第128話 狐王アリア

 「母上、少しよろしいですか?」

 「なんじゃ? 私は、今すごくいい気分なんだが」


 気分が乗り、政務が進む進む。

 これも、アンジュ姉さまの娘、ユアンのお陰じゃな。


 「大事な話です」

 「よかろう。ユアン達の事か? それとも、これから会う事になる獣王共の事か?」

 「前者です」

 「じゃろうな。 で?」


 獣王共は単純じゃから、軽く煽ってやれば簡単に動く。私が話を持っていく時点で決まったも同然じゃ。

 まぁ、脳筋は扱いやすいって所じゃな。

 まぁ、一部は除くがな。


 「はい、ユアン殿は本当に黒天狐様……なのですか?」

 「見た通りじゃて」

 「そうなのですが、私にはどうしても信じがたいのです」


 アンリは一体誰に似たのだろうな。幾分慎重すぎる。

 まぁ、それが長所ではあるが、他の獣王を相手するにはまだまだ早いな。

 何せ、慎重なわりに、情報を集めきれていない。これでは、長所を完全に潰している。

 

 「信じる信じないの問題ではない。真実かどうか、が問題じゃ」

 「では、この件は真実と?」

 「当然じゃ。ちゃんと裏もとれておるからな」

 「裏、ですか……いつのまに?」


 この辺が情報不足じゃな。

 私の面会や謁見を全て把握していれば、不自然な空白があった事に気付けただろうに。

 まぁ、そうさせないように私が動いているのじゃから無理もないか。


 「前からじゃよ。ユアン達が私の前に現れる事は、ずっと前から決まっていた事。今更驚くこともあるまい?」

 「知りませんでした」

 「教えてなかったからな」


 例え自分の子供とて、全てを教える訳ではない。これも信じる信じないの問題ではない。

 必要があるかないかだ。


 「…………教えて頂けますか?」

 「よいぞ。白天狐じゃよ」

 「白天狐、様ですか?」

 「そうじゃ。あやつ……ではないな。まぁ白天狐から聞いたのじゃよ」


 白天狐と言っても、アンジュ姉さまを連れ去ったあの白天狐とは違う白天狐が私の元を訪れたのは2か月ほど前じゃったか?


 「その白天狐様は……本物だったのですか?」

 「本物じゃよ。間違いなく、な」


 息をするが如く垂れ流す姉様と同質……いや、姉様の魔力。あれが偽物と断言できる要素があれば逆に知りたいな。


 「その白天狐様がユアン殿達のことを?」

 「そうじゃよ。だから、準備は出来ていた」


 でなければあの短時間でユアンを黒天狐と認めれる訳がなかろうて。


 「何の為にですか?」

 「さぁ、何のためにかの?」

 「教えて頂けないのですか?」

 「知らんからな。本当に」


 白天狐は正体を現し、私に伝えたい事だけを伝え去った。

 軽い雑談と黒天狐をよろしく、今後世話になるとだけ残してな。

 それが、ユアンじゃった訳だな。

 

 「いつの間にですか?」

 「それは自分で考えよ。それも勉強じゃ」


 ヒントはあるからな。

 2か月前にあった、たった数分の謁見。

 それだけで情報は十分だろうて。


 「わかりました……それと、影狼族の事ですが、あれはわざとですか?」

 「何の事じゃ?」

 「私に結婚の話を振ったのはおかしいと思いまして。私とユアンの血が近い事に気付かない母ではないでしょう?」

 

 当然じゃ。気づかない筈がなかろう。


 「まぁ、忠告じゃよ」

 「忠告ですか?」

 「そうじゃ、影狼族には気をつけろってな」

 「何があるのですか?」

 「何かがあるんだよ。厄介な、何かがな」


 影狼族は異質じゃ。

 獣人でありながら、獣人ではない何かがある。

 じゃが、答えは導きだせない。


 「母上でもわからないのですか?」

 「私とて全てを知っている訳ではない。だが、知らないこそわかるこそがある。だから、気をつけろってことじゃよ」


 リンシアと言ったな、あの娘は。

 あの者もまた異質……異質の中で生まれた子が普通にしているのが、異質なのじゃよ。

 

 「さて、話は良いか?」

 「まだ、何も……」

 「阿呆あほうが。何も始まってもないのに、どうもこうもあるか」


 そう、まだ何も始まっちゃいないのさ。

 ルードの進軍? 魔の森の魔物?

 ふっ……笑わせる。こんなもの物語の冒頭ですらない……白天狐の話が本当ならばな。

 

 「アンリ、すぐに各王に連絡を取れ、明日にでもここを発つぞ」

 「わかりました」


 じゃが、面白いじゃないか。

 物語の始まりが、私達だとは。

 せいぜい、楽しませて貰おうか、白天狐よ……ユアンよ。

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