第125話 弓月の刻、謁見する

 「王が参られますので、頭を下げたまま、そのままの姿勢でお待ちください」

 

 案内された部屋は僕のイメージする、聞いていた玉座の間とはかなり違いました。


 まず僕たちを驚かせたのは、玉座がない事です。

 これでは、王様は何処に座るのかと思いますが、玉座の間に入ると、床が一段高くなっている場所があり、そこに豪華そうな金色の座布団が一枚引かれ、肘掛けが傍に置かれています。

 どうやら、あそこが王様の席になるようです。

 そして、右ひざを床につけ、僕たちは床を見つめるように頭を下げて王様を待っているのですが、僕たちを挟み込むように、王様の配下となる人達が胡坐をかき、座布団に座り、僕たちをジッと見つめているのがわかります。

 僕たちに声を掛ける事はなく、僕たちを観察するように只々ジッと僕たちを鋭く見つめているのです。

 この状況だけで、緊張します。

 並びは、スノーさんが1人前に出て、僕たち3人が後に並んでいます。

 僕が中央、左にキアラちゃん、右にシアさんの順番ですね。

 キアラちゃんが緊張からか震えていますので、場所を変わってあげればよかったかもしれませんね。


 「王の入室だ、姿勢を正されよ!」


 若い男性の張りつめた声が響きます。

 いよいよみたいですね。

 緊張します……もう、心臓がバクバクいっています!

 それに、右の拳を握り床につけているのですが、その拳の中が汗で滲むのがわかります。

 そして、左腕をお腹に押し付けるような姿勢なのですが、左腕の役割が王様を待つ姿勢の為なのか、緊張でキュルキュルと鳴りそうになるのを抑える為なのかわからなくなります!

 別に、お腹が痛い訳ではないですし、おなかが空いている訳でもないのに音がなりそうです。

 っと、そんな事を考えている場合ではありませんでした。

 失礼がないように集中しないと……。

 意識をお腹ではなく、玉座……と言っていいのかわかりませんが、そちらに向けます。

 すると、足を擦るような音が聞こえ、玉座の方に誰かが……王様が座る事が耳に届きます。


 「待たせたな、客人よ。私が狐族の王、アリアじゃ。表を上げ、楽な姿勢をとるが良い」


 僕はその声に驚き、顔を上げそうになりましたが、グッと堪えます。

 王様がそう言っても、素直に従ってはいけないみたいですからね。


 「どうした、顔をあげぬのか?」

 

 王様はそう言いますが、僕たちは顔ををあげません。


 「王がこう仰っております。客人よ、顔をあげてください」


 この国の宰相でしょうか?

 若い男性の、その人の声でようやく僕たちは顔をあげます。

 王様の姿が目に映ります。

 そう、僕が驚いたのは王様の声が女性であったからです。

 そして、目に映る女性は、金色の髪を持ち、とても綺麗な整った顔立ちの、見た事の無い花柄が刺繍された、桃色の着物と呼ばれる服を、首元と肩を見せるように着た、妖艶な若く見える女性です。


 「遠路はるばるご苦労じゃった、ルードの使者よ歓迎をー…………」


 僕たちの顔色を伺うように王様が僕たちを鋭い金色の目つきでジッと見渡していると、突然王様の話が途切れました。

 

 「アンジュ、姉さま……? いや……おい、そこの狐の娘!」


 そして、言葉が途切れたのは、僕の顔を見た途端にです。

 そして、王様は僕に向かい、声を掛けてくるのです!


 「は、はい!」


 予想外の展開に頭が真っ白になりそうなのを堪え、僕は頑張って返事を返します。


 「お前、名は何と申す?」

 「ユアン、と申します」


 何で僕ですか!

 僕じゃなくて、スノーさんに話しかけてください!

 しかし、その願いは通じず、王様は僕にばかり質問を投げかけてきます。


 「ユアンか、お主の母の名は?」

 「申し訳ありません……母の名は、ぼ……私の記憶にはありません」


 危うくいつも通り、僕といいそうになりました。


 「そうか、理由は?」

 「物心がついた頃には、すでに孤児院にいましたので。母の存在は、知らないのです」


 しかも、僕の母はもしかしたら2人です。どっちの母を言っているのかもわかりません!

 嘘はついていないですよね?

 大丈夫ですよね?


 「わかった……おい、お主ら下がってよいぞ」

 「え?」


 話はこれだけですか? しかもお主『ら』という事は、僕だけではなく全員?

 もしかして、王様の癪に障る事を言ってしまったのでしょうか?


 「母上、よろしいのですか?」

 「構わぬ。少し興味……いや、じっくりと聞きたいことがある。下がらせよ」

 「わかりました。王は客人とゆっくりと話すようだ。皆の者、席を立て!」


 左右からどよめきの声があがります。

 

 「聞こえなかったか? これは王の言葉ぞ?」


 王様……いえ、女王様の事を母上と言った男性が追い打ちをかけるように、ドスの聞いた声でどよめく人達に圧をかけます。

 その言葉で、事の重要性を理解したのか、一人一人、静かに玉座の間から退出をしていきます。

 そして、残ったのは僕たち弓月の刻と女王様、そして、息子と思われる人達だけとなりました。

 僕でもわかります。これが異常な事だと。

 だって、もし僕たちが女王様の命を狙う刺客であった場合、僕たちを押さえる筈の人達を全て退出させた訳なのですから。


 「崩せ。楽にしてよいぞ?」


 そう言われても困ります……。僕達は女王様の言葉を言葉通りに受け取ってはいけないと言われていますからね。


 「客人、母がこう言っている。適当な座布団を使って腰を下ろしてくれ。この場には私らしかいない。私としては腰を降ろし、すぐに動けない状況の方が助かる」


 これなら大丈夫そうですね。

 僕たちに楽な姿勢をとらえせると同時に、刺客だった場合に備え、立ち上がるまでの僅かな時間を稼ぐ意味もあるみたいです。


 「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 僕たちは近くの座布団をお借りし、女王様の前へと座りなおします。

 もちろん座り方は正座です。足が痺れる座り方です。流石に胡坐は失礼ですからね!

 そして、僕の座る位置も変わりました。

 近くに寄るように言われ、スノーさんの隣に座る事になってしまったのです。


 「………………」


 ですが、女王様の前に座ったはいいものの、女王様はぼくをジッと見つめるだけで、何も喋りません。

 ここは僕から話しかけた方がいいのでしょうか?

 でも、何を話していいのかわかりません。本来なら代表してスノーさんが話す予定でしたが、そのスノーさんも話に割り込んでいいのかわからないのか、黙って事の展開を見守っています。

 どれくらいの時間が経ったでしょうか。

 まだ5分かもしれませんし、もう10分くらい経ったかもしれません。

 兎に角、僕たちにとって気まずい時間が流れています。

 そして、その時間はようやく終わりを告げました。


 「やはり、似ておるな。じゃが、姉さまは黒髪……他人のそら似か?」


 僕たちに話しかける、というよりは女王様の独り言のような言葉が僕の耳に届きました。

 ですが、これはこの状況を打開するチャンスかもしれません!


 「騙すような形で申し訳ありませんが、現在ぼ……私の髪の色は魔法道具マジックアイテムにて変化させております」

 「そんな魔法道具マジックアイテムがあるのか?……元の髪に戻せ」

 「はい、わかりました」


 予想通り、僕の言葉に女王様は興味津々です! スノーさんから、ルードに比べアルティカ共和国は魔法道具マジックアイテムの発展が遅れていると聞いていましたからね。珍しい魔法道具マジックアイテムを見せれば話の種にもなると思いましたが、正解のようです。

 黒髪に戻すのも久しぶりのような気がします。

 パーティーメンバーだけの時は戻る事もありますので、人前ではって意味ですけどね。


 「これが、本当の……私の姿です」

 「嘘、偽りはないな? 私が黒髪と言ったから黒髪変えたのではないな?」

 「はい、髪の色を変える魔法道具マジックアイテムはこの髪留めですので」


 これがなければ僕の髪の色は変えれませんからね。


 「わかった……ユアンと言ったな、お主は本当に母の記憶は何もないのか?」

 「申し訳ございません。そこの記憶は本当にありません」

 「そうか……では、白天狐に関して何か知っている事はあるか?」

 

 白天狐様ですか?


 「黒天狐様も白天狐様も噂程度にしか聞いた事しかありません」


 白天狐様の話題は禁句と言われましたが、女王様から降った話題ですし、大丈夫ですよね?


 「噂とは?」

 「えっと、昔ルード領で黒天狐様と共に活躍した事とかでしょうか?」


 他にも噂はありますけど、真実性の裏付けが一つもない事ばかりなのでそこは伏せておきます。


 「ルードで活躍か……そちらの使者は何か知っておるか?」

 「いえ、私もユアンが知っている噂程度しか……申し訳ございません」

 「よい、では話を戻す」


 ようやく終わりましたか……。

 これで後は大人しくしていればいいですね!


 「お主らの中に、黒天狐……アンジュ姉さまの消息を知っておる者はおるか?」


 確かに話は戻りましたけど、僕が求めている戻り方ではないです!

 僕が求めているのは、皇女様の手紙に関する、本来の目的の方です!

 というか、黒天狐様は女王様のお姉さんなのですか!?


 「失礼ながら……女王様は、黒天狐様の妹君、なのですか?」

 「そうじゃ」

 「えっと、僕が知っている黒天狐様と別人という可能性はありませんか?」

 「それはない。狐族の黒髪は王族の血を引くものである証じゃ。それも稀にしか生まれぬ高貴な証よ。まぁ、知らぬのも無理はないがな」


 えっと、つまりは……黒天狐様は女王様の姉で……?


 「ユアンさんは黒天狐様の血を引いているので……王族って事ですか?」


 って事になっちゃいますか?

 いえ、僕には関係ありませんよ! 例え黒天狐様の血が入っているかもしれませんが、僕は違います!

 血が入っている事は違くないかもしれませんが、色々と違いますよ!

 自分でも何を考えているのかわかりませんが、少なくとも王族ではありませんからね!

 しかし、それを簡単に許してくれるほど、女王様は甘くないようです。


 「待て! そこのエルフの娘……今何と言った!?」


 キアラちゃんが何気なく呟いた一言に過剰な反応を示しました。

 そうですよね、僕なんかが王族の血を引いているなんて言われれば、怒るのは仕方ないと思います。


 「か、軽はずみな発言……いえ、失言、申し訳ございません」


 キアラちゃんが震える声で謝っています。


 「よい。怒鳴ってすまなかった……私が聞きたいのは、ユアンに、姉さまの血が流れていると言った事についてだ。何か裏付けがあって言っているのだろう?」


 どうやら怒っている訳ではないみたいで、一安心です……。


 「ユアンさん……」

 「わかりました」


 キアラちゃんが僕に救いを求めてきます。背中越しから聞こえる声ですが、それがわかるほどキアラちゃんが困っているみたいです。


 「ぼ……私も、半信半疑なのですが、知りうる限りを話します」


 どちらにしても、女王様には伝えなければいけない話でもありますからね。

 進軍するルード軍の事も、魔の森に封印された魔物の事も、そして白天狐様に協力を要請された事も。

 話す相手は絞る予定でしたが、女王様には全て話すべきだと思います。

 僕は、それらの事を、そして僕の中に黒天狐様の血が流れている可能性がある事を女王様に話す事に決めたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る