第131話 弓月の刻、呼び出される
「いい加減、やる事がなくなってきましたね」
「そうだね……」
アリア様が王都に向かわれてから早2週間、やることはなくなりました。
毎日街へ出る訳にもいきませんからね。
幾ら自由に好きな事をしていいと言われれても限度があります。
「暇……」
「退屈ですね」
僕たちが街に行かないとなると、当然、シアさんとキアラちゃんもトレンティアに釣りにはいけません。
門で帳簿をつけられなければ、二人の行方を尋ねられたとしても、街に出かけたなど言えるのですけどね。
「今頃、アリア様は王都についた頃でしょうか?」
フォクシアから王都迄が馬車で2週間くらいと言っていましたからね。
無事についていればいいのですが……。
そんな事を考えていると、突如、部屋のドアがノックされる音が響きました
「弓月の刻様、いらっしゃいますか?」
「はい、どうぞ」
この声はメイドのタニアさんですね。
僕たちの担当の方です。食事を用意してくださったり、伝言を伝えに来てくれる方です。
といっても、実際は僕たちが勝手に担当と思っているだけですけどね。
「失礼致します。皇子、アンリ様からの伝言でございます」
「皇子様からですか?」
おかしいですね。皇子様はアリア様と共に王都に向かったはずですけど。
もしかして、僕たちが暇になる事を予想して何かを用意してくれたのでしょうか?
「はい、女王陛下と共に戻られましたので、
玉座の間までご同伴を願います」
「え……もう、お戻りになられたのですか?」
だって、王都まで2週間の片道ですよね?
今日がちょうどアリア様が出られてから2週間目です。いくら何でも……もしかして途中で何かあって引き返してきたのでしょうか?
「わかりました。このまま向かって大丈夫ですか?」
「はい。では、こちらに」
それを確かめるためにも、僕たちは玉座の間へと向かいました。
「既に女王陛下と皇子がお待ちでございます。私はここで失礼致します」
「はい、案内ありがとうございました」
タニアさんがいなくなり、僕たちは扉の前で立ち尽くします。
「えっと、普通に入って大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫、だと思うけど」
「礼儀ってあります?」
この前は中まで案内され、アリア様を待っていましたので前回とは勝手が違います。
一応アリア様の姪みたいな扱いになっていますが、相手は女王様ですからね。
無礼を働いてはいけないと思います。
「そんなものはいらぬから、はよ中に入るが良い」
ですが、その会話もアリア様には聞こえていた様子で、一応ノックをし、扉を開けます。
「失礼致します」
「うむ! 待っていたぞ。こっちに来るがよい」
「わかりました」
前回と同じように、僕はアリア様の隣に座るように指示されます。
こればかりはまだ慣れませんね。
「客人たちも適当にかけてくれて構わぬからな。楽な姿勢で崩すがよい」
そして、シアさん達も前回のようにアリア様の前に座ります。
前回と違うのは、シアさんが正座を崩した座り方をしているくらいです。脚の間にお尻を落としているような座り方ですね。
可愛い座り方ですよね。スノーさんとキアラちゃんは相変わらず正座のままですけど。
「ふむ……影狼よ。いい顔つきになったな。吹っ切れたか?」
「ユアンのお陰」
「そうか。儂の姪はすごいじゃろ?」
「当然」
そして、口調までいつも通りです!
アリア様が怒らないか心配です!
「気にするな。それよりも今日お主らを呼んだ理由じゃ」
良かったです。シアさんの話し方にアンリ様は怒っていないようです。
「ユアン達の要望を通してきたぞ」
「え?」
「何を驚いておる? それにしても驚いた顔も可愛いのぉ」
そう言ってアリア様は僕を撫でまわします。
「いえ、王都まで2週間ほど掛かると聞きましたので、帰りがあまりにも早かったもので、てっきり途中で引き返してきたのかと……」
「馬車ならそれくらいかかるじゃろうな」
「馬車で行かなかったのですか?」
どうやら馬車は使わなかったようです。
「うむ。今回は急ぎだったから
「火車狐?」
聞いた事の無い名前に僕は首を傾げます。
「あまり有名ではないからな。火車狐は赤き体毛に身を包んだ狐じゃよ」
大きさが馬くらいありますが、馬と違い馬車を引くことのできない動物のようです。
ですが、その代わり背に乗って走れば馬よりも速く走る事ができるみたいです。
「それで向かったのですか?」
「うむ。火車狐なら5日も走ればあっという間じゃからな」
「母上には困ったものです。王族がこんな真似は普通あり得ません」
アリア様とアンリ様、そして護衛を少し引き連れ、野営をしながら一気に進んだみたいです。
護衛には収納魔法を使える人を連れていったみたいなので野営と言っても普通の冒険者がするような無骨な野営ではないみたいですけどね。
「仕方ないじゃろ。可愛い姪に直ぐに会いたかったからな。それに、祭りの準備もしなくてはならぬ」
「そういえば、お祭りがあるって言ってましたね」
ある意味、着物を購入した理由はこれにもあったりしますからね。
「うむうむ。存分に楽しんでくれな?」
「はい!」
出店が沢山出たりするみたいなので結構楽しみだったりします!
ルードでも帝王の誕生祭や収穫祭などお祭りはありましたが、孤児院で育った僕は貧乏だったのでそういったお祭りには無縁でしたからね。
そもそも、僕の育った村ではお祭りはなかったですし。
「母上、それよりも……」
「おぉ、そうじゃったな。肝心な話がまだだったな。まぁ、ユアン達の話を伝え、格獣王の意志を再確認してきただけだがな」
「再確認ですか?」
「うむ。ルードが兵を集め、国境に向かっている事は我らの耳にも届いていた。じゃから、後はどうするかって段階だったからな」
あぁ、それで行動が早かったのですね。
それで、他の獣王の人達も王都に集まっていたという訳ですか。
「それで、どうするのですか?」
「もちろん戦争じゃ。国を守るため、徹底的に戦うつもり、みたいじゃな」
「みたい?」
「あぁ。あ奴らは脳筋じゃからな。ルードが迫った、国境が危ない、戦う。それしか脳がない奴らばかりだよ」
その言い方ですと、アリア様には別の懸念があるような言い方ですね。
「もちろんじゃ、戦争を起こすには、いや……兵を起こすには理由がある。違うか?」
「そうですね?」
戦いとなれば、戦う人がいなければ話になりませんからね。
「えっと、ルードには別の理由があると?」
「そうかもしれんし、違うかもしれん。もしかしたら、これすらも罠の可能性もあるからな」
「罠ですか?」
「例えば、魔族の動きを掴むため、とかな」
「魔族ですか?」
最近よく聞きますね。魔族の話題を。
「魔族の領にはアルティカ共和国も接している。鼬族の者が情報を探ってはいるが、いま一つ動きがよくわからんからな。聞いた話によると、各地で色々と悪さはしている割に実体が掴めないのじゃよ」
トレンティアでも魔族の陰謀があったと言われています。ですが、確定的な証拠となるものは見つかってはいません。
おそらく魔族が関わっているだろう、という見解で止まっています。
転移魔法陣だけでは証拠にはなりませんからね。僕だって使えるくらいですし。
「では、アルティカ共和国はどう動くのですか?」
「それは変わらん。国境で待つ。そのままルードが攻めてくるようなら迎撃を。別の何かがあるようならその場で対処じゃな」
結局はアルティカ共和国が軍を起こす事には変わらないようです。
「お話の最中、失礼ですが……エメリア様の手紙にはなんと?」
そういえば、そんな事が……といったらスノーさんに怒られそうです。
「そういえばそんな事もあったのぉ」
と思ったら、アリア様は普通に言っちゃいました!
「くっ……」
「冗談じゃよ、そんな顔をするな。まぁ、簡単に言えば、協力の要請と言った所か。お主の皇女も無理を……いや、無謀な事を考える」
「無謀な事……とは?」
「ふっ、お主の主は謀反を起こすつもりじゃ。しかも、敵陣の真ん中で、な」
「なっ!」
スノーさんが驚くのも仕方ありません。
誰が聞いても無茶な作戦だとわかります。
ルード軍の中心は第一皇子の軍勢が主で、皇女様の軍勢はスノーさんが副隊長をしていた護衛部隊と私兵だけみたいです。
全体の割合からみても1割にも満たない程度の軍勢しかいないみたいです。
「戦争が始まり、頃合いを見て皇女が動く。その混乱の隙を突き、攻めて欲しいとの事じゃ」
「えっと、それって皇女様の立場がかなり悪くならないですか?」
「なるじゃろうな。私なら国家反逆罪として処罰する。例え、皇女という身分であってもな」
それほど切羽詰まった状態という事でしょうか。
戦争で他国の人を傷つけるくらいなら、自国を敵に回すほどに。
「勝算はあっての事なのでしょうか?」
「あるからやるんじゃろうな。まぁ、私達の協力がある事が前提だろうがな」
僕には皇女様達の勝算が全く見えてきません。
僕がその方法を考えていると、アリア様が面白そうな笑います。
いえ、笑っているのに、目だけは笑っていません。とても怖い笑顔です。
「簡単じゃよ…………」
僕はアリア様の言葉に驚きました。まさか、そんな方法をとる可能性があるとは、僕には思いつかなかったので。
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