第103話 弓月の刻、新しい魔法を試す

 「やっと、シアの耳と尻尾をモフモフできた」


 あまり広くないですが、テントを張り、焚火を起こす事が出来る場所を日が暮れる前に発見できました。

 今は野営をしつつ、休憩をとっている最中です。


 「シア、気持ちいい?」

 「…………普通」


 スノーさんがシアさんの耳を触っています。

 うん、シアさんは普通と言っていますが、普通に良さそうにしていますね。

 スノーさんは最初はこそ、僕にも遠慮して触らないように気を遣っていましたが、最近では普通に触ってくるようになりました。

 どうやら耳と尻尾の誘惑には勝てなかったみたいです。

 それくらい、スノーさん耳と尻尾が好きって事ですね。


 「シアの耳と尻尾はモフモフだけど、さらさらだね」

 「そう。……もうちょっと、下」

 「ここ?」

 「うん」


 ですが、シアさんのポイントはまだ抑えていないみたいですね。


 「スノーさん、シアさんは此処が好きなんですよ」

 「ここね」


 なので、僕はシアさんがコリコリされると好きな場所を教えてあげます。


 「シアさん気持ちよさそうな顔してますね。私も触りたいです」


 今日はシアさんが大人気ですね!

 

 「好きにすればいい」

 「本当ですか!? 私も参加します!」


 シアさんがデレてます!キアラちゃんにまで触る許可を与えているくらいです!

 

 「それじゃ、私はユアンをモフモフしようかな」

 「お手柔らかに」


 スノーさんが僕の耳を触り始めます。


 「ユアンはモフモフだけどふわふわだね。シアとは違った感触で気持ちいい」

 「はいー……僕も気持ちいいですよー」


 知らない人に触られるのは絶対に嫌ですけど、心許した人に触られるのは構いません。

 何だかんだ、優しく触ってくれるのなら、気持ちいですからね。

 と、こんな和やかに過ごしていますけど、実は少し前からエイプに囲まれている状態なんですけどね。

 皆さんにはまだ伝えていませんけど。

 まだ数が増えている事を考えれば、襲ってくるのはまだ先のことだと思いますし、今はこの時間で一日の疲れを癒して貰いたいと思います。


 「次はキアラっと」

 「はい、好きなだけどうぞ!」


 スノーさんが順番に触っていき、次はキアラちゃんですね。

 キアラちゃんはスノーさんによく耳を触られているので、抵抗はないようです。

 むしろ、嬉しそうですし、好きなのかもしれませんね。


 「キアラの耳はモフモフじゃないけど、すべすべしてぷにぷにで触りがいがあるね」

 「くすぐったいですけどね」


 くすぐったいけど、それが気持ちいいってありますよね。

 

 「ユアン」

 「はい」

 「どっちがする?」

 「それじゃ、僕がシアさんにしてあげますね」


 最終的にはこの組み合わせで落ち着きます。


 「シアさん、どうですか?」

 「うん。気持ちいい、眠くなる」


 ふふん。シアさんのポイントは僕は完璧に抑えているつもりです。

 膝枕してあげながら、耳の後ろをコリコリしてあげると、シアさんが微睡み始めました。

 ですが、休憩とはいえ、寝る訳にはいきません。

 

 「まだ寝ちゃダメですよ」

 「うん。先に倒す……いつ動く?」

 「シアさんは気づいていましたか」

 「うん。みんな気づいてる」

 「まぁ、そうですよね」


 こんな状態とはいえ、完全に気を抜く冒険者はいません。そのような冒険者は長生きできませんからね。

 どんな状況でも、冒険者の陰には死が付きまとう職業なのですから。


 「どう戦いますか?」

 「……どうとでもなる」

 「それは、そうですけど」

 「まずはリーダーを倒したいね」

 「そうですね。リーダーさえ倒せば、統率がとれなくなると思う」


 状況次第ですね。

 リーダーが慕われているのなら、弔い合戦となり最後の1匹になっても挑んでくる可能性があります。


 「平気。基本的に、恐怖でなりたつ」

 「そうなんですか?」

 「弱肉強食。自然の摂理」


 そこは動物も魔物も、人間も変わらないという事ですね。


 「では、もう少し様子を見ましょう。もしからしたら痺れを切らして、リーダーが顔を出すかもしれませんので」

 「うん」

 「わかりました」

 「わかったよ……シア、もう一回触らせて~」

 「やだ」

 「やだ、絶対に触る!」


 こんな感じで夜も更けこんでいくのでした。



 そして、数時間後。


 カンッ!


 「動きましたか」


 僕の防御魔法に何かが当たりました。

 今使っているのは、撲を中心に展開する、魔物が入ることが出来ない結界タイプの防御魔法です。

 

 「向こうも様子見かな? 投げてきたのはただの石みたいだし」


 どうやら、僕たちを目掛け、石を投げてきたみたいですね。

 

 「えっと、あれがエイプの攻撃ですか?」

 「みたいね。まぁ、魔法も使えない、武器も持っていない魔物じゃ遠距離からの攻撃手段は限られるし」


 カンッ、カンッ、カンッ……。


 「ちょっと激しくなってきましたね」

 「うるさいだけ」

 「確かにね……キアラ、適当にやっちゃって」

 「わかりました……見えているエイプだけでも……」


 キアラちゃんが得意とする3連射が放たれます。

 

 「ギギッ!?」


 エイプが急いで身を隠そうとしますが、既に遅し。キアラちゃんは石を投げる体制に入ったエイプを3匹仕留めます。


 「上手」

 「狙い通りです!」


 どうやら、石を投げる動作に合わせて矢を射る事で、避けるタイミングを奪う狙いがあったみたいですね。


 「あー……かなり怒ってますね」

 「味方やられたら怒る」

 「確かに、ユアンもそうだったしね」

 「怖かったです」


 シアさんに限らず、スノーさんだってキアラちゃんだって傷つけられたら、僕は怒りますよ。それが普通ですから。


 「では、どうしますか?」

 「リーダーが見えない」

 「なら、普通に戦うまでかな」

 「援護は任せてくださいね!」


 安全に倒そうと思ったら、防御魔法の中からキアラちゃんに倒して貰う方法もありますが、シアさんとスノーさんがそれを良しとしません。


 「ずっとつけられてたからね。私だって、ストレス溜まるよ」

 「わかる」


 昼間から一定の距離でついてきている事に僕だけではなく、スノーさんもシアさんも気づいていたようですね。


 「わ、私も気づいていましたよ?」

 「わかっていますよ。風の精霊さんが頑張っていましたね」

 

 キアラちゃんが色々と試していた事はみんな知っています。

 周囲に風を送りその反応を感じたり、風で弓矢を作り出したりしてたのを知っています。


 「なら、私の成果も見せようかな……ユアン、お願いがあるんだけど…………出来るかな?」

 「はい、それなら簡単にできますよ。面白い発想だと思います!」


 スノーさんの提案は僕も試した事がない方法でした。

 魔法は発想力で無限の可能性を秘めていると僕は思います。

 スノーさんはそれを証明したのです。

 成功すれば、スノーさんのオリジナル魔法と言えるかもしれません。それに立ち会えるのは魔法使いとしての喜びでもあります。

 ちょっと、嫉妬もしてしまいますけどね。


 「ふふっ……魔法でユアンに褒められる日が来るとは思わなかったよ。まぁ、ユアンが居てこそ出来る方法なんだけどね」

 「いえ、応用次第ではスノーさんだけでも出来ると思いますよ。練習次第ですけどね」

 「そうなるように、剣だけじゃなく、精霊魔法も頑張らないとだね」

 「そうですね……それじゃ、やってみましょうか」


 いずれ、スノーさんのオリジナル魔法になるかもしれませんが、今は僕との共同作業です。

 僕はスノーさんに準備のほどを確認します。


 「私はいつでもいけるよ」


 それを証明するように、スノーさんの周りの温度が下がったように感じます。

 きっと、僕の目には見えていませんが、スノーさんの周りには水の精霊がいるのだと思います。

 僕も精霊さんを見てみたい……そんな欲求がありますが、今は我慢です!

 それに、精霊さんならフルールさんを見ましたしね……けど、スノーさんとキアラちゃんの精霊ってどんな姿なんでしょう。

 フルールさんが言うには中級の、それも上級に近い精霊さんを二人につけたと言っていましたし……形は動物?それとも……。


 「ユアン?」

 「はっ! すみません」

 「大丈夫?」

 「大丈夫です!」


 我慢と思いつつ、全然我慢出来ていなかったようです。


 「僕の方はいつでも構いませんよ」

 「わかった。それじゃ、やってみようか」

 「はい!」


 精霊魔法は僕たちが使う魔法のように詠唱は必要ありません。

 大事なのは、精霊と心を通わせ、自分の意志や気持ちを精霊に伝え、心を一つにする事のようです。


 「私達が、ただ遊んでいただけじゃないって事を、共に証明しよう」


 スノーさん周りの温度が更に下がって気がします、そして、まるで雨の日のような空気が広がっていきます。


 「うん、わかってる。もっと、静かに、流れるように、だね」


 スノーさんが誰かに語り掛けています。

 きっと、スノーさんにだけ見える精霊と対話をしているのだと思います。


 「うん……うん。いいよ、共に、やろう!」


 スノーさんが声を張り上げました。

 その瞬間、魔力が溢れだすのがわかります。スノーさんの精霊魔法が発動したのです!


 「ユアン! 私が合わせるから、お願い!」

 「わかりました!」


 スノーさんが合わせてくれるというので、僕は自分の魔法に集中するだけです。

 今使っている、防御魔法を2重に展開します。

 ですが、僕とスノーさんがやろうとしている事を成功させるには、防御魔法の質を変える必要があります。

 今までは、ただ、魔物が通れない頑丈な防御魔法です。

 しかし、それでは駄目です。

 

 「魔物が通れるほど、柔らかく。それでいて、簡単に破れないように……。そして内側の一点に穴をあけ……、スノーさん!」

 「任せて! 流しこめ!」


 スノーさんが内側に空いた穴に向け、水を放出しました。

 決して、威力があるわけではありませんが、寸分の狂いもなく、僕の頭ほどの小ささの穴に水を勢いよく流していきます。


 「ユアン……」

 「もう少しです」

 

 僕たちがやろうとしているのは、2重に張った防御魔法の間に水を流し、満たす事です。


 「ま、だ……?」

 「あとちょっとです!」


 スノーさんの額に汗が流れています。

 いえ、ただの水かもしれませんけど。

 どちらにしても、スノーさんが辛そうな顔をしています。

 精霊魔法とはいえ、魔力を消費しますからね。

 とはいえ、スノーさんには魔力はありません。

 では、何を消費するかと言うと……。


 「そろそろ、体力の、限界……」

 「あと少しです……!」


 スノーさんの場合は体力のようです。

 精霊さんに体力を奪われる代わりに、精霊さんの魔力が増幅する仕組みのようですね。

 人によっては、血を代償に捧げる人もいるようです。そればかりは、精霊の好みなのか、捧げるものによって精霊の力が増すのかはわかりませんけどね。


 「できました! 穴を塞ぎます」


 それを伝えるとスノーさんは膝から崩れ、肩で息をしながら、倒れそうになります。


 「スノー、大丈夫?」

 「かなり辛そうです」

 「う、ん。だいじょ、ぶ」


 返事を返せるようなので、意識はあるようです。

 それに僕たちは胸を撫でおろします。


 「これは?」

 「はい、スノーさんの思い付きですが、新しい防御魔法です」

 「大丈夫なのですか?」

 「えっと、多分?」

 

 スノーさんの思い付きでやっただけですので、有用性があるかどうかはわかりません。

 ですが、発想としては面白いので、成功するも失敗するも試してみない事には意味がありませんからね。

 例え、失敗だとしても、改良に改良を重ねればいずれは有用性のある魔法になってくれると思いますからね。


 「けど、警戒されてますよ」

 「ですね、見た目は派手でしたからね」


 問題は、試すにもエイプが寄って来ないという事でしょうか。

 さて、ここからが一番の難関になりそうですよ。

 僕たちはどうやってエイプを防御魔法に誘い込むのかを考えるのでした。

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