第107話 弓月の刻、ガロさんの話を聞く2

 「あー食った食ったやっぱり食事はいいな!」

 「すごい食欲ですね……」

 「そうだな。食事自体するのがどれくらいぶりの事かわからないからな」


 僕たちの食事、3食分は食べましたね。

 僕の、ではなく僕たち、のです。


 「それで、そろそろお話をまた伺ってもよろしいですか?」

 「いいぞ。そうだな、此の場所の事だったかな? いや、私の事……だったか?」


 わざとなのか、単にボケているのかわかりませんが、夜も遅くなってきましたし、付き合っている時間はありませんよ。


 「エイプを使って、僕たちを呼んだ理由ですよ」

 「おぉ、そうだったな」


 思い出した、と言わんばかりにガロさんは手を叩きます。


 「そうだな、まずは続きから話そうか。黒天狐よ、この場所に来て、不思議に感じた事はなんだ?」

 「不思議に……」


 色々ありすぎて、不思議に思った事ばかりなので直ぐには思いつきません。


 「それじゃ、質問を変えよう。この場所で使える魔法、使えない魔法はなかったか?」

 「ありました」


 防御魔法は使えても、探知魔法は使えなかったですね。


 「では、その理由がわかるか?」

 「うーん……妨害される何かがある、でしょうか」

 「半分当たりだが、それでは足りん。そして、その足りない部分は単純に黒天狐の魔法の熟練度が追い付いていないからだ」

 「熟練度が、ですか」

 「そうだ。この場所には魔法を妨害する古代道具アーティストが存在している。しかし、その効果を上回る熟練度があれば、妨害をものともせず、魔法を使う事が出来る訳だ」


 つまりは、妨害される中で防御魔法が使えるのは、熟練度が妨害の古代道具アーティストの効果を上回っていて、探知魔法が使えないのは、古代道具アーティストの効果よりも劣っているからのようです。


 「だからと言って、落ち込む必要はないけどな。逆に言えば、黒天狐の防御魔法は一級品と呼べるのだからな。龍人族が創った古代道具アーティストを上回れる者はそうはいないぞ?」


 それはちょっと自信になりますね!

 防御魔法を含め、補助魔法は僕の生命線ですからね。探知魔法も補助魔法ですけどね……。使用頻度も拘りも防御魔法よりも劣っている自覚はありますので、仕方ないですけどね。


 「それで、それに何の意味があるのでしょうか?」

 「試したのさ。黒天狐が私の話を聞くに値するかどうかをな」

 「僕を試す?」

 「そうだ。といっても、私は黒天狐にその器があれば、話すように頼まれたに過ぎないがな」


 どうやら、僕宛に伝言があり、それを伝える為に僕たちをいざない、試したようです。


 「それで、その結果は?」

 「合格でいいだろう。さっきも言ったが、防御魔法だけは一級品とよべるだろうからな。他はまだまだかもしれないがな」

 

 ギリギリ合格と言った所でしょうか?

 

 「ユアンには他の魔法もある」

 「そうだろうな。だが、合格は合格だし、確認する必要はないだろう? 大事なのは、聞くに値する何かを持っているからだからな」


 付与魔法や回復魔法もある事をシアさんは言いたいようですが、僕は合格を頂けたので十分です。


 「シアさん、ありがとうございます」

 「……ユアンはすごいのに」


 しょぼんと耳が垂れています。シアさんは悔しいみたいですね。

 

 「だから、黒天狐の事を私は認めたと言っておろうが、そんな事では黒天狐を嫁に引き取れぬぞ? 黒天狐は主であるかもしれないが、お主が引っ張らなくてどうする?」

 「確かに。……わかった!」


 いえ、嫁とかは関係ありませんからね?

 ガロさんが変な事を言うと直ぐに話が脱線するので困ります。


 「コンッ!」

 「なんだ、狐の鳴きまねか?」

 「違いますよ!」


 話を戻そうとわざとらしく咳払いをしてもこれですからね!

 本当に大変なのですよ?


 「すまぬすまぬ。冗談はさておき、まぁ、黒天狐が私の話を聞くに値するとわかった訳だ。そこで、私に伝言を頼んだ相手が誰なのかが次の焦点になるのだが、誰かわかるか?」

 「僕が知っている相手ですか?」

 「会ったことはないだろうが、知ってはいるだろうな」


 僕が知っている相手で、会った事のない人となるとかなり限定されそうですね。

 僕は思い当たる限り、該当しそうな人を思い浮かべます。


 「……該当する人がいませんでした」

 「だろうな」


 そもそも、僕に知り合いは少ないですし、会った事のない知り合いとなると全くいません。

 

 「別に知り合いじゃなくてもいいんだけどな。名前だけは聞いた事ある、とかな」

 「それなら、多少はいるかもしれませんね」


 その条件で更に考えようとするのですが。


 「そもそも名前じゃないとかでもな。もっと言えば、自分の種族に関わる相手とかでもな!」

 「そこまで言ったらほぼ答えじゃないですか!」


 どんどんとヒント、どころか核心をつく事を言ってくるのです。

 教えたいのか、考えさせたいのか、ガロさんの考えが全くわかりません!


 「すまんすまん。これは学者の頃の癖でな。教え子に答えを言いたいのに言えない。言えないのなら、せめてヒントを出したくなってしまうのだよ」

 「別に僕は学者ではありませんし、教え子でもないので、普通に、簡潔に教えてくれれば構いませんよ」

 「そうか……つまらないな。だが、黒天狐がそれを望むなら教えてやろう。伝言は白天狐からだよ」


 白天狐様!?

 ガロさんはさらっと言った答えがとんでもない人でした!


 「そ、それで……白天狐様はなんと?」

 「焦るな焦るな。情報は纏めておけ」

 「わ、わかりました」


 思わず、身を乗り出し、ソファーから立ち上がってしまい、ガロさんに手で座れと制されしまいました。

 

 「私は白天狐に、黒天狐の器が……魔法の腕がある水準に達しているのならば、伝言を頼むと言われていた。ここまでは良いか?」

 「はい、大丈夫です」

 「なら、続けるぞ。白天狐からの伝言だが、、この地には龍人族が封印したと言われる魔物が封印されいる。そして、その封印はもうすぐ解け、この地に災いが訪れる。その時に手を貸して欲しい……との事だ」


 封印された魔物?

 

 「それは、危険な魔物なのでしょうか?」

 「それは知らん。私はあくまで白天狐に伝言をお願いされただけだからな」

 「ですが、ガロさんは管理者なのですよね? ある程度の事はわからないのですか?」

 「わからぬよ。私が知れるのは精々、この街の事と、周辺の森の事情位だからな」


 話を聞いた限り、ガロさんはこの場所から簡単には離れられないようです。

 まぁ、ガロさんはダンジョンの核のような存在と言っていましたし、当然と言えば当然です。


 「エイプに色々と情報を集めさせてはいるが、奥に進むにつれて魔物は強力になっている。もっと強い魔物を操れば奥まで調べる事は容易いが、そこまでする必要が私にはないからな」

 「そうですか。ですが、魔物の事がわからない限り、伝言を受けましたが、何もできませんよ?」


 魔物の特徴が少しでもわかれば対処する手段を予め用意する事が可能かもしれませんが、白天狐様に協力を依頼されるほどの魔物となると、何が出来るかわかりません。


 「そこは黒天狐達次第だ。私は伝えるの頼まれただけだからな!」

 「そこは曲げないのですね」

 「当り前だ。私も暇ではないからな」


 そう言って、食後のお菓子を食べるガロさんはどう見ても暇人そのものですけどね。


 「封印された魔物ですか……少しでも情報はないのですか?」

 「わからないな。だが、確認する事は可能だぞ」

 「え?」


 封印された魔物を確認できる?


 「そうだ。この森の何処かに封印された魔物の一部が眠っている。その一部を発見する事が出来れば、その魔物が何なのかわかるかもしれないな」

 「こ、この広い森の中をですか……」


 3カ国に接している事からわかりますが、この、魔の森はとても広いです。その中で封印された魔物の一部を探すのはとても大変な事だと思います。


 「そうだろうな。だが、ユアンには探知魔法があり、そこのエルフも召喚獣で手伝いくらいはできるだろう。思ったほど難しくはないと思うのだが?」

「どうでしょうね……」


 僕の探知魔法の熟練度は高くないと、証明されてしまいましたし、キアラちゃんの召喚獣……ラディくんやキティさんですと、危険がかなり伴ってしまいますからね。

 強力な魔物が結構いるみたいですから。


 「とまぁ、これが私が黒天狐達を呼んだ理由だ。決して、美味しいものを食べたかった訳ではないからな? 勘違いするなよ?」

 「では、もうお菓子はいらないですね?」

 「それと、これとは別だ!」


 僕がお菓子を没収しようとすると、ガロさんがお菓子を持って、一瞬で離れた場所へと移動します。


 「必死すぎ」

 「ちょっと可哀想に見えてくるね」

 「そうですね」


 3人が憐みの目でガロさんを見ています。

 

 「違う。これは、情報料だ。そして、伝言の手数料だ。対等な報酬だ!」

 

 そこまで、言わなくても冗談のつもりだったのですけどね。

 ですが、情報の対価がお菓子でいいのならば、もっと聞けることがありそうですね。


 「では、他に情報があるのなら、追加の分もありますけど、どうしますか?」

 「追加だと? くれ!」

 「情報が先ですよ」

 「ぐぬぬ……情報はない! だが、一つ、忠告はできる。それでどうだ?」

 

 忠告ですか。

 僕は仲間3人と目を合わせ、どうするか意見を聞きます。


 「聞いておいて間違いはない」

 「私もそう思うよ、こんなだけど」

 「私もです。大事な話も聞けましたし、聞けることは聞いておくべきだと思います」


 3人とも忠告を聞くべきと考えたようですね。スノーさんだけ、少し辛辣ですけどね。

 元、かもしれませんが竜人族相手にこんなとか言っているくらいです。


 「わかりました。聞かせて頂けますか?」


 僕はテーブルの上に追加のお菓子を置きます。

 スノーさんがそれを見て歯ぎしりしているのがわかりますが、必要な経費なので諦めてもらいます。

 お菓子はまだありますし、転移でトレンティアに戻り補充はできますしね。


 「いいだろう。どちらにしても伝えようと思っていた事だしな……もし、魔物の一部を見つけても決して触れるな。そして、それを誰にも伝えるな」

 「どうして、触ってはいけないのですか?」

 「封印が弱っているからだ。いつ、封印が解けるかは私にもわからない。黒天狐が触れた瞬間の可能性もゼロではない、きっかけとはそういうものだからな」


 そんな状態になっているのですね。


 「では、何故、誰にも伝えてはいけないのです?」

 「これも封印が弱っているからだ。封印されているとはいえ、魔物は魔物だ。人間と魔物は本来敵対する者。そこに大勢の人が来たら、討伐しに来たと勘違いするだろう。その拍子に封印を強引に解こうとする可能性がある」


 誰かに伝えた結果、強力な魔物を封印されている間に倒してしまおうと考える可能性があるという事ですね。

 魔の森を進むのは危険ですし、目的は強力な魔物……それなりの戦力を整える必要があります。

 

 「…………まずい」


 震える声がスノーさんの声が僕に届きました。


 「スノーさん、どうしたのですか?」

 「かなり、マズい事になった」


 スノーさんの顔が青ざめています。

 

 「何がですか?」

 「何がって……封印が解ける……」

 「え?」


 封印が解ける?

 スノーさんは確かにそう言いました。

 でも、どうしてスノーさんがわかるのでしょうか?

 

 「戦争。ルード軍、迫ってくる」

 「あ……」


 シアさんの答えを聞いて、僕はスノーさんが青ざめた意味がようやくわかりました。


 「ルード軍が国境に近づき、魔物が勘違いする可能性があるという事ですね……ガロさん、どう思いますか?」

 「十分にありえるだろうな」


 まずい、まずいですよ!


 「えっと、ルード軍が国境に到着するのに、どれくらいかかりますか?」

 「大軍の移動を考えれば、3ヶ月……いや、4か月くらいだと思う」

 「まだ時間は十分ありますね」

 「全然だろう。3ヶ月なんて一瞬だぞ?」


 それは、ガロさんが永い間この場所にいて感覚が狂っているだけです!

 いえ、白天狐様が僕に手伝いを依頼するくらいの相手と考えると、3ヶ月は短いのは確かかもしれません。

 そもそも、僕たちがこの事を知って、どう動くのかが正解かわかりませんので、何とも言えません!


 「ユアン。落ち着く」

 「そ、そうですね。今、慌てた所で何も解決しませんよね」

 「そうだな。まずは、自分たちが何をするかをしっかり決める事が大事だぞ。気持ちを整理し、行動を整える事だ」


 整理整頓ですね!

 とても大事です。


 「では、まずはこの部屋の片づけからしましょう!」

 「えっと、ユアンどうしたの?」

 「整理整頓です!」

 「うん。大事」

 「シアさん、そうじゃありませんよ、ユアンさんが完全に混乱しています!」

 「混乱していませんよ! 部屋を整える事により、心も整理できる筈ですからね!」

 「うん。その通り」

 「では、皆さんやりますよ!」

 「おー」


 何故か、僕はスノーさんとキアラちゃんに心配されましたが、変な事は言っていないですよね?


 「こらッ! それは触るな! あぁ……それはもっと丁寧に……やめろ、その配置は私が今調べている最中のーーーーー」


 ガロさんが慌てています。

 きっと、ガロさんもルード軍が迫って焦っているのですね。これは一刻も早く整理整頓しなければならないようです!

 

 「どうしてこんな事に……」

 「ユアンさんが落ち着くには私達も頑張らないといけないですよ」

 「ほら、喋ってないで片付けですよ?」

 

 動かすのは口ではなくて、手ですからね。

 

 「あぁ……どうしてこんな事に」


 ガロさんが悲痛な顔していますが、その気持ちはわかります。

 これから起きそうな事を考えれば仕方ないと思いますからね。

 こうして僕たちの整理整頓は朝まで続くのでした。

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