ない。

 

 「私達は動かないのですか?」

 「……兄上から何も言われていませんので」

 

 私に軍を動かす権利はない。

 だからこうして天幕の中で大人しくしているしかない。


 「…………だけど、このままだとこの戦いの功績は全て兄上のモノになってしまうぞ」

 「わかっております」

 

 戦争だと思い、兄上に反旗を翻す機会を伺っていましたら、気づけば魔物との戦闘になっていました。

 兄上は最初から戦争を起こす気はなかったのかもしれません。

 そして、この戦いに無事に勝ったあかつきには、兄上の派閥はより強固たるものになるでしょう。

 私達が付け入る隙がないほどに。


 「エメリア、本当にそれでいいのか?」

 「はい、兄上は国を奪う為ではなく、国を守るために兵士を集めていたのです。兄上の行動は間違っていません……それならば今後のルード帝国を任せる事も出来ましょう」


 兄上は全てにおいて私の上をいく。

 人脈、頭脳、人望……私が持っていないものを兄上は持っています。


 「だが、強硬派を自由にするのは反対だ……エメリアもタンザの事件を忘れてはいない筈だ」

 「忘れも致しません。それにより傷つき、人生を壊された人々が今も尚、苦しんでいるのですから」

 「今は、兄上がやっている事は正しいかもしれんが、今後はわからない。また、同じことを繰り返す可能性もある。その時に止める者がいなくてはどうしようもなくなるぞ」

 「それは……」


 叔父上は強硬派の重鎮と呼べる人物でした。

 そして、叔父上の行動を兄上は見過ごし、自分に不利益と察したのか、叔父上を簡単に切り捨てたのです。


 「そして、叔父上は魔族と繋がっていた。もしかしたら兄上も……」

 「それは、何としても阻止しなければいけません」


 魔族の動向はよくわかりませんが、少なくとも好戦的であり、各地で問題を起こしています。

 そこに兄上が加担し、混乱と侵略を繰り替えるのは何としてでも防ぐ必要があります。

 人々の暮らしは、私達王族が守らなくてはいけません。

 ただ、平和に暮らせる。

 それが人にとって一番の幸せなのですから。


 「エメリア様、私達も前線に赴き、功績を少しでも残しましょう」

 「ですが、それはあまりにも危険です」

 「ご安心ください。私はこの日の為に、第一皇女という立場を捨て、エメリア様に剣を捧げたのですから……必ずやエメリア様をお守り致します」

 「エレン……」

 「私を、信じてくれ」

 

 エレン姉さまは私の為に剣をとってくださいました。そして、いつも支えてくれます。

 騎士として、時に姉として、時に……。


 「わかりました。兄上に悟られぬよう護衛騎士団を動かしましょう。それと、ローゼ殿にも協力の要請を」

 「はっ!」


 兄上にはまだ足元にも及ばないのは周知の事実です。

 ですが、いつまでもそれでは駄目です。

 私はいつでも甘い。

 それでは駄目です。

 兄上という壁は大きいですが、いつか越えなければいけません。

 私にも、王族として生まれ育った誇りがあります。

 そして、人々の暮らしを良くする責務があります。

 兄上を沢山の人が支えるように、私も沢山の人に支えられている。

 数は兄上には及びませんが、トレンティアの領主、ローゼ殿やエレン姉さま。

 数だけを揃えた兄上には質では劣らない自信があります。

 だからこそ、人々の期待、支えてくれる人達の為にも今はきっと動く時です。

 

 「ルード帝国に新たな光を持て成す事を誓いましょう」


 全ては平和のために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る