第116話 弓月の刻、魔の森を抜ける

 「ぬ、抜けました!」

 「長かった」

 

 森に入ってから結構な時間が……と思いましたが、意外にそうでもない気がしてきました。

 初日にエイプに襲われ、そのままガロさんの住む、元龍人族の街へと行き、森蜘蛛に追われて3日、封印された魔物を探すのに5日……そして森を抜けるのに3日くらい。

 約2週間と考えると、あっという間だったきもします。


 「それだけ色々あったって事だね」

 「考える事がいっぱいです」

 「気楽にいく」

 「そうですね、考えても仕方がない事ばかりですからね」


 僕たちがどう頑張ろうと、最終的な判断を下すのは僕たちではありません。

 魔物の情報、皇女様の手紙をアルティカ共和国の王様に渡すのが僕たちの役目です。

 僕たちは白天狐様を探さなきゃいけませんからね。


 「肝心の白天狐様が何処にいるか、ですけどね」

 「白天狐様も獣人だろうし、アルティカ共和国の何処かに情報があるかもね」

 「そう、簡単にいくかな」

 「ルリにも探して貰う」


 ルリちゃんは情報屋でしたね。

 もしかしたら、その手の情報を持っているかもしれません。


 「そうですね。ルリさんの拠点をラディも使っていますし、聞くことは出来ますね」

 「あの子、人使いあらいから見返りが怖いんだけど……」


 人使いというより魔物使いですけどね。

 

 「ラディ、お願い」

 「うん。わかってるよ。聞いてみる」


 少しずつだとは言え、情報を集める事は大事ですからね。情報に踊らされるのだけは避け、しっかりと考える必要はありますけどね。


 「それで、森を抜けた訳だけど、どうするの?」

 「そうですね。この中で、アルティカ共和国の事を詳しい人は……」

 「あまり詳しくない」

 「私もです」

 「えっと、シアさんはアルティカ共和国出身ですよね?」


 キアラちゃんの出身はわかりませんが、地震の事を知っていたくらいですし、その影響がある場所あたりに住んでいたのかもしれません。

 もしかしたら、アルティカ共和国の事を知っているのかもと少し期待をしましたがダメなようです。


 「影狼族の村はかなり北。情報がない」

 「それでも影狼族の人達は各地を回って帰って来る筈じゃない?」

 「自分の目で確かめる。教えてはくれない。まっすぐ国境に向かってルードに向かった。わかるのは国の位置くらい」

 「それでも十分ですよ。国の位置が……国の位置ですか?」

 「うん。アルティカ共和国は色んな国が合わさった場所。ルードみたく帝都がある訳ではない」


 僕はそれすらも知りませんでした。


 「スノーさんは知っていました?」

 「それくらいはね。アルティカ共和国……アルティカ領と言った方がいいかな。アルティカ領は元々5つの国に分かれていて、それぞれの王が争っていた歴史があったの」

 「ですが、ルード帝国が力をつけた事により、このままでは各個撃破されると思った王たちが同盟を結んだと聞きますね」


 それでもともとは別の国が一つとなり、アルティカ共和国となった訳ですね。

 それも50年以上前の話みたいですけどね。

 歴史を調べない限りわかりませんよね。

 僕の住んでいた村でそんな話はきいたことありませんでしたし。

 

 「えっと、ではどの王様に手紙を渡せばいいのですか?」

 「スノーが聞いてる」

 「え? 聞いてないよ?」

 「えぇ! それじゃ、どうするの?」


 お互いの顔を見合わせ、僕たちは黙ります。


 「皇女、ポンコツ?」

 「シア、怒るよ?」

 「スノーも追放処分、手紙も誰に渡せばわからない。スノー守られてない」

 「うっ……それはそうだけど」

 「それに、国境を越えるはずでしたのに魔の森を通る羽目になりました」

 「キアラまで……」

 「トレンティアでも問題を起こしたのはタンザの領主でしたが、タンザで捕まえていればあんなことにはありませんでしたしね……」

 

 あれ、皇女様……大丈夫でしょうか?

 考えると、問題ばかりのような気がします。


 「と、とりあえず、何処か街を目指さない? みんな疲れたと思うしさ」

 「そ、そうですね! 先ずは森から離れましょう。森から魔物が飛び出して襲ってくるかもしれませんしね!」


 この話題は触れない方がよさそうです。

 スノーさんのダメージが大きそうですし、事前に話し合っていれば問題にも気付けたはずです。

 

 「では、まずは何処かの街か国を目指して……」


 気を取り直して出発、と言いたい所でしたがそうもいかないようです。


 「待つ」

 「誰か……沢山の人が向かって来てます」

 

 南の方から、僕たちの方へ向かって人が10人ほど向かって来ています。

 南の方という事は……。


 「動くな!」

 「はい」

 「お前達、ここで何をしている?」


 馬ほどの大きさの狼に跨った人が僕たちを囲んでいきます。

 

 「えっと、魔の森を抜けてきた所です」

 「魔の森だと!?」


 青い髪に尖った耳、ゆったりと動く尻尾を持った男の人が驚いています。


 「青猫族」

 「恰好からすると、国境の警備の人達でしょうか?」

 「私、アルティカ共和国に来てよかったかも……出来れば女の子の方がいいけど」


 スノーさんは置いておき、僕たちを包囲したのは国境の警備をしている人達のようですね。


 「何をしゃべっている。質問に答えろ!」

 「えっと、何を応えれば……」

 

 尻尾の毛がふわっと膨れ上がりました。

 もしかして、結構怒っているのでしょうか?


 「何をしていたか答えろ」

 「えっと、魔の森を抜けてきただけなので、まだ何も……」

 「何が目的だ」

 「目的はですね……」


 困りました!

 何処まで話していいのかわかりません!


 「スノー答える」

 「私!?」

 「私達じゃ何処まで話していいのかわからないです」

 「それもそうだね…………貴方がこの場の責任者という事でいいのか?」

 「そうだ」


 僕たちに話しかけていた人が頷きました。

 責任者という事はそれなりに偉い人なのでしょうか?


 「では、話すからには貴方が責任を取るという事でよろしいな?」

 「……内容による」

 「国家機密に関わる事だ」

 「素性がわからないのに、簡単に信用する事は出来ない」

 

 言うだけなら何とでも出来ますからね。

 

 「これを見てもか?」


 スノーさんは1本の短剣を取り出しました。

 宝石や金などで煌びやに装飾された、紋章が刻印された短剣です。

 

 「高そうですね」

 「高いよ。だけど、売ったら大変な事になるけどね……首が飛ぶくらいに」


 僕のつぶやきにスノーさんがこっそり答えます。兵士に囲まれた状況で、スノーさんが事情説明をしているのにも関わらず、かなり余裕そうに見えるのは、場慣れしているからでしょうか?

 騎士としてのスノーさんはかっこよくみえますね。


 「それは、なんだ?」

 「見る者が見ればわかる筈だが?」

 「……私では判断し兼ねる。失礼だが、お聞きしてもよろしいか?」


 おぉ、威圧的に出ていた隊長らしき人が丁寧な言葉使いになりました!

 見る者が見れば、つまりは見てわからないのは相手の位がそこに達していないと言っているのと同じですね。

 


 「この紋章はルード帝国第二皇女で在られるエメリア様の紋章だ。この意味がわかるか? そして、その紋章を施された物を持つ者の意味も」


 私はエメリア様の関係者だと言っているのと同じという事ですね。


 「失礼致しました。私どもは、魔の森付近に人がいると聞き参った次第でございます。ご無礼をお許しください」


 狼を降り、隊長が頭を下げると僕たちを囲っていた人たちの武器も降ろされます。

 皇女様の事を疑いましたが、他国でも影響力はあるようですね。

 

 「貴方達の迅速な対応、私も騎士ながら学ばせて頂く事があった。だから、頭をあげてくれないか?」

 「その言葉、有難く頂戴致します。ですが、こちらもこれが仕事故、事情をお伺いせねばなりません。お手数ですが、詰所まで来ていただけますか?」

 「構わない。案内して貰えるか?」

 「はい。馬車の用意はできませんので、徒歩での移動になりますが、ご無礼をお許しください」

 「問題ない。貴方は私達を気にせず、そちらの狼に乗って移動してくれ」

 「お言葉に甘えさせて頂きます……では、こちらに」

 

 事の経緯を聞かれる事になるのは避けられないようですね。

 ですが、僕たちはアルティカ共和国の事はほとんどわからないので、上手くいけば色々聞けるかもしれませんね。

 

 「申し訳ないが、私と共にあるものは女性だ。囲いを解いて貰えないか?」

 

 そして、詰所に移動となったのですが、相変わらず僕たちは兵士に囲まれたままでした。

 スノーさんがそれに対し苦言を呈します。

 

 「いえ、この辺りに魔物が出る事があります。万が一、騎士殿とそのお供の方に何かありましたら困りますので、何卒ご理解を頂きたい」

 「そういう意味であったか。お心遣いに感謝する」

 「恐縮です……では、こちらに」


 これが水面下の戦いってやつですかね。

 表面上は客人として扱ってくれていますが、本心は怪しく思っていそうです。

 ですが、スノーさんの言葉が本当ならば、適当な扱いはできない、かといって無視をする訳にもいかない。

 とりあえずは様子を見るといった感じに思えます。

 その証拠に、いつでも僕たちをどうにか出来るように包囲を解いてくれませんしね。

 僕たちをどうにか出来るほど強いとは思いませんけどね。


 「そちらの、二人は我らと同じ獣人ですかな?」

 「そうですよ」

 「そう」


 詰所までは距離があるみたいなので、僕たちの横を歩く隊長さんが話しかけてきました。

 雑談と見せかけて、僕たちの素性を少しでも暴こうとしているみたいですね。


 「騎士殿と一緒におられるようですが、何か事情でも?」

 「護衛として雇われただけ」

 「はい、僕たちは冒険者ですので、魔の森を抜ける為に、スノー様に雇われました。それと、僕たちはスノー様とは違い、身分は高くないので、普通にして頂いて大丈夫です」


 ある意味、皇女様からの依頼でアルティカ共和国を目指していましたし、見かた次第では、スノーさんが手紙を無事王様に届ける為の護衛にも見えますね。

 本当ならば、国外追放となった僕たちの監視としてスノーさんがついてきている設定ですけど。

 まぁ、そのスノーさんも国外追放処分となっている訳ですけどね。ですが、その罪はアルティカ共和国には関係ありませんので、いう必要はないですね。

 こちらに来た時点で刑は終わり、罪は消えたと思いますからね。


 「そうか、窮屈な言葉は苦手だからそうさせて貰おう」

 「ありがとうございます」

 「……それで、何故、わざわざ魔の森を抜けてきたんだ?」

 「詰所で聞く」

 「そうだったな。だが、魔の森は危険だ。とても、女四人……それもエルフとはいえ、幼い2人を連れて抜けれるとは思えなくてな」


 やはり国が変わっても見た目で判断されるのですね。


 「えっと、僕とキアラちゃんがどう見られているのかわかりませんが、これでも僕たちはBランク冒険者ですよ?」

 「Bランクだと!?」


 隊長さんが驚きの声をあげます。

 そのせいで、乗っていた狼が驚き、尻尾が真っすぐに伸びます。

 それでも、驚いて暴れたりしないので、よく調教されているみたいですね……ちょっと乗ってみたいです。

 と、そんな事よりも、僕たちがBランクである証明をしなければいけませんね。


 「はい、これが冒険者カードです」


 証拠となる冒険者カードを隊長さんに渡します。

 僕の冒険者カードを受け取ると、隊長さんは驚き、じっくりとカードを眺めました。


 「確かに……弓月の刻、か。これを見ると4人とあるが?」


 あ、ちょっと失敗したかもしれません。

 スノーさんが冒険者であること、パーティーに加わっている事を知られてしまいます!


 「あぁ、私も一時ではあるが、パーティーに加入しているからな。これが、私の冒険者カードだ」

 

 スノーさんが隊長に冒険者カードを渡します。

 隊長さんはスノーさんのカードを確認するとまた驚いています。

 その間に、僕はスノーさんに謝っておかないといけません。


 「すみません」

 「問題ないよ。前にも言ったかもしれないけど、騎士でありながら冒険者に登録する人も珍しくないからね」

 

 口を滑らせてしまいましたが、問題はないようで助かりました。

 

 「ありがとうございます。これは、先にお返し致します」

 「助かるよ。こういった時以外は冒険者として活動しているから、これは大事な物なのだ。むやみに、ルード帝国の権力を誇示する訳にはいかないからな」

 「助かります」


 そういえばそういう理由もあって、冒険者登録をしたのでしたね。


 「だが、Bランクとはいえ、よく魔の森を無事に抜けてきたものだ。あの場所の魔物は強く危険だろう?」

 「そうなのですか? 意外と魔物が少なくてびっくりしたくらいですよ?」


 実際にそうでしたからね。

 魔物は居ますが、特に危険と思う魔物は居ませんでした。

 強いて言うなら、ガロさんが召喚したエイプと森蜘蛛くらいですかね。

 その代わり、とんでもない魔物が封印されている事を知りましたけど。


 「そうなのか?」

 「はい、そうですよ?」

 「確かに、ここ最近は魔の森から魔物が現れたという報告は聞かないが……」


 僕たちが本当に魔の森を抜けてきたのか、またその実力は如何ほどかと探ってきているみたいですね。

 ですが、これが真実ですからね。

 これ以外に答えようがありません。

 その後も雑談という名の尋問が繰り広げられ、無難な答えと真実を織り交ぜながら、それに答えていると、やがて国境へとたどり着きました。

 正確には魔の森からルード帝国にもあったような壁がずっと続いていましたので、ずっと国境ではあったのですが、僕が想像していた場所ではありませんでした。

 

 「ルードとは全然違いますね」

 「あぁ、国境との間は距離があるからな。抜けてきた者が休めるようにしてある」


 街とまではいきませんが、村くらいの規模で建物が並んでいます。

 ですが、ルードからアルティカ共和国に向かっては国境を抜けられないという事もあるのか人の姿は少ないですね。

 アルティカ共和国からルードには抜けられるみたいですけどね。向かう人は戻って来れない事を知っているのでしょうか?

 そんな疑問を持ちつつも、宿屋、武器や道具屋などを通り抜け僕たちは詰所まで案内されます。

 

 「少し、こちらでお待ちください。国境の最高責任者に話を通して参ります」

 「あぁ、よろしく頼む」

 「では」


 隊長さんが詰所の中へと消え、僕たちは外で待たされます。

 依然、僕たちの包囲は続いたままですけどね。


 「さて、どうなるかな?」

 「どうとでもなる」

 「問題ばかりですね、最近」

 「仕方ないですよ。それだけの事をしているって事ですからね」


 包囲されているせいか、その後は会話らしい会話はなく僕たちは待たされます。

 そんな時間が10分ほど続いた頃です。


 「お待たせ致しました。中でお話をお伺いするとの事ですので、どうぞこちらに。それと、申し訳ありませんが、武器等の持ち込みは制限させて頂いておりますので、お預かりしてもよろしいですか?」

 「それは断る。それならば、この場で話をさせて貰う。手間をかけるが、そちらの責任者をこちらに呼んで頂けるか?」


 武器を預ける事にスノーさんが断りをいれました。

 

 「理由を伺っても?」

 「当然だ。私は、ルード帝国から来た。敵国ではないにしろ、かつての遺恨はお互い消えてはいない……それに」


 スノーさんが僕に目くばせします。

 僕はその意図がわかりました。


 「僕は収納持ちです。なので……」


 昔、盗賊から頂いた武器を無数に取り出します。

 どれも錆びていたり、刃が欠けていたりと不格好ですが、取り出した数が数です。

 地面に落ちた沢山の武器を見て、隊長さんの口があんぐりと開いてしまいました。


 「この通り、武器を預けた所で無意味だからな……収納に入っている武器を確認する術があるのなら協力するが?」

 「い、いえ結構です……では、このまま中にご案内します」


 僕たちから武器を取り上げる事は諦めたみたいですね。


 「すんなりと諦めましたね」

 「別にどっちでも良かったんじゃない?」

 「なんでですか?」

 「んー……対応を見たかったのかもね」

 「面倒ですね」

 「ほんとにね」


 これにもどうやら意図があったみたいですね。

 僕にはそれがわかりませんが、丸腰になることは避けられました。

 そうして、僕たちは詰所の中を案内され、事情徴収を受ける事になりました。

 何事もない事を祈るばかりですね。

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