第144話 緒戦

 「母上、ユアン殿達が遅れています」

 「構わぬ。このまま引き離す」

 「良いのですか?」

 「うむ、私達と離れれば、ユアン達も自由に動けるだろう」

 「なるほど」

 「私は、向こうの王へと会ってくる。アンリはそのまま前線へ向かえ」

 「……わかりました。気をつけて」

 「うむ、アンリもな」

  

 




 「状況は?」

 「前線が崩壊している模様です」

 「それは、大盾部隊もかい?」

 「いえ、まだそこまでは辿り着いていない模様です」


 なら、問題ないね。

 

 「前線が崩壊すると同時に、弓と魔法で攻撃して」

 「わかりました!」


 伝令は伝令で大変そうだね。

 戦況は目まぐるしく変化するはずだから。


 「宰相、魔物の種類は?」

 「今の所、ウルフ系やオークなどは確認できております」

 「オークは少し面倒だね。ゴブリンは?」

 「そちらも確認できています。ただ、上位種の姿は今の所は報告に上がっていないようです」


 上位種はなし、か。

 向こうも様子見といったところかな?

 

 「出現する魔物に変化があるようなら直ぐに報告して」

 「畏まりました」


 こちらの本当の前線は大盾部隊からだし、そこにたどり着いた時、相手がどう動くかだね。

 

 「報告致します! アルティカ共和国の方で動きがあった模様です!」

 「詳しく聞こう」

 「はっ! 突如門が開き、得体のしれない生き物に乗った兵士たちが出陣した模様です!」


 得体の知れない?


 「それは、赤い生き物かい?」

 「報告ではそのように聞いております。馬よりも速い速度で進行中の模様です!」」


 火車狐かな?

 という事は、狐王が動いたという事か。


 「その部隊の数と進行方向は?」

 「総数は三百程。そのうち半数は真っすぐ大盾部隊の方向へ、残りはこっちに向かって来ています!」

 「わかった。ここまで真っすぐ通して」

 「え? よろしいのですか?」

 「うん、平気。 すぐに動いて」

 「はっ!」


 半数は援軍として前線に、もう半分は狐王が向かって来ている筈だ。


 「万が一に備え、近衛を集めますか?」

 「うん、一応ね」


 狐王は賢い。そして、直ぐにこの場から去るだろうから問題ないだろうけどね。

 そして、暫くすると外が騒がしくなった。


 「止まれ! ここに何用だ!」

 「黙れ、小物には用はない。直ぐに皇子を出すがよい」

 

 相変わらずだね。いちいち人を煽るのはやめて貰いたいものだよ。


 「やぁ、待たせたね」

 「うむ。構わぬ」

 

 狐王の態度に近衛達の雰囲気が張りつめているね。

 問題になる前に立ち去って貰わないと、この後に影響が出そうだね。


 「何の用かな?」

 「わかっておる癖に……まぁ、よい。我らも協力してやろうか?」

 

 そして、あくまで上から目線かい。これは流石に近衛も黙っちゃいないだろう。


 「何を偉そうに。お前たちの助けなんていらん! 直ぐに立ち去れっ! 今なら見逃してやろう!」

 「おや、私が問うているのはお主ではなく、そこの若いのにじゃぞ? それとも、お主に決める権限でも持っているのかな?」

 「ぐぬぬっ」


 まぁ、彼らにはないね。

 彼らにこの人の相手は荷が重いだろう。誰を相手にしているのかわかっていないだろうし。


 「まぁ、あまり虐めないでやってくれるかい?」

 「む? 虐めた覚えはないのだがな。それより、返事がまだじゃ、どうする?」

 「うん、その提案、とても嬉しいよ」


 狐王が動くのは想定の範囲だからね。

 真っ先に動いたのが虎王だったりしたら、少し面倒だったし。


 「良き良き。では、勝手に動くが良いか?」

 「うん。こちらの邪魔をしないならご自由に」

 「うむ、そっちも邪魔しないように手を打っておけ、こっちの阿呆共には私が伝えておこう」

 

 その一言だけ伝え、狐王が去っていく。


 「宰相、話は聞いていたね?」

 「はい、直ぐに全軍に通達致します」

 「うん、決して友軍に手を出さない事を厳守させて。あっ、でも虎王が手を出してきたりしたら、そこは好きにしていいから」

 「良いのですか?」

 「うん、問題ないよ?」


 この状況で、僕たちに手を出そうとする無能なんかいらないからね。

 アルティカ共和国にとっても、損しかないだろうし。

 まぁ、無能な為政者は退場して貰った方が世の為ってことさ。

 叔父上のようなね。


 「さて、そろそろ前線が崩壊し、大盾部隊に魔物が到着する頃かな?」

 

 ここからが本番か。

 相手にどれだけの知恵と知性があるかで状況は変わる。

 僕も少し、前線に移動しようかな?

 この場に居ても、直ぐに意味がなくなるだろうしね。


 「宰相、僕たちも少し前に出るよ」

 「畏まりました」






 「どんどん離されてますね」

 「火車狐速い」

 「しかも体力も凄いです」

 「ちょっと、ペースを落とすよ。このままじゃ馬が持たない」

 「わかった」


 僕たちも全速力でアリア様達を追いかけていましたが、一瞬で置いて行かれてしまい、僕たちは取り残されました。

 相乗りしているから、は理由になりません。

 火車狐隊も全て相乗りしていますからね。


 「どうしますか?」

 「ゆっくり追いかけよう」

 「それか、先に皇女様に会いに行きますか?」

 「勝手な事をしたら怒られそうです……」


 一応、獣王様達にフォクシアの軍勢として動く事を条件に同伴を許されました。

 僕たちの行動は国境から見られている筈ですし、後で咎められる可能性はあります。


 「問題ない。好きにする」

 「そうだね、アリア様には明らかに置いていかれた訳だし、そこに意図があると思う」

 「こんな状況で、意味のない行動をしないと思いますしね」

 「なら、どうしましょう?」


 アリア様の意図を信じるなら、僕たちは僕たちなりに動くまでです。

 

 「私はエメリア様の元に、一度向かいたい」

 「そうですね、なら一度そうしますか」

 

 スノーさんがそう望むのなら決まりですね。

 僕の意見が全てではないので、誰かの意見があるのならそうするべきです。


 「だけど、ユアン達には前線の援護をお願いしたい」

 「え? 別行動って事ですか?」

 「うん、ユアン達には危険な事をさせるのは承知の上でお願いする……多分、前線には私の知り合いも少なからず配属している筈だから、全ては無理だけど、少しでもユアンの補助魔法とシアの力で救ってあげて貰いたい……だめかな?」


 スノーさんはルードの……しかも帝都で育ってきた人です。

 当然、知り合いや友達が沢山居る筈です。


 「任せるといい」

 「そうですね、より沢山に人を救うのなら僕たちも前に出た方がいいですね」

 「ありがとう」

 「では、私は足がありませんし、このままスノーさんと共に皇女様の所に向かいます」 「はい、スノーさんをよろしくお願いします」

 「はい、任せてください!」

 「なんか、私がお荷物みたいな感じに聞こえるんだけど……」


 そんな事ありませんよ?

 ただ、スノーさんは一応追放となった身ですからね。一人で向かうよりは安心できると思っただけです。


 「ですが、一時間以内に……防御魔法の効果があるうちに必ず合流を図ってください。無理そうならば、安全な場所に避難をお願いします」

 「どうやってユアン達の場所を知ればいい?」

 「シアさんがどうにかします」

 「任せる」

 「あれですね、シアさんもユアンさんと一緒で便利になりましたね」

 「便利じゃない、有能」

 

 スノーさん達に連絡する手段はシアさんが手に入れましたからね。

 その……あの夜、にです。アリア様から影狼族の話でシアさんが悩んでいたあの夜にです。

 朝起きたら、シアさんから契約が深まったと聞いて驚きましたけど。


 「はいはい、惚気のろけるのはそこまでね」

 「別に、そんなんじゃないですよ!」

 「うん。普通に仲良し」


 シアさんの前に僕は座っていますので、簡単に抱きしめられてしまいます。

 

 「それなら私達も負けてないし」

 「そ、そうですね!」


 スノーさんも張り合うようにキアラちゃんを抱きしめます。


 「では、その続きは後で聞きますね」

 「うん。この前の買い物で二人の関係が何処まで進んだか聞けてないし、そろそろ知りたいしね」

 「無事に戻る」

 「うん、必ず後で会いましょうね!」


 僕達とスノーさん達の馬が再び駆け出します。

 僕たちは北の魔物へと、スノーさん達は皇女様達が居る、南へと逆方向にです。


 「シアさん、頼みますね」

 「わかった」


 魔物たちとルード軍が戦う場所に近づくと、次第に血の匂いが濃くなり、人間、魔物、どちらかもわからない悲鳴と断末魔が混ざり、魔法の炸裂する音、金属がぶつかる音など、混沌と化している事がわかりました。


 「アンリ様達は……無事みたいですね」


 アリア様はルード軍の中央へと向かったのが見えたので、僕たちの前方で戦っている火車狐部隊はアンリ様達だと思います。


 「翻弄してる」

 「ですね。防御魔法もありますし、アンリ様達はまだ大丈夫そうですね」


 魔物達の側面を叩くように、素早く近寄り、注意を牽きつつ、流れるように火の魔法を撃ちこんでいます。

 そして、近づかれる前に素早く撤退。


 「いい戦い」

 「魔物を倒しつつ、援護をしているのですね」

 

 そのお陰が、アンリ様達が手伝っているルード軍の一番端だけ優位に戦えているように見えます。

 側面と正面から魔法と矢で狙われたら対処しようがありませんしね。


 「それでも魔物は怯みませんね」

 「操られてるようにみえる」


 変異種ではありませんが、撤退の二文字を知らないようで、仲間がやられても魔物たちは大盾部隊に突撃を繰り返しています。


 「シアさん、あの辺は大丈夫そうなので中央に前線の真ん中に向かって貰えますか?」

 「わかった」


 シアさんは馬の操縦の為、戦いに参加できません。そして、僕は補助魔法使い。

 戦う事よりもみんなに防御魔法と回復魔法をかけて回った方が良さそうです。

 付与魔法エンチャウントですか? 戦いが長引きそうなのでそれは使いません。いざって時に魔力切れは困りますからね。

 

 「シアさん、行きますよ」

 「うん」


 僕たちが出来る事、今は何か。

 それを実行する為に僕たちは前線へと飛び込みました。

 といっても、大盾部隊、槍兵の後方……弓兵と槍兵空いたスペースにですけどね。

 そして、僕は戦争というものを、少し侮っていた、という事をすぐに知る事になるのでした。

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