第132話 弓月の刻、アリア様の報告を聞く

 「簡単じゃよ……方法は幾らでもあるだろう。例えば、皇子の暗殺、とかな」

 「暗殺!?」

 「そうじゃ。今のルードは複雑なようで至極単純。簡単な話、継承者がいなければ次の継承者へと移る。ただ、それだけじゃよ」

 「ですが、皇女様の立場も……」

 

 皇子を暗殺した皇女様に誰もついて行こうと思いませんよね。

 皇子が失脚、または死亡すると同時に、皇女様の立場も失うと思います。


 「ルードには他にも継承者がおるじゃろう? 第一皇女……は無理か。まぁ、第二皇子がな。その者に託すのじゃろう」


 そういえば、エメリア様は第二皇女でしたね。それに弟もいると言っていました。


 「あれ、スノーさん、第一皇女様は何をしているのですか?」

 「それはわからない。誰もその姿を見た事がないらしい。噂では、昔に亡くなっているとも病気で隔離されているとも聞いてる」


 とても王位を継承できる状態ではなさそうですね。


 「第二皇子様は、どんな人なのですか?」

 「まだ、10歳にも満たない……言い方は悪いがまだ幼く、とても王位を継承できる状態ではない」

 「それが狙いだろう。少なくとも第二皇子が成人し、国を背負うまでの時間稼ぎをする為のな」


 皇女様の作戦が成功してもルードは荒れそうですね。

 皇子様を止めなければ、戦争。

 止めても、継承権がどうなるかわからない。


 「戦争なんてなくなればいいのに」

 「そうじゃな。面倒じゃ」


 面倒とかそういう問題ではありません。人が沢山死んで、傷つきます。体だけではなく、心もです。

 大切な人が戦争で亡くなったら、残された人は辛い思いしかしないと思います。


 「まぁ、そうなったらな。どちらにしても、手助けはしてやろう。皇女が謀反を起こせば私達も事が優位に進むだろうからな。勿論、全てを信用する訳ではないがな」


 アリア様は皇女様の謀反も罠の可能性があると考えているみたいです。


 「まぁ、話はそんなところじゃな」


 結局の所、ルード軍を国境で迎え撃つことには変わらないみたいです。


 「封印された魔物は?」

 「あっ! そうでした!」


 戦争の事ばかりに気をとられ、すっかり忘れていました!

 ガロさんが言っていましたが、大勢の人が来ると、討伐しに来たと勘違いした魔物が無理にでも封印を解こうとする可能性があると言っていました!


 「そればかりはどうしようもあるまい」

 「ですが、もし本当に封印が解けたら……」

 「どうなるだろうな。戦争どころじゃないじゃろうな」

 

 問題は山積みのようです。

 

 「で、ユアン達はどうする?」

 「えっと、どうするとは?」

 「私達と共に国境へ向かうか、それとも安全なこの街で待つか、じゃよ」

 「もちろんいきますよ?」


 当然ですよね。僕たちにも関係がある話ですからね。

 戦争の件はスノーさんも関係者ですし、封印された魔物の件は白天狐様に協力を要請されていますからね。


 「その意味、わかっているのか?」

 「はい、わかっていますよ?」

 「人が、沢山死ぬところをみる事になるぞ?」

 

 僕は息を呑みました。

 そうでした、僕はその事を考えていませんでした。

 仲間であれば、防御魔法で助ければいいと考えていましたが、戦争とは人と人が起すものです。

 今の僕たちの立場はアルティカ共和国の味方みたいなものです。


 「もしかしたら、ルードで世話になった人もいるかもしれぬぞ? 兵士達だけではなく、冒険者も雇っている可能性もあるしな」


 兵士の知り合いは多くありませんが、冒険者の知り合いは多少います。

 もしかしたら、共にザックさんの護衛をしたリクウさんやマリナさん。タンザで一緒に戦ったカバイさんもいるかもしれません。

 その他にも、顔なじみとなった人もいる可能性も否定はできません。

 もしかしたら、僕たちも戦闘に参加する可能性もあります。

 その時は、顔なじみとなった人達は敵です。戦わなければなりません。

 同じ人なのに。

それでも……。


 「僕達は……」

 「良い良い。直ぐに決めるな。よく考えよ……何が最善なのか。ルード軍が国境にたどり着くまでに考えれば良いのじゃ」

 「はい」

 

 直ぐに答えは出さなくていいと、猶予を頂けました。

 

 「暗い話はここまでじゃ。すまなかったの」

 「いえ、アリア様が謝る事ではありません」

 

 アリア様は僕たちに協力し、良くしてくれています。アリア様は為政者として当たり前の事をしているだけと言いますが、皇女様の件は間違いなく、アリア様の好意だと思います。

 亡命を手伝ってもいいとまで言ってくれましたからね。


 「そうじゃ! 忘れておった、ユアン……約束は覚えておるな?」

 「え?」

 「協力の対価じゃよ」


 えっと、何の事でしたっけ?

 

 「なんじゃ、忘れておるのか……。協力したら、私の事をアリアおばちゃんと呼んでくれるのじゃろう?」

 「じ、冗談じゃなかったのですか!?」


 思い出しました!

 確かにそんな事を約束した記憶があります。

 ですが、まさか本気でそんな事を言っているとは思ってもみませんでした!


 「冗談じゃない。その為に、ユアンにそう呼ばれる為にわざわざ火車狐を使って直ぐに終わらせてきたのじゃぞ?」

 「なら、私はアンリお兄ちゃんとでも呼んでもらいましょうか」


 皇子様まで乗り始めました!


 「アンリよ、少し図々しくはないか?」

 「母上、ユアンが母上の姪であるならば、私は従兄妹です。普通の事でしょう?」

 「確かにな」


 確かに、じゃないですよ!

 

 「それに、娘が欲しかった母上、妹が欲しかった私。どちらも損はしませんよ?」


 損はしませんが、僕が精神的にダメージを受けます!

 女王様をおばちゃん、皇子様をお兄ちゃん……普通に考えて呼べるわけはありません!


 「という訳で……」

 「おばちゃん」

 「お兄ちゃん」

 「「と呼んでくれるよな(ますよね)?」」


 どうしてこうなったのでしょうか。

 僕は二人の事を、今後こう呼ぶことになってしまいました。

 勿論、お二人しかいない時だけですからね?

 臣下の方がいる時にはとてもじゃないですが怖くてそうは呼べませんから!

 とはいえ、皇子様にも認められた、のかわかりませんけど、親しく接してくれるようなので良かったです。

 僕の精神はすり減るような気がしますけどね!

 問題は山積みですが、アンリ様からの報告は終わりのようですね。

 あくまで受け身、攻めてくるならば、国境を使い迎え撃つ。これが答えのようです。

 

 「そうそう、それとじゃが」

 「はい……」


 ですが、アンリ様の話はまだあるようです。


 「ふふっ、安心するがよい。次は明るい話題じゃからな」

 「そうですか」


 アンリ様の言葉に僕はようやく肩の力が抜けます。

 戦争の話になると、話の中に緊張感が漂いますからね。


 「さっき祭りの話をしたのは覚えているな?」

 「はい、僕も色んな所で聞きました」


 街でもその準備が始められていますので、賑やかさが増していますからね。


 「うむ。私も主催者として参加しなければならない。そこで、じゃ!」


 アリア様の口元がにやーっと緩みます。

 この時点で嫌な予感しかしません。


 「嫌です!」

 「まだ、何も言ってないじゃろうが」


 言わなくても、わかる事はあります。

 こういった展開は僕にとって得にならない事が多いのは身をもって知っています!


 「まぁ、聞くだけ聞け」

 「……聞くだけなら」

 

 聞くだけです。聞くだけですからね?


 「そんなに嫌がるな。別に変な事をいう訳じゃないからな」

 「本当ですか?」

 「うむ。ただ、今回の祭りでユアンを私の姪と紹介しようと思ってるだけじゃよ」

 「却下です! 絶対に却下ですからね!」


 変な事、どころじゃありませんよ!

 アリア様はとんでもない事を言っています!

 

 「不服か?」

 「不服とかの問題じゃありませんよ。みんな驚きますし、信じませんよ」


 アリア様の姉妹は姉である黒天狐様だけです。

 姪という事は、僕はその人の娘と紹介する事に繋がりますよね?

 黒髪の僕を黒天狐の娘である事を伝えるとアリア様は言っているのです。

 いきなりそんな事を伝手られても、困惑するだけだと思います。

 僕はいいです。ですが、アリア様が国民からどう思われるか考えた時が怖いです。

 僕の叔母さんに当たる方が非難の目に晒されたら嫌です。


 「そこは私の力を使ってだな?」

 「だめです! それに、黒天狐様の事を、黒髪がその血筋って事を知っている人は少ないのですよね?」


 知っている人は知っているみたいですけど。ですが、それはお城に務め、黒天狐様に実際に会ったことがある人達だけみたいです。

 なので、国民からすれば、黒髪だから何?それだけでしょ。ってなるに決まっています!

 

 「アンジュ姉さまがフォクシアを出てから随分とたつ。知っている者は少なくなってきたかもな……黒髪が王族の血を引いているという事には。じゃが、黒天狐という存在が……あまり認めたくはないが白天狐という存在は皆知っておるぞ?」

 「そうなのですか?」

 「うむ。今の子達にとっては物語として語り継がれる存在になっておるからな」


 物語という事は何かしらのエピソードが語り継がれているという事ですね。


 「そして、実際に存在したかもわからない黒天狐と白天狐は国民にとって英雄みたいな存在なんじゃよ…………今回の祭りの名、ユアンは知っておるか?」

 「いえ、お祭りがある事くらいしかまだ」

 「そうか。祭りの名はな……天狐祭。かつてこの地に居たと言われる二人を祀り、再びこの地に戻ってくることを願った祭りなんじゃよ!」

 

 どうだ? すごいじゃろ?

 みたいな顔はしないでください!

 そんな顔をしたところで僕はアリア様に紹介されるつもりはありませんからね!


 「つれないのぉ」

 「当り前ですよ。僕はのんびりひっそりと暮らしたいですからね」


 その為にアルティカ共和国に来たのですから。


 「まぁ、ユアンがそこまで言うのなら尊重しよう……が! 気が変わったのなら言ってくれな?」

 「わかりました」


 気が変わるわけありませんので僕はそう返事をします。


 「それじゃ、話は終わりじゃな。当日は楽しんでくれ、これから私は忙しくなる。恐らく祭りまでは会えぬだろう。祭りでも会えるか怪しいがな」

 「そうですか、わかりました」


 別に会いたくない訳ではありませんが、何故かホッとします。


 「何か嬉しそうにしておらぬか?」

 「そんな事ありませんよ?」

 「それならいいが?」


 危ない危ない。僕は顔に出るタイプみたいなので、安心したのがバレたかと思いました。


 「では、僕たちはこの辺で失礼しますね」

 「うむ。じゃが、その前にじゃな?」

 「私達の事を……」

 「ありがとうございました! 失礼致します!」


 嫌な予感がしました。

 僕は慌てて玉座の間を後にします。

 あのままですと、恐らく二人の事を……。

 流石に心の準備が出来ていませんからね。


 「そこまで慌てんでも……むー」

 

 背中越しにアリア様の声が聞こえましたが、多分気のせいです。

 その後すぐに、シアさん達も玉座の間から退出し、僕たちは部屋へと戻るのでした。

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