第140話 弓月の刻、実力を示す

 「おい、こんな場所にガキを連れて来て、どういうつもりだ」

 「しかも、人族にエルフですか。ちゃんと状況を理解しています?」


 僕たちはアリア様に連れられ、獣王様が集まる天幕へと訪れました。

 そして、入った瞬間からこれです。

 僕とシアさんはいいですが、スノーさんとキアラちゃんは睨まれ、威圧されていますね。


 「理解しておるから連れて来たに決まっておろうが、少しはその意味を考えろボケ共が」


 そして、アリア様が煽る事煽る事……。

 少しは場の雰囲気を和ませてほしいものです。


 「んだとぉ……。表に出ろ、喧嘩なら買ってやる」


 丸いテーブルを囲むように獣王様達は座っていましたが、その中の一人、虎族と思われる王がテーブルを叩き、勇ましく立ち上がりました。

 立ち上がるとその大きさに驚きました。

 身長は2メートル程ありそうですし、体中が筋肉で出来ていると言われても納得しそうなくらいムキムキな体をしています。

 白と黒の髪が今にも逆立ちそうなくらい怒ってますね。


 「ふん、一度でも私に勝ってから大口は叩け」

 「おうよ、今日こそ叩きつぶしてやる」


 虎族の知り合いといえば、国境を守っていたギギアナさんが真っ先に思い浮かびます。

 ギギアナさんは僕たちが魔の森を抜けてきた不審者にも関わらず、しっかりと接してくれました。

 それに比べると、同じ虎族なのに獣王様は短気にみえますね。


 「やめようよ~。今はルード帝国が先でしょ~」


 頬杖つきながら、面倒くさそうに話に割って入るのは……いたち族の王様?でしょうか。

 背の高さは見た感じ僕と同じくらいでしょうか? ですが、太ってはいないと思いますけど丸いイメージが強く、短髪でグレーな髪色からお坊ちゃまって感じの雰囲気です。


 「そうじゃな。今は虎の子と遊んでる暇はないな」

 「はん! この問題が終わったら覚悟しとけ」


 ギギアナさんからの話では友好的な関係と聞いていましたが、これだけ見ると、とても友好的な関係には見えませんね。


 「で、その者達は?」


 こちらは狼族の王様ですね。

 背筋がピンとはり、凛々しさがある姿が印象的です。

 虎王と違い、筋肉は凄そうに見えませんが、その代わりに引き締まった体型をしていますね。

 艶のある茶色の髪が爽やかさと気品を兼ね備え、いかにも紳士って感じの雰囲気があります。


 「この者たちは、弓月の刻という冒険者じゃよ」

 「冒険者ですか? その様な者が何用でしょう?」


 わー! この方には羽があります!

 きっと鳥族の王様ですね!

 誰しも一度は空を飛んでみたいと思った事はありますよね! 羨ましいです……。

 体型こそ細身ですが、鮮やかな青色の髪に、漆黒の羽がかっこいいです!


 「協力者じゃよ」

 「協力だとぉ!?」

 「そうじゃ、お主よりもよっぽど腕がたち、役に立てると思って連れてきたのじゃよ」


 やめてください!

 そんな事を言ったら、僕たちが目の敵にされるに決まっています!

 最初から印象が悪くなってしまいますよ!


 「人族とエルフがか?」

 「まだ年も若い少女ではありませんか。冗談を言っている場合ではありませんよ?」

 「僕はどうでもいいよ。手伝ってくれるなら手伝って貰えばいーじゃん」


 虎王からは怒りの眼差しが向けられ、狼王と鳥王からは疑いの眼差しが向けられます。

 唯一、鼬王だけは言葉通りどうでもいいって感じみたいですね。


 「信用できませんね」

 「私も同じ意見だ。何よりも子供を危険な目に合わせる訳にはいかん」

 「邪魔だ邪魔! 狐のババアと共に帰れ帰れ!」


 やはり、僕たちは場違いのようですね。

 信用されないのは仕方ないとして、虎王に関しては帰れとまで言われてしまいました。


 「なんだ、虎よ。相手の実力も測れないのか?」

 「あん? 何が言いたい」

 「この者たちに劣っている事に気付かないのかというておるのじゃ」

 「上等じゃねえか! おい、誰でもいい表に出やがれ!」


 うわぁ……。全く煽り耐性がありませんね。

 アリア様の挑発にこめかみに青筋を浮かべ、僕たちに向かって叫びます。


 「まぁ、狐王が紹介するくらいだ、意味があるのだろう」

 「当然じゃ」

 「では、それを確かめるべく、私達も実力を測らせていただきましょうか。ですが、この者たちの実力が劣っていた場合、狐王には大事な獣王会議の時間を割いた責任をとっていただきますが、よろしいですね?」

 「よかろう。逆に、お主らが負けたのならば弓月の刻を認め、共に戦場に立つ事を認めよ」

 

 どうしてこうもポンポンと戦う事になるのでしょうか?

 僕たちは一言も戦うなんて言ってませんよ?

 それに、皆さんは王様ですよね?

 普通に考えて王様が自ら戦う発想が理解できません。

 しかも、やる気満々の様子で……。

 

 「楽しみ」

 「シアは気楽でいいね」

 「そう言いながらスノーさんも楽しそうですよ」

 

 僕の仲間も同じような感じでした。

 うぅ……僕がリーダーとしてしっかりと纏めないといけませんね。

 という訳で、獣王様たちと僕たちは揃って天幕の外にでました。


 「誰が戦います?」

 「誰でもいい」

 「私もやる事は一緒だから誰でもいいかな」

 「一人余りますよ?」


 鼬王だけはパスといって戦いには参加しないようですね。

 まぁ、見るからに戦いに慣れていないようなタイプですし、仕方ないですね。

 なので、模擬戦をするのはアリア様も除き3人の獣王様達。

 キアラちゃんの言う通り、一人余りますね。


 「おい、狐っ娘! 俺と戦え!」

 「えっ、僕ですか?」

 

 誰が戦うのか話し合っていると、虎王が僕を指名してきました。


 「そうだ、その耳と尻尾が気に食わねぇ、いっぺん殴らせろ!」

 「ちょっと、理不尽過ぎませんか……?」


 これも全てアリア様が煽った結果です!

 虎王は完全に狐族を目の敵にしてますよ!


 「虎王がその娘なら、私は同族の娘に相手をして貰おう」

 「わかった」


 そして、シアさんと狼王の同族対決が決まり。


 「では、私はエルフの娘と腕を競おう」

 「鳥王様も弓を扱うのですね」


 こちらは戦うのではなく、弓の腕前を競う事になったようですね。

 そっちの方が平和そうなので僕と変わって欲しいです。


 「って事は、私が余りね」

 「スノーさん、僕と変わりませんか?」

 「ユアンが負けたら敵をとってあげるよ」


 交渉の結果、失敗しました。

 

 「では、一組ずつ行うぞ。戦わぬ者はしっかりと見ておくがよい」

 

 審判はアリア様が執り行う模様です。

 

 「俺たちだ、狐っ娘、謝るのなら今のうちだぞ?」

 「えっと、僕は何もしていませんけど……」

 「うるせぇ! とにかく泣いても許さねぇからな!」

 「もぉ……わかりましたよ」


 そして、いきなり僕の出番です。

 虎王がどうしても先にやると言ってきかないのです。

 正直、興奮する虎王を見て、僕は疲れ切ってしまいそうです。

 会話も成り立ちませんし、すごく怒っていますし……。


 「可哀想じゃから手加減してやってくれ」

 「はん! それは聞けねぇな! 今更もうおせぇよ!」

 「お主じゃないわ。私はユアンに言っておる」

 「はぁ……出来る限り頑張ります」


 もう、どうにでもなれって感じですので適当な返事しか思い浮かびません。


 「それと、ユアンは私の姪じゃ。舐めると本当に痛い目に合うからな?」

 「それは、いい事を聞いた……。本気でぶっ飛ばす!」


 火に油を注ぐってこの事です!

 虎王が拳をきつく握ったのが見えました!

 そして、まだ開始とも言っていないのに、僕に向かって拳を振りかざします!


 「ぶっとべコラァ!」

 

 ガキンッ!

 と僕の防御魔法が虎王の拳を受け止めます。


 「なんじゃこりゃ!?」

 「えっと、僕は補助魔法使いですので……」

 

 そして、懲りずに何度も何度も僕の防御魔法を殴りつけてきます。


 「オラッ! オラッ! 何で割れねぇんだよ!」

 「えっと、威力が足りないからだと思います」


 後は正確さが足りませんね。

 適当に殴っただけでは、突破できませんからね。

 ですが、これじゃ埒があきませんね。


 「ユアン、楽にしてやるがよい」

 「わかりました」


 といっても、攻撃魔法は苦手で効かないでしょうから……これですね!


 「負けを認めるなら、直ぐに認めなさい」


 対人相手には有効と知っている。

 シアとスノーもこれで降参した技。

 魔力酔いに苦しみなさい。


 「うぉ!? 体が重くなった……何をした!?」

 「自分で考えてくださいよ」


 まぁ、まさか搾取ドレインで防御魔法内の魔素を濃くしているなんてわからないと思いますけどね。


 「なんか、やべぇな……だったら、その前に……おぇぇ」


 わっ!

 虎王が気持ち悪そうにしています!

 どうやら、魔力に対して耐性がかなり低いみたいです。


 「えっと、降参しないと危ないですよ?」

 「うるせぇ! 俺はまだ……おぇぇぇぇ」


 今にも戻しそうになってます。


 「馬鹿じゃな。ユアンの勝ちでいいぞ」

 「いいのですか?」

 「良き良き。普通に考えてこの状態は戦闘不能じゃ」

 「わかりました」


 アリア様から勝ちの判定を頂けたので、僕は搾取ドレインを混ぜた防御魔法を消します。


 「何、勝手に終わってんだよっ!」


 それでもまだフラフラとしながら、立っている虎王が僕を睨みつけてきます。

 負けた事に納得がいっていないみたいですね。


 「アリア様、どうしますか?」

 「放っておけ。あのバカはそれで喜ぶ」

 「喜ぶのですか?」

 「うむ、あ奴は人に絡んでは痛めつけられる変わった趣味の持ち主じゃからな」

 「そ、そうなのですね」


 本当かはわかりませんが、アリア様に絡むのもそれが原因みたいです。

 

 「ちげぇ! 俺にそんな趣味はねぇ!」

 「あー、わかったわかった。ユアン、辛そうだからどうにかしてやれ」

 「わかりました」

 「やめろ、俺は人の手は借りねえ! このままの状態で十分だ!」

 「その状態も気に入ったか……気持ち悪いのぉ」

 「えっと、とりあえず治しますね?」


 虎王がその状態を楽しんでいるみたいですが、魔力酔いは本当につらいと思いますので、元の状態に戻します。


 「搾取ドレイン

 「ふぉぉぉぉぉ!?」


 搾取ドレインを虎王にかけると、虎王が奇声をあげた。

 怖いんだけど。


 「…………はい、終わりです」

 

 虎王がぐったりとしています。

 魔力を抜かれる感覚って独特で全身の力が抜ける感じがするので仕方ないですよね。


 「おい、ユアンと言ったな……」

 「はい」


 「そして、ゆっくりと立ちあがり、虎王が真っすぐに僕を見つめてきます。


 「俺の負けだ。お前の事を認めてやろう」

 「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 負けを素直に認めれる人で良かったです。

 今までの経緯から考えると、負けてないなどといちゃもんをつけられるかと思ったの安心しました。


 「だが、条件がある!」

 「え、条件ですか?」


 まぁ、相手は虎族の王様ですし、僕にただ負けたとなると威厳にも関わります。

 なので、この試合の内容は秘密にするとかでしょうか?


 「俺の嫁に来い! そして、毎日今の魔法を俺にかけてくれ!」

 「はい?」


 満面の笑みで僕に手を差し出し、いきなりそんな事を言い始めました!


 「いい加減に、せぬか!」

 「あっちぃぃぃぃ!」


 そして、虎王の全身が炎に包まれました。


 「しょ、消火しないと!」

 「良い良い、放っておけ。いつもの事じゃからな」

 「で、ですが……」

 「大丈夫じゃ、あいつは無駄にタフじゃからな。周りの王も驚いておらぬじゃろ?」


 確かに、こんな状況にも関わらず、他の獣王様は困った顔をしているだけですね。


 「さて、次の試合に移ろうかの」


 そして、火だるまのまま放置です。

 アリア様も結構に鬼畜な事をします。

 本当に大丈夫なのでしょうか?

 

 「見た目だけの炎じゃからな。実際には燃えんよ」

 「幻術みたいなものですか?」

 「うむ。まぁ、本人の思い込み次第では危ないが、あの馬鹿なら問題ないわな」


 カラクリもわかりましたし、多分大丈夫みたいですね。


 「では、次は私が出ましょう」

 「私の番」


 次は狼王とシアさんの狼対決ですね。

 狼王の武器は細身の剣、シアさんは双剣。

 近接同士の戦いになりそうですね。

 

 「シアさん、やりすぎないようにお願いしますね!」

 「わかった」


 といっても冒険者として生きてきたシアさんです。僕にはシアさんが負ける姿は想像できません。

 そして、その予想はあたります。

 シアさんが軽く準備運動程度に動いた程度で勝敗はつきました。

 そして、キアラちゃんも同じです。

 遠距離の的を狙った、弓の腕を競う勝負で、キアラちゃんが全て当て、完ぺきな勝利を収めました。

 そんな感じで、僕たちと獣王による対決は終わりました。

 後は、ちゃんと認めて貰えるかが問題ですね。

 僕たちは再び、獣王と主に天幕へと戻っていくのでした。


 「ユアン! さっきの魔法をもう一度頼む!」

 「黙って天幕に戻らぬか!」


 虎王がアリア様にお尻を蹴られるといった一幕もありましたけどね。

 口の悪い、乱暴な人だと思いましたが、ただ少し変わった人って事がわかりましたので、良かったですね。

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