第142話 弓月の刻、皇子様と対面する

 「配置につけ! 急げ、急ぐんだ!」

 「ルード軍が迫っているぞー!」

 

 慌ただしく兵士達が怒声をあげ、動き回っています。

 僕たちはその様子を壁上で眺めています。


 「あの、僕たちも何か手伝った方がいいですか?」

 「平気じゃ。直ぐの直ぐに開戦となる訳ではないからの」


 僕たちはアリア様の傍で控えているだけですので、特にやる事はありません。

 強いて言えば、これから起こる事に備えるくらいでしょうか?


 「母上、ルード軍の配置が終わったとの報告が鳥人族より届きました」

 「そうか。詳細は?」

 

 暫くすると、アンリ様が一枚の紙を手に、僕たちの元へとやってきました。

 

 「これを見て貰えばわかるかと……私は、まだやる事があるので失礼します。また後ほど」

 「うむ。無理するなよ」


 駆け足でアンリ様が僕たちの元から離れていくのを見送ります。

 フォクシアの軍勢は約千人ほど、その管理をアンリ様が中心となり行っているので驚きです。

 本当に無理していなければいいのですけどね。


 「ほぉ、これはまた面白い陣形じゃの」

 「そうなのですか?」

 「うむ、見てみるがよい」


 アリア様が僕たちに鳥人族から届いた内容を教えてくれます。

 正直、軍の陣形など僕が見た所で何もー……。


 「え?」

 

 見せて貰った紙には、ルード軍の陣形がわかりやすく描かれていました。


 「どうじゃ、面白いじゃろ?」

 「面白いというか……変、ですね」


 陣形などわからない僕でも、この紙に描かれた内容がおかしいと理解できます。


 「スノーさんから見て、どう思いますか?」

 「おかしいと思うよ。こんな陣形じゃ騎馬隊も大盾部隊も活かしきれてない」

 「弓兵もですね。これじゃ、敵を狙えません」


 キアラちゃんもおかしいと思ったみたいですね。


 「そうですよね。何故、同じ部隊を一列に配置しているのか理解できないですよね」


 僕たちがいるアルティカ共和国に対し、それぞれの部隊が縦一列に並んでいるのです。

 こちらから見ると、左から歩兵、騎馬の混合部隊、大盾、槍兵、弓と魔法使い、とそんな感じで並んでいます。


 「皇子様は……中央ですね」

 「そこは普通」

 「エメリア様は……ここか」


 スノーさんが指さした場所は白騎士と書かれていて、僕らから見て一番右の最前線となっています。

 

 「これじゃ、エメリア様がやれる事は少なそうだね」

 「となると、一度こちらに合流して貰う必要がありそうですね」


 あの場所で裏切ったとしても、皇子様の場所へたどり着くのは困難ですね。

 それならば、アルティカ共和国の前線として共に戦った方が孤立せずにすみそうです。


 「そうなればな」

 「アリア様はそうならないと思っているのですか?」

 「どうじゃろな……まぁ、可能性の一つとしては別の事も考えられる」

 「その可能性って何ですか?」

 「それはな…………むっ、きたか」


 折角アリア様に教えて貰えそうだったのに、邪魔しに来たのは誰ですか!

 僕はアリア様の視線の先を追います。


 「第一皇子……オルスティア様……!」


 スノーさんが呟きます。

 あれが……この騒ぎの元凶となった皇子様ですか。

 まだ遠いですが、ルードの軍の中から20人ほどの軍団が僕たちの元へと向かってくるのがわかります。

 その中でも、一人だけ存在感を放っている……というよりも、漆黒の甲冑を身に着けた兵士達に囲まれ移動している中に一人だけ目立つ人が居たのです。

 輝くような純白のローブ、それに見劣りしない真っ白な髪、背はそこまで大きくなさそうですし、幼顔な少年といった人が皇子様……のようですね。ちょっと、意外です。


 「やぁ、騒がせてしまってすまないね」


 そのまま、皇子様達は国境へと近づいてきて、まるで友人に話しかけるような口調で話し始めました。

 張りつめた空気が一層ピリピリするのがわかります。

 

 「ルード軍が何の用だ!」

 「おや、歓迎されていないみたいだね。残念だな」


 他の獣王様が様子を伺っているのに対し、虎王が怒気を含んだ声を張り上げました。

 というか、こうなるのをわかっていて他の獣王様は黙っていた気がしますけどね。


 「あたりめぇだ! ふん、今なら見逃してやらない事もない……今すぐ兵士たちを引き上げ、とっととルードに帰りやがれ!」

 「それは無理かな。僕たちは用事があってわざわざ此処まで来たのだからね。あっ、別に君たちを害するつもりはないから安心していいよ?」

 「誰がその言葉を信じるかよっ!」


 まぁ、こんな状況で皇子様の事を信じろと言われても信じれませんよね。


 「信じなくてもいいけど、悪いけどくれぐれも邪魔だけはしないでくれるかい? 僕が伝えたいのはそれだけだよ……さて、戻ろうか」


 本当にそれだけを伝えにきたようで、皇子様達は自陣へと戻っていこうと僕たちに背中を向けます。


 「待て!」

 「何かな?」

 「せめて、宣戦布告でもしていったらどうだ? それとも、不意をつくことしか出来ない腰抜けしかルードにはいねぇのか?」


 おぉ……盛大に煽りますね。


 「しないよ」

 「はんっ! やっぱりルードのの奴はー……」

 「状況も理解できない単細胞にこれ以上語る事はないからね」

 「んだとぉ! ぶん殴ってやる!」


 そして、煽りに煽り返されてますね!

 流石、虎王様です!

 そして、その虎王様は今にも壁上から飛び降りそうなくらい身を乗り出しています。

 いえ、周りの兵士が虎王の体にしがみついて抑えているので、抑えてなかったら一人飛び出してましたね。


 「ホント、阿呆じゃの」

 「同感」


 その様子を呆れたようにアリア様が見て、シアさんも頷いています。

 まぁ、誰がどう見てもアホですよね。


 「あいつじゃ話にならんわい。どれ、ちょっと私が探ってやろう…………待てい! そこの若いの!」

 「…………どうなさいましたか、狐王よ」

 「お主が訪れた理由、本当にそれだけか?」

 「えぇ、狐王のおっしゃる通りでございますよ」


 虎王の時と態度が違います、それはそれでちょっとイラっとしますね!


 「ユアン、落ち着く」

 「僕は平気ですよ?」


 シアさんに心配されますが、僕は至って普通ですからね。ちょっと、イラっときたくらいですし。問題はありません。


 「そうか、ならばルード帝国は戦争に来た訳ではないのだな?」

 「いえ、これは立派な戦争ですよ」

 「なんじゃと? 私を馬鹿にしておるのか?」

 「そんなつもりはございませんのでご安心を、アリア様?」


 こちらを害するつもりがないと言ったら、今度は戦争にきたと認めました。

 

 「……やはりな。…………おし。よくわかった、戻って良いぞ、白いの!」

 「えぇ。また後ほど、戦場にて会える事を楽しみにしております」


 今度は誰にも止められず、皇子様は国境から離れていきます。


 「うぉぉぉぉぉぉ! 絶対にぶん殴る! おい、兵をいつでも動かせるようにしておけ!」

 

 皇子様に面白いようにいなされ、虎王が高々に吠えています。

 それを相変わらず呆れた目で眺めながら、アリア様も動きました。


 「おい、アンリを呼べ」

 「はっ!」

 

 近くの兵にアンリ様を呼ぶように指示したのです。


 「ユアン、お主らも動けるようにしておけ」

 「はい、いつでも大丈夫ですよ」

 「うむ。それならいいが……場合によっては私達も出るぞ」

 「え? 僕たちは此処で迎撃ではないのですか?」

 「状況次第じゃ。じゃが、今、状況は大きく変わった」

 「そうなのですか?」

 

 皇子様が現れた事で状況が?

 僕には理由がわかりません。


 「説明しても良いが……ユアンが混乱しても困る。私を信じろ、よいな?」

 「はい、わかりました」


 普段なら信じろを言われても、アリア様の悪い冗談かと思い、簡単に信じる事は出来ませんが、僕を見つめるアリア様の目はとても真剣で僕は迷わずに頷きます。

 流石にこんな時まで冗談を言う人ではありませんよね。


 「みんなも聞いていましたか?」

 「聞いてた」

 「私はそっちの方がありがたいね。エメリア様と合流して守りたいし」

 「頑張ります!」


 大丈夫みたいですね。

 ですが、この様子では戦いを免れる事は出来ないようです。

 皇子様は戦争にしに来たとはっきり言いましたし、それが宣戦布告と捉える事が出来ます。

 そして、皇子様の登場により、各種族の兵士達の動きが慌ただしくなりました。


 「母上、お呼びで?」

 「うむ、火車狐隊をいつでも動かせるようにしておけ」

 「わかりました……数の方は?」

 「三百でよい。半分はアンリ、お前が指揮をとれ。半分は私が指揮をとる」

 「えっ、アリア様も戦うのですか?」

 「もちろんじゃ、私が王じゃからな」


 驚きです! そして、それが当たり前なのかアンリ様も止めようとしません。

 というよりも、次期に王となるアンリ様が出るという事にも驚きです!


 「それが、獣王としての役目よ。鼬の所は知らぬが、他の獣王も準備しておるぞ?」

 「そうなのですね」

 「心配するな、白天狐が使っていた魔法に守られるのは癪じゃが、使い手はユアン、私を守ってくれるな?」

 「もちろんです。僕の事を姪と従妹と呼んでくれるアリア様とアンリ様です。必ずお守りします」


 一応、僕の身内の方です。

 何よりも二人とも僕たちに良くしてくれますからね、こんな所でお別れは嫌です。


 「アンリ、すまぬな。ユアンを嫁にとれなくて」

 「いえ、ユアン殿が身内であられる、それだけで十分です」

 「そうか、なら兄妹として、本格的に面倒みようかの」

 「それはいい案です。フォクシアに戻り次第、手続きを進めましょう」

 

 二人がそんな会話でまた僕を茶化します!


 「もぉ! そんな馬鹿な話をしていないで、アリア様もアンリ様も、しっかり準備しておいてくださいね!」

 「怒るな怒るな。冗談……じゃからな?」

 「むー……それが信用できないです!」


 アリア様が目を細め、口元を袖で隠す時は信用できない時と学びましたからね!


 「まぁ、アンリとの兄妹の話は別として、弓月の刻には報酬を用意する。そこは楽しみにしとくが良い。一応、私からの依頼という形での同伴じゃからな?」

 「え……そんな事聞いていませんよ?」

 「そうじゃったか? まぁ、そう言う事じゃ、よろしく頼むぞ」


 また勝手に話を進められてしまいました。

 ですが、報酬ですか……この問題も終われば晴れて僕たちのお家探しですし、ちょっと嬉しいかもしれませんね!

 その為にも、この戦争を無事に終わらせる事が大事です。

 でも、この場合はどうすれば僕たちの勝利なんでしょう?

 ルード帝国を迎撃するのが大前提として、皇女様も無事に生き残り、皇子様を失脚させる?

 むむむ……かなり難しい気がしてきました!

 ともあれ、まずは準備です!

 準備はしてきましたが、最終確認は大事ですからね。

 どんな結末になるかは想像つきませんが、僕たちは始まりの時をゆっくりと待つのでした。

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