第127話 シアとユアン

 「終わりましたねー……疲れました」

 「ユアン、頑張った。ゆっくり休むといい」

 「そうしたい所ですが……あまりにも綺麗すぎて逆に落ち着きませんよ」

 「気にしなければいい」


 王との謁見も終わり。ユアンと共に部屋に案内された。

 用意された部屋は二つ。

 国賓待遇と言っただけある。凄く豪華。

 ユアンが緊張するのもわかる。

 ユアンは贅沢にまだ慣れていない。

 部屋割りは自然とユアンと私。スノーとキアラとで別れる事になった。

 今は有難い。無駄に気を遣いたくはない。遣わせたくもない。


 「シアさんシアさん!」

 「何?」

 「露天風呂、行きませんか? この後は予定ありませんよね?」

 「予定はない」

 「なら、行きましょ?」


 ユアンがお風呂に誘ってくれる。

 

 「私は平気。スノー達と行ってくるといい」

 「そうですかー……たまには背中流してあげようと思ったのですが、残念です」


 その提案は魅力的。

 私の心が揺れる。


 「今日は気持ちだけ貰う」

 「わかりました。なら、浄化魔法クリーンウォッシュで済ませちゃいましょう」

 「うん」


 ユアンが私に浄化魔法クリーンウォッシュを掛けてくれる。

 凄く便利な魔法。最初は疑って悪かったと思う程に。

 

 「これで、ゆっくりできますね!」


 何故か、ユアンはユアンにも浄化魔法クリーンウォッシュをかけた。


 「お風呂、いいの?」

 「はい。僕も大丈夫ですよ」


 ユアンは優しい。

 

 「ユアン、私に気を遣う必要はない」

 「使ってませんよ?」

 「そう」


 上手く言葉を返す事が出来ない。

 

 「ご飯はどうしますか?」


 それでも、ユアンは私に話しかけてくれる。


 「平気。食べた時間遅かった」

 「そうですね、何だかんだ夕方前になってしまいましたからね。ですが、お昼と夕食を同時に済ませれたので少し得した気分になりますね! 一食浮かせられましたので」

 「逆に、タダで食べれるのに一食しか食べられなかった。少し、損」

 「そ、そう言われると確かに……」


 ユアンの耳と尻尾が垂れた。

 シュンとなったユアンを見ると、つい撫でたくなる。

 

 「明日はその分食べればいい」

 「そうですね! といっても、僕はあまり食べれませんけどね。なので、その分シアさんがいっぱい食べて、損した分を取り返してくださいね」

 「頑張る」


 その後もユアンはずっと私に話しかけてくれた。

 私は、それに曖昧に頷くことしかできなかった。

 主に心配させる私は。きっと従者失格だろう。


 「今日は一緒に寝ないのですか?」

 「うん。ユアンは頑張った。ゆっくりと休むといい」

 「そうですか……わかりました」


 ユアンは賢い。たまに無知な所もあるけど、賢い。

 だから、深く言及はしてこない。

 気づいていても。


 「シアさん、おやすみなさい」

 「おやすみ」


 2つ並んだベッド。

 私達は分かれて布団へ潜る。

 ユアンは疲れていた筈。その証拠に直ぐに隣から寝息が聞こえた。

 静かな寝息。

 いつもみたく、近くで聴いて、抱きしめ、体温を感じたい。

 

 「…………」


 私は静かに、ベッドから離れた。

 ユアンを起こさないようにゆっくりと。


 「…………」


 部屋にはバルコニーがあった。

 部屋と繋がった外へと出れる場所。

 私は静かにバルコニーへと出る。

 涼しい風、懐かしい匂い。

 アルティカ共和国に戻ってきた事を実感する。影狼族の集落に居た頃にも感じた匂い。

 ここから離れていても匂いはさほど変わらない。

 しかし、空だけは違う。

 影狼族の集落は一年中雪が積もる。

 だから、空はいつも灰色。

 暦を知る為の月は形しか見えない。

 だから、空が、星が、月が、こんなにも綺麗だとは知らなかった。


 「いい夜ですね」

 「!」


 振り向くと、ユアンが後ろに立っていた。


 「消失魔法バニッシュの応用です。気配、上手く消せてませんでしたか?」

 「上手。だけど、感知できないと不安になる」

 「はい、今回だけですよ。たまには僕がシアさんを驚かせたかっただけので」


 してやったりと、ユアンがにこりと笑う。

 けど、すぐにユアンの顔が真剣な表情へと変わった。


 「…………悩んでいるなら、ちゃんと話してください」

 「別に、悩んでない」

 「嘘です。シアさんらしくないですからね」


 私らしくないと言われても私は私……。


 「わかってますよ。昼間の話……影狼族の血、ですよね? あの辺りからシアさん変でしたから」

 「…………」

 「やっぱりですか」


 私は何も答えられなかった。


 「シアさんは、そんなに血……血統や血筋に拘るのですか?」

 「別に」

 「そうですか……シアさん、もしかして、自分に流れる血が汚れている、とか考えていませんか?」

 「…………」


 影狼族の血。強き血を残す為に手段は問わない。

 だから、影狼族に住人は何処かおかしい人が多い。

 禁忌を犯した末路。私はそう思う。

 幸い、私の両親は元は他人。

 年の差はあったけど、血は濃くならない。

 しかし、歴史を辿れば、私の中には。


 「それで、僕の中に王族の血が流れている可能性があると知って、比べてしまった感じですかね? その気持ちはわかりますよ。僕もずっと、忌み子として生きてきましたからね。僕の黒髪は汚れている証拠だと思っていましたので……ですが」

 

 ユアンに王族の血が流れている事を知り、嬉しかった。

 それと同時に怖かった。

 

 「シアさん……ほんっとに馬鹿です!」

 「え?」

 「馬鹿です馬鹿です!」

 「ユアン?」


 ユアンが怒っている。

 けど、本気ではない。

 頬を膨らまし、拗ねるように怒っている。


 「僕に王族の血が流れてるからって何ですか! シアさんに影狼族の血が流れているからって何が変わるのですか! 僕は僕、シアさんはシアさんです! それを教えてくれたのはシアさんですよ! シアさんに出会うまで僕は黒髪が大っ嫌いでした! だけど、それを変えてくれたのはシアさんじゃないですか!」

 

 珍しくユアンが声を張り上げている。


 「あの時、シアさんと出会った時はまだ、お互い僕が忌み子ではなく、獣人であったと知りませんでした。ですが、シアさんは僕を、忌み子でないと言い、僕を認め、契約をしてくれました。あの時と、何が違うのですか? 僕がシアさんを認め、一緒に居たいと思うのはダメなのですか……?」

 「ユアン……」

 「これは……僕のわがままですか? シアさんが何者でも、一緒に居たいって思うのは、僕のわがままですか? 僕だけの、我がままですか?」

 

 ユアンがぽろぽろと涙を零した。


 「違う! 私だって、一緒に居たい」

 

 ユアンだけの我がままじゃない。

 私も我がまま。ユアンと一緒がいい。

 その気持ちに嘘はない。

 ユアンは私が認めた、ただ一人の主だから。

 ただ一人のいとしき人だから。

 ユアンはユアン。

 私は私。

 そこに、血や種族、性別は関係ない。

 そんな簡単な事なのに、ユアンに私が伝えた気持ちなのに、それを私が忘れていた。

 そして、それをユアンが気づかせてくれた。

 

 「えへへ……嬉しいです」


 泣きながら笑う。

 ユアンが器用な事している。

 変。

 でも、私も変わらない。

 頬に涙が伝っているのに、暖かい気持ち。


 「なので、僕は影狼族、リンシアを認めます。認めています。そして、その血が重荷となるならば、僕も背負います」

 「うん」

 「その血が障害となるならば、共に乗り越えます」

 「うん」

 「だから、僕と一緒に居てください。そのままの大好きなリンシアさんでいてください」

 「うん! 私も大好き」

 「えへへ……何か、恥ずかしいですね」

 「けど、嬉しい」

 

 ユアンが言ってくれた大好き。

 私とは意味は違う。

 だけど、それでも構わない。

 共に居られる。私にはそれで十分。


 「それに、僕の血も障害になりえますからね……どうします? 僕が王様になるとなったら?」

 「困る」

 「そうですよね。だから、その時は、影狼族の血も、黒天狐の血も関係ない場所に一緒に逃げましょう、そこで暮らしましょう」

 「駆け落ち?」

 「みたくなりますね。一緒に来てくれますか?」

 「もちろん…………プロポーズ?」

 「ふぇ!? ち、違いますよ! ただ、シアさんと一緒にずっと居たいだけで? あ、あれ?」


 ユアンの顔が真っ赤。

 私も真っ赤。

 皇子に褒められた時よりもずっと紅い。

 私の勝ち。


 「も、もぉー! と・り・あ・え・ず! シアさんも少しは元気出たみたいですし、寝ますよ!」

 「うん。すごく元気でた」

 「良かったです、さぁ、戻りましょ?」


 ユアンが手を差し出してくれる。

 私はその手をそっと掴み、ユアンの前に膝をつく。

 

 「シアさん?」

 「主と出会えたことが、我が生涯での一番の幸福。これからも、主……ユアンと共に歩む事を誓います」


 私はユアンの手の甲にそっと口づけをする。

 

 「ずっと、一緒にいてね? 主様?」

 「~~~~っ! わ、わかりました! も、戻りますよ!」


 私の手をぐいぐいと引き、部屋の中に戻らされる。

 ちょっと、あざとかった。

 だけど、照れるユアンが見れたからいい。


 「し、しあさん。一緒の布団で、いいですよね?」

 「うん。勿論」

 「それじゃ、寝ますよ! お、おやすみなさい!」

 「うん。おやすみ…………ユアン、ありがとう」

 「…………はい」


 嫌いだった影狼族の血。

 今は、少し好きになれた気がする。

 影狼族の血であったからこそ手に入れたものもある。

 それが、私の胸の中で眠っている。

 この日、私は一つの事を決めた。

 影狼族の血から逃げるのではなく、戦うと。

 ユアンと私の為に。いつか克服する為に。

 眠るユアンから魔力を貰い、よりユアンとの契約が深く結びつくのを感じながら。

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