第136話 弓月の刻、注目を浴びる

 「お店、少なくなってきましたね」

 「遅くなってきたから」


 そろそろ日付も代わる頃でしょうか?

 出ていた屋台も閉まり、子供の姿も減ってきました。


 「だけど、大人の数はあまり減りませんね」

 「この後に女王陛下の挨拶があるからじゃない?」

 

 アリア様も祭りに関わっていると言っていましたが、どうやら祭りの締めをアリア様が執り行うみたいですね。


 「僕たちも行った方がいいのでしょうか?」

 「んーどうだろう」

 「あの女王、行かなかったら後でうるさい」

 「それもそうですね」

 

 後で、小言を言われるのも嫌ですし、一応顔だけでも出しておくべきと話は決まり、僕たちはアリア様の挨拶が行われる場所に向かう事になりました。


 「まぁ、どちらにしてもお城に帰るので一緒でしたね」

 「そうだね」


 お城を出る際にはなかった櫓が門の前に建っていました。

 どうやらそこで挨拶が行われるようですね。


 「意外と子供も残っていますね」

 「お祭りだしね。それに、女王陛下の顔をみたいって人は多いんじゃないかな?」

 「そうなのですか?」

 「うん、ルードもそうだけど、王族が人前に立つ事は珍しいからね。ルードでも建国祭や帝王誕生祭くらいしか帝王は姿を民衆の前に表さないよ」


 王族ですし、狙われる事が多いからでしょうか?

 知らないうちに恨みを買っていたり、他国の刺客が潜んでいる可能性もありますし、無理もありませんけどね。


 「皆の者、今宵の祭り楽しんで頂けたか?」

 

 暫くすると、櫓に姿が見えました。

 背の高い、金髪……あれは、皇子のアンリ様ですね。

 アンリ様の登場に女性の歓声があがります。

 大人も子供も関係なしに悲鳴にも似た、歓声です。


 「これが、黄色い声援ってやつだね」

 「黄色い? 金じゃなくてですか?」

 「髪の色じゃないよ、女性が出す高い声の事をさすみたい」


 皇子様を見て、女性がきゃーきゃー言っていますが、それの事みたいですね。

 確かに、きぃきぃと高い音が凄くて、耳を塞ぎたくなります。


 「まぁ、人気があるって事だね」

 「確かに、かっこいいですけどね」


 流石、皇子様ですよね。地位も見た目も、女性に人気がある要素ばかりです。


 「むぅ……」

 「ユアンさん、シアさんが拗ねてますよ」

 「え?」


 手を繋ぐシアさんを見ると、少し頬を膨らませて僕の方を見ていました。


 「大丈夫ですよ。シアさんの方がかっこいいですし、美人で綺麗ですからね」

 「それだけ?」

 「えっと……それに僕に優しいですし、甘やかしてくれます」

 「じゃあ、好き?」

 「はい、好きですよ?」

 「わかった。ユアンも優秀で可愛い」

 「はい、ありがとうございます」


 シアさんが嬉しそうに微笑みます。

 どうやら、機嫌は直ったみたいですね。


 「あぁ……いい」

 「スノーさん、二人じゃなくて、私もみてくださいね?」

 「うん、ちゃんと見てるよ。キアラは可愛いね」

 「もぉ、取ってつけたように……」

 「事実だよ? これが、本心だって言わなくてもわかるでしょ?」

 「わかりますけど、言って貰いたい事だってありますからね?」


 二人の仲ってかなりいいですよね。

 なんか、僕とシアさんよりも仲良しに見えます。


 「ユアン、私達の仲が気になるのかな?」

 「はい、仲良いですよね」

 「そりゃね、だって毎晩……」

 「わーわー! スノーさん冗談でもそんな事言っちゃダメです! ユアンさんにはまだ早いですから!」

 

 毎晩? 僕に早い? うー……前からそうですけど、キアラちゃんは僕に何か隠そうとします!

 それが逆に気になりますよね!


 「そ、そんな事よりも、女王様がお見えになりましたよ!」

 「本当ですね、ちょっと騒ぎ過ぎましたね」


 気づけば、黄色い声援も止み、辺りには静けさが漂っていました。

 その中で喋っていたので、周りのからの視線が恥ずかしいです……。


 「皆の者、待たせたな」

 

 アリア様の声が響き渡ります。

 決して大きな声ではないのですが、離れた位置から見ている僕たちの元にもはっきりとアリア様の声が通るのです。


 「今日の祭りはどうじゃった? 楽しんで頂けたなら幸いだ」


 櫓に立ったアリア様が集まった人達をゆっくりと見渡しています。

 そして、僕の方を見たかと思うと、口元を緩ませ、静かに笑います。

 なんか、嫌な予感がしますね。

 ですけど、僕の事を紹介してもいいとは言っていないですし、きっと気のせいですよね! まさか、同意もなくそんな事をしたりしないですよね?


 「あの女王だからわからない」

 「そうね、やりかねないね」

 「ユアンさん、覚悟しておいてくださいね」


 小声で3人がそんな事を言ってきます!

 不安になるから変な事は言わないで貰いたいです。


 「皆の者も既に気付いている者もおるだろうが、今、隣国のルード帝国が兵を起こし、アルティカ共和国へと迫っている。これが侵略行為なのか、はたまた別の目的によるものなのか、わからないがな」


 集まった人達にざわめき始めました。

 この様子ですと、知らない人も結構いたみたいですね。


 「じゃが、心配はするな。先日行われた獣王会議にて、これが侵略行為だった時、迎撃する事が決まった。つまりは5カ国による同盟が決定したのじゃ」


 動揺から歓喜への声に変わりました。

 普段から同盟を組んでいますが、その同盟とは違う意味での同盟になるみたいですね。


 「今もルード帝国は国境へ向け、兵を動かしている。近々、私達も兵を動かすだろう。そして、暫くの間、私はフォクシアを離れる事となる……街の平和の事はお主らに任せたぞ?」


 街の人に語り掛けるようにアリア様が話します。

 王族として、命令をするのではなく自主性を促しているみたいですね。

 けど、そんな簡単にー……。

 と思った瞬間でした。

 割れんばかりの歓声があがりました。


 「お任せください!」

 「この街は我らが守ります!」

 「無事にお戻りください!」


 至る所から、アリア様へと声がかけられます。


 「凄いですね」

 「愛されてる」

 「それだけ、フォクシアの為に尽くしている証拠って事だね」

 「噂とは違いますね」


 街の人から愛されるアリア様。

 狡猾な王と言われている事はどうやら噂だけのようでした。

 僕たちにも良くしてくれて、街の人にも愛されている。狡猾な王と呼ばれる姿は全然思い浮かびません。


 「ありがとうよ」


 アリア様が手をあげると、街の人が一斉に静かになりました。

 アリア様の次の言葉を街の人が待っているようです。


 「皆の反応で私も安心してアルティカ共和国を、フォクシア守る為に国境へ向かう事が出来る。今日は、それへの向けての良い景気づけとなった、改めて問おう……今日の祭り、楽しめたか?」


 また、割れんばかりの歓声があがります。

 今日のお祭りは本当に楽しかったですし、思い出となりました。

 

 「良き良き。では、今宵の祭りも、例年通り魔法を解き終わりを告げよう」


 アリア様が両手を高く掲げました。

 魔法と言っていましたが、一体なんの魔法なのでしょうか?

 今の所、魔法の気配は感じませんけど。


 「では、これにて天狐祭を終わりとする。明日からも、よろしく頼むぞ!」


 アリア様が中心となり、広域に魔力が広がっていきます。

 アリア様だけではなく、アリア様の周りの人も同じような魔法を使っているのがわかりますね。


 「一体、なんの魔法なのでしょうか?」

 「ユアンがわからないなら私達にもわからないよ」

 

 僕だけではなく、仲間の3人もわからないみたいですね。

 僕にわかる事は、攻撃系の魔法ではないというくらいです。

 回復魔法でもなさそうですし、補助魔法でしょうか?


 「ふぅ……」


 魔法を終えたアリア様がわざとらしく息を吐きました。

 ほんとにわざとらしいのですよ? 疲れたようにわざわざ声を出して、息を吐いているのですからね。

 まるで、注目を集めるかのように……。


 「ユアン」

 「はい?」

 「周り見る」

 「え?」


 アリア様から目線を外し、シアさんに言われた通り、周りを見渡すととんでもない光景が広がっていました。

 そして、その状況を伝えるかのように、アリア様も話し始めます。


 「おや、一人、魔法が解けなかった者がおるな?」

 

 僕の事を真っすぐ見つめてアリア様がそう言ってきます。

 そして、同時に街の人の目が僕たちを、いえ、僕に注目してきます。


 「これは、魔法道具マジックアイテムで髪の色を変えていますので……ほ、ほら!」


 驚いた事に、先ほどまで黒天狐と白天狐へとなっていた街の人の髪が元の金髪や茶髪へと変わっていました。

 僕も慌てて、金髪へと魔法道具マジックアイテムで色を変化させます。


 「ほぉ、そんな珍しい品があるのか……よければ見せてはくれぬか?」

 「いえ、これはとても大事な物なので……」


 僕が断りを入れると、周りからひそひそ声が聞こえ始めました。


 「あの娘、女王様のお願いを断ったぞ」

 「見た所、旅人か。なんとも無礼な奴だ」


 う……しかも僕を非難するような言葉です。


 「どうしても、ダメか?」

 

 そして、追い打ちをかけるようにアリア様が声を僕にかけます。


 「わかりました」

 「ふむ、では特別の櫓へと昇るが良い。そちらの仲間も一緒にな」


 集まった人達が左右に分かれて、僕たちの前に道が作られます。

 うぅ……やられました。

 こんな事ならアリア様の演説を見なければ良かったです!

 後悔しても、時すでに遅し。

 僕たちは注目を浴びながら、櫓へと向かいます。

 どうか、何事もなく終わる事を祈るばかりです。お願いですからね!

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