第115話 弓月の刻、祭壇をみつける

 人一人が通るのがやっとの広さしかない横穴を僕たちは進んでいます。


 「狭いわりに、しっかりした造りなのが気になるね」

 「はい、人工的に造られた事がわかりますね」


 昔は隠し通路か何かだったのでしょうか?

 でも、どうしてこんな場所に?


 「考えるだけ無駄。それよりも、集中」

 「そうですね。すみません」


 シアさんの言う通り、この先には何かがあります。もしくは居ます。

 いつ何が起きても対応できるようにしていなければ、僕が先頭を歩く意味はないですからね。


 「その先だよ。配下が消えたのは」

 「この先ですね……」


 生活魔法でもある、照明ライトで辺りを照らしながら進んでいます。

 照明ライトの便利な所は、魔法道具とは違い、手で持たなくても良い所ですね。僕のやや前方をふわふわと浮きながらついてきてくれます。

 そして、手で持たなくてもいいという事は自在に操る事もできるという事です。


 「ちょっと、照らしてみますね」


 ラディくんの配下が消えた先がどうなっているのか見る為に、照明ライトを先行させます。

 もちろん、僕の周りにももう一つ照明ライトを出現させていますので、僕たちの周りは明るいままです。


 「この先は部屋、でしょうか? 広くなっているみたいです」

 「ユアン、認識魔法」

 「その手がありましたね、では早速」


 あまり使わない魔法なのですっかり忘れていました。というよりも、使う機会がほとんどないのですけどね。


 「これ、私も出来そうかも」

 「慣れれば出来ると思いますよ」

 「一緒にやってみてもいいですか?」

 「はい、コツはですね……」


 キアラちゃんは風の魔法も使えますし、風の精霊とも契約できていますからね。

 風を送り込み、情報を読み取るだけなのですが、探知魔法と違い、送った風に意識を乗せる必要があります。

 

 「制御は出来ますが、意識を乗せるのが難しいです……」

 「精霊さんと会話してみたらどうですか?」

 「はい、やってみます! お願い!」

 「わっぷ!」


 キアラちゃんが精霊さんにお願いをすると、突風が吹き荒れました。

 僕が突風に飛ばされそうになるのを、シアさんが後ろで支えてくれたので、どうにか転倒せずにすみました。

 お陰で僕の集中力は削がれ、僕の認識魔法は失敗に終わります。

 それだけで、僕が使う風魔法とは威力というか効果が桁違いだとわかりますけどね。

 僕は各種の属性は使えますが、属性に特化している訳ではないので、風に特化したキアラちゃんには敵いませんね。


 「うん……うん!」


 キアラちゃんが一人で呟いています。


 「違うよ、あれは精霊と会話してるの」

 「スノーさんもあんな感じでしたね」

 「ちょっと恥ずかしいね」


 見えない何かと会話しているのだと、僕たちはわかっていますが、何も知らない人がみたら勘違いするかもしれませんね。


 「わかりました!」


 吹き荒れる突風が止むと、キアラちゃんは力強く頷きました。


 「上手くいったみたいですね」

 「うん、私の意識を乗せるのは難しかったから、精霊に見てきて貰いました」


 精霊を斥候に使ったみたいですね。

 ラディくんといい、キティさんといい、そして精霊さんまで……キアラちゃんは僕以上に情報収集能力に長けていそうですね。


 「それで?」

 「うん、この先は行き止まりみたい」

 「行き止まりですか……」

 「他に手掛かりはないの?」

 「えっと、隅々まで調べようと思ったのですが、入口から部屋の真ん中に進むに連れて妨害されて進めないみたいです……ユアンさんはどうでした?」

 「えっと、失敗したのでもう一度試しますね」


 僕ももう一度、認識魔法を使います。

 

 「……同じですね。部屋の隅は大丈夫なのですが、中央に進むにつれて魔法が拡散されます」

 「魔鼠が消えたのもその辺りだよ」

 

 という事は、その辺に何かがあるという事ですね。


 「どうしますか?」

 「ここまで来たら進む」

 「しかないよね。逆に何があるか気になるし」

 

 そうですよね。危険があるとわかってここまで来ましたし、今更です。


 「何があるかわかりません。預けてある転移魔法陣はいつでも使えるようにしておいてくださいね」

 

 中央にある何かが転移魔法陣だったとしても、再び転移魔法陣を使えば恐らくですがトレンティアに戻れるとは思います。

 

 「転移先が魔物の巣窟だったらどうする? 魔物も一緒にトレンティアに来ちゃわない?」

 「その辺は大丈夫です。一度使えば壊れるようになってますからね」


 その辺りの対策はしてあります。

 転移魔法陣を放置しておくと、再び使われてしまったり、何処に繋がっているのか調べられてしまう可能性がありますからね。


 「では、慎重に進みます」


 僕を先頭に、照明ライトで照らしながら部屋の中に入る。


 「罠は?」

 「危険察知が働きませんし、認識魔法でも捉えなかったので大丈夫だと思います」


 その予想は正解のようで、僕たちはすんなりと部屋の中へと入る事が出来ました。


 「広いね」

 「どうやって造ったのか気になりますね」


 高さは20メートルくらいありそうですし、これは認識魔法でわかった事ですが、広さも50メートル四方はありそうな大部屋です。


 「中央は?」

 「照らしてみますね」


 暗く、そして広いせいで僕たちがいるう場所からでは中央の様子は見えません。

 この先は行き止まりとわかっているのに何処までも闇が続くようで不気味に感じます。

 それを払拭するように、僕は照明ライトを中央に飛ばしますが。


 「消えた!?」


 スノーさんが驚きの声をあげました。

 当然、僕も少し驚きました。

 ですが、認識魔法が消されたので、何となくは予想していたのでそこまで驚かずに済みました。


 「やはり、中央に魔法を阻害する何かがあるみたいですね」

 「近づくしかない」

 「いえ、まだ方法はあります。効果は落ちますけどね」


 中央はダメです。

 それなら照明ライトを四隅に飛ばし、部屋全体を明るくすればどうにかなります。

 照明ライトを四隅に飛ばし、部屋が薄っすらとですが、明るくなりました。

 そして、わかったことは……。


 「あれって祭壇?」


 中央には四角く加工した石が積み上がり、その上に丸い……満月のように真ん丸の石が乗っている物が置かれていました。


 「祭壇って、死者に供物を捧げる場所ですよね?」

 「それだけじゃないけどね。宗教によっては、神や精霊を祀っている場合もあるよ」

 「一体……何を祀っているのでしょうか?」

 「近づけばわかる」

 「そうですね。ですが、あの付近は魔法を打ち消す効果がある結界が張られているみたいなので、近づくにしてもギリギリまでにしましょう」


 防御魔法も打ち消される可能性がありますからね。

 照明ライトを1メートル先ほどに浮かべ、照明ライトの効果が打ち消される場所を探りながら、ゆっくりと慎重に祭壇らしき場所へと進みます。


 「ここまでです」


 祭壇まで5メートルほどの場所で照明ライトが消え、僕たちはそこで止まります。

 ここまでくれば、それが何かはわかりますね。


 「何か、書いてありますね」

 「古代文字……みたいです」

 「読めそう?」

 「ちょっと、待ってくださいね」


 古代文字を全て解読する事は無理ですが、もしかしたらわかる単語があるかもしれません。

 

 「えっと……」


 ただでさえ読みづらい古代文字が擦れているせいで、その単語すらも読み取るのが困難です。


 「まだ大丈夫ですよね」


 少しでも近くで読み取ろうと僕は祭壇に一歩ずつ近づき、結界ギリギリに近づき文字をじっと眺めます。


 「!!! 下がる!」

 「わっ!」


 急にシアさんが叫んだかと思うと、僕の体が引っ張られました。


 「な、なんですかこれ!」

 「わからない!」

 

 シアさんが僕の腰に抱き着き、僕を引っ張っています。

 

 「スノー手伝う!」

 「わかってる!」


 スノーさんが僕に向かって剣を振り下ろします!


 「ちっ! ユアン、付与魔法エンチャウント!」

 「は、はい!」


 スノーさんの剣が弾かれたの見て、スノーさんが求めると同時に付与魔法エンチャウントを使います。


 「頼む、切れてくれ!」


 スノーさんが再び僕に剣を振り下ろします。

 正確には、僕と結界の僅かな隙間にです。


 「切れた!」

 「まだ繋がってます!」

 「大丈夫です!」


 間髪いれず、キアラちゃんが矢を放ちました。


 「わわっ!」

 「よっと」


 僕の目の前を矢が通り過ぎた瞬間、僕は後ろに倒れそうになりましたが、シアさんが僕を抱え、後ろに飛び、勢いをころして着地してくれます。


 「な、なんなんですか、あれ!」

 「わからない」

 

 僕を引っ張ったのはシアさんだけではなく、結界から伸びた黒い手もだったのです。

 それが僕の腕を掴み、結界の中に引きずりこもうとしたのです。


 「祭壇に近づいた者をああやって引きずり込んだのかもね。魔鼠もああやって捕まったのかな?」

 「近づくまでしてこなかったのは、油断させるためかもしれないからでしょうか?」

 「伸ばせる距離があるかもしれない」

 「どちらにしても、みんなのお陰で助かりました……すみません」


 シアさんが僕を掴まえてくれなかったら、スノーさんが斬ってくれなかったら、キアラちゃんが射貫いてくれなかったら……僕はあのまま引きずり込まれたかもしれません。

 結界の内側で防御魔法を使えなかったらと考えると……。


 「ユアンは無事。平気」

 「はい……」


 身震いする僕をシアさんが抱きしめ、背中をさすってくれます。


 「ずるい」

 「ずるいです」

 

 二人にも後でちゃんとお礼をしなければいけませんね。


 「ユアンさん、あれ!」

 「え?」


 僕が二人へのお礼は何がいいかと考えていると、キアラちゃんが祭壇の方を指さしました。


 「怖っ!」

 「大きい」

 「もしかしてあれが封印された……?」


 キアラちゃんは祭壇の方を指さしましたが、僕たちが注目したのは祭壇ではなく、結界に浮かんだ目です。

 目の大きさだけでも僕と同じくらいありそうで、血走ったように紅い、見る者全てが憎いといった邪悪な目です。

 その目が真っすぐに僕たちを見つめています。


 「あんなものが表に出たら……」

 「危険」

 

 あの目が本物の大きさと考えた時、その全長はどれくらいになるのか想像つきません。


 「今この場で対処する事は?」

 「無理、だと思います」

 「無理」

 「無謀です」


 シアさんですら無理と答えるくらいです。現段階で僕たちがどうにか出来る相手ではないと思います。


 「放置するしかない、か」

 「ですが、結界を越えて僕を掴まえたくらいです。残された時間は……」


 どう考えても少ないと思えます。


 「そうなると、一刻も早くアルティカ共和国に伝えないと」

 「そうですね。ルード軍が迫る前に、停戦させるように呼びかけないとですね」


 魔物が討伐に来たと勘違いする前にどうにかするしか方法はないです。

 そして、ルード軍が迫る前に僕に協力を要請した白天狐様に会う必要があります。

 僕に要請するくらいです。白天狐様なら対処する方法がわかっている可能性があります。


 「だけど、この目で確認できたことは良かったかな」

 「問題は信じてくれるかどうかですね」

 「どうにかなる」

 「するしかないです」


 その為にも先ずは森を抜けつ必要があります。

 

 「だけど、その前にユアンを助けたお礼を貰わないとね」

 「モフモフしていいですよね?」

 「私達は仲間。助け合うのが普通」

 「ちょっとくらいご褒美あってもいいじゃない」

 「そうですよ! シアさんばっかりずるいです!」

 「ずるくない」


 祭壇のあった横穴から脱出し、再び外へと出た途端、スノーさんとキアラちゃんがそんな事を言い始めました。

 さっきまでの張りつめていた緊張が緩むのがわかります。

 きっと、危なかった僕を慰めるために二人はやってくれているのですね。


 「ユアン、いいでしょ?」

 「いいですよね?」

 「よくない」


 きっと、そうですよね?

 その夜、順番にモフモフと耳と尻尾を触られましたが、僕は信じていますからね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る