第141話 決戦前夜
「明日にはルード軍の姿が捉える事ができるそうじゃ。このまま進めば、な」
「そこまで来ているって事ですね」
アリア様の天幕に呼ばれた僕たちは、アリア様からそんな報告を頂きました。
鳥人族の斥候からの報告では、今日の昼頃に国境を越え、真ん中辺りまで兵を進めたようです。
今は夜となり、ルード軍は野営を行っているみたいです。
「アルティカ共和国はどうやって動くつもりですか?」
「いや、動かんよ」
「え? 守らないといけませんよね?」
「うむ。じゃが、斥候の調べた数によると、ルード軍は万を超す軍勢を揃えてきたそうじゃ。それに比べ、私らの軍勢は六千くらいしかおらぬからな。軍を展開し、真っ向からぶつかったら勝ち目は薄いじゃろう」
戦争の、人と人との戦いは数による影響は大きいとの事です。
幾らAランクの冒険者が居たとしても、一度に相手にできる人数は限られています。
結局は戦争の本質は数によるものが大きいみたいですね。
「という事は、国境の守りに専念するという事ですかね?」
「そうなるな。国境の壁を利用すれば、数が劣っていても立ち回り次第で優位に事が進めるからな」
国境の壁は高く、ルード軍を見下ろす形で弓や魔法で一方的に攻撃する事ができるみたいです。
「ですが、国境は広いですよ。広範囲に広がり攻めてきたらどうしますか?」
ルード軍は万単位で攻めてきています。
それに対し、こちらは六千程度、横に長く広がられたら、四千くらい手の及ばない場所が出てきてしまいます。
「横に広がるなら好都合じゃ。その場合はこちらから仕掛け、一点を集中砲火してけば良いじゃろう」
「色んな戦い方があるのですね」
「戦争には歴史があるからな」
アルティカ共和国とルード帝国の歴史の中には日夜戦争に明け暮れていた時があるみたいです。
もちろん、友好的な関係を築いていた時もあるので、その時はその時で、遺恨が深く残っている訳ではないみたいですけどね。
ですが、今回の結果によっては対立が深まり、大きな溝が出来る可能性もありえますね。
「それで、僕たちはどうすればいいのですか?」
「私達の軍と共に行動するが良い。別に戦う必要もないしな」
というよりも、それしか方法がないといった感じですね。
僕たちがアルティカ共和国の軍として参加する事は認められました。
正し、フォクシアの軍勢の一部としてという条件を課されました。
仕方ありませんね。獣王様達とは顔合わせを出来ましたが、一般の兵士達との顔合わせは殆ど出来ていませんので、スノーさんとキアラちゃんが変に疑われる可能性もあります。
無暗に他の軍と交流する訳にはいきませんから当然ですね。
「まぁ、そんな所じゃ。明日にはどう転んでも、ルード軍と接触する事になるだろう」
「わかりました。しっかりと備えておきます」
「うむ、そうしてくれ。じゃが、あまり気張るな。周りもピリピリしておるからといってそれに呑まれぬよう気をつけい」
アリア様はまだ他の獣王と連携をとり明日の確認等が残っているという事で、僕たちはアリア様の天幕から離れます。
「緊張感が漂ってますね」
「うん」
「肌で感じるってこういう事を言うんだろうね」
「怖い、ですね」
人がこれだけ集まっているにも関わらず、辺りは静けさが漂っています。いえ、それだけなら良いのですが、重く、そして暗い雰囲気……負のオーラが充満しているように感じるのです。
「ですが、それに僕たちが合わせる必要もないですよね」
「確かに」
「それじゃ、私達も自分たちのテントに戻ろうか」
「明日は明日の風が吹く、ですね」
重苦しいのは仕方ありません。
ですが、それに呑まれるなとアリア様も言っていましたからね。
僕たちはテントに戻り、いつも通り過ごす事に決めました。
「ユアン、お菓子ちょうだい?」
「もう、夜ですよ?」
「大丈夫。明日はしっかり動くからね」
「積み重ね」
「ですね、明日頑張っても明後日だらけたら意味ないですね」
「これでも、毎日動いているつもりなんだけど……」
「最近は頑張ってましたしーーわっ!」
テントでゆっくりしていると、僕の体が大きく揺れました。
いえ、正確には地面がです。
ですが、驚きはしますが流石にそこまでは動揺しません。
「揺れる頻度が多くなってきたね」
「人がこれだけ集まってるから、その影響かも」
国境に向かっている最中も、ここについてからも何回か体験しましたからね。
今更動揺する程ではなくなりました。
ですが、それは僕たちが事情を知っているからです。
「怪我人はいるか!?」
「火の確認を急げ!」
「格隊長は被害の報告をせよ!」
地震が頻繁に起きる理由、恐らくは封印された魔物の影響だと思います。
しかし、ここに集まった兵士たちの大半がその事については知らないでしょう。
なので、地震が起こる度に兵士達の動きが慌ただしくなります。
実際に火の確認をしないと危ないので仕方ありませんね。
「兵士たちの間には天変地異の前触れって噂が流れているみたいね」
「ある意味正解」
「そうですね。私達が見た魔物の正体はわかりませんが、とても危険なものだと理解できます」
あの目が本当の大きさだとしたら、目だけで僕のサイズです。
全長を考えるとかなりの大きさです。
「他にも、龍神様が戦争に怒っているという噂もあるみたいだよ」
「龍神様ですか? 誰がそんな事を言っているのです?」
「ちらっと耳に入っただけだからそこまではわからないよ」
「多分、鼬族」
「シアさん知っているのですか?」
「ちょっとだけ。鼬族の宗教が龍神様を崇拝してると聞いた事があるくらい」
「宗教にはあまり関わりたくないです」
「キアラちゃんも知っているのですね」
「鼬族の事は知りませんけど、宗教にまつわる話なら少しだけ」
昔、宗教戦争と呼ばれるものもあったみたいです。
宗教には色んな宗教があるみたいです。
龍神様を崇拝したり、かつての英雄を崇拝したり、国や地域によって色んな宗教があるようですね。
キアラちゃんは前にしつこい宗教の勧誘にあった事があるようで、そのせいもあり宗教と関りを持ちたくないみたいです。
僕は神様や英雄と呼ばれる人に関心を持ったことはないので、宗教には興味はありませんね。
きっと、これからもそうだと思います。
だって、自分の生活で精一杯なのに、宗教活動なんてやっている余裕なんてありませんからね。
「私はユアン教」
「そんな宗教はありませんからね?」
「私が崇拝してるだけ」
「それなら、天狐教とかありそうじゃない?」
「もしかしたらフォクシアにあるかもしれませんね」
「やめてくださいよ。僕は崇拝されるような立派な人ではありませんからね」
のんびりと暮らす事が目標の僕を誰も崇拝する訳がありませんし、崇拝されても困ります!
「まぁ、天狐教が出来たら、崇拝されなくても聖女みたいな扱いは受けるんじゃない?」
「聖女と言えば癒しと神託の象徴ですよね」
「そもそも崇拝する天狐様は神ではありませんし、神託は関係ないと思いますよ」
「それもそうか」
「それに天狐様を崇拝するのに聖女様が天狐というのも可笑しな話ですね」
とまぁ、こんなくだらない話で盛り上がれるのは僕たちの良い所ですよね!
いよいよ、明日何かが起きる。
そんな中でも僕たちは比較的リラックスして夜を過ごす事が出来ました。
「オルスティア様、また揺れましたね」
「そうだね。兵士たちは?」
「動揺しております」
「落ち着かせて、明日に備えさせてくれるかい?」
「その手筈になっております」
「そうか。流石だね」
僕たちがアルティカ共和国に近づくにつれ、地震の揺れ、頻度が大きくなってきたね。
兵士たちがいちいちそれに反応をしているけど、それだけ感受性が高くなっているのかな?
まぁ、無理もないか。
それだけ、無理してきたという自覚は僕にもあるからね。
「いよいよ、ですね」
「そうだね。宰相……いや、アカネ。僕についてきてくれてありがとう」
「いえ、それが私の役目であり……私の……」
「私の、何だい?」
「…………いえ、それよりも明日に備えオルスティア様もそろそろお休みください」
「そうだね。もう少し、軍の配置を詰めたら休む事にするよ」
僕は机の上に並べられた駒を見つめなおす。
この戦いにおける陣形はかなり重要となってくる。
相手が相手だ。それに数も把握しきれていない。
場合によっては簡単に陣形を崩され、一瞬で総崩れとなる可能性もあるだろう。
それに、エメリアも何処かで動くつもりでいるだろう。
僕の邪魔をされない位置に居て貰わないと後で面倒になる。
かといって、僕の目的の為には生き残って貰わないと困る。
難しいな。
「オルスティア様、楽しそうですね」
「うん、面白いよ。僕の思い通りに事が進んでいるからね」
ここまでは、だけどね。
まぁ、不安要素も同時に抱えているのだけど。
「アカネ、どう思う?」
「問題ないと思います。が、危ういですね」
「常にそうさ。僕は、僕たちはそうやって生きてきただろう?」
「間違いありません」
甘えた生き方は許されなかった。
だからこそ、最後の最後で甘さに足を掬われる訳にはいかない。
切り捨てるものは切り捨てる。
それが出来て初めて手に入れるものがある。
「朝一番、この陣形を組むように伝えてくれるかい?」
「畏まりました」
さて、陣形は決まった。
後は、妹達がどう動くか、かな。
それが一番楽しみだね。
どうか元気な姿で会える事を祈っているよ。
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