第113話 補助魔法使い、新たな魔法を覚える

 「みなさん、調子はどうですか?」

 「快適」

 「魔力酔いの影響はないかな」

 「二人とも良かったですね」

 「これで安心して先に進めますね」


 僕たちは再び4人で魔の森を進んでいます。

 

 「フルールさんに呼び出されたときは何事かと思いましたけどね」


 シアさんとスノーさんが魔力酔いの影響を受けずに一緒に進んでいるのか、それを説明するには昨日の話へと遡る事になります。


 「ユアン、いらっしゃい。困ってるんだって?」

 「フルールさん、こんにちは。そうですね、ちょっと大変な事に……どうして知っているのですか?」

 「見ればわかるわよ。入れ替わりで、リンシアとスノーが戻ってくればね。もちろんその原因もね」


 どうやら、僕たちが困っている事をフルールさんにはお見通しだったようですね。


 「それで、僕を呼んだ理由は何でしょうか? シアさんはもうすぐこっちに来ますけど、スノーさんとキアラちゃんが残っているので、出来るだけ早く戻らないと危険です」

 

 スノーさんは本調子とはとても言えません。実質まともに動けるのはキアラちゃんだけです。

 キアラちゃんの召喚獣が居るとはいえ、心配なものは心配ですからね。


 「そんなに時間はとらせないわ。まぁ、そこはユアン次第だけどね」


 僕次第?

 一体、僕に何をさせようというのでしょうか。


 「戻った」

 「あ、シアさんお帰りなさい」

 「ただいま」


 僕とフルールさんがリビングで話していると、転移魔法陣を設置した倉庫からシアさんが現れました。

 見るからに重い足取りですので、心配でたまりません。本人は平気と言い張るのが余計に無理していそうで心配です。


 「重症ね……」

 「フルールさんから見てもそう思いますか」

 「トレンティアも魔力が濃い場所ではあるからね。訪れた旅行者、冒険者が魔力酔いになっているのを昔から何度も見ているわよ。まぁ、大概は注意を聞かずに湖で泳いだのが原因だけどね。それでも、それよりも酷いと思うわよ」


 トレンティアの魔力が濃いのは湖から漏れ出す魔力が原因ですからね。

 普通にしていれば、魔力酔いに陥る事はないようです。


 「それじゃ、リンシアも来たことだし、行こうか」

 「行くって、何処にですか? 出来ればシアさんは休ませてあげたいのですが」


 フルールさんがシアさんも連れていこうとするので、流石に僕はそれは止めます。

 何が目的かはまだわかりませんが、シアさんには休んで貰いたいですからね。


 「それもそうね。実際に見せた方が早いと思ったけど、リンシアにとってもユアンにとってもそっちの方がいいか」


 フルールさんは少し考え、僕の意見を尊重してくれました。


 「シアさん、少しフルールさんと出かけてきますので、しっかり休んでくださいね」

 「うん。ごめん」

 「謝らないでくださいよ。シアさんの事を頼りにしているからですよ。何よりも心配ですし」

 「わかった。出来るだけ早く治す」

 「はい、では行ってきますね」


 ベッドで休ませるためにシアさんを部屋へと連れていき、横になったシアさんの頭を撫でてあげ、僕は外で待つフルールさんの元へと向かいます。

 部屋から出る際にシアさんが寂しそうな眼をしていましたが、我慢です。

 シアさんだけではなく、キアラちゃんとスノーさんも待たせていますからね。安全の為にも少しでも早く用を済ませる必要があります。


 「お待たせしました」

 「待ってないわよ。それよりも、ちゃんと行ってきますのちゅーはしてきた?」

 「し、しませんよ! 僕とシアさんは仲は良いとは思いますが、そんな間柄では……」


 そもそも、ちゅーってキスですよね?

 女性同士でするようなことではないですよね。あ、でも友達同士で軽くするとは聞いた事はあります。

 そう考えると普通なのでしょうか?


 「ふふっ、ユアンは初心うぶなのね。てっきりとっくに済ませたかと思ったわ」

 「もぉ、からかわないでください。今は大変な時なのですからね」

 「別にからかってはいないけど……他の二人は……まぁ、それは置いといて、急いでるって事だし、向かうわよ」


 他の二人、とフルールさんがニヤリと笑うのが気になりますが、フルールさんが何処かに向かうと言うので僕はそれに続きます。

 

 「ねぇ、ユアンが一番得意な魔法は何かしら?」


 フルールさんに続き、森の中を歩いていると、突然そんな質問が投げかけられました。

 

 「えっと、防御魔法でしょうか?」


 使える魔法の中で、一番使用頻度が高い魔法ですからね。

 

 「逆に苦手な魔法は?」

 「攻撃魔法全般ですね」

 「変な魔法使いね」


 僕もそう思います。

 どうしてか、攻撃魔法となると魔力と威力が比例しないのですよね。

 普通なら魔力を込めたなら込めただけ威力はあがりそうなものですが、上手く魔力を乗せられないのですよね。


 「ちなみに、防御と攻撃、両方兼ねた魔法はどうなのかしら?」

 「試したことはありませんね」


 攻撃という事は相手にダメージを与えるって事ならば、試したことはありません。

 

 「試してみる価値はあると思うけどね……っとこの辺でいいわね」


 案内された先は特に変わった所はありません。


 「ここに何があるのですか?」

 「何もないわよ?」

 「え?」


 で、では僕は何の為にここまで……。


 「あぁ、今はね。今から呼ぶから待ちなさい」


 そう言って、フルールさんは慣れた感じで魔法陣を展開しました。


 「おいで」


 すると、目の前に一本の巨大な木が出現しました。

 突然現れた巨木に僕は思わず一歩下がってしまいました。驚くのはその魔力量にです。

 目の前にそびえる巨木が魔力を放っているのがわかります。


 「トレント、ですか?」

 「そんな感じかな」


 普通のトレントに比べると、二回り以上大きいです。背丈も胴回りも。


 「これを倒すのですか?」

 「違う違う。これは私の召喚獣よ。あ、正確には獣じゃないから召喚樹なのかしら?」


 上手い事を言ってみたいな顔をしています。

 ですが、今気づいた、というよりもいい慣れている感じが強いので僕は笑って誤魔化し、フルールさんの目的を聞くことにします。


 「それで、何をすればいいのですか?」

 「……まぁ、いいわ。まずは、防御魔法を展開してみて」

 「わかりました」


 いつも通り、防御魔法を展開します。

 張るのではなく、展開すると言われましたからね。

 個人にかける防御魔法ではなく、ドーム状の防御魔法を使います。


 「うん、いい感じね」

 「ありがとうございます」


 フルールさんが僕の魔法を褒めてくれますが。


 「でも、これは防げないわね? やれ」


 フルールさんの言葉に召喚……樹が反応し、蔦が伸びてきます。

 そして。


 「わっ!」


 一瞬で僕の防御魔法が消えてしまいました。

 壊れたのではなく、消えたのです。


 「これは……」

 「そうよ」


 あの夜の事を僕は思い出しました。

 トレンティアを守るために戦った夜の事です。


 「搾取ドレインですね……」

 「正解。いくら防御魔法で攻撃を防げても、魔法の元がなければ意味がないからね」


 あの夜、僕の防御魔法は一度破られました。

 その後は魔力勝負となり、どうにか出来ましたが、それはその攻撃が来るとわかっていたからです。

 今回も、その事が頭から抜け、油断した結果破られてしまった訳です。


 「ユアン、これを覚えなさい」

 「え? 何の為にですか?」

 「簡単よ。今、ユアン達は何に困っているのかしら?」

 「それは、魔力酔いです」

 

 魔力が体内に籠り、体調を崩す。

 ただ、それだけの事ですが、それがシアさんとスノーさんを苦しめています。


 「それじゃ、魔力酔いを治す方法は?」

 「体内から魔力を放出すれば……あ!」

 「理解したみたいね」


 そうでした。

 魔力を自分で放出すれば問題ないのですが、それが出来ないなら抜いてあげればよかったのです!


 「これを覚えれば、シアさんもスノーさんも?」

 「理論上はね。だけど、ユアンが出来るかどうかは別の話よ」

 「どうすればいいのですか?」

 

 この魔法の理論を僕は知りません。

 理論を知らない事には使いようがないのです。


 「ユアンは頭堅いのね。魔法は理論が全てじゃないわよ」

 「そうなのですか?」

 「そうよ。スノーが使えるようになった魔法は何?」

 「えっと、精霊魔法です」

 「それじゃ、スノーが魔法理論を理解していると思う?」

 「……思いません」


 決して、スノーを馬鹿にしている訳ではありませんからね!

 ただ、魔法に馴染みのない人が知っている筈がないと思っただけです。


 「実際に理解していないだろうけどね。だけど、精霊魔法を使える。では、その理由は?」

 「感覚、でしょうか?」

 「正解よ。理論は大事、だけど魔法はイメージ力があってこそ、感覚が研ぎ澄まされていてこそ、真価を発揮するのよ」


 そう言われると納得できます。

 誰に教わった訳でもなく、子供が突然魔法を使ったりする事があります。

 ただ、誰かが使ったのを見て真似して使ってしまうのです。

 まぁ、そういう子は天才と呼ばれるのですがね。


 「つまりは感覚で覚えればいいのですか?」

 「そういう事ね。ユアンには難しいかしら?」

 「そんな事ないですよ!」


 むー……僕には無理かもと言われているみたいで悔しいです!

 何としてでも覚えてみせますよ!


 「その調子で頑張りなさい。じゃ、早速いくわよ?」

 「はい、いつでもどうぞ!」

 「ふふっ、楽しみね。やりなさい」


 フルールさんがトレントに指示を送ると、ゆっくりと蔦が僕の腕へと巻き付き、チクリと痛みが走りました。

 その瞬間、全身に悪寒が走りました。


 「ん……あっ……」

 「どう、魔力を抜かれる感覚は?」

 「だいじょ、ぶ……です」


 僕の魔力がトレントへと流れていくのが何となくですがわかります。


 「ほら、逆にトレントから搾取ドレインしないと全て持っていかれるわよ?」

 「ど、どうやって……んっ!」

 「感覚でどうにかしなさい」


 無茶言わないでください!


 「ほらほら、そんな事じゃ、仲間を守れないわよ?」

 「わかって、ます」


 わかってますが、感覚でどうにかするのは難しいです。

 なら、僕は僕なりのやり方でどうにかすればいいだけです。


 「……闇、魔法です、か。……それ、に?」


 感覚でどうにか出来ないのなら、解析するまでです!


 「痛み……血?……わかりました……んにゃ!?」

 「あら、可愛いこえね」


 急にトレントの搾取ドレインが強まり、変な声が出ましたが、解析はできましたよ!


 「撲の血から吸っている訳ですね。それなら、闇魔法と水魔法の複合でどうにか……なるわ」


 仕返し。

 抜かれた分、返して貰うから。

 痛みが走るが、関係ない。

 

 「搾取ドレイン


 私の魔力を吸い上げる速度が緩まる。

 まだ、負けてるか。

 なら、もっと出力を上げるまで。

 徐々にトレントの搾取ドレインが弱まるのがわかる。

 まだまだ。

 出力をあげ、痛み強まる。

 ようやく拮抗。

 もう少し……今度は吸い上げる。

 奪われた魔力が戻る。

 

 「へぇ、やるじゃない」

 

 フルールが私に感心している。だけど、こんな物じゃ足りない。


 「抵抗してみて。出来るものなら」


 ここからは実験。

 どこまで出力を上げても平気か。

 その瞬間、大量の魔力が体に流れ始めた。

 その時。


 「離しなさい!」


 フルールさんの言葉と同時に、僕の腕から蔦が離れました。


 「やるじゃない。まさか、感覚で覚えろと言ったのに、別の方法で習得するとは思わなかったわよ」

 「僕だってやる時はやりますからね……おっと」


 あれ、視界がぐらりと揺れました。

 それに、ちょっと気持ち悪い……。


 「当り前じゃない。あれだけトレントから魔力を吸い取って……トレントを見なさい」


 俯きそうになるのを堪え、トレントを見ると、枝の先になった葉が茶色くなっています。


 「まぁ、勉強になったでしょ。魔物相手に魔力を吸えばどうなるかを」

 「はい……僕も魔物も危険、ですね」


 あれ以上吸い取っていたらどうなっていたかを考えると怖いですね。

 フルールさんが慌てた様子で止めたのは、トレントだけではなく、僕の為でもあったようです。

 ちょっと、調子に乗り過ぎてしまいました。


 「けど、習得はできましたよ」

 「そこだけは良かったわね。とりあえず、そのままじゃまともに歩けないでしょうし……奪った分は返して貰わないとね」

 「え?」

 

 フルールさんはにやりと笑いました。

 そして、僕の腕に再び蔓が巻き付きます。


 「んにゃぁぁぁ!?」


 物凄い勢いで、魔力が吸い取られます!


 「とめ、とめて」

 「この後、リンシアの魔力をユアンが抜いてあげないといけないし、少し多めに抜いていいわよ」

 

 楽しそうにフルールさんが言っています!

 鬼畜の所業です!

 その後、僕はたっぷりと魔力を抜かれました。


 「どう? 気持ちよかった?」

 「そんな訳あるわけないじゃないですか!」

 「でも、元気になったわね。それじゃ、戻るわよ……ふふっ、楽しみね」


 お陰で歩けるようになり、気持ち悪さも抜けましたが、疲れました。

 これが、僕たちがまともに魔の森で、4人揃って歩けるようになった理由ですね。

 もちろん搾取ドレインを毎回使う訳ではありませんよ? 覚えてしまえば改良できますからね。

 防御魔法に組み込み、防御魔法の内側の魔力を吸い取るようにし、防御魔法の中の魔力、この場合は魔素ですね。

 それを、薄くしている訳です。

 これで、防御魔法の内側であれば魔力酔いにならずに済む訳です。

 その後、家で休むシアさんに搾取ドレインを使用し、シアさんも元気になりました。

 その際に、シアさんが悶えていましたが、仕方ないですよね。僕も覚えるために頑張りましたし、僕よりはマシだったと思いますからね。

 フルールさんは終始、楽しそうにしていましたけど、お世話になったので感謝しか言えません。

 ようやく、僕たちは森の奥へと進む手段を手に入れたのでした。

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