第105話 弓月の刻、エイプに案内される

 「ユアン」

 「はい、見られていますね」

 

 エイプリーダーの後に続き、僕たちは歩いているのですが、先ほどから視線を感じています。

 探知魔法を使うと、僕たちと同じ速度で移動する赤い点がある事がわかります。

 

 「罠、ですかね?」

 「十分にありえるね」


 それならば、常に警戒しておくべきですね。


 「小さいですが、防御魔法を展開してありますので、そこから出ないでくださいね」

 「うん、だけど、まさかこんな事になるとは思わなかったね」

 「そうですね」

 

 魔物に案内されて森の中を進むとは考えもしませんでした。


 「スノーが魅力的だった」

 「それは忘れてくれない?」

 「無理。魔物を誘惑するスノー……ぷっ」

 「あーーーーきーこーえーなーい!」


 シアさんはスノーさんがやったポーズを思い出し、吹き出しました。

 シアさんが指示したのに……。

 ちなみに、スノーさんは既に甲冑を着ていますので、安心してください。

 ですが、暫く黒のタンクトップ姿を見るたびに思い出しそうですけどね。


 「コッチダ」

 「洞窟ですか?」


 洞窟、にしてはやけに入口が整っていますし、足元も歩きやすく舗装され、やけに綺麗です。

 とても自然に出来た物とは思えません、例えるならこれは……。


 「トンネルみたいね」

 「そうですね」


 壁には灯りの魔石が使われており、僕たちが進む道を照らしてくれています。


 「魔物が魔石を使うなんて聞いた事がないです」

 「僕もです」


 魔石を灯りとして使うには、灯りに適した魔石を選別し、加工する必要があると聞いた事があります。

 僕はその技術を知りません。むしろ、誰でも作れるのならば魔石を加工する、加工屋という職業が不必要になります。

 それだけ、魔石の加工は専門の知識と技術が必要なはずです。

 

 「考えられるのは誰かが創ったか……」

 「奪ったか、ですね」

 「どちらにしろ、知恵を感じる」

 

 そうですね。

 手に入れた方法がどうであれ、壁に置かれた灯りの魔石はお互いの照らす範囲が被らないように、一定の間隔で置かれています。

 ただ置いただけではなく、無駄にならないように考えられて配置されている事がわかります。


 ゴゴゴゴゴッ!


 「わっ! 何ですか!?」

 「後ろ」

 「閉じ込められた?」

 「怖い、です」


 後ろを振り返ると、トンネルの入り口から入り込んでいた月明りが消えた事がわかります。

 さっきの音は、入口を何かで塞いだ時に起きた音のようです。


 「マモノノシンニュウヲフセグショチダ」

 「本当ですね?」

 「ホントウダ」


 魔の森にいるのはエイプだけではありません。自分たちの住処を守るために必要な処置だとエイプリーダーは言います。


 「嘘だったらわかっていますよね?」

 

 騙されたのなら、判断を誤った僕たちの責任ではありますが、騙した方も悪いです。

 その時は、仲間を守る為にも僕たちは戦う覚悟でいます。


 「ウソデハナイ、コノサキダ」


 と言いますが、その先は行き止まりでした。


 「リーダーさん?」

 「スコシマテ」


 ですが、行き止まりは行き止まりではありませんでした。

 リーダーエイプが壁に手を当てると、壁の一部が青白く光り、模様が浮き出てきます。


 「魔法陣!?」


 スノーさんが驚いた声をあげ、剣を握ります。


 「いえ、違います……あれは」


 何なんでしょう?

 魔法文字が刻まれた壁、ですが浮かび上がった文字を僕は解読する事が出来ません。

 何故なら……。


 「古代文字です、か?」

 「古代文字? それがどうしてこんな場所に……」


 そして、リーダーエイプが触っていた壁全てが青白く発光すると、行き止まりとなっていた場所が徐々に割れていきます。


 「あれは、扉になっていたのですね」

 「すごい」

 

 人の手を使わず、魔法の力だけで扉は開きました。それだけで、凄い技術がそこに詰まっているのだとわかります。

 

 「ハイッテクレ」


 リーダーエイプに案内され、扉の先へと進むと、僕たち一同は言葉を失いました。


 「ここは……」


 どうにか振り絞って出た言葉でしたが、あまりの驚きにその先が出てきません。

 

 「街みたい」

 

 そうです。

 街みたいな場所が、僕たちの目の前に存在していたのです。

 石造りの建物が並び、通りには灯りの魔石をつけた街灯と呼ばれるものが並びんでいるのです。

 魔の森と呼ばれた、こんな場所にですよ。

 しかし、その割には人気は全くありません。感じられるのは今の所、ただ一つ。


 「案内ご苦労、ここから先は私が対応しよう。下がって休むが良い」

 「ハッ!」


 目の前に現れた、人だけです。


 「よくぞ参られたな、黒天狐よ。いや、黒天狐の子というのが正しいかな?」

 「龍人族……」


 スノーさんほどの年齢に見える女性が目の前に現れました。

 歩いてきたのではなく、目の前に現れたのです。

 黒い髪、龍のような尻尾、ローブで隠れわかりにくいですが、手から見える鱗。

 僕はその姿から話に聞いた竜人族を連想させました。


 「違う違う、私は龍人様ほど高貴な存在ではない。多少、血を引いているかもしれぬがな、言ってしまえば龍人は龍人でも劣った竜人ってところかな」

 「えっと、貴方は一体……」

 「そうだったな、自己紹介がまだだったな。私はここの管理者である、ガロだ」

 「えっと、僕たちは……」

 「弓月の刻。話は聞いているよ」

 「え?」


 僕たちの話を聞いている?

 一体誰から……。


 「まぁ、立ち話もなんだ、私を信用するのならついてきてくれ」


 僕たちの答えを聞かず、ガロさんは背中を向けると一人歩き始めます。


 「どうしますか?」

 「任せる」

 「任せた」

 「お願いします」


 こういう大事に至りそうな時こそ話し合って決めるべきだと思うのですが……。

 まぁ、いつもの事なので僕は諦め、決断を下します。


 「それじゃ、帰りましょう!」

 「わかった」

「え?」

 「何でですか?」


 シアさんは素直に頷きますが、スノーさんとキアラちゃんは戸惑っていますね。


 「だって、変じゃないですか。僕たちの事を知っていますし、普通に考えておかしいですよ」

 「いや、でもね? こういうのって着いて行くのが普通じゃない?」

 「そうですね。何か知っているみたいですし……」

 「そうですけど、仲間に危険が及ぶ可能性を考えると、着いて行くのは得策じゃないと思いますよ?」


 まずは、弓月の刻の安全が第一ですからね。


 「いや、そこはみんなで協力すれば……」

 「そうです。私も頑張ります」

 「……なら、次からはちゃんと意見を言ってくださいね?」

 「わかったよ」

 「ごめんなさい」


 みんなの意見を圧し潰してまで、僕は自分の意見を通そうとは思いません。

 そこで不平不満が溜まったら元も子もないですからね。


 「では、スノーさんとキアラちゃんは行きたいみたいなので、後を追いましょう」


 僕たちがこうしている間もガロさんはゆっくりですが、歩いています。


 「人の気配がありませんね」

 「そうですね。何というか、昔は住んでいたけど、今は住んでいないって感じがします」

 

 不思議な事に、これだけの街……といっても建物が立派でそれほど広い訳ではありませんが、それでも人の気配が今の所感じません。

 

 「ユアン、やっぱりだめ?」

 「はい、探知魔法が上手く働きません」


 そうなのです。

 気配を探っているのは、これが理由です。

 どういった訳か探知魔法が妨害されてしまいます。防御魔法は問題ないのですけどね。


 「それは、この場所が特殊だからだよ」

 「特殊ですか?」

 「そのうちわかるよ」


 それなりの理由があるという事でしょうか?

 

 「どちらにしても、僕を頼りにしないで、それぞれ警戒を怠らないでくださいね?」

 「うん」

 「わかったよ」

 「頑張ります」


 僕の言葉にみんなが頷いてくれます。

 尤も、ガロさんが僕たちの前に現れたのは、恐らく転移魔法です。それを自由自在に使われたら警戒していても、反応は遅れてしまいますけどね。

 転移魔法にしては、魔力の流れも感じず、魔法陣も見られなかったですけど。

 そのまま、ガロさんの後に続くように僕たちは歩きます。

 

 「ほら、着いたぞ」

 「えっと……」


 それを見た瞬間、僕は言葉が続きませんでした。


 「ボロイ」

 「シア、そういう事は言っちゃだめだよ」

 「事実」


 綺麗な街並みを歩き、僕たちはここまで来ました。その先に、あったのは木造家屋です。

 シアさんが言う程、ボロボロではありませんが、石造りの家屋を見てきた後ですと、どうしても見劣りしてしまいます。


 「まぁ、寛げる場所ではないが、休んでくれ」

 「と言われても……」


 そして、家の中に案内されたわけですが……。


 「おっと、そっちの本は触らないでくれ」


 足の……。


 「こら、それは私にとっては宝だ。雑に扱わないでくれ」


 足の踏み場が……。


 「それは、何だっだかな? まぁ、多分重要な物だろう。横に避けてくれ」


 足の踏み場がありません!


 「ちょっとは片付けてください!」

 「う、うん。そのうちやろうとは思っていた……まぁ、座ってくれ」


 色んな、それこそ用途のわからない物を移動し、どうにか座る場所を確保しました。

 

 「シアさん?」

 「私は平気。いつでも動けるようにしとく」

 「ありがとうございます」


 ソファーは3人掛けという事もあり、一人座れない状況でした。

 シアさんは気遣ってくれたようです。

 僕が中心に対話しなければいけませんし、スノーさんは精霊魔法の影響でまだ疲れが抜けていないでしょうし、キアラちゃんは幼いですからね。

 実際は一番年上だと思いますけど。見た目的に僕と変わらないので。


 「私は、年相応ですよ?」

 「はい、そう思っておきますね」


 キアラちゃんが何かを察したようですが、今はガロさんの話を聞く時です。

 僕たちを案内した理由、この場所が何なのか、何故僕たちを知っていたのか、聞かなければいけない事が沢山ありますからね。

 エイプと戦ったらリーダーに連れられ、ガロさんと出会い……急に色々な事が起きて頭が混乱しそうになりながらも、僕たちはガロさんに話を伺うのでした。

 正直、ちょっと眠いですけどね。

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