第104話 弓月の刻、誘う

 木々の間をぴょんぴょんと移動するエイプたちですが、寄ってくる様子はありません。

 その数は既に50程でしょうか?

 単体ではさほど脅威ではないとはいえ、これだけの数に囲まれると、流石にちょっと不気味な感じがします。

 

 「どうしましょうか?」

 「様子見を見るしかなさそうですね」

 「そうですね……」


 この状態で朝まで?

 それはちょっと考えづらいですね。

 

 「ギギッ!」


 エイプは威嚇するような声をたまにあげ、石を投擲してきます。

 エイプはエイプで攻めあぐねているといった感じでしょうか?

 

 「いい方法がある」

 

 そんなエイプをみながらシアさんが呟きました。


 「いい方法がですか?」

 「うん」

 

 シアさんは自信ありげに頷き、僕とキアラちゃんを手招きします。


 「エイプは……。だから……すればいい」

 「上手くいきますかね?」

 「ちょっと、可哀そうな気がします……」


 シアさんは僕とキアラちゃんに耳打ちするようにエイプを呼び寄せる方法を伝えてきます。

 シアさんが言った方法が成功するかどうかは五分五分だと僕は思います。

 

 「試してみる価値はあるかもしれませんね。どちらにしても現状では、他に方法はありませんので」

 「うん……だけど、その方法を受け入れてくれるかどうか……」

 「大丈夫。スノーはやる」


 僕たちは完全に地面に腰を下ろし、息を整えるスノーさんを見ます。


 「はぁはぁ……なに?」


 スノーさんは僕たちの視線に気づいたのか、ゆっくりと顔をあげました。


 「スノー、お願いがある」

 「私、いま、凄く疲れてるのだけど」


 スノーさんの言う通り、スノーさんの表情には疲労の色が浮かんでいます。


 「大丈夫。簡単な事」

 「まぁ、疲れないなら協力するけど」

 「その言葉、忘れない……ユアン、キアラ」


 どうやらスノーさんの許可を得れたようですね。


 「それじゃ、やりましょうか」

 「うん、スノーさん、大人しくしていてください」


 僕とキアラちゃんがスノーさんの腕をそれぞれ持ち、スノーさんを立ち上がらせます。


 「えっと、何すればいいの?」

 「大丈夫。スノーさんは今は立っているだけでいい」


 そして、シアさんがスノーさんに近づくと、背後に回り、甲冑の留め具を外しました。


 「ちょっと、シア、まだ戦闘中なんだけど!」

 「問題ない」


 甲冑を外し、シアさんはそっと脱がした甲冑を地面に置きます。


 「ユアン、キアラ、万歳」

 「はい。スノーさん、万歳ですよ」

 「何がしたいのかわからないんだけど!?」


 僕とキアラちゃんがスノーさんの腕を持ち上げると、スノーさんが困惑した声を上げます。

 

 「スノーは大人しくしていればいい。後で頑張る」


 そんなスノーさんに構わず、シアさんはスノーさんの服を一気に脱がしました。


 「きゃっ!」


 無理やりなので、服が裏返しになりながらも、服は脱げました。


 「ちょっと、恥ずかしいんだけど!」

 「私達しかいない。平気」

 「エイプがいるよ!?」

 「あれは魔物」


 服を脱がされたスノーさんの格好は、黒のタンクトップにスカートという姿です。

 

 「こんな格好……」

 「割としていますよね?」


 僕たちとしては結構見慣れた光景ではあります。

 模擬戦の後、お風呂上りなどスノーさんは暑いからか、この格好でうろついている事があります。


 「自分で脱ぐのと脱がされるのは違うよ」

 「それはそうですね」


 スノーさんは恥ずかしそうに、腕を前で組み、露わになった肌を隠そうとします。

 

 「で、何がしたいの?」

 「エイプみる」


 シアさんがエイプ指さすので、僕たちはエイプを見ます。


 「なんか、暴れてます?」

 「うん、興奮していますね」


 エイプ達が木を揺すったり、木の上で跳ねたりとさっきよりも激しく動き回っています。


 「うん。スノーを見て、喜んでる」

 「なにそれ、気持ち悪いんだけど……」

 「スノーはエイプからみても魅力的って事」

 「全然嬉しくないよね」


 なるほど。

 エイプが人を襲う理由は繁殖行動の為ですからね。シアさんはスノーさんの露出を多くし、エイプを興奮させておびき寄せようとしている訳ですね。


 「あと一歩って感じですかね?」

 「うん。後はスノーの頑張り次第」

 「これ以上、私に何をさせる気……?」


 スノーさんが嫌そうな顔をしています。


 「スノー、頑張ったら、好きなだけモフモフさせてあげる。私もユアンも」

 「本当!?」

 「うん。だから、私の言う通りする」

 「わかった!」


 スノーさんがちょろいです!

 シアさんの言葉に乗せられ、スノーさんはすっかりやる気になりました。


 「右手、頭の後ろ、左手は腰」

 「こうね?」


 スノーさんがシアさんの言う通りに動きます。

 

 「もっと胸張る」

 「こ、こう?」


 変なポーズをとったスノーさんが背筋を伸ばし、胸を強調させます。

 普段、甲冑でわかりにくいですが、僕たちの中で胸が一番大きいのはスノーさんです。

 その次にシアさん、キアラちゃん……そして、僕です。

 あのポーズをとっても僕とキアラちゃんでは見栄えしないですよね。


 「ユアンさん、どうしました?」

 「いえ、何でもありませんよ」


 でも、いつかあれくらいは僕もなると思います!きっと……。

 スノーさんとの差に若干ながら落ち込む僕とは対象に、防御魔法の周りでは変化が起きていました。


 「ぴーぴー!」

 「ギャッギャッ!」


 エイプ達が指を口に咥え、指笛を吹いたり、手を大きく叩き、喜んでいます。


 「もう一押し」

 「まだやるの!? 恥ずかしいんだけど!」

 「モフモフ」

 「したい!」


 スノーさんの扱いを完全にマスターしたシアさんが更に指示を出します。


 「身を屈めて、腕で胸、挟む」

 「こうね」

 「座って、足を組む」

 「これなら、まだマシかな」


 シアさん、変なポーズを知っていますね。

 

 「最後に、手を前に大きく広げる」

 「……おいで?」


 スノーさんがまるで「私の胸に飛び込んでおいで」と謂わんばかりに大きく手を広げます。

 その瞬間、動いた影がありました。


 「えっとキアラ?」

 「はっ、つい……」


 スノーさんの胸に飛び込んだのはキアラちゃんでした。

 それを優しく包むようにスノーさんは受け止めます。


 「何やってるのよ」

 「ご、ごめんなさい!」


 キアラちゃんが慌てて謝ります。

 が問題はないようです。

 

 バシャーンッ!


 水に飛び込むような音が響きました。

 しかも一つではなく、周りから一斉に。


 「掛かった」


 音の正体は、エイプが防御魔法に向かって飛び出した事が原因でした。


 「上手くいってますね」

 「そうね……納得いかないけど」

 

 誘い出した方法は兎も角、スノーさんと一緒に造り出した防御魔法は成功したようです。


 2重に張った防御魔法はある程度の質量があれば通る事が出来ます。

 現に、エイプに外側の防御魔法は突破されました。

 しかし、それはわざとです。

 

 「溺れてる」


 防御魔法の間と間にはスノーさんが精霊魔法により水を満たしていますので、防御魔法を突破しようと飛び込めば、水の中を移動するしか方法はありません。

 しかし、内側はいつも通り、強度を重視した防御魔法です。

 簡単に突破出来ませんよ?


 「外にも出れないのですか?」

 「はい、外からは侵入しやすく、出るのは大変にしてありますからね」


 内側の防御魔法よりは脆くなってしまいますが、外側の防御魔法もそれなりの強度はあります。ただ、通りやすくしてあるだけですからね。


 「酷い光景……ね」

 「確かに」


 魔物とは言え、エイプは地上の生き物ですからね。水の中で呼吸できるようには出来ていません。

 エイプが水の中で苦しそうに、逃げ場を探して泳ぎ回っています。


 「スマヌガ、ソコマデニシテクレヌカ?」


 溺れるエイプたちを観察していると、突如、カタコトではありますが、僕たちの言葉を話す声が聞こえました。

 木の上ではなく、木の陰からゆっくりと歩み寄ってくる影がありました。


 「あなたがリーダーですか?」

 「ソウダ」


 他のエイプよりも二回りほど大きな体をしたエイプが頷きます。


 「そこまでに、と言いましたが、先に襲ってきたのはアナタ方ですよ?」

 「ソレハ、スマナカッタ」


 魔物と会話が成立している事にスノーさんは驚いていますが、いない訳ではありません。

 昔戦ったオーク将軍ジェネラルも喋っていましたからね。


 「イイワケニシカ、ナラヌガ、コチラノミスダ」

 「ミスですか? 信用できませんよ」

 

 襲った事は事実ですので、ミスと言われても、はいそうですかとはいきません。


 「オイ」

 「ギッ!」


 リーダーエイプが近くにいるエイプに何かの指示をだすと、2匹のエイプがリーダーの腕を持ち……そして。


 ゴキッ! バキッ!


 腕が折れる音がが響きました。

 

 「ワレラハ、テキタイ、スルツモリハナイ」


 魔物でも痛みは感じるようで、苦悶の表情を浮かべ、腕を垂らしながら、頭を下げてきます。


 「どうしますか?」

 

 僕だけの判断で決める訳にはいきません。


 「事情があるみたいだし、私は話を聞いても良いと思うかな」

 「裏切るなら切ればいい」

 「正直、怖いですが、話を聞くだけなら……」


 僕も同じ意見です。

 無傷で半数以上のエイプを無力化した実力差を見せたのにも関わらず、わざわざ引くのではなく、交渉を持ち込んできたくらいですからね。


 「わかりました。話だけは聞こうと思います。ですが、下手な真似をしましたら、次はありませんからね?」

 「ワカッテイル」


 外側のみ、防御結界を解除します。

 結界との間に溜まっていた水が地面に落ち、その中にいたエイプも地面に落下していきます。

 

 「まだ生きていますので、手当てを先にどうぞ」

 「スマナイ……テヲカシ、シュウラクエサキニムカエ」

 「ギッ!」


 エイプがエイプを担ぎ、森の奥へと消えていきます。

 そして、残ったのはリーダーエイプと腕を折ったエイプが2匹。

 僕の探知魔法でもエイプの群れが離れていくのを捉えていますので、間違いなさそうです。


 「あなた達は下がらないのですか?」

 「スコシハナシガアル」

 「僕たちにですか?」

 

 リーダーたちも一緒に逃げないのをおかしく思っていましたが、どうやら僕たちにまだ用があるようでした。

 さて、一体何の用があるのでしょうか。

 出来る事なら、すぐにでも休みたい所ですけどね。

  それにしても、魔の森に入ったばかりというのに、変な事に巻き込まれました。

 どうやら、僕たちは変な事に巻き込まれる確率が異様に高いようです。

 僕のせいではありませんよね?

 とりあえず、僕たちはリーダーエイプの話を聞くだけ聞く事にしたのでした。

 

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