第139話 弓月の刻、フォクシアを出る

 「さて、出発じゃ。準備は良いか?」

 「そんなに何度も聞かなくても大丈夫ですよ。この日の為に僕たちは準備を進めてきましたからね」


 祭りが終わり、約一か月の間、僕たちは準備をしてきました。

 シアさんがいつの間にか僕との契約で新たな魔法を覚えていたり、スノーさんとキアラちゃんが精霊魔法の強化に力を入れたりと、それなりに成長しましたたからね。

 現状の僕たちが出来る事、出来ない事の確認は念入りに行ってきたつもりです。

 そう考えると、一か月という期間は長いようでとても短く感じました。

 ちなみに、僕も頑張りましたよ?

 何をと聞かれると困りますが、とにかく頑張りました!

 

 「それならいいんじゃが、着いて直ぐに開戦という可能性もある。今のうちに今一度気を引き締めておけ」

 「わかりました」


 急ピッチで僕たちが準備を整えたのには理由があります。

 思った以上にルード軍の行軍は速かったのです。

 僕たちが準備している間にもタンザに着き、すぐにトレンティアへと向かったと報告がありました。

 そして、先日ついにトレンティアまでルード軍が迫ったと報告があったようです。

 スノーさんが言うには普通ならばありえない行軍速度だと言います。

 

 「簡単じゃ、予め兵を先行させておいたのじゃろう。帝国に兵を一度集めるのではなく、徐々に軍の数を増やすようにな」

 「それなら、ルード帝国から大軍で進まなくて済みますね」


 兵の数が増えれば増えるほど、軍の規模は大きくなり、移動が遅くなります。

 野営の準備も時間がかかりますし、歩兵や騎馬兵など、隊によって移動速度もかわります。

 それを避ける為に、ルード軍はその方法をとったようですね。


 「まぁ、私らと同じじゃな。既に他の獣王共は国境に集まっているぞ?」

 「という事は、僕たちが最後ですか?」

 「そうじゃな。まぁ、あ奴らは国境から遠い場所に街があるからな、早め早めに行動せんと間に合わぬからな」


 そう考えると、3日ほどで国境にたどり着けるフォクシアはかなり楽ですね。

 その代わり、国境を突破された時に一番危険とも言えますけどね。


 「僕たちも他の獣王様にお会いするのですか?」

 「どうじゃろうな。必要とあらば、といった感じかの?」

 

 ニヤリとアリア様が笑います。

 あの顔は紹介する気満々ですね。


 「アリアおばちゃん、嫌ですからね?」


 この一か月、僕はこの技を覚えました。

 アリア様はおばちゃんと言われると弱いみたいですからね!


 「むぅー……わかったわい。じゃが、場合によっては紹介はする。アルティカ共和国の為となる場合に限るがそこは我慢せよ」


 おばちゃん作戦は半分上手くいきました。

 ですが、もう半分は国を守る王としての立場が許さなかったみたいです。


 「まぁ、上手く事が運べば戦争にはならぬから深く考えるな。戦争には、な。では、流石に馬車は別となる、何かあれば私の元へ訪れろ」


 戦争には?

 意味深な言葉を残し、アリア様は馬車へと行ってしまいました。

 

 「女王、ピリピリしてる」

 「そうですね」

 「まぁ、私達以上に……比べる事が失礼なくらい問題を抱えているだろうしね」

 「兵を動かすのにお金もかかりますし、他の獣王との連携、そしてルード軍に封印された魔物の事。全てを考えなければなりませんよね」


 普段ならだらだらと僕に構ってきますが、今日はささっと馬車に行ってしまいましたからね。

 改めて王様という立場がすごく大変な事なのだとわかりました。

 僕が冒険者として生きている事に感謝するほどに。


 「ユアンもやれば出来る」

 「出来るか出来ないではないですよ。僕は絶対にやりたくありません! もし仮に出来るとしてもです」


 王族になんかなっている暇はありません。

 この問題さえ解決すれば、いよいよ念願の家探しになりますからね!

 ようやく夢の生活を送れる時が近づいているのです。お金はまだ足りませんけど……ですが、近づいた事には違いありません。

 まぁ、アリア様が僕を王族として扱うようならば、更に夢は遠のきますけど。

 その場合はアルティカ共和国に居座るつもりはありませんからね。

 という訳で、僕たちも用意して貰った馬車に乗り込み出発です!

 総勢1000名ほどの軍勢に紛れ、僕たちは国境へと向かいます。

 僅か3日の距離ですが、改めて個人で進むのと、軍として進むのではかなり違いが出るのと実感しましたけどね。

 休憩を挟むにしろ、野営の準備をするにも、火車狐に乗った人が軍の間を走り回り、伝えて周るのですから。

 短期間でも大変だと思うのに、それを長距離で、そして素早く侵攻してきたルード帝国軍は凄いですね。

 それだけ、油断のならない相手だと再認識しながら僕たちは国境に向かうのでした。




 

 そして、フォクシアから出発し3日目の昼頃、ついに国境が見えました。


 「戻ってきましたね」

 「うん。久しぶり」

 「国境もそうだけど、タンザを出発してから、もう半年近く経つのか……」

 「同時にみんなとそれだけ居るって事ですね」


 僕とシアさんは更に1か月ほど前にパーティーを組みましたけどね。

 逆に言えば、まだそれしか時間は経っていないとも思えますね。

 なのに、僕たちの仲は……あっ、弓月の刻の仲はですよ? かなり深まったと思います。

 シアさんともかなり仲良くなれたと思いますけどね。

 短い間でも思い出がたくさんありますから。

 一緒に旅をして、一緒にご飯食べたり、一緒に寝たり……頭撫でてくれてぎゅーってしてくれて……。


 「ユアン、顔赤い」

 「ふぇ? そんな事ないですよ!」


 シアさんが僕の熱を測るようにおでこを触ってくれます。

 シアさんの口元がちょっと緩んでいるのでわざとですね……もぉ、僕をからかってる場合ではないです。


 「ほら、もうみんな集まっていますよ」

 

 流石に国境の壁の中……僕たちが泊まった場所には全ての人が入るのは無理みたいですので、アルティカ共和国側に沢山のテントが張られているのを目にします。


 「沢山いますね」

 「うん」

 「どれくらいいるんだろうね」

 「わからないです」


 ぱっと見ただけでは数え切れない人がいます。いえ、獣人が沢山いました。

 そして面白いのが種族ごとにテントの形が違いますね。

 三角だったり丸かったりと種族ごとに拘りでもあるのでしょうか?


 「狐族のテントはあっちになるみたいですね」


 僕たちも行軍の流れと共に移動していますので、自然と狐族の陣営の場所へと流れつきました。

 そして、ちょうどアリア様が馬車から降りてくるところに遭遇します。

 まぁ、アリア様のすぐ後ろを走っていたので当然ですけどね。


 「ユアンよ、疲れてはおらぬか?」

 「大丈夫ですよ。馬車での移動なのでかなり楽できましたからね。アリア様こそ大丈夫ですか?」

 「うむ。これくらいは慣れておる。頻繁に王都へ行く事が多いからな」


 3日程の移動は苦にならないみたいですね。

 まぁ、王都の間を火車狐で2週間ほどで行って帰って来るくらいですしね。


 「では、早速じゃが行くか」

 「行く……って何処にですか?」

 「何処にって集まった獣王共の所にじゃよ」


 アリア様の話に僕は思わずキョトンとしてしまいました。


 「どうした? そんな間抜けな面をして」

 「え? だって、僕は会わなくてもいいと言ってませんでしたか?」

 「うむ。会う必要がなければな。まぁ、事情が変わったという事じゃ」


 聞いてませんよ。事情が変わった何て……。


 「どうしても、ですか?」

 「どうしてもって訳ではないが、ユアン達が自由に動くのなら会っておいた方が良いと思うぞ?」

 「どうしてです?」

 「当り前じゃろう。獣人族の兵士の中に、人族とエルフが混ざっておるのじゃからな。先に伝えておかぬと混戦となった時、味方から背中を刺されるぞ?」


 改めて冒険者と兵士の違いを実感しました。

 考えてみればそうですね。

 冒険者が一同にこうやって集まる事はまずありえませんし、種族が統一されているとも限りません。

 逆に兵士はその国を守る為に、国民から兵を募集している為、自然と同じ種族が集まる傾向にあります。

 ルード帝国など実力主義であれば別かもしれませんけどね。

 その場合は、統一された甲冑などを着込み、それで判断するみたいですけどね。


 「という訳じゃが、一緒に行っておいた方が良いかと思うが?」

 「仕方ないですよね」


 僕だけであれば行かない選択しもありましたが、仲間の為にも、特にスノーさんの為にも顔を合わせておく方が都合が良さそうです。


 「では、行くとするか」

 「わかりました。ですが、僕たちの事は弓月の刻として紹介してくださいね? くれぐれも、アリア様の姪とか言わないようにしてくださいね!」

 「うむうむ。余計なトラブルは起こしたくないからの」


 軽い感じで言うのが心配です。

 まぁ、真剣に話しても心配ですけどね、アリア様の場合は。

 今更ながら、狡猾な王と呼ばれている事に納得いきます。どちらかというと悪戯好きな王の方がしっくりくる気がしますけどね!


 「ユアン、考えている事は出来るだけ顔に出さない方が良いぞ?」

 「何も考えてないですよ?」

 「ふむ。なら良い…………ユアンに変な事を吹き込んだ輩は探さなければな」

 「何か言いましたか?」

 「何も? 行くぞ、お主らは私らを囲え。何人たりとも私らに近づけるな!」

 「「「はっ!!!」」」


 アリア様の護衛の方が僕たちを守るように囲みます。

 何か、とても重要な人物になっているような扱いですね。


 「実際に重要」

 「うん、一応ルードの使者だからね」

 「見せしめとかにならないですよね?」

 「多分、そこは大丈夫だとは思いますよ?」


 アリア様が、一応ですが皇女様の手紙の件を獣王様達に伝えてくれたと思いますからね。

 

 「あぁ、その事じゃが、伝える必要はないと思って伝えておらぬよ」

 「はい?」

 「じゃから、伝えておらんて?」

 「ど、どうしてですか!?」

 「あ奴らは頭が固いからな。皇女からの手紙なんて信じる訳がなかろうに。戦争になったらついでに潰してしまえってなるに決まっておろうが」


 決まっていると言われても僕達がそんな事知る訳がありません!


 「それじゃ、今……スノーさんが獣王の前に顔を出したらどうなります?」

 「荒れるじゃろうな」

 

 当然と言わんばかりにアリア様がそう答えます!


 「じゃが、安心しろ。お主らが力を見せれば大人しくなる。そこはルードと同じで実力主義じゃからな」


 相手の実力もわからずに力を見せろと言われても困ります!


 「冒険者ランクでいえばBかAに届かぬ程度じゃ。どうにかなるじゃろ?」


 BかA程度と簡単に言いますが、熟練の冒険者クラスの強さです。


 「余裕」

 「問題ないわね」

 「条件次第なら……」


 それに対して僕たち仲間は自信満々みたいです。


 「ユアンは自信がないのか?」

 「いえ、多分。大丈夫だと思います」

 「なら気にするな。このままいくぞ」


 はぁ……荒事を止める前に荒事ですか。

 一体どうなる事になるのでしょうか。

 僕は自信満々に歩くシアさんとスノーさんとは対称に重い足取りを進めながら獣王様が集まるという天幕に向かうのでした。

 あっ、キアラちゃんを省いたのは僕と同じような心境だと思うからです。


 「弓なら、負けません」


 前言撤回です。

 キアラちゃんも向こう側みたいでした。

 僕も覚悟を決めなければですね……補助魔法使いですが頑張ります。

 はぁ……。

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