第106話 弓月の刻、ガロさんの話を聞く

 「さて、何から話したものか」


 お菓子をポリポリと食べながら、ガロさんが悩んでいます。


 「えっと、順を追って話して頂けると助かります」

 「順か、私から見てなのか、黒天狐から見てなのか、それで話は変わってくると思うぞ」


 ポリポリっとお菓子を食べながらガロさんはそう言います。

 確かに、それもそうですね。


 「では、まずは僕たちを案内したエイプの事からお聞きしてもいいですか?」

 「構わないが、それを話すには他の事を話した方がわかりやすいが、それでも良いか?」


 お菓子を食べながら、ガロさんが……。


 「ってどれだけ食べるの! それ、私の何だけど」

 

 お菓子をポリポリ食べ続けるガロさんを見て、スノーさんが少し大きな声を上げました。

 ですが、これはみんなのお菓子ですよ?

 決して、スノーさんだけのお菓子ではありません。

 それに、このお菓子はガロさんから話を聞く事になり、お菓子があった方が場が和むと思い僕が収納から出したお菓子ですので、ガロさんが食べても何ら問題はありません。

 そもそもお菓子を買った代金はパーティー資金から出していますしね。

 まぁ、一番お菓子を食べるのはスノーさんですので、そう思ってしまっているのかもしれませんけどね。

 

 「すまないな、つい美味くて。こんな生活をしていると、こんな物を食べる機会はなくてな……それにしても、サクサクして甘くて幾らでも食べれそうだ。しかし、喉が少し乾くな……」

 「あ、良ければこれをどうぞ」

 「気が効くな。いい嫁になるぞ!」

 「別に目指していませんよ?」

 「そうか?勿体ないな」


 お菓子を食べ、果実水を飲み、話しが全く進みません!

 お菓子をお皿に用意したのですが、既に大半はガロさんのお腹の中へと消えていきました。

 負けずとスノーさんも食べていますけどね……まだ夜なので後で後悔しなければいいですけど。

 そして、お皿のお菓子が空になった頃、ようやくガロさんが話し出しました。


 「ふぅ~……さて、何の話だっけ?」


 そして、話は振り出しに戻ります。


 「えっと、何でもいいので教えて貰えることを教えてください」

 「そうか、質問してくれた方が答えやすいのだがな」

 「……では、エイプの事は置いておき、まずはこの場所の事を聞かせてもらえますか?」

 「そうだな、それを語るにはまずは私の事から話した方がわかりやすいと思うのだが、それでもこの場所の事を語る方が良いか?」

 「もう……ガロさんの事からでいいです」


 質問をすればこれです!

 完全にペースが崩されてしまって話が進みません。


 「そうカッカするな。聞きたいことは教えてやる。そうだな、私が竜人族である事はさっき話したな? 龍人ではなく、竜人って所が大事だ」

 「はい、聞きました」

 

 不思議な事に、ガロさんが龍人と竜人と同じ言葉、発音をしているのにも関わらず、その違いがわかります。

 

 「不思議そうな顔をするな。全ては龍神様から始まり、龍人族に繋がり、全ての種族に広がっている。謂わば、その違いは私達の遺伝子に組み込まれているのだよ」

 「よくわかりません」


 遺伝子?

 聞いた事はありますが、どういったものかは理解できません。


 「ようは、本能的なものだ。生まれた時から呼吸をするのは生きる為、それを生まれた時から自然と行えるのは生きる為の本能であろう?」

 「そうですね?」

 「まぁ、その辺りはよい。要は、私達の本能が自然と龍人と竜人の区別をしているという事だ」


 言いたいことは何となくわかりました。

 

 「話を戻そう。では、私は竜人族であるが、龍人と竜人の違いとは何か、わかるか?」

 「えっと、見た目ですか?」

 「外れだ。簡単な話、格だ」

 「格ですか」

 「そうだ」

 「龍と竜の違いみたいなものですかね?」

 「その通り。わかるだろ、同じ龍なのに、その違いは歴然としているのが」

 「はい。同じ発音でもわかります」


 言われてみると、誰と話しても、どっちのリュウの話をしているのか、自然とわかるものです。

 龍は知恵を持つ、高貴な生物ですが、竜は知恵の浅い、考えるよりも行動に起こす短絡的な魔物です。

 

 「その違いが、格だ」

 「格はわかりました。では、竜人族であるガロさんはここで何をしているのですか?」

 「うむ、それを説明するには、次に此の場所を説明する必要があるな……黒天狐は此の場所を見てどう思った?」

 「とても綺麗で、ですが、寂しく思えました」


 綺麗な街並みにも関わらず、人の姿、気配が感じられません。


 「だろうな。此の場所に住んでいるはもう居ないからな、当然だ」

 「ガロさん以外にって事ですか?」

 「いや、誰もいないのさ。私も、な」


 ガロさんがそう言った瞬間、ガロさんの姿がスッと消えました。


 「消失魔法バニッシュ!?」

 「いや、違う。私は此処にいる」

 

 気がつけば、同じ場所にガロさんが座っていました。


 「消失魔法バニッシュ、ではないのですか?」

 「違うね。では、今、私の気配はあるかな?」

 「ないです」


 目の前に居る筈のガロさんの気配が全くありません。見えているのにも関わらず、居るように思えないのです。


 「では、逆にこれはどうかな?」


 ガロさんの姿が消えました。

 ですが……。


 「目の前に座っています」

 「わかるだろ?」


 目には見えない筈なのに、ガロさんが目の前に座っている事がわかります。


 「どういう事ですか?」

 「それは、私が管理者だからさ、此処のね。だから、此の場所に限れば私の存在は自由自在な訳だ」

 「管理者……ですか?」


 わかりません。ガロさんが何を言って、伝えたいのかが、全くわかりません。


 「そうだな……黒天狐はダンジョンを知っているか?」

 「聞いた事はあります」


 確か、洞窟や遺跡に魔力溜まりが出来て、そこから魔物が発生し住み着く……だった気がします。


 「此処は今はそのような場所なのだよ」

 「ここは、ダンジョンなのですか?」

 「いや、ダンジョンとは違う。だが、本質は似たような場所だ。違いをあげるとすれば、自然に発生したか、意図的に創ったかの違いだろう」

 「意図的にですか!?」


 こんな場所を意図的に創る事が出来る事に僕は驚きました。


 「ちと、説明が悪かったな。正確には元々あった此の場所を意図的にダンジョンのようにし、私が管理しているという事だ」


 あぁ、元々この場所はあったのですね。てっきりこの街まで管理者のガロさんが創ったのかと思いました。


 「黒天狐よ、安心しておるようだが、ちと早いぞ?」

 「何でですか?」

 「この場所があっただけで、私が管理者となると思うか? ただの竜人族だった私が、だ」


 竜人族というだけで珍しい種族ですけどね。

 ですが、ガロさんの言い方であれば、簡単に管理者となれる訳ではないようです。


 「条件」

 「その通りだ、影狼よ。私が何故管理者になったかというと、この場所が特殊だからだ」

 「特殊?」

 「そうだ。この森が、どうしてどの国の管理に置かれていないのか、不思議ではないか?」

 「そうなのですか?」

 「まずは、そこからか……。まあ良い、この森はどの国にも管理されていない、いや、管理できないからだ」


 管理が出来ない。

 魔の森と呼ばれるほど魔物が多く、森に覆われているからでしょうか?


 「違うぞ。此処はな、魔族、人族、獣人族、どの国にも面している。だが、そんな事が理由ではない」


 お互いの国が牽制しあい、奪われないようにしている訳ではないみたいですね。


 「では、理由とは?」

 「簡単だ。此処はかつて龍人族が暮らしていた土地だったからさ」

 「龍人族が……という事は、この街も?」

 「そうだ。この街はかつて龍人族が暮らしていた街だ」


 こんな場所に龍人族が住んでいたのですか……。

 

 「勘違いしているみたいだが、昔は魔の森など呼ばれる場所ではなかったからな?」

 「そ、そうですよね」

 「……姿を消す前、龍人族はこの地を隠した。大地を森に変え、多数の魔物を生み、この地を荒らされぬようにな」

 「街を隠してまで守りたかったのですか?」

 「それはどうなんだろうな。私はそれを知りたくてこの地に来たのだからな」

 「来た?」

 「そうだ。私は元々、冒険者であり、学者だったからな」


 どうやらガロさんは最初からこの地の管理者ではなかったみたいですね。


 「私は竜人族であり、龍人族ではない。この地でない場所で生まれ育ったのだから当然だ。私が龍人族であったら、一緒に姿をくらましていたはずではないか」

 「そう言われるとそうですね。では、ガロさんはどうしてこの地に来たのですか?」

 「それを黒天狐が聞くか。黒天狐は自分の種族の由来を知りたくはないか?」

 「自分の種族の由来をですか?」

 「そうだ、狐族という種族から何故、黒天狐が生まれたのか、疑問に思った事はないのか? 私は知りたかった。竜人族と龍人族の違いを、何故、わざわざ、劣化とも呼べる存在である竜人族を龍人族が創ったのかをな」


 僕の今の姿は金髪なのは、単純に狐族には金髪が多いからです。

 他にも、茶髪や橙色の髪を持った狐族は居ますが、どれも狐族と呼ばれます。

 ですが、僕が持つ黒色の髪は黒天狐と呼ばれ、白い髪を持つ狐族は白天狐と呼ばれます。

 僕はただ色が違うだけで、それこそ忌み子だと思ってきました。


 「黒天狐、白天狐にも意味があるという事ですか?」

 「それは知らん。ただ、気にならないのか、という事だ。私は気になった、知りたかった、だからこの地に来たのだ」

 

 知らないと、一蹴されてしまいましたが当然ですね。

 今は、黒天狐様や白天狐様の事を聞いている訳ではありませんからね。

 ガロさんの事、この場所の事を聞いているのですから。


 「それで、この地にきて、何が起きたのですか?」

 「管理者になった。それだけだ」

 「それだけ、ですか?」

 「そうだ。気づいたら、管理者になっていたという事だ」

 「それが条件と?」

 「だろうな、だが、私はこう思っている。龍人族が竜人族を創ったのは、この場所を管理する者が欲しかったからだと。自分の血を引いた、この地を守ってくれる存在を、な。そして、気づいたときには、私は人ではなくなっていた」

 「人でなくなる?」


 目の前で話すガロさんは人です。種族は竜人族ですが、人である事に間違いはないと思います。


 「さっき、ダンジョンの話はしただろう?」

 「はい」

 「ダンジョンには核がある。魔力だまりから生まれた、ダンジョンを維持する為の核がな」

 

 それも聞いた事がありますね。

 核には意志があり、ダンジョンを守るために魔物を生み出したりすると。


 「謂わば、この場所に存在する私は、ダンジョンの核のような存在なのだよ。だから、自在に魔物を生み出し、操る事ができる」


 気がつけば、僕たちの周りをエイプが囲っていました。


 「いつのまに!」

 「油断」

 「どうしましょう……」


 咄嗟の事に僕たちは反応できず、慌てふためきます。


 「こらーっ! それはこの地で見つけた大事な資料だから踏むなー! えぇい、消えろ!」


 ガロさんが手を振ると、一瞬でエイプの姿が消えました。


 「脅かしてすまぬな、別に私は黒天狐達をどうこうするつもりはないから安心しろ」

 「本当ですか?」

 「嘘ならとっくにどうにかしてると思うが、どうだ?」


 確かに。

 一瞬で囲まれましたからね。言ってしまえば、この場所に来た時点で僕たちはガロさんの手のひらの上って訳です。


 「そんな訳だ。私の事、この場所の事、魔物の事、大体知りたいことはわかったか?」

 「はい、大体の事は……」

 「それじゃ、後は黒天狐達、弓月の刻をエイプを使って呼び寄せた事についてだな……その前に小腹が空いた、ご飯ないか? 後、飲み物も頼む」


 あれだけ食べておいて、ガロさんはまだ食べ物を要求してきました!

 まぁ、お菓子では多少お腹は膨れても物足りないかもしれませんし、仕方ないですね。

 話は一先ず、休止となり、僕たちはガロさんがご飯を食べるのを待つ事になりました。

 

 「思ったけど、ガロさんがご飯食べる必要あるの?」

 「どうなんでしょう?」


 そんな疑問もありましたが、嬉しそうにご飯を食べるガロさんに追及する事は出来ませんでした。

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