第111話 弓月の刻、問題に直面する
僕たちは逃げます。
「ユアン、後ろどう?」
「来てます! 追って来ていますよ!」
僕はシアさんの目となるべく、探知魔法で状況を逐一説明し、シアさんを手助けします。
「スノーさん! もっと自分の足で歩いてください!」
「うん。歩いてるよ」
「違います、歩かないで走ってください!」
「どっちなの?」
スノーさんは未だに混乱したままのようで、キアラちゃんに手を引かれたままです。
「ユアン、どう?」
「あまり引き離せていません!」
探知魔法から読み取れる情報は、小さな点が集まり、一つの集団として僕たちを追いかけてきている事がわかります。
森蜘蛛の子供なので脅威度は低いのですが、気持ち悪くて、何よりも怖いので相手をしたくないだけです。
だって、30センチほどの子蜘蛛が100匹ほどですよ? 誰でも怖いと思います。
そう考えると、脅威度は低いと言いましたが、下手すれば森蜘蛛の親を相手にするよりも危険ですね!
「ゆ、ユアンさん! 何か餌になりそうなものはないのですか!?」
「餌ですね!」
名案です!
魔物の気持ちはわかりませんが、子蜘蛛が僕たちを追いかけてきているのは、親の仇ではなく、目の前の餌に釣られての可能性の方が高いです!
僕はオークの肉を取り出し、後方に投げる事に決めました。
「ユアンさん、ゴブリンの干し肉の方が安上がりですよ!」
「確かに……ですが、あのお肉は偉大ですから、そんな事に使えません!」
「その通り」
ゴブリンの干し肉様は僕の旅を支えてきてくれた
それに、シアさんのお気に入りでもあります!
「うぅ……もぅ、どちらでもいいので、お願いします! スノーさんが重くて引っ張るの大変です!」
「別に重くないし!」
「なら、自分で走ってください!」
キアラちゃんの身体能力は身軽ではありますが、力はあまりありません。
それを無理して、スノーさんの手を引き、走っているのですから負担は大きそうです。
「それじゃ、投げますので注意を引いている間に、逃げましょう!」
僕はオーク肉の塊を子蜘蛛の集団の中に投げ込みます!
もちろん、見る事は出来ませんので、探知魔法頼りですけどね!
「どう?」
「何匹かは釣れましたが、まだ追って来ています!」
何匹か集団の中から離脱したのがわかりますが、まだ未だに大きな集団が僕たちを追ってきています。
「このペースじゃオーク肉が先になくなりそうですね」
ゴブリンの干し肉様はキアラちゃんとスノーさんには不評でしたので、基本的に食事の際はオーク肉を使用しています。
二人の食事を考えると、全てを子蜘蛛に与える訳にはいきません。
「ユアンさんもっと細かく投げれませんか!?」
「この状況では加工が出来ないので無理です!」
予め、加工しておけば良かったですね。
毎回、食事に使う分だけ塊から削ぎ落しているのが仇となりました。
「そうなると、干し肉様を使うしかないですね……」
「残念」
背に腹は代えられません。
キアラちゃんも息が上がってきていますし、追い付かれるのは時間の問題です!
「干し肉様…ごめんなさい!」
全てを使う訳ではありませんが、それなりの消費する羽目になりそうなのを覚悟し、干し肉を子蜘蛛の集団に投げ込みます。
手のひらサイズの干し肉を宙に放ります。この大きさですと釣れるのは1つにつき1匹程度でしょう。
「どう?」
「1匹離れていきますので、成功みたいです!」
ゴブリンの干し肉様の価値は子蜘蛛にもわかるようですね。ちょっと、嬉しい……いや、やっぱり嬉しくないです。
子蜘蛛と価値観を共有したくありませんし。
「ユアンさん、どんどんお願いします!」
「わかりました」
ただ真後ろに放るのではなく、集団をばらけさせるようにポンポンと森のあちこちに干し肉様を投げ込みます。
「少しずつ、集団が小さくなってきました!」
干し肉を使っただけ、探知魔法の点がばらけていくのがわかります。
「ユアン、私も」
「この状況でですか!?」
「うん。美味しそうな匂い。齧りたい」
「わかりました」
僕を抱え、走っているのにも大丈夫でしょうか?
シアさんが大丈夫と言うのなら、止めはしませんが……。
僕はシアさんの口元に、ゴブリンの干し肉様を差し出します。
ぱくっ。
シアさんがそれを咥えました。
「かたい」
「お湯でふやかして食べる用ですからね」
「れも、いい味」
そのまま食べるのはかなり堅いですが、シアさんはそれも楽しんでいるようです。
「ユアンさん……そろそろ……」
「あ、すみません!」
キアラちゃんの息が上がっています。
「数も少なくなってきましたし、もうちょっとですよ!」
100匹ほどいた子蜘蛛も気づけば10匹ほどにまで減っています。
もちろん、探知魔法で探った結果です。
絶対に見ませんよ?
「これで、終わりです!」
「なんかかっこいい」
「やってる事は情けないですよ」
「それは、言わないでください!」
実際に子蜘蛛から逃げ、餌を投げているだけですからね。戦いですらありません。
「ようやく、落ち着けます……」
「油断はできませんよ」
「うん」
子蜘蛛の追跡を振り切り、辺りに魔物の気配がないところまでようやく来れました。
「また森蜘蛛に出会ったらどうします?」
「平気。こっちには来ない」
「どうしてですか?」
「所詮はCランク。この先に出る魔物の方が強い。わざわざ危険侵さない」
魔物同士で争う事はありますが、基本的には避ける傾向にあるようですね。
弱い魔物が森の外側で暮らすのにもそれが理由のようです。
強い魔物に追い出されているという事ですね。
「という事は、この辺は危険ですかね?」
「普通なら。私達なら平気」
「Aランク級の化物クラスが出たらわからないけどね」
魔の森にAランククラスの魔物は生息していないとスノーさんは言っています。
というか、ようやくスノーさんも落ち着いたようですね。
「まだお昼ですが、どうしますか?」
「このまま進む」
「できれば、ちゃんと野営できる場所か、転移魔法陣を安全に設置できる場所を探したいね」
「そうですね。出来れば野営ですね」
転移魔法陣を設置したはいいものの、それが壊されてしまったら、また龍人族の街からスタートですからね。
そういう訳で昼食を軽く取り、森の探索の再開です。
「封印された魔物の痕跡を探しつつ、野営が出来る場所を探すという事でいいですね?」
「うん」
「それが一番かな」
「丁度いい場所があるのでしょうか?」
そればかりはわかりませんね。
「どう進む?」
「そうですね、とりあえずは魔力の濃い方を目指してみようと思います」
「危険じゃない?」
「そうですけど、魔の森に居る事自体が危険ですので、どこに居ても同じだと思いますよ」
「それもそうですね」
それに、意外な事に魔物の数はそれほど多くないのですよね。危険かどうかは進んでみない事にはわからない状況です。
そういう時期なのでしょうか?
「むしろ活発な時期」
「そうですよね」
「餌を求めて遠出しているとかかな?」
「別の理由があるかもしれないです」
魔物の生態はわからない事がまだ多いので、僕たちは予想くらいしか出来ませんし、考えるだけ無駄という結論に至り、僕たちは森の、魔力の濃い方へと進む事になりました。
「キアラちゃん、大丈夫ですか?」
「うん。ユアンさんは?」
「僕も平気です。相変わらず慣れませんけどね」
ねっとりと纏わりつくような魔力が辺りに漂っています。
「私、ちょっと気持ち悪いかも」
「大丈夫ですか」
「平気、何か二日酔いみたいな感じだし。多少は慣れてるからね」
二日酔いに慣れとかないと思いますけどね。
「魔力酔い、だと思います」
「あぁ……これがそうなんだ」
高濃度の魔力が籠る場所に長時間いるとなる現象ですね。
「スノーさん、トレンティアでは大丈夫でしたよね?」
「うん、問題なかったよ。あそこも濃かったの?」
「はい、ここまでではないですけどね」
さほど違いはないとは思いますが、僅かな違いでスノーさんはやられているようですね。
「スノーさんが辛いのなら、ルートを変更した方が良さそうですね」
「そうですね」
無理する必要はないですからね。封印された魔物を探しているのは、その魔物の情報を得て、僕たちに協力を要請した白天狐様の手助けの為です。
ですが、魔物の情報はなくとも、手助けは出来ると思います。僕たちはやれることをやるだけですので。
勿論、情報を得て、事前に準備が出来るに越したことはありませんけど。
「私を気遣っているのなら心配はいらないよ」
「スノーさんが魔法を使えればよかったのですがね……」
魔力酔いの原因は体内に魔力が溜まり過ぎるのが原因だと言われています。
なので、僕やキアラちゃんのように魔法を使えれば解消するのは簡単です。
ですが、スノーさんが使えるのは覚えたての精霊魔法のみ。しかも、魔力を消費するのではなく、体力を消耗するので効果は望めません。
「逆にシアはなんで平気なの?」
「そういえばそうですね」
シアさんも魔法はあまり得意としていません。一応、
「シアさんは平気ですか?」
シアさんは僕をみて、微笑みながら頷きます。
おかしいです。
二人はそれに気付いていないようですが、僕にはわかりました。
シアさんは僕が話しかければ、言葉数は少ないですが返事は返してくれますので。
「少し止まりましょう」
「どうしたのですか?」
「シアさんも調子悪いみたいです」
「……へいき」
そう言って、シアさんは再び歩きだそうとしますがそうはいきません。
「シアさん、無理して強い魔物が出たら困ります。ついこの間も無理したばかりですよね?」
「がんばる」
「頑張った結果がこの間ですよ!」
トレンティアで起きた襲撃でシアさんは大怪我を負いました。僕が間に合ったから良かったものの、あんな思いはもう嫌です。
「シア、私も休みたいし、少し止まろう」
「そうですね、私もスノーさんを引っ張ってたので疲れました」
「みんなもこう言ってます」
「……わかった」
シアさんが木に寄りかかりました。
少し無理をしていたのか、細かく呼吸を繰り返しています。
「ユアンさん」
「はい?」
「暫く3人で行動するのはどうですか?」
「置いて行けませんよ」
一人を置いて探索するのは危険ですからね。
それをするくらいなら魔物の痕跡を諦め、森を抜ける事だけを考えます。
「いえ、違います。ユアンさんの転移魔法陣でスノーさんとシアさんは順番にトレンティアで休んで貰うのはどうかなって……ユアンさんは大変だと思うけど」
「その方法がありましたね!」
そうでした、常に4人で行動しなければいけないというルールはありません。
4人の方が心強いのは間違いありませんが、3人でも探索くらいなら出来ます。
「私とスノーだけ休む訳にはいかない」
「そうだね。みんなに任せて休むのは無理かな」
「なら、キアラちゃんも含め、3人で順番に休むのならいいですよね?」
キアラちゃんは魔力酔いはなくても森の中を歩くのですから、体力は消耗します。
「ユアンが休めない」
「僕は平気です。元々、魔物の痕跡を探す事になったのは僕が原因でもありますからね」
白天狐様に手助けを求められたのは僕です。本当なら僕に付き合う必要はないのにも関わらず、みんなが協力してくれている状態です。
「私は好きで一緒にいる」
「私もだよ。仲間だしね」
「これは弓月の刻、みんなの意志での行動です」
「ありがとうございます。だからこそ、先に進む為の処置だと思ってください。でなければ先には進めませんからね」
この一言が決めてとなり、渋々ですが、納得して貰いました。
「では、まずはシアさんから休んでください。トレンティアの家に時計がありますので、2刻ほど経ったらスノーさんと交代です」
「わかった。何かあったら呼ぶ」
「その時はお願いします」
転移魔法陣をトレンティアの家に繋げ、シアさんを送り出します。
「スノーさん、まだいけますか? 無理ならこの場所を拠点にキアラちゃんと待機していますけど」
「平気だよ。そこまで辛くないし」
「無理はしないでくださいね?」
魔力の濃い場所がここまで影響するとは思いませんでした。
何か、別のいい方法がないかと考えつつ、僕たちはより魔力の濃い方へと向かっていくのでした。
何となくですが、そこに何かがあるような予感を信じて。
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