第133話 弓月の刻、祭りに向かう
「シアさん、変じゃないですか?」
「うん。似合ってる」
「えへへ、シアさんも凄く綺麗ですよ!」
「ユアンからのプレゼント。凄く嬉しい」
あれから今日までアリア様にお会いする機会はなく、ついにお祭りの日を迎えました。
楽しんでくれと言っていましたし、僕たちは存分に楽しませて頂くつもりですけどね。
「それにしても天狐祭ですか。何するんですかね?」
「わからない。私達は祭りだけを楽しめばいい」
「それもそうですね! スノーさん達も準備出来ましたかね?」
そんな話をしていると、部屋をノックする音が聞こえました。
「ユアンさん、開けてもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
訪れたのはキアラちゃんみたいですね。
スノーさんはノックをせずに入ってきますからね。
ノックは大事です。
着替えていたりするかもしれませんからね。
「失礼します」
キアラちゃんは白を基調とした着物を着ていました。
スノーさんは白と翠の着物を買っていたのでてっきりキアラちゃんが翠の着物だと思っていましたが、どうやら違ったみたいです。
「その、変ですか?」
「そんな事ないですよ! 白とキアラちゃん髪がよく合っていると思います」
そして、帯は髪の色と合わせてあるのがまたいいですね。
「汚れ目立つ」
「そうですよね、そこは気をつけなければいけないですね」
「大丈夫ですよ、多少の汚れならば
日が経ってしまった汚れなどは厳しいですが、汚れて直ぐなら余程の汚れでない限り大丈夫だと思います。
「それで、スノーさんは?」
「直ぐに来ると思いますよ」
「何してる?」
「それがですね……」
キアラちゃんが少し困った顔をしました。
そして、その原因がすぐに判明します。
「お待たせ」
「遅い」
「仕方ないじゃん。準備に手間取ったんだから」
スノーさんがやはりノックせずに部屋の中に入ってきます。
最近、スノーさんが貴族という事を忘れそうになりますね。
「ユアン、変な事考えてない?」
「考えていませんよ? それよりも、スノーさんのその格好の方が変だと思います」
「ですよね、私はとめたのですが……」
スノーさんの格好。
キアラちゃんが着ると思っていた翠の着物を着ています。似合ってるとは思いますよ、ただ……。
「スノー。せめて防具は外す」
「いや、外に出るのなら防具は最低限必要だよ? それに武器の所持は認められてないし身を守る為にはね」
着物の中が不自然に膨らんでいなければです。
「その膨らみは防具だったのですね……」
どうりで不自然に膨らんでいるはずです。
「うん、サイズ変更できるからね。防具をつけたままでも着れるからね」
家の中や、家の周辺ではスノーさんはラフな格好をしている事が多いですが、街に出るとなるとそれを許さないようですね。
「けど、流石にそれはないです」
服のセンスの事はわかりませんが、僕でもスノーさんの格好がおかしい事くらいはわかります。
「だけど、外に出るなら防具はないと落ち着かないというか……」
「防御魔法があるから大丈夫ですよ」
「わかっているんだけどさ」
「キアラ」
「はい、わかりました。スノーさん、やっぱり着替えなおしますよ」
「わかったよ……ダメなのかなぁ」
キアラちゃんがスノーさんの手を引き、部屋を出ていきます。
スノーさんが再び着替えるまで時間がかかりそうですね。
シアさんがイライラしなければいいですけど。
「平気。今日は待つのも楽しい」
「珍しいですね」
「うん。楽しみ」
シアさんの尻尾が揺れています。
「だけど、少し心配」
「何がですか? お祭りですし、そこまで危ない事はないと思いますよ」
酔っ払いや盗人がいる可能性はありますけどね。
ですが、例え素手でもシアさんなら危ない事はあまりないと思います。
いざとなれば収納にしまってある武器もありますからね。
「違う。ユアンがナンパされないか心配」
「僕ですか? 僕は平気ですよ。僕よりもシアさんの方がナンパされそうです」
シアさんは普段から暗い色の服を好みます。
なので、水色の水玉模様を僕は選び、帯も白色です。
できるだけ明るく可愛い色を選んだつもりでしたが正解でした!
綺麗だけど、可愛いです!
「大丈夫。ユアン以外に興味ない。だけど、そのユアンが魅力的」
「そうですか?」
「うん。紫色、ピンクの花柄。ピンクの帯。高貴な雰囲気が出てる。惹かれる」
「えへへ、ありがとうございます」
高貴な雰囲気と言われてもピンときませんが、惹かれると言って貰えて嬉しいです。
「似合ってる。だから、心配」
「それじゃ、ナンパされないようにお互いで気をつけあいましょうね!」
「うん!」
その後、ようやくスノーさんの準備も整い、ようやくお祭りへと向かう準備が整いました。
防具を外したスノーさんは少し不安そうですが、その方が似合ってると思います。
出会った頃に比べ、少し肉付きが良くなった気がしますけどね。
「太ってないし」
「あれ、顔に出てました?」
「諸に出てたよ。ね、キアラ? 私、太ってないよね?」
「はい、まだ大丈夫だと思います……だけど、最近お腹のお肉が少し柔らかく……」
「それ以上はやめて!」
本人にも自覚はあるみたいですし、あまり言わない方が良さそうですね。
ともあれ、お祭りです!
今日は楽しみますよ!
と、張り切ったのはいいですが……。
「人がいっぱいですね」
「お祭りだから仕方ない」
「油断するとはぐれそうですね」
「やっぱり防具は必要だったね」
一応、全員に防御魔法をかけてはありますが、近くにいないと効果は1時間ほどで消えてしまいます。
はぐれたらまずいですね。
まぁ、変な人に出会わなければいい話ですけど。
「ユアン、手」
「はい、はぐれたら大変ですね」
シアさんが手を差し出してくれるので、僕はその手を握ります。
「こ、こっちの方が安全」
「確かに、これなら簡単に解けませんね」
シアさんと僕の指と指が絡み合います。お互いの指の間に自分の指が挟まるような形で僕たちを手を握りなおします。
「キアラ、私達も」
「はい! ふふっ、恋人繋ぎってやつですね」
「恋人繋ぎ?」
「うん。こうやって手を繋ぐ事をそう言うみたいですよ」
僕たちと同じようにスノーさんとキアラちゃんが手を繋ぎ、説明してくれます。
「し、シアさん知ってましたか?」
「…………知らなかった」
ふいっと顔を背けました!
うー……シアさん知ってましたね。
「つ、繋いでしまったものは仕方ないです……よ、ね」
ただ、少し恥ずかしいだけで……。
俯きながら僕はそう答えます。というか、それが精一杯です!
ですが、恋人繋ぎですか……傍から見たら僕とシアさんってどう見えるのでしょうか?
そんな事で頭がいっぱいになっていると、スノーさんとキアラちゃんが驚きの声をあげました。
「えっ、黒天狐!?」
「本当だ! それに、白天狐様もいますよ!」
「え?」
黒天狐と白天狐。
僕はその言葉が信じられず、顔をあげました。
「本当です、ね。ですが、沢山いますね?」
驚いた事に、街の中央から歩いてくる狐族の人達はみな黒髪か白髪でした。
逆に、
「おや、まだ染料をしてなかったのかい?」
「染料ですか?」
「あぁ、お嬢ちゃんはこの国の人の狐族じゃない感じか。なら、仕方ないな」
僕と一緒に居るシアさん達を見て、声をかけてくれたおじさんが納得したように頷きました。
もちろん、この人も白髪になっています。
「はい、僕は別の国で育ち、最近フォクシアについたばかりです。えっと、みんな髪を染めているのですか?」
「なるほどな」
黒天狐様と白天狐様が溢れている理由をおじさんが教えてくれます。
「今日は天狐祭といって、黒天狐様と白天狐様の事を称える祭りなんだよ」
「はい、それは知っています」
それはアリア様に聞きましたからね。
「それで、お祭りの最中の間は狐族、いやこの国の国民は染料で髪を染める事になっているんだよ」
法律で決まっている訳ではないみたいです。
ただ、誰かしらが初め、いつしかそれが通例となっただけのようです。
「街の中央で、無料でやってくれるよ。よければお嬢ちゃんもやって貰うといいさ。逆に目立っちゃうからね」
「わかりました、ありがとうございます!」
謎が解けました。
沢山いる黒天狐様と白天狐様の正体は、染料で髪を染めた狐族の人達だったみたいです。
「ユアンもこれで安心して黒髪にできる」
「そうですね。どこか人気の少ない場所で髪の色を変えた方が良さそうですね」
正確には髪の色を戻す、ですけどね。
「たまには白髪にしてみたら?」
「それも似合いそうです」
ただ、一般的に狐族の人には金髪が多いという理由で金に変えているだけです。
「いえ、アリア様に見つかったら何か言われそうなので黒にしておきます」
アリア様は白天狐様の事を嫌い、ではありませんが、そこまで良く思っている感じでもありませんからね。
という訳で、こっそりと僕も黒髪にチェンジです!
「ユアンは黒髪が似合う」
「シアさんのお陰ですね!」
嫌いだった黒髪、それを変えてくれたのはシアさんのお陰が大きいのは確かです。
シアさんが落ち込んでいたあの日、自分で口にして気づきましたからね、いつしか黒髪も悪くはないと……。
あぁ……またあの夜の事を思い出してしまいました。
「ユアン?」
「な、なんでもありませんよ! それよりも、お祭りを楽しみましょう? あっちにもこっちにも屋台がありますし!」
「うん。食べ物いっぱい」
「どれも美味しそう……」
「スノーさん、ほどほどにですよ?」
「大丈夫、お祭りに合わせてご飯は食べてないし」
そういう問題ではないと思いますけどね。
ともあれ、僕たちは賑わう街の中を歩きます。
祭りで盛り上がる街は、普段とは違った景色に見えるのは不思議ですよね。
僕は人で溢れる道で、シアさんから離れないように、ぎゅっと手を握るのでした。
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