第102話 弓月の刻、魔の森へ入る

 「ねぇ、シア、いつ触って良いの?」

 「後で」

 「後でっていつ?」

 「後は後」

 「具体的に教えてよ~」


 すっかり気を取り直したスノーさん、に一見見えますが、僕たちがスノーさんの事を心配してしまったので、スノーさんはわざと明るく振舞っているのだと思います。


 「ふふっ、ついにシアの耳と尻尾もモフモフできる……ふふふっ……」


 わざと……ですよね?

 完全に顔が緩みきっていますけど……。


 「そういえば、スノーさん」

 「何? モフモフさせてくれるの?」

 「それは、後でなら構いませんが、魔の森って何ですか?」


 スノーさんは国境北側の森なら通っていいと、警備兵の偉そうな人に言われ、その時に魔の森と言っていました。

 魔の森と言うくらいですし、普通の森ではないと予想できます。


 「もともと国境の壁が造られたのって、あの森から魔物が溢れだすのが原因だったらしいんだよね」

 「魔物が多い森なのですね」

 「そうだね。それも、何故か強い魔物が数多く生息する場所で、あそこを通った人が言うには、Cランク以上の魔物がうじゃうじゃ居たって話だよ。本当か知らないけどね」


 Cランク以上となると、先日戦ったオーガがそうですね。変異種ではない方のオーガですけど。

 

 「となると、十分気をつけないといけませんね」

 「そうだね」

 「問題ない」

 「怖いです」


 魔の森に対する印象はみんな違うようです。

 僕は、あまり悲観していません。僕たちの仲間は強いですからね。Cランクはもちろん、Bランクの魔物相手でも戦える自信がありますからね。

 スノーさんから魔の森の事を聞きながら、僕たちは国境の壁に沿って北に向かって歩くのでした。




 「想像以上に、これは……」

 「森が、深い」

 「私、こんな場所、初めてです」

 「ちょっと、息苦しいくらいですね」


 シアさんとスノーさんは森の状態に目がいったみたいですが、僕とキアラちゃんは別の理由で魔の森に入るのに躊躇いました。


 「かなり濃いですね」

 「そうですね、不思議で不気味な場所ですね」


 キアラちゃんの言う通り、魔の森は濃いのです。魔力が。

 現在、僕たちは魔の森の入り口にいます。

 草木が乱雑に生え、どこから入っていいのかわからない程、来るものを拒むように草木が生い茂っています。

 そして、森の中と僕たちがいる外とでは、魔力の濃さが全然違います。

 まるで、水の中に潜ったように、魔力が肌に浸かるような感覚です。

 まぁ、水の中と違って動きが制限される訳ではありませんけどね。水の中を自由に動き回れるような感じです。


 「いつも通りの陣形で行きましょう」

 「わかった」

 「私が先頭か、フォローお願いね」

 「任せてください」

 「僕も常に探知魔法を展開しますので、安心してください」


 先頭がスノーさん、その後に僕とキアラちゃんが続き、最後尾にシアさんという隊列が定着してきました。

 先頭を歩くのは体力を使うので、途中でシアさんとスノーさんを入れ替える予定ではありますけどね。


 「それと、みなさんこれを持っていてください」


 僕は木の板を1枚ずつ、収納から取り出して渡します。


 「これは?」

 「フルールさんに貰った木の板、ですか?」

 「魔法陣が描いてある」

 「あぁ、転移魔法陣ね」


 察しがいいようで、それが何なのかすぐに理解してくれたようです。


 「万が一の為、使い捨てですが作りました。はぐれたり、魔物に襲われ窮地に陥った時に使ってください。僕が迎えにいきますからね」


 みんなが木の板をそれぞれの魔法鞄マジックポーチにしまい、いよいよ出発です。


 「歩きにくいわね」

 「そうですね。僕たちはスノーさんのお陰でまだマシですけど」

 

 スノーさんが生い茂る雑草を踏みつぶし、道を作りながら進みます。

 足元を確認しながら進む事になるので、どうしても進行速度は落ちます。

 こればかりは、誰が悪い訳でもないので仕方ないですよね。

 

 「虫が出ない事が救いだけどね」

 「スノーさんは虫が苦手でしたからね」


 全くいない訳ではないのですが、トレントの森に比べると、圧倒的に虫の数が少ないです。いえ、虫だけではなく、鳥などの動物ですら極端に数が少ないです。


 「スノーが騒がなくなるから助かる」

 「だって、虫は気持ち悪いし……」


 虫が飛び出すとスノーさんは可愛い悲鳴をあげますからね。それほど苦手なようです。釣りの時にワームを触れなかったくらいですし。


 「ユアンさん、魔物はどうですか?」

 「居ますね。ですが、寄ってくる気配はないです」


 探知魔法は魔物を捉えています。

 まだ、森の入口だからでしょうか、赤い点の大きさから推測する感じ、Dランク程度の魔物がいるのがわかります。

 今の所は、数も多くなく問題はなさそうですね。


 「そういえば、魔力が濃いって言っていたけど……そこ、足元気をつけて。……その影響はないの?」

 「シアさん、そこに窪みがあるので、気をつけてください。そうですね、まだ変な感覚はありますが、今の所問題は、おっと……問題はありません。時期に慣れると思います」


 会話しつつ、木の根や石などのでっばりなど、危険な場所をお互いに伝えつつ進んでいます。


 「キアラは?」

 「私も、今の所は平気です。ただ、魔力の質がわっ……気持ち悪いですけど……」


 キアラちゃんが躓きそうになりましたが、平気そうですね。

 森に慣れたエルフが転びそうになるほどの悪路です。進むのが大変ですね……。

 

 「気持ち悪いってどういう事?」

 「そうですね……トレンティアも魔力濃度は濃かったのですが、あちらはどちらかというと、優しく包む感じですが、ここは知らない人にペタペタ触られる感じ、ですかね?」


 知らない魔力に包まれるのは苦手です。

 トレンティアの初日はそれでちょっと眠れなかったくらいですからね。

 ですが、トレンティアはまだ良かったです。


 「私は、捉えられたときの事を思い出します。密閉された部屋、籠る空気、悲壮感が漂う雰囲気に不安と焦燥を覚えます」

 「それは、嫌な感じだね。私は魔力を感じられなくて良かったと思うよ」

 「同じく」


 そうですね、この感覚に慣れればいいかもしれませんが、体験しなくてもいいのなら体験しない方がいいと思います。


 「それにしても、なんで魔物は寄って来ないんだろう」

 「不思議ですね。むしろ、私達を見て逃げるようにしていますね」


 魔物の接近は何度からありました。

 姿は見えていませんが、近づくとまるで野生動物が逃げるように、その場からすぐに離れていきます。

 普通は僕たちを餌や敵と認識し、襲ってくるのですけどね。


 「恐怖」

 「シアさん、怖いのですか?」

 「違う、魔物は私達が怖い」

 「僕たちは怖くないですよ」

 「うん。ユアンは優しい、可愛い。だけど、魔物はそれを知らない。自分たちの住処に知らない生物が侵入してきた。多分、此処の魔物は人間の事、あまり知らない。未知の生物」


 この森に足を踏み入れる人はあまりいなそうですからね。シアさんの言葉に納得します。

 僕も、自分の家に知らない人がいきなり上がってきたら怖いと思います。しかも、複数人がどかどかと入ってきたら、誰でも怖いですよね。


 「それに、入口の方にいる魔物は弱いのばかり。生きる為には逃げる選択が必要」

 「つまりは、森の奥に向かえば向かう程、強い魔物がいるって事ですか?」

 「多分」

 「どこの森も中心部や奥に向かえば向かうほど、強い魔物は居るって聞くし、その辺は一緒みたいである意味安心だね」

 「そうですね、強い魔物がいることを予想できるのと出来ないとでは、全然違いますからね」


 尤も、常に強い魔物との遭遇は想定して移動はしていますけどね。


 「はっ!」


 スノーさんが剣を振るい、


 「そこです!」


 キアラちゃんが矢を放ちます。

 

 「ようやく魔物が現れたわね」

 「そうですね。ですが、2匹だけでしたね」


 全身を毛で覆った、手足と尻尾の長い魔物が木の上から降ってきて、スノーさんに襲い掛かりました。

 それを、撃退すると同時にキアラちゃんが様子を伺っていた、もう一体の魔物を弓で射貫いた感じです。


 「もう1匹は逃がしてしまいましたよ」


 キアラちゃんから死角となる位置に魔物がもう1匹いましたが、2匹がやられると同時に引き返していきました。


 「面倒なことになる」

 「シアさん?」

 「これ、エイプ」


 エイプ……聞いた事がありますね。

 猿のような見た目で集団で襲ってくると聞いた覚えがあります。


 「好んで、女性ばかりを狙うとも聞いた事があります……私が住んでいたエルフの村の近くにたまに出没する事がありましたが、繁殖力が高く、すぐに討伐する対象でした」

 「女性ばかりですか?」

 「つまりは……」

 「繁殖目的」


 人間に子を産ませる魔物がいる事は冒険者でなくても知っている事です。

 中には、人間を苗床に、体内に卵を植え付け、孵化すると同時に苗床となった人間を餌として与える魔物もいます。

 それはさておき、目の前のエイプはそのタイプの魔物のようですね。


 「1匹逃したのは痛い。こいつらは斥候」

 「斥候ですか、という事は」

 「そのうち本隊がくる」


 それは、面倒なことになりそうです。

 エイプの戦略に見事嵌ってしまったという事ですね。

 2匹のエイプ僕たちの実力を測るための謂わば捨て駒で、もう1匹がそれを伝えに本隊に戻ったと考えられます。


 「ある程度の実力は見せたし、諦めるって事はない?」

 「ない。私達が男だったらありえた。だけど、私達は、女。恰好の獲物」


 エイプが人を襲う理由は繁殖行動の為と言われているらしいですからね、男であれば襲う理由は少ないので見逃されたかもしれませんが、僕たちは女性だけのパーティーですので、諦める事はしないとシアさんは予想しています。


 「エイプのランクは?」

 「D~B」

 「かなり曖昧ですね」

 「うん。群れの数もそうだけど、リーダーが居るかどうかが問題」

 

 願わくばリーダーが居らず、群れの数が少ない事を祈るって事ですね。


 「リーダーは確実にいる」

 「どうしてそう思うのですか?」

 「斥候がいたから」

 「なるほどね。斥候の役割を与え、こちらの情報を収集するほどの知能があり、捨て駒としての役割を与えられたのにも関わらず、それに従わざるおえない上下関係が出来上がっている」

 「それでしたらリーダーが居ると考えるのが自然ですね」


 納得する理由ですね。

 魔物は同種であれば、格上の立場にある魔物に従う傾向があります。

 ゴブリンもオークも群れを作る魔物ですが、どちらも上位種であるキング、その下に将軍ジェネラルなどと呼ばれる個体がいます。


 「確か、エイプは夜行性だったよね」

 「はい、私の村でも夜に被害が出る事が多かったです。実害はなかったですけどね」

 

 夜行性なのは更に面倒ですね……。


 「とりあえず、先に進みましょう。少しでも距離を稼いでおきたいです」

 「そうね、今も警戒して進むけど、本番は夜だろうし」

 「今のうちに野営できそうな場所と戦いに適した場所を探したいです」


 森の中はエイプの領域テリトリーで、相手の土俵で戦う事になりますからね。

 今のうちに、僕たちが少しでも有利に戦える場所を選ぶ必要があります。


 「少し、急ぎましょう。最悪の場合は、転移魔法陣で非難する事も視野にいれます」

 「魔法陣壊されたら?」

 「そうならないように、夜の間は僕だけ残り、防御魔法で守ります。そして、朝になったらみんなに合流して貰う形でお願いします」


 エイプでしたら、余程の事がない限り防御魔法を突破されない自信があります。


 「私も残る。ユアンの防御魔法の中なら安心」

 「そうですね。ユアンさんの防御魔法の中なら安全に過ごせます」

 「私はシアとユアンをキアラを好きにしていい権利があるし、みんなが居る場所にいるよ」


 好きにしていいとは言っていませんけどね。

 僕の提案は却下となりました。となると、野営に適した場所を探す必要がありますね。


 「それならば、野営できる場所を探しましょう。日が暮れる前に」


 初日からエイプに目をつけられる事となり面倒ですが、仲間がいるのはエイプだけではありません。

 僕にも大事な頼れる仲間がいます。

 僕たちは、進むペースを速め、森を進みます。


 「急いでいるのにっ!」


 といっても、相変わらずの獣道です、あまり速度は変わりませんけどね。

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