第112話 弓月の刻、3人で進む

「シアさん、大丈夫ですか?」

 「平気」

 「ユアンさんこそ大丈夫ですか?」

 「僕は問題ないですよ」


 あれから、予定通り2刻経った頃、シアさんとスノーさんが交替し、森の奥へと進んでいます。


 「それにしても、厄介ですね」

 「うん……魔力酔いの影響が此処まで響くとは思いませんでした」

 「問題ない。さっきより楽」


 黒い霧を纏いながらシアさんはそう答えます。シアさんは魔力酔いの対策として、闇盾ダークシールドを展開しながら歩いています。

 少しでも魔法を使い、体内の魔力を放出している状態です。


 「ですが、いつまでもそのままという訳には行きませんよね」

 「魔力だけではなく体力も使いますよね」

 「体力は自信ある」


 魔法を使うのに必要なのは魔力だけではありません。スノーさんの精霊魔法ほどではありませんが、体力を多少は使います。

 魔法を維持するために、体内の魔力を常にコントロールしなければいけないので、精神力、集中力がどうしても必要となります。

 しかも、移動しているのは森の中。

 見通しの悪い視界、安定しない足元、いつ接近してくるかわからない魔物。

 その全てに気を張る必要がありますので、体力は自然と消耗します。


 「ユアンさん、今日は何処まで進みますか?」

 「そうですね。出来ればテントを張れる場所を探したいですね」


 その為にはある程度開けた場所を探す必要があります。

 夜行性の魔物が居る事を考えた時、テントを張って、なおかつある程度戦えるスペースを確保できないと防御魔法があっても戦うのは大変です。


 「都合よくあるのかな?」

 「わかりません。最悪は僕だけ魔の森へと残り、転移魔法陣を守りますよ」

 「だめ」

 「最悪の場合ですよ。その前に良い場所を見つけれれば問題ありません」


 問題だらけですけどね。

 今の所、魔力酔いの対策を立てられていませんので、休むためにテントを張った所で、スノーさんとシアさんは魔の森で休めないですからね。


 「まずは、先に進みそれから考えましょう」

 「わかった」

 「わかりました」


 しかし、都合よくそんな場所は見つからず、僕たちは森の中を進む事になります。

 しかも、森の奥へ進むにつれ、魔物の気配も増えてきています。


 「止まってください」

 「魔物」

 「ど、どこですか?」


 背の高い草に身を隠し、僕たちは魔物の様子を伺います。


 「わかりません。しかし、探知魔法に反応はあります」


 探知魔法で魔物を捉えているので、魔物が何処かにいるのはわかります。

 ですが、此処は森の中、僕たちが身を隠しているように、魔物も姿を隠す場所は沢山あります。

 

 「シアさん、向こうの方ですが、何かわかりますか?」

 「わからない」

 「キアラちゃんは?」

 「わからないです……」


 僕たちに気付いているのか、そうでないのかわかりません。

 

 「何処に居るのかわかれば対策は出来るのですが……」


 探知魔法は居る事はわかっても、正確な場所まではわかりません。

 距離はわかります。ですが、それが木の上なのか、草の中なのか、それとも地面なのか……高低差までは把握できないのが痛いところです。


 「気にする事ない。このまま進む」

 「そうですね……スノーさんは居ないけど、きっと戦えます」

 「わかりました……いえ、魔物が動きましたよ!」


 僕たちが先へ進もうとすると同時、魔物がゆっくりとですが動き始めました。


 「見えた」

 「どこです?」

 「あそこ」

 「ど、どれです!?」


 僕とキアラちゃんには見えませんが、シアさんがその姿を捉えたようです。


 「あれ、欲しい」

 「欲しいって……何をです?」

 「美味しい奴」

 「魔物なのに?」

 「うん。鶏肉みたいな味がする」

 「鳥系の魔物ですか?」

 「違う」


 違うみたいです。

 まぁ、鳥系の魔物でしたら、あんなにゆっくり動きませんよね。


 「一体、何の魔物です?」

 「見ればわかる」


 そう言って、シアさんは草むらから身を乗り出し、歩き始めます。


 「シアさん、一人じゃ危ないですよ!」

 「大丈夫、何度か倒した事ある」

 

 だからこそ心配です。

 高ランクの冒険者でも油断すると、ゴブリンに負ける可能性はゼロではありません。


 「あ、僕にも見えました」

 「ひぃ……」


 僕とキアラちゃんもようやく魔物を発見する事が出来ました。

 僕は平気ですが、どうやらキアラちゃんは苦手なようです。その証拠に震える手で僕の服を掴んでいます。


 「キアラちゃんは蛇が苦手なんですね」

 「はい、私の住んでいた村の近くにも蛇系の魔物が居て、たまに家畜を襲われましたから」


 その時に家畜を丸呑みする姿を見てしまったみたいです。

 蛇の胴体が豚の形に膨れ上がり、その光景が衝撃的だったみたいです。

 誰でも、トラウマはあるようですね。


 「シアさん、気をつけてー……」

 「終わった」


 僕がシアさんに注意を促そうと声を掛けたましたが、すでに終わっていました。

 僕とキアラちゃんが会話している間に倒したようです。


 「大きいですね」

 「ユアン。今日の夕飯」

 「毒はありますか?」

 「このタイプはない。これは森蛇フォレストスネーク


 蛇系の魔物には毒を持つタイプと持たないタイプがいるので戦う際には注意が必要です。

 このタイプはゆっくりと近づき、太い胴体で獲物を締め付け、窒息させてからゆっくりと飲み込むタイプですね。

 ですが、動き自体はゆっくりで、さほど脅威ではありません。

 魔物の分類ではありますが、ウォーターバードと同じで、魔力を持っているだけの動物に分類されるタイプですね。

 蛇は蛇でもスネークと呼ばれるのは大体そのタイプで、ボアやバイパーなどつく蛇型の魔物が脅威度の高い魔物だと言われていた記憶があります。 

 例をあげれば、黒蛇ブラックバイパーと呼ばれる蛇はBランクに指定される猛毒を持った、全長10メートル近くある魔物です。僕は見た事はありませんけどね。


 「ユアンさん、早くしまってください!」

 「血抜きがまだですよ?」

 「後でお願いします!」

 「わかりました。シアさん、今日は我慢してください。落ち着いたら捌きましょうね」

 「……わかった」


 キアラちゃんが苦手なので仕方ありません。

 尤も、僕は蛇の捌き方を知らないので、調理しようがありませんしね。

 そもそも、蛇なんて食べた事はありませんし。


 「シアさんは食べた事があるのですか?」

 「ある。鶏肉みたい。美味しい」

 「よく食べようと思いますね」

 「食べようと思えば食べれる魔物は沢山居る。そう教わった」

 

 僕が知っている限り、魚系の魔物は大概食べれます。他にはオークも有名ですね。

 ゴブリンも干し肉にすれば食べれますけどね!そう考えれば干し肉にすれば大概いけそうな気がします。

 僕の技術が必要ですけどね!


 「ユアンさんが考えている事は何となくわかりますが、私は普通のものが食べたいです」

 「非常食は大事ですよ?」


 そんな訳で非常食を手に入れた僕たちは再び先へと進む事になります。


 「シアさん、きつそうですね」

 「平気」

 「そろそろスノーさんと交代の時間です。私はまだ平気なのでもう一度シアさんが休んでください」

 「だめ」


 困りました。

 2刻ずつ回す予定でしたが、魔力酔いの進行が思ったよりも速いです。

 このペースですと、とてもキアラちゃんが休むタイミングは回ってきそうにありません。

 やはり、別の方法を考える必要がありそうです。


 「主様、ご報告がございます」

 「わっ!」


 びっくりしました!

 突然、キアラちゃんの足元から鳥の頭が飛び出しました!


 「キティさん、驚かせないでくださいよ」

 「申し訳ございません、ユアン様」

 「ごめんなさい。私がキティにスノーさんの様子を見てもらうように頼んだの」

 「いえ、怒ってるわけではないので大丈夫ですよ。少し驚いただけですからね」


 どうやら、キティさんに頼んでスノーさんの様子を見ていて貰ったみたいです。

 キアラちゃんが召喚しなくても、ラディくんもキティさんも自由に来れるみたいなので便利ですね。


 「それで、スノーさんは?」

 「はい、お目覚めになられました」

 「ありがとう」

 「いえ、主様の為とあらばこの程度。そして、ご報告ですが」


 報告はスノーさんだけの事だけではないみたいですね。


 「フルール様がユアン様をお呼びです」

 「僕をですか?」

 

 トレンティアで何かあったのでしょうか?

 

 「心配なさらずとも、トレンティアは平和そのものでございます」

 「それは良かったです」


 では、一体何の用事でしょう?


 「私はそこまで聞いておりません。お役に立てず申し訳ございません」

 「いえ、助かります」


 ですが、困りました。

 今いる場所は安全とは言えません。転移魔法陣を設置しても、魔物に壊される可能性があります。

 そうなると折角ここまで進んだのに、龍人族の街から再スタートする事になります。

 転移魔法陣を見つけられ、わざわざ魔物がそれを破壊する可能性は低いとは思いますけどね。

 

 「ユアンさん、スノーさんが戻ったら、私とスノーさんがここを守りますので、行ってきても大丈夫ですよ」

 「それは危険ですよ」

 「大丈夫。守りにラディとキティも呼べば、数だけは揃えられます」

 「お任せください」

 「僕もなの?」


 気づいたらラディくんも居ました。キティさんも全身を露わにし、その背中に乗っています。

 

 「ラディ、お願い」

 「うん。別にいいけど。配下を呼んでもいい?」

 「では、私も配下をお呼びしましょう」


 そう言って、ラディくんは魔鼠を、キティさんはウォーターバードを召喚します。

 魔鼠が30匹、ウォーターバードが10匹くらい召喚されました。

 一気に魔物の密度があがりました。

 逆に目立って、魔物に目をつけられなければいいのですが……。


 「大丈夫。魔物が近づいたら、魔鼠を使って引き離すようにする」

 「主様達の安全を約束致します」

 「わかりました。防御魔法が切れる前には戻るようにしますね」


 不安は残ります。

 出来る事なら、ラディくんの配下もキティさんの配下も無事に居て欲しいと思います。


 「シアさん、スノーさんが戻ったらシアさんが入れ替わりで来てください。僕は先に行きます」

 「わかった」

 「キアラちゃんも危なくなったら守るのを諦めて、逃げて来てくださいね。生きていればまた挑めますから」

 「はい、任せてください」

 「では、ちょっと行ってきますね」


 この場にいる全員に防御魔法をかけ、僕は一度トレンティアの家へと戻ります。

 一体、フルールさんは何の用があって僕を呼んだのでしょうか?

 変な用件でなければいいのですけど。

 その後、スノーさんに事情を説明し、キアラちゃんの元へと送り出しました。

 そして、シアさんが入れ替わりで戻った頃、フルールさんが僕の元へと訪れたのでした。

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