第135話 弓月の刻、祭りを体験する

 「わっ!」

 「凄い音」

 「音だけじゃなくて、お腹に響くね」

 「ちょっと怖いです」


 街の中央に近づくにつれ、その音がドンドンと大きくなっています。

 他にも大きな音の中に、軽いポンポンという音やカンカンという金属のような音も混ざっているのが近づくとわかりました。

 どれも特徴的な音ですが、お互いを潰しあわないようにして奏でられている事がわかります。


 「この音はリズムになっているのですね」

 「うん。みんな踊ってる」

 「櫓の周りを回るように踊るんだね」

 「初めて見る踊りですね」


 ダンスとは違いますね。

 一人一人が同じ振り付けで音に合わせて踊っています。優雅さはありませんけど、一体感がありますね。大人も子供も関係なく、みんな真剣でありながら、楽しそうに見えます。

 僕たちもその踊りが分かれば参加できるのに残念です。


 「なんか出てきた」

 「馬車ですか?」

 「馬車にしては大きくない?」

 「それに、上に人が乗ってますよ」


 車輪がついた乗り物に人が乗っています。

 しかも、その乗り物には太い縄みたいなものがついていて、人が引っ張っています。

 その時点で『馬』車ではありませんね。


 「あっちからも来ましたよ」

 「あっちからもだ」


 街の中央は広場になっていて、そこから十字に伸びるように道が広がっています。


 「ほら、どいたどいた!」


 そして、僕たちが歩いてきた方からも、乗り物が現れました。


 「踊っていた人が櫓から離れていきますね」

 「何が起こるのかな?」

 

 そして、広場には櫓を囲むように4つの乗り物が残りました。

 そして、櫓で奏でていた音が止み、広場が静けさに包まれました。

 何が起こるのか楽しみですね!


 「では、今から区対抗の太鼓合戦を始めます!」


 櫓で音を奏でていた人が大きな声を張り上げました。


 「例年通り、ルールは相手の太鼓や鐘に釣られ、リズムを崩したチームの敗北になります!」


 どうやら乗り物に乗った人達が戦うみたいですね。


 「ぶつかるのかな?」

 「違うと思う」

 「リズム、と言ってますし、楽器を奏でて戦うのかな」

 「あの棒で戦うのですかね?」


 うー……何が起きるのかわかりません!

 わかるのは、それぞれの方角から現れた乗り物に人が乗っていて、大きな筒と小さな筒、それに掌サイズの金属を持っている人がにらみ合ってるくらいです!

 

 「では、北区から時計回りに演奏を始めてください!」


 フォクシアで開かれる祭りですので、内容はみんな知っているみたいです。

 なので何の説明もなしにそれは始まりました。


 「わっ!」

 「びっくり」


 思わず耳を塞いでしまいました。

 僕はいきなりの大きな音に耳をペタンと閉じます。

 ですが、音だけではなく、まるで体を突き抜けるように見えない攻撃が僕を貫きます。


 「こ、攻撃ですか!?」

 「違うと思いますよ」

 「音の波動」


 何かシアさんがカッコいい事を言っています!

 ですが、シアさんの言う事は何となくわかります。


 「凄いね。音だけじゃなくて、全身に色々と伝わってくるよ。あれが、太鼓っていう楽器なのかな?」


 櫓に乗った人達が大きな筒を叩くたびに、僕の体を何かが叩いているような衝撃が襲ってくるのです。

 太鼓合戦と言っていましたし、一番大きなあの筒が太鼓と呼ばれる物みたいですね。

 

 「防御魔法じゃ防げないのですね」

 「魔法でも物理攻撃でもないのかな?」


 もし、これがもっと強力な威力があったら大変です!

 むむむっ、知らなかったら僕たちはやられていたかもしれませんよ?

 どうやら対策が必要そうです。


 「ユアン、難しい顔してる」

 「だって、危険じゃないですか。この攻撃をしてくる魔物がいたら」

 「確かにね。だけど、今は楽しもうよ」

 「そうですよ、対策は後で考えればいいのですから」

 「そうですけど……」


 そうこうしているうちに、次は東側の櫓から音が響き始めました。

 その頃には最初の櫓の音が変わり、大きな音の中に、小さく細かい音、それに合わせるようにチャンチキと金属の音が混ざり始めました。


 「どっちもリズムが違いますね」

 「うん。これを競っているみたいですね」

 

 リズムが崩れたら負けと言っていましたし、相手のリズムに釣られないように自分たちの演奏をする戦いみたいです。


 「ですが、どちらも安定して奏でているみたいだね」

 「これでは、勝負がつきそうにないですね」

 「けど、また増える」

 「色んな所から音が聞こえて訳がわからなくなります」


 それぞれのリズムを知っていれば、僕たちにも聞き分けできそうですけどね。

 今はちょっと難しいですね。


 「そうこうしてるうちに、全部の乗り物が奏で始めたね」

 「僕には違いがあまりわからないです」

 「私も」

 「ですね……」


 音が入り交じっているせいで、全然わかりません!

 だって、4方向から違うリズムが一定ではありますが聞こえてくるのですから!

 

 「こんなんじゃ……あれ?」


 今、一瞬ですが、南区の方の小さな太鼓が変なタイミングで聞こえた気がしました。


 「そうだね、これじゃ全然……ん?」


 またです、次はチャンチキ鳴っていた音に変な間がありました。


 「崩れてる」

 「ちょっと、ズレてる気がします」


 その違和感を覚えたのは僕だけではないようです。


 「あれ、あれ?」

 

 そのズレはどんどん酷くなっていきます。


 「南区失格です! 止めてください!」


 最後はバラバラになってしまいました!


 「なるほど、こうなったら負けなんだね」

 「みたいですね。初めて聞く僕たちでも変なのがわかりましたね」


 面白い戦いですね!

 こんな感じで勝敗をつける戦いは初めてです!


 「戦いにも応用できそう」

 「そうだね、一定のリズムの中にズレを生じさせて相手のリズムを崩す、か」

 「あの……楽しみましょ?」


 シアさんとスノーさんの気持ちはよくわかります。僕もさっきまで防御魔法の事を考えていましたからね。


 「ほら、まだ3組残ってますよ」

 「そうだね。だけど、音が減ったから自分たちのリズムキープしやすくなったんじゃない?」

 「そうなると、戦いが長引きそうですね」

 「そんな事ない。仕掛けた」


 突然ですが、東区のリズムが変わりました。チャンチキなる鐘と小さな太鼓のリズムがです。


 「これって、北区と一緒?」

 「に聞こえますね」


 慣れてきたお陰が、僕たちもそれぞれのリズムの特徴を掴めてきたようです。


 「違う。東が北に合わせてるけど、わざと少しずらしてる」

 「確かに、微妙に速かったり遅かったりしますね」


 シアさんが仕掛けたと言ったのはこの辺りですかね。東区が北区のリズムにあわせ太鼓を叩き、誘導するように変調を繰り返しています。


 「だけど、北区は釣られませんね」

 「うん。逆に東がズレ始めてる」


 シアさんの言う通り、東区のリズムが崩れているように僕は感じます。

 

 「仕掛けたはいいけど、失敗した感じかな?」

 「そうみたい。けど、いい作戦だとは思います。私も、矢で相手を矢のタイミングをずらして狙ったり誘導しますし」

 「えっと、キアラちゃん今は戦闘は関係ないですよ?」

 「あ……つい」


 やっぱり僕たちの考えはそっちの方面に流れてしまうみたいですね。


 「結局自滅か……」

 「北区は自分たちのリズムを守ればいいだけでしたからね」


 南区と同じように少しのズレが徐々に大きくなり、東区の失格が告げられました。

 色々と駆け引きもあるみたいですね。


 「後は北と西か」

 「2組だと決着が長引きそうですね」

 

 と思いましたが、中央の櫓からも演奏が始まりました。


 「北と西のリズム、両方を叩いてますね」 「でもぐちゃぐちゃ」

 「これは厄介だね」

 「どの音が本物かわからなくなりますね」


 僕も北区のリズムを何となく覚えていきましたが、中央の櫓から音が鳴って直ぐに、北区のリズムがわからなくなってしまいました。


 「鍛錬しないと無理なんだろうね」

 「当然」


 何事も鍛錬が必要だとわかりますね。

 そして、暫く続いた戦いは唐突に終わりを告げました。

 中央の櫓から音に西区が釣られ始めました。

 そして、やはり僅かなズレが徐々に広がり……。


 「西区失格! よって勝者は北区!」


 街の人から歓声があがります。

 そして、勝者の特権なのでしょうか、中央の櫓からの音も止み、北区だけの演奏が始まりました。

 そして、その音に合わせ、再び街の人が踊り始めます。


 「よくわかりませんでしたが、勉強になりましたね」

 「わからないけど、楽しい」

 「うんうん、雰囲気だけでもね」

 「楽しめましたね」


 結局の所、何が楽しいとははっきりとはわかりませんでしたが、僕たちは観客として祭りの一部になったような気がしました。

 楽しむ事に理由はいらない。

 きっと、これが祭りの醍醐味なのかもしれませんね。

 それに防御魔法の弱点も新たにわかりましたし、改善する余地を見つけました。

 街の人とはちょっと違った視点でしたが、いい体験を出来たと思います。

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