第126話 弓月の刻、謁見を終える

 「ユアンよ。お腹は空いておらぬか?」

 「は、はい! 大丈夫です!」

 「そうかそうか! なら、何か欲しいものはあるか?」

 「と、特には……」


 どうしてこんな事になったのでしょうか?


 「流石、姉さまの娘じゃ、可愛いのぉ。しかし、この魔力はちょっと頂けないな……」


 僕たちは、王様……いえ、女王様に謁見をしている筈が、いつの間にか僕は女王様であられるアリア様の横に座らされ、撫でまわされる事になっています。


 「えっと、アリア様……?」

 「なんじゃ? 何か欲しいものがあるのか? すぐに用意させるぞ。それと、ユアンは私の姪じゃ、気軽にアリアおばちゃんと呼んでくれて構わぬ。むしろそう呼んでくれぬか?」


 そんな事を言える訳がありません!

 

 「そうではなくてですね……今後の話なのですが……」

 「よいよい。そんな事は後で考えればいい」


 そうもいきません。

 そもそも、どうしてこんな展開になったのか、僕は現実から逃避するかのように、少し前の事を思い出します。




 「そうか。確かに、それならばユアンがアンジュ姉さまの娘である可能性は低くはないな」


 僕は全ての事を、僕が知りうる情報を全てアリア様に話しました。

 当然、僕の中に白天狐様の血も流れている可能性もある事も伝えましたよ。

 そして、その証拠……になるかはわかりませんが、白天狐様が得意とする魔法も見せる事となりました。


 「アンリ、お主はどう思う?」

 「私には判断つきません。母上の判断にお任せします」


 僕が宰相と思っていた男性は、アンリ様というお名前で、女王様の息子でフォクシアの皇子様だったようです。


 「だが、その話を簡単に鵜呑みにする訳にもいかん」

 「御尤もです」


 僕としても、信じ堅い話ですからね。

 忌み子として育った僕が王族ですよ?

 誰がそんな話を信じるのかという話になります。


 「こんな時に、オルフェが居ればな……」

 「えっ、オルフェさん、ですか?」

 「ん? オルフェの事を知っているのか?」

 

 思わず、僕は知った名前に反応してしまいました。

 

 「えっと、女王様の知っている方とは別人かもしれませんが、僕のお世話になった方に、一人同じ名前の方がいます」

 「……特徴は?」

 「はい、長い紫髪の女性で……いつも笑っているような優しい女性です。背は皇子様と同じくらいの女性としては高い身長で痩せていました」


 皇子様の身長は170後半くらいはありそうですね。

 僕の印象では優しく、いつでも僕たちを包んでくれる大きな人ってイメージです。

 年の方は結構行っていたと思いますけどね。

 それでも常に背筋は真っすぐピンと張っていました。そのせいであまり年を感じさせない印象でもあります。


 「一致しているな……どこで出会った?」

 「出会ったも何も……僕が住んでいた孤児院の院長先生がオルフェさんです」


 思い出すだけで懐かしいですね。

 元気にやっているでしょうか? 前に送金したお金をちゃんと届いていればいいですけどね。


 「なるほど……ユアンが嘘を言っていなければ、より信憑性が高まった事になるな」

 「えっと、院長先生……オルフェさんは何者なのですか?」

 「オルフェは人族でありながら、この国の宰相を務めていた人物じゃよ。まだ、アンリが生まれる……私が王の座に就く前の話じゃがな」


 驚きのあまり、言葉を失いました。

 院長先生の事は立派で尊敬できる人だと思っていましたが、そんな凄い人だったとは思いもしませんでした!

 そういえば、マナー講座を開いてくれたり、そういった知識もあったのは宰相を務めていたからなのかもしれません。

 その割には、あまり一般的な常識的をあまり教えてはくれませんでしたけどね。


 「ですが、どうしてフォクシアの宰相を務めていた方が、ルードで孤児院を経営していたのでしょうか?」


 まだ、アリア様が知っているオルフェさんと院長先生が同一人物と決まった訳ではありませんけどね。


 「白天狐のやつが原因じゃ」

 「白天狐様がですか?」

 「当時、アンジュ姉さまがまだフォクシアに居った頃じゃった」


 黒天狐様がまだ次期王としてフォクシアに君臨する為にフォクシアに居た頃、白天狐様がフォクシアへと訪れたようです。

 

 「正確には、アンジュ姉さまが連れてきた、が正しいがな」


 当時の黒天狐様はまだ成人したばかりで、魔法の才を見出していなかった頃の話のようです。といっても、今に比べればというだけで当時から魔法の扱いは群を抜いていたらしいですけどね。

 それはさておき、当時はまだアルティカ共和国として獣人の国が合併していない時代で、次期王と成るべく、経験を積まれる為に、フォクシア領を視察していた時があったようです。


 「その時に、凶悪な魔物に出会い、命が危うい所を白天狐のやつに手助けして貰ったと私は聞いた」


 それをきっかけに白天狐様に一目惚れし、フォクシアに連れて帰ったようですが、当然、当時の王に認められることはなく、二人は駆け落ち同然にフォクシアを飛び出したようです。

 その時の宰相を務めていたのが、院長先生であるオルフェさんだったようですが、オルフェさんは宰相であると同時に、白天狐様の指南役でもあったそうです。


 「オルフェはそのままアンジュ姉さまと白天狐を追いかけ、戻らなかったのじゃ……」


 フォクシアにとって、白天狐様は次期王となる黒天狐様と宰相のオルフェさんを連れていった人物となってしまっているみたいですね。


 「それで、アリア様は白天狐様を恨んでいるのですね」

 

 国の重要人物を連れ去ったのであれば大事です。例え、黒天狐様と同意の元であってもです。


 「いや、そこは恨んでおらぬよ。むしろ、アンジュ姉さまの幸せを考えれば、良くやったと言ってやりたいぐらいじゃ」

 「え、ではどうして白天狐様を?」

 「それは私に王としての役割を押し付けたからじゃ!」


 あー……。

 王の候補は黒天狐様でした。

 その黒天狐様がいなくなり、継承権が妹であられる、アリア様に自然と移ったみたいですね。

 他に王の継承権を持つ者が居なかったのも原因の一つであるみたいですけど。


 「そのせいで、私は日々勉強勉強……視察視察の日々を送る羽目になった。これも全てアンジュ姉さまを連れ去った白天狐のせいよ!」


 姉である黒天狐様の幸せは願いつつも、王としての役割を押し付けられたアリア様の恨みが白天狐様に向いただけみたいですね。

 

 「まぁ、今の生活にも慣れ、今では、そ・こ・ま・で、恨んではおらぬがな。もし戻ってきたら1発殴って許してやるわい」


 それで済むのなら……マシなのでしょうか?

 ある意味誘拐みたいなものと考えれば。

 それにしても、僕の母となる可能性がある人達の話を聞けるのは嬉しいですね。 

 まさか、黒天狐様が王族とは思いませんでしたけど。

 あれ、では白天狐様は何者なのでしょう?


 「あやつの事は誰も良くわかっていない。ただ、アンジュ姉さまがお慕いした、出生もわからぬ人物よ。まぁ、フォクシアに居た期間が短く、話す機会も多くなかったのが原因じゃがな」


 黒天狐様の事は少しわかりましたが、白天狐様の事は未だ謎に包まれたままですね。

 それにしても、アリア様の事は狡猾な王と聞いていましたが、やはり聞いた話と実際にお会いするとイメージは違いますね。

 

 「しかし、今までの話では決定的となるものはありませんね」

 「そうじゃの」


 簡単に信じる事が出来ないのは当たり前ですからね。

 というよりも、僕の事を信じなくてもいいので、僕の事は放っておいてスノーさんからそろそろ話を伺って欲しい所です。

 

 「そうじゃ! アンジュ姉さまは闇魔法を得意としておった、ユアン、お主は闇魔法を使えるか?」

 「はい、一応は使えます」


 ですが、アリア様はまだ僕が黒天狐様の娘である事の拘るみたいです。

 かといって、アリア様は女王様ですし、無下にする訳にはいきません。


 「えっと、害のない闇魔法を使いますが、お許し頂けますか?」

 「構わぬ、はよ使ってみい」


 許可も貰えた事ですし……早速闇魔法を展開……する。


 「死の淵より甦りし魂よ、我に力を……闇霊ダークゴースト


 闇属性の魔法効果を増す魔法を私は展開させる。

 これは攻撃魔法でもないし、問題ないだろう。

 私が闇魔法を使うと同時、アリア様の目が驚き見開かれる。


 「これは……姉様の魔力じゃ!」

 「わかるの?」

 「わかる。魔力は個性、人によって形が違う。間違いなく、姉様と同系の魔力に間違いない!」


 魔力を色や形で見える人がいるけど、アリア様は形を見る事ができるみたいね。

 

 「それに、今のユアンの雰囲気は姉様にそっくりじゃ……」

 

 自分ではわからないけど、私が黒天狐様の雰囲気に?

 割とのほほんとしてるつもりだけど、黒天狐様もそんな人だったのかな。


 「赤い瞳、張りつめた凛とした雰囲気……懐かしい」


 おかしいな。私の瞳は灰色だけど。

 それに、私が張りつめている、凛としている?

 私と全く逆だと思うんだけど。

 っと、この闇魔法は常時魔力を変換するから疲れるし、痛い。そろそろいいかな。

 僕はふっと息を吐き、闇魔法を解除します。


 「僕の闇魔法はこんな感じです。あっ、私の、です!」


 気を抜いて僕とか言ってしまいました!

 

 「そんな些末な事は気にするな。間違いない、ユアン、お主はアンジュ姉さまの娘じゃ! のぉのぉ、もっとこっちによらんか」


 いやいやいや、流石に畏れ多いです!

 ですが、僕は抵抗虚しく、アリア様に捕まり、隣に座らされることになりました。





 っと、こんな感じですね。

 

 「なぁ、ユアンよ聞いておるか?」

 「あ、はい! 聞いていませんでした!」


 現実逃避をしていて聞いていませんでした!

 僕の返答が原因か、アンリ様も僕たち仲間の表情も引き攣っています。


 「くくっ、実に素直じゃ。では、もう一度言おう……どうじゃ、お主アンリと結ばれ、私の娘にならぬか?」

 「ふぇ?」


 アリア様の娘に? それに、結ばれるって事は……結婚ですか?

 結婚ってあれですよね、結婚は結婚するやつですよね?

 

 「母上、お言葉ですが……」

 「なんじゃ? アンリはユアンでは不満か?」

 「不満ではありません、大変可愛らしく、魅力的な女性であり、由緒正しき黒天狐様であられる、何が不満がありましょうか」

 

 顔が熱くなるのがわかります。

 多分まっかっかです! 男性にしかも皇子様にそんな事を言われたら誰でもそうなりますよね。


 「なら、なんじゃ?」

 「血が近すぎます」

 「血が近い?」


 血が近いって何でしょうか?


 「確かに、アンリの言う通りじゃな」

 「えっと、どういう意味ですか?」

 「ユアンは知らぬか……ん、そこの影狼何か言いたそうじゃな、申してみぃ」


 皆の事を忘れていた訳ではないようですね。

 アンリ様がシアさんを細めた目でジッとみつめました。

 シアさんの表情が少し、ほんの少し険しくなっている事に気付いたみたいです。


 「別に、何もない……です」

 「影狼なら良くわかると思ったのじゃがな」

 「えっと、シアさんとどういう関係があるのですか?」

 「良いか、影狼? 自分で話さなくて」

 「構いません……私は、違いますので」

 「そうか。血が濃いというのはな、血には血統という、所謂血筋があるのじゃ」


 その血統は、例えば僕のような黒天狐の血筋であったり、白天狐様のような血筋であったりと、性質が全く違うように出来ているみたいです。

 

 「その血統は親族としての関係が近ければ近いほど似た性質となる」


 アンリ様の髪は金髪ですが、アンリ様にも黒天狐の血筋が流れていると言います。黒天狐様と妹ですから当然ですね。


 「例えばじゃぞ、私とアンジュ姉さまの間に子が宿ったとする、その場合の血筋はどうなると思う?」

 「黒天狐様と黒天狐様の血を引くアンリさまの子ですので……黒天狐様の血筋が?」

 「まぁ、そうじゃな」

 「それが問題なのですか?」


 黒天狐様の血をより濃く引き継げるのならいいのではないでしょうか?


 「濃い魔力が体内に籠ると体に支障をきたすように、また濃き血も身体に支障をきたすと言われておる……それに魔力は抜くことが出来ても、血は抜くことが出来ぬからな」


 場合によっては異端児や発達の遅れた子が生まれる場合もあるみたいですね。


 「僕は、黒天狐様……アリア様の姉であられるアンジュ様の血を引き、アンリ様はアリア様の血を引いているので、血が濃くなるという事ですか?」

 「そういう事じゃ」


 あくまで可能性ですが、僕と皇子様のアンリ様は従兄妹いとこと呼ばれる関係に当たるようで、二人の間に子を宿すと、生まれた子に支障をきたす場合があるみたいです。

 何にしても、急に結婚という流れにはならないようで安心しました!

 僕は結婚する予定は今の所はありませんからね!

 でも、そこで何でシアさんが話に出てきたのでしょうか?

 僕はそれについて、つい訪ねてしまいました。


 「影狼族の掟は私も知っている」

 「僕も聞いた事はあります」


 確か、長に認められない限り、村へ帰ることが出来ず、帰ったら結婚させられると。


 「その結婚相手は選ぶことが出来ない、じゃったな」

 「その通り、です」

 「たとえ、兄妹であってもな?」

 「…………はい」

 「そんな!」


 話を聞いたから僕にもわかります。

 もし、兄妹で子を宿したら、血が濃すぎます。影狼族が幾ら『強き血』を求める一族だとしてもあまりにも異質です!

 

 「血は才能じゃ。濃き血が混ざった時、異端児が生まれる可能性と共に、天才が生まれる可能性がある。影狼族はそれを求めているのじゃろう?」

 「その通りです」


 シアさんが、いえ、イルミナさんもルリちゃんも影狼族の村に戻るつもりがないのは、結婚させられるからだけではなく、これが原因でもあるようです。


 「おっと、話がそれたの。影狼よ、悪かったな」

 「構いません。事実ですので」


 シアさんにすごく悪い事をしました。

 知らなかったとはいえ、シアさんを傷つけてしまったかもしれません。


 「母上、戯れはそろそろ……この後の政務もございます」

 「そうじゃったな……ユアンよ。お主らの話はよくわかった。ルード軍の件、魔の森の件、私が責任を持ち協力する」

 「え?」


 いきなり、ですか?


 「なんじゃ、私じゃ不満か?」

 「いえ、滅相もございません!」

 「うむ。まずは他の獣王にも話を通す、お主らは我が城で暫し休み、その時が来るのを待つがいい」

 「ありがとうございます!」

 「そして、協力の対価として、私の事はアリアお姉ちゃんと呼ぶことを約束して貰うが良いか?」

 「え……お姉ちゃん、ですか?」

 「母上、流石にそれは無理があると思います……母上の年齢は既に……」

 「アンリ、それ以上言ったらわかっておるな?」

 「っ! わかりました!」


 女性に年齢を聞くのはタブーですからね。


 「じゃが、せめてアリアおばちゃんと呼んでくれるか? 可愛い姪よ」

 「えっと、失礼に当たらないのなら……構いません」


 そんな事を言って、不敬罪とかいきなり言われても困りますからね!

 

 「よきよき、楽しみにしているぞ! アンリ、ユアン達を国賓待遇で持て成せ」

 「わかりました。では、これにて謁見の時間を終わらせて頂きます。どうぞ、ご退出ください」


 何か、いろいろと話が飛躍しすぎて大変でしたが、どうにか無事……と言っていいのかわかりませんが終われたみたいです。


 「お、お待ちください!」

 「なんだ? ルードの使者よ」

 「せ、せめてエメリア様の手紙だけは受け取っていただきたく……」


 あ、忘れていました……一番の意味はその手紙にありました!

 そして、手紙は一応受け取っていただけました。これにて、本当に無事に僕たちの依頼は終えれましたね。

 危うく、皇女様の手紙を渡しそびれる所でしたが、本当にスノーさんが覚えておいてくれて良かったです。

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