第117話 弓月の刻、尋問を受ける
案内された部屋は綺麗でも汚くもない、そして装飾も施されていない至って平凡な部屋でした。
表面上は、ですけどね。
「よく連れて来てくれた。アレキはもういいぞ、下がってくれ」
「……っ、わかりました、失礼致します」
僕たちを案内した青猫族の隊長さんはアレキさんという名前みたいですね。
そして、テーブルを挟み、どっしりと座るこの人がアレキさんの上司のようです。
丸みを帯びた耳、白と黒が綺麗に混じった髪、尻尾もすらりとしなやかで白と黒の縞模様が印象的な人です。
何よりもがっちりとした体格がそれだけで存在感を示している人です。
「虎族の方、ですね」
「その通りだ。アレキ……先ほどの青猫族の者から話は聞いている。まぁ、立ち話も何だ、良ければかけてくれ」
大きな手でどうぞっとソファーに座るように促されます。
「スノー様、お任せください」
「あぁ、何かあった時は頼む」
今のスノーさんは騎士として務めを果たしています。なので、僕たちはそれに合わせた行動をとる必要があります。
スノーさんがソファーに座り、僕たちはスノーさんを守るように後ろに立ちます。
「随分と警戒しているようにみえるな」
「そう見えてしまったのなら申し訳ない。だが、ここは自国ではないからな。何が起きるかわからない故にな」
「ほぉ、我らが何かをすると、貴女は思っているようですな」
「状況から考えれば当然でしょう?」
冒険者同士であれば、言いたいことを、要件を話して終わるのですがね。
お互い腹の探り合いから話が始まりました。
「それが、ルード帝国のやり方、と捉えてもいいって事かな?」
「と、いいますと?」
「俺は丸腰だ。その丸腰の相手を、武装した貴女らが囲む事がだよ」
「それを言ったら、これがアルティカ共和国のやり方と捉えていいのかな?」
「何が言いたい?」
「……ユアン、教えてやれ」
僕がですか?
ですが、スノーさんが僕を指名するからには意図があっての事ですね。
そしてその意図は、一番見た目で侮られる撲の実力を示す事により、スノーさんのお供である僕たちの実力を示したいと言った所でしょうか?
「わかりました。扉の外に1人、天井に2人、隠し扉でもあるのですか? 左右に1人ずつ、ですね」
表面上は普通の部屋ですが、この部屋には至る所に仕掛けがあるようで、今言った人達が僕たちを監視し、襲えるようになっています。
「だ、そうだ。これで如何かな? 私達は?」
「やるな……いいだろう、合格だ。腹の探り合いはここまでにしよう。良ければ楽にしてくれ、話を聞こう」
合格?
どうやら僕たちは試されていたみたいでしょうか?
「相変わらず、こういうやりとりは面倒だから嫌になるね」
「お互い様だ」
どういう事ですか?
と普段なら聞いている所ですが、僕はそれを我慢し、二人のやり取りを見守ります。
「それじゃ、何から話せばいい? 私達、から話すよりも質問してくれた方が楽なんだけど」
「そうだな、まずは名乗っておこう。俺は虎族、白虎種のギギアナだ。国境の司令官を任されている……単純に、最高責任者といった所だ」
「私は、スノー・クオーネだ。ルード帝国、第2皇女騎士団の副隊長を務めている者だ」
「貴族様でございましたか、これは失礼を」
「平気。同時に冒険者、弓月の刻の一員として表向きは活動をしているし、あまり畏まらずに接してくれる?」
「助かる」
敢えて、スノーさんも騎士の口調を崩す事で、気を遣うなと伝えているみたいですね。
お互いの自己紹介も終わり、改めてスノーさんとギギアナさんが向き合います。
「では、早速質問をしていきたいのだが、いいか? 答えられない事は素直に答えらないと言ってくれて構わない……まずは、あの場所で何をしていた?」
「魔の森を抜けてきただけだよ」
「それが、信じがたいのだが……証拠、または証明できる手段はあるか?」
証拠はないですね。
転移魔法陣で竜人族の街に飛んでもらい、魔の森を見てもらう方法を考えましたが、転移魔法陣が使える事はなるべく伏せた方がいいですよね。
「そこは信じて貰うしかないかな。ルード側から国境を抜けれないのは知ってる?」
「知っている。獣人の方から不満が挙がっているからな」
それもそうですよね。アルティカ共和国に出稼ぎに行った結果、家族の元に帰れない、家族が戻ってこないとなると不満はあがりますよね。
「それは申し訳ないけど、私達ではどうしようもないからね」
「そこは理解している」
「で、国境を越えられない、だけど、魔の森を抜ける事は制限されていないのが現状で、アルティカ共和国に来るために抜けた来た訳だけど」
「では、そのまま次の質問に繋げよう。なんの為にアルティカ共和国に訪れたのかな?」
その質問の答えとして、スノーさんは二つの物をテーブルの上に置きました。
「これを、アルティカ共和国の王へと届けるために。そして、もう一つはその証明」
テーブルに置いたのは皇女様の紋章の入った短剣と、同じく紋章の入った手紙です。
「手に取っても?」
「いいよ。その代わり、大事な物だから大切に扱って」
「わかっている」
ギギアナさんが短剣を手に取り、装飾、紋章を確かめるように細かくチェックをしています。
「確認できた、本物に間違いないだろう」
目利きが出来るみたいで、本物の皇女様の紋章と認めて貰えたみたいですね。
「良かった。それで、私の主である、エメリア様の命により、この手紙をアルティカ共和国の王へと届ける為に魔の森を抜けてきた訳ね」
「なるほど……つまりは機密という事だな」
「そうなるかな」
「…………俺では判断できないな」
「だろうね。で、どうする?」
「少し、時間を頂きたい。本国に連絡をとろう」
国境の司令官とはいえ、僕たちの件は簡単に判断できないみたいですね。
まぁ、隣国の使者みたいなものですし、それも当然ですね。
「どれくらいかかる?」
「1週間……いや、せめて5日は欲しい」
「伝達手段は?」
「
ルード帝国では通信の
文化の差なのか、単にルード帝国が進んでいるいるだけなのかはわかりませんが。
「わかった。その間、私達はどうなる?」
「客人として扱わせて貰おう。ただし、ある程度の制限はかかってしまうが、それは承知してくれ」
「うん、私でも同じ判断をすると思うよ」
「助かる……では、旅の疲れもあるだろう。また聞くことが出てくるだろうが、今の所は休んでくれ」
「ありがとう」
話は終わりみたいですね。
聞いていた限り、特に進展はないといった感じでしょうか。
その後の判断は本国に送った内容の返事次第になりそうですね。
そして、僕たちは部屋から退出し、扉の外で待っていた人に案内され、別の部屋へと案内される事になりました。
「こちらでお休みください。何かご用件がございましたら、近くの兵へとお申し付けを」
「ありがとう」
監視はつかないみたいですね。
まぁ、普通に考えれば脱出手段がないので監視をつける必要はないって事でしょう。
何せ……。
「せめて窓は欲しいですね」
「息が詰まりそうです」
「仕方ないよ。窓があったら、そこから侵入される可能性があるし。此処は国境に面した壁の中だからね」
案内された部屋はベッドが4つ置かれ、テーブルと机があるだけの簡素な部屋でした。
「監視は?」
「はい、確認しましたが平気です」
窓がないという事は、出入りできるのは扉だけです。
そして、扉を抜けた先は、通路となっていて、外に出る為には兵が見張りをしている場所を通らなければなりません。
その為に監視は不要という事でしょうか?
まさか、転移魔法が使えるとは想定していないでしょうし。
「ま、ゆっくりしようよ。ユアン、お菓子食べたいな?」
「はい、スノーさんお疲れ様でした」
スノーさんは頑張ったと思います。
僕たちでは話を纏める事はできませんでしたからね。
お菓子の包みを渡し、スノーさんがお菓子をテーブルに広げ、口に運びます。
「そういえば、最初のやりとりは何だったのですか?」
「んー? 最初のって?」
「えっと、スノーさんが騎士の口調を崩したあたりの事です」
確か、やりとりは面倒だとか言っていて、ギギアナさんに合格と言われた辺りですね。
「あぁ、あれか……私達が試されていたって事はわかるよね?」
「はい、わかります」
「それじゃ、どの辺りから?」
「思い当たるのは……武器を預けようとした辺りから、でしょうか?」
「うん、そこからだね」
やりました! 正解のようです。
「けど、わざわざ私達を試す必要があったのでしょうか?」
「試したってうよりも確認だろうね」
「確認ですか?」
「責任感」
「シアの言う通りだね、後は覚悟を見たかったとかかな?」
シアさんはよく毎回的確に答えを言い当てれますね。
「ユアンがもし、やましい事あったら素直に尋問を受けたいと思う?」
「思わないです」
当たり前です。調べられて困るのなら避けれるなら避けたいと思います。
「それじゃ、やましい事がないのに、武器を取り上げられるとなったらどう?」
「場合によると思います」
ただ尋問を受けて身の潔白を証明できるなら武器は必要ありませんよね。
それに、本当に持ち込み禁止の場所だってあると思います。これから順当に事が進めば王様に謁見する時が来ると思いますが、その時は絶対に持ち込めないでしょうし。
「それじゃ、ユアンは絶対に先に進まなければいけない状況で、かつ相手の土俵で尋問を受ける事になったら?」
「身を守る為に、最悪ですが、戦う道も想定しますので、武器は欲しいです」
「だよね。そこを確認したかったんじゃないかな? 仮にこの場をすぐに去りたい者だったら相手の条件を呑んで印象を少しでも良くしたいと思うだろうし」
命令を守る為に、こっちは一歩も引きませんよと態度で示したわけですね。
それが覚悟であり責任感という事でしょうか? 騎士って本当に面倒ですね……。
「それで、私達はどう判断されたのでしょうか?」
「それはわからないよ。場合によっては生意気だと思われたかもしれないしね」
「その場合はどうなります?」
「どっちにしても本国からの返事次第じゃないかな。国と国のやりとりになる訳だし、ギギアナがどう思った所で、何もできないだろうしね」
「そうなのですか?」
「そりゃね。エメリア様は第二皇女ではあるけど、国の重要人物である事は間違いない。その使者を勝手にどうこうしたら、それこそ戦争に発展しかねない。簡単に首が飛ぶ案件じゃないかな」
だからこそスノーさんは強気の姿勢を崩さなかったみたいですね。
「撲、冒険者で良かったです」
「私もです」
「慣れだよ慣れ。と言っても、私も慣れている訳ではないけどね」
とても慣れたいとは思いませんね。
「それで、これからはどうします?」
「ゆっくりするしかないかな」
「情報収集」
「出来るならしたいですね。国の……えっと、アルティカ共和国全体? の国がどんな感じなのか知っておくべきですね」
国の中に国があるせいで説明がややこしくなりますね。
「時間もあるし、許可さえ降りれば調べる事は出来るかもね」
「では、早速許可を貰いにいきますか?」
善は急げと言いますし、やれることはやっておくべきですよね。
「流石にあまり良くないかな。私達をどうこうするつもりはないだろうけど、いきなり好き勝手動き回るのは印象がね」
「協力的になるのを待つ」
「うん。その方が情報も早く集まると思うよ」
「それもそうですね」
スノーさんとシアさんの言う事は尤もな意見です。
僕たちを不審に思っているのに、協力してくれる人は少ないですよね。
「ユアン。慌てない、白天狐が気になるのはわかる」
「別に、慌ててるつもりはないですよ」
「ならその調子」
「無意識のうちに、って事もあるから気をつけてね」
傍から見ると慌てているように見えたのでしょうか?
確かに、白天狐様の事も、迫るルード軍も、あの封印された魔物の事が気になるのは確かです。
慌てた所ですぐにどうにか出来る問題ではないと僕も理解しているつもりです。
だけど、僕の事をいつも見てくれているシアさんがそう思ったのなら、スノーさんが言った通り無意識のうちに慌てていたのかもしれませんね。
「気をつけます」
「うん」
シアさんが僕の頭を撫でてくれます。
「そういえば、夕飯の事とか聞いていないけど、どうする?」
「お菓子食べたばかりですよね?」
「スノーさん、太りますよ?」
「う……大丈夫だし。最近は沢山歩いたしね? そうじゃなくて、みんなの食事はどうしようって話だよ」
お菓子を頻繁に食べるようになったせいか、体重や体型の話をするとスノーさんが困った顔をし、誤魔化す事が増えました。
そんな事なら控えればいいのに、それが出来ないみたいですね。
「何も言われてない。勝手にする」
「それもそうですね。森を抜け、アルティカ共和国に無事、かはわかりませんが到着出来ましたし」
「夕飯は少し豪勢にしたいですね」
「私も賛成かな」
お昼ごろに森を抜け、そのままここまで来たせいで昼食もまともにとっていませんでしたしね。
夕飯には少し早いですが、久しぶりに建物内の安全な場所でゆっくりと食事をとれます。簡素なものではなくキアラちゃんの提案どおり少し豪勢な夕飯にするのも悪くないですね。
何せ、転移魔法陣の事を考えると全員で森を離れてゆっくり食事をする事はできませんでしたからね。
「ですが、本当に勝手に食事しても大丈夫ですか?」
「平気じゃない? その辺りの話をしてこなかった不手際は向こうだし、そこを突っ込む材料にもなるよ。仮にも使者みたいなものだし」
「スノーさんあくどいです」
「スノーは腹黒い」
「それは心外なんだけど……」
僕が収納魔法を使える事は実際に見せていますし、勝手に食事をしても問題ないだろうと話し合いの結果決まりました。
食事をしている途中に兵士の方が食事の事を伝えに来て、僕たちの様子に驚いていましたが、配慮はあったみたいですね。
まぁ、驚いたのは僕たちが調理器具もないのに湯気の立ちのぼる温かい食事をとっていた事にみたいですが、僕の収納魔法が時間経過しない事は伝えていませんでしたからね。
一応、珍しいみたいなので誤魔化した方がいいのでしょうか?
ですが、今はみんなと久しぶりにゆっくりした時間を楽しむ時です!
これからどう転ぶかわかりませんが、少しゆっくりさせて貰おうと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます