第145話 補助魔法使いと従者、戦場を駆ける
「酷い……」
「うん」
僕達は補助魔法と回復魔法を駆使、いえ、酷使しながら兵士の間を駆け巡ります。
まだ大盾部隊が防いでますので崩壊はしていませんが、それよりも前の状況は目を覆いたくなる光景です。
「ユアン……」
「大丈夫、です。今は癒せる人を癒し、防御魔法かけれるだけかけましょう」
馬に乗っているお陰で目線が高くなり、僕の位置からでも魔物の姿が確認できます。
そして、魔物の足元に転がる人の姿も。
あの人達は既に息はなさそうです。
そして死して尚、魔物に踏みつぶされ、投げ者に使われ、かつて人であった形が崩れていきます。
そんな状況の中、兵士たちは戦っています。
「僕たちを攻撃してくる人がいるかと心配しましたが、大丈夫そうですね」
「そんな馬鹿はいない。人ならみんな味方だと思う筈。ある意味危険」
幸いにも、僕たちの事を攻撃してくる兵士はいません。
それどころか、味方である事を叫ぶ人や、感謝の声が僕の耳へと届きます。
「この調子では、奥の方も……」
「間違いなく」
しかし、僕たちはその声に耳を傾ける暇もなく、ただ奥へと向かいます。僕たちが最初、右軍の後方だと思っていた場所にです。今では右軍の最前線となってしまっています。
準備をしていない、という事はないと思いますが、油断している可能性があるので、現状で一番綻びが出るとすればそこでしょう。
と、シアさんが予想し大急ぎで援護に向かっています。
「でも、防御魔法を掛けれるのが大盾部隊だけというのは申し訳ないですね」
「仕方ない。むしろ回復までしてるユアンが凄い」
実はそうでもなかったりします。
こういった時には
「これで前線は少しは安定する」
「今は、ですね。今の所は危険な魔物の姿は見えませんので」
防御魔法は傷は防げても、投げ飛ばされたり、強い衝撃で吹き飛ばされたりする攻撃には対応できません。
その場に留まるのは兵士たちの技量次第となります。
つまり、そういった攻撃を受けた時には、そこが穴となり、そこから魔物がなだれ込む可能性があります。
大盾部隊の後ろには槍兵が控えていますので、そう簡単に抜けれないとは思いますが、さらにそこを突破されると、近接戦が苦手な魔法と弓を扱う人ばかりです。
そこが襲われたら大きな被害が予想されます。
「急ぎましょう」
「……ユアン、焦らない」
「でも……」
「気持ちはわかる。だけど、その分助けれる命が減る……右側、反応遅れる」
あっ!
シアさんに教えて貰い気づきました。
前線だけではなく、傷つき後ろに下がっている人達の姿が見えます。
「
そうでした。先の事ばかりでは駄目です。
僕も冷静に周りを観察しなければなりません。
シアさんが近くに居てくれて本当に助かります。
「シアさん、僕の見逃しがあったら教えてください」
「わかった。だけど、全ては無理」
「はい……そこは割り切ります、なのでこれを置いて行きます」
まぁ、ポーションみたいなものですね。
回復魔法とは違い、効果はそこまで高くはありませんが、止血と傷を塞ぐ作用があります。
それを風魔法と組み合わせ、ふわふわと浮かせます。
「ポーションの類です! 使ってください!」
「助かる!」
信じてくれるかどうかは、わかりません。
ですが、一度試して貰えば……。そこは兵士たちの判断次第ですね。
余裕がある時にそれだけ伝え、それが兵士たちの間に広がってくれることを祈ります。
「ユアン、魔力は?」
「まだまだ平気です」
水球の玉を一定の間隔で置きつつ、防御魔法を使い、回復魔法を使っていますが、まだ平気です。
魔力量だけは自信がありますからね。
闇魔法の類さえ使わなければ、暫くは大丈夫だと思います。それに闇魔法を使う事になるので効率は悪いですが、
「もうすぐ右軍」
「わかり、ました」
見なくてもわかりました。進むにつれて、血の匂いが凄く濃くなっていくのですから。
やはり、こっちは準備不足だったようですね。
それに、守りの要となる大盾兵の姿も少なく、ここだけ明らかに手薄な状態となっている感じがします。
「どうして、こんな陣形に?」
「わからない」
「これじゃ、ここの人達が……」
「うん、手遅れ」
僕たちがついた時には、既に壊滅状態で、まるで見捨てられたような状態になっています。
大盾部隊からも、槍兵からも距離を置かれ、一部隊……歩兵、騎士、が完全に孤立し、既に魔物に包囲されています。
「早く、助けないと!」
「諦める……手遅れ、だから……」
シアさんも苦しそうに言葉を振り絞っています。
見れば僕だって無理だってわかります!
だけど、ただ黙って目の前で死んでいく人を見るなんて事は……。
「ごめん」
「シアさんっ!」
シアさんが馬の進行方向を反対に向け、来た道を戻り始めます。
「シアさん! なんでですか!」
「もう、無理だから」
「そんな事わからないじゃないですか!」
「わかる」
「わからないです!」
もしかしたら一人や二人だけでも助けれる可能性が……。
僕はその可能性を諦めきれず、馬の上で暴れます。
すると、僕の思いが通じたのか、シアさんが馬の足を止めてくれました。
「わかった、ユアンじゃ攻撃不足。私が一人で助けに行ってくる」
「え? そんな無理はさせれません。僕も一緒に行きます!」
「二人で? あの中に飛び込み、魔物に囲まれ脱出するの?」
「はい」
「無理。私一人なら隙をみつけて脱出できる。だけど、ユアンを抱えては無理」
「いえ、シアさんに
「いい、私一人で行ってくる」
「ダメです!」
「何で?」
何でって……シアさんが危険だからに決まっているじゃないですか!
防御魔法があるとはいえ、何があるかはわかりません。
何かの衝撃で飛ばされ頭を打てば、傷はなくても気絶するかもしれません。
「危ないからです」
「それを、ユアンはしようとしている」
「…………」
「割り切るって言って、割り切れてない。それじゃ、この間にも救えるかもしれない命が消えていく」
シアさんの言っている事が正論すぎて、僕は返す言葉が出てきません。
だから、僕は黙って俯くことしかできませんでした。
「どうする?」
「元の道を戻り、同じように回復魔法で癒せる人を探します」
「わかった。次はユアンの指示に従う。命に背いてごめん」
「シアさんは……悪くないです」
「そうでもない。正解がわからないから」
僕にも正解が何かなのかはわかりません。
もしかしたら、あの中の人を救う事で、何かが変わるかもしれません。
逆に、あの人達を救った事により、時間が割かれ、被害が大きくなるかもしれません。
どうすればよかったのでしょう……。
「後で、考える。今は前を向く」
「そう、ですね。シアさん、ごめんなさい」
「こっちこそ、きつい事言って、ごめん」
「いえ、お陰で目が覚めました。もう、甘えた事は言いません。本当にやれる事だけに専念します」
「頼りにしてる」
「はい、だからまた変な事を言ったら怒ってください」
「怒らない。後は、ユアンに従う。だから、ユアンが間違えないで」
「……わかりました」
早速、シアさんに甘えようとしてしまっていましたね。
こんな事じゃ、ダメです。
もっと、強くならないとです。頭も使わないとです。
どうやら、この場に来ても本当の意味で覚悟が出来ていなかったみたいです。
人が沢山死ぬという意味が。
ただ、死ぬのではなく、時には勇敢に、時には理不尽に命を散らす事を。
僕たちは回復魔法を使用しながら、元来た道を戻ります。
幸いな事に、置いてきた
そして、再び水球を置いて行くと、兵士たちが歓声をあげます。
「ユアンが皆を助けてる」
「そうなんですかね?」
さっきの、魔物に蹂躙されていた人達の事が脳裏によぎります。
「間違いない。だから、ここの人達はみんな生きてる」
「確かに、そうですね」
勿論、全員がという訳ではありません。
中には、生きているのかそうでないのかわからない人もいます。
ですが、向こうに比べ、明らかにまだ被害が少ないのはわかります。
状況が状況ってのもありますけどね。
向こうは誰も守ってくれてませんでしたし。
「ユアン」
「はい、大丈夫ですよ。ですが、許せないですね」
「許せない?」
「はい、あんな事を、あんな陣形でわざと孤立させるように仕組んだ人が、です」
「うん。だけど、何かしらの意味があったのかもしれない」
「そうかもしれません。ですが、僕はそれが正しいとは思いません。あの人たちが何でああなったのかはわかりませんが、命は命ですから」
もしかしたら、あの人達は罪人達が集められた集団だった可能性もあります。
ですが、例え罪人だったとしても、罪を償い、更生させる事も出来たかもしれません。
真実はわかりませんけどね。
「ユアンの言いたい事はわかる。だけど、思想は違う。人にはそれぞれの正義がある。正義の反対は悪、ではなくまた正義」
だからぶつかるのだとシアさんは言います。
「シアさんは、どう思いますか?」
「どうも思わない。これは戦い。強ければ生きる、弱ければ死ぬ。ただそれだけ……どちらにしてもルード軍が負けたら、全て終わりだから」
「そうですね……シアさん、救えるだけ救いますよ」
「うん」
ただ、魔物と人間達の争いかと思ったら、蓋を開けてみれば他の思惑もあるように感じます。
ですが、それは僕たちには関係のない事です。
例え、さっきみたいな人達……孤立した人達が何をしたかはわかりませんが、救えるのなら僕は救います。
僕たちは守る為に参戦したのですからね。
ですが、ずっとこのままという訳にはいきません。
魔力にもいずれ限界はきますし、何処かしら綻びは出ます。
そして、いつ凶悪な魔物が現れるかもわかりません。
何か、打開できる何かがあるといいのですが……。
僕たちはその何かを探しながら、戦場を駆け抜けるのでした。
そして、この後、戦場はがらりと変わる事になったのです。
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