第100話 弓月の刻、トレンティアを旅立つ

 とうとうこの日がやってきました。

 地上タイプ、洞窟の家に転移魔法陣を設置してから2日程経過した、朝食を食べ終え、今日はどう過ごすか考えている頃に、それは起きました。


 「きました!」

 「どれどれ……え……?」


 皇女様から預かっていた通信の魔法道具マジックアイテムが反応あり、スノーさんが内容を確かめるべく、魔法道具マジックアイテムを覗き込みます。

 そして、覗き込んだ瞬間、スノーさんは慌てたように、魔法道具マジックアイテムを手に持ち、そしてスノーさんの時が止まりました。


 「どうしたのですか?」

 「…………」


 水晶のような形の魔法道具マジックアイテムには文字が浮かんでいます。

 スノーさんががっちりと手に持ち、眺めている為、その文字は僕からは読めませんが、スノーさんが固まる程の事が書いてあるようです。

 もしかして、罪が重くなったとか……でしょうか?


 「スノー貸す」


 固まったまま動かないスノーさんの手かシアさんが魔法道具マジックアイテムを奪い取ります。

 奪い取られたにも関わらず、スノーさんは放心したように同じ態勢で固まったままです。


 「……スノー、どんまい」

 

 シアさんがスノーさんの肩をポンと叩きます。どうやら、スノーさんに関する事も書いてあるようですね。


 「シアさん、貸して貰えますか」

 「うん」


 シアさんから魔法道具マジックアイテムを受け取り、僕はその内容を確認します。

 最初は、タンザで起きた出来事が書かれていますね。

 そして、タンザの領主が捕まった事に繋がり、その後に僕たちの事が書いてありました。


 「冒険者ギルド所属、弓月ノ刻、及ビ、第二皇女、護衛騎士団、副団長、スノー・クオーネ、国外追放処分トスル」


 単語が区切られながらなので、読みづらいですが、魔法道具マジックアイテムにはそう書いてありました。


 「え……スノーさんも国外追放処分ですか!?」

 「そうみたい……」


 ようやく我に返ったスノーさんが深く項垂れています。


 「何があったのでしょうか?」

 「私にも、わからないよ。ただ、これが現実だという事はわかる……現実だよね?」

 「現実」

 「本当に……?」

 「本当」

 「ユアン、ちょっとこっちに来て……」

 「はい?」


 スノーさんに手招きされ、僕はスノーさんに近寄ります。

 そして、スノーさんはわしゃわしゃと僕の耳と尻尾を触り始めました。


 「あぁ……本当だ、現実だ……尻尾と耳がモフモフしてる」

 

 スノーさんが現実逃避してます!

 いえ、現実かどうか確かめる為なので、現実逃避ではありませんけど、追放処分から目を背けています。


 「シアも……モフモフさせて」

 「やだ」

 「キアラ~」

 「あ、あの……スノーさん?」


 シアさんに断られ、矛先がキアラちゃんに向かいました。

 スノーさんはキアラちゃんを引き寄せ、耳をくにくに触り始めます。


 「キアラの耳はモフモフしてないけど、ぷにぷにすべすべしてるねぇ~」

 「あ、ありがとうございます」


 スノーさんがまずいです。壊れ始めました!


 「平気。スノーはいつも通り」

 「そう言われると、そうですね」

 

 僕たちの耳と尻尾の事となると、スノーさんは確かにこんな感じですね。

 思った以上に、ダメージは受けていなさそうですね。


 「そんな事ないよ。まぁ、事実として受け止めなければいけないからね。それよりも、これからどうする?」

 「そうですね。少なくとも街にはいられませんね」


 国外追放の処分を受けた訳ですからね、街に滞在するのは許されません。

 今後は補給をする際には村には、身分証の必要ない村などに立ち寄らなければなりません。

 幸いにも僕には収納魔法があるので、その必要はありませんが、普通の人ならかなり大変な処分であるはずです。

 下手すれば、補給もままならず、物資が尽きる場合がありますからね。

 そういう人が盗賊に転身する事もあるので、国外追放処分ってあまり課せられない珍しい罪でもあるそうですけど。


 「それじゃ、そろそろ国境に向かおうか」

 「そうですね。その方がローゼさんにも迷惑かかりませんしね」

 

 この場合、ローゼさんに一言声を掛けてから出ていくべきでしょうか?

 ギルドにも旅立ちの前には顔を出すように言われてますし。

 ギルドの方は近々、旅立つ事を伝えてあるので問題ありませんが、ローゼさんは問題ですよね。

 話し合った結果、僕たちはこのまま静かに街を離れる事となりました。

 僕たちに連絡が届いたように、街の領主であるローゼさん達にも僕たちが国外追放処分と決まった事は届いているでしょうからね。

 事情は察してくれると思います。

 

 「意外と薄情なのね」

 「そんなことありませんよ?」

 「あら、驚かないのね」

 「慣れましたからね」


 正確には、キアラちゃんとスノーさんの精霊さんを感知できるように練習したからですけどね。

 そのお陰で、僕はフルールさんが突然現れましたが、慌てずに対応する事ができました。

 フルールさんが現れる直前に、精霊特有の魔力が集まるのがわかりましたからね。


 「それで、ローゼには何も告げずにいくの?」

 「はい、ご迷惑をおかけしますからね」

 「そう。なら、私からは何も言わないわ」

 「ありがとうございます」

 「お礼を言われる事ではないわよ。それに……ユアン達はいずれ、この地に再び戻る事になるだろうし」

 「はい、こっそりですが、洞窟の家の方を利用させてもらう予定ですからね」

 

 転移魔法陣の有用性がよくわかりますね。

 流石に魔物が沢山いる場所では僕たちがいない間に壊される可能性があるので多用は出来ませんけどね。


 「そういう意味じゃないんだけど……まぁ、いいわ」

 「どういう事ですか?」

 「ううん、忘れて。まだまだきっと先の話だしね」

 「はい……わかりました?」


 とても意味深な事を言われましたが、フルールさんはそれ以上教えてくれそうにありませんでした。


 「直ぐに行くの?」

 「いえ、人目の少ない夜にでも出発しようと思います」

 

 僕たちの事がどこから伝わっているからわかりませんからね。既にギルドでも広まっている可能性はありますので、変に騒ぎになるのを避ける為の処置です。


 「トレントの森を抜けた先には検問所があるから、夜に出るくらいなら、出発は早朝にした方がいいわよ」

 「そうなんですね」


 考えれば当然ですね。

 そういった場所がなければ、国境側から来た人がフリーでトレンティアに入れてしまいます。


 「まぁ、ユアン達が転移できたら、私も顔を出すようにするわね」

 「はい、助かります」

 「それも、ローゼに返されなかったら、だけどね」

 「が、頑張ってくださいね?」

 「えぇ、それじゃ、またね。弓月の刻に龍神様のご加護がありますように」


 そう言ってフルール様の姿は消え、精霊特有の魔力が散っていきます。

 

 「という事で、出発は明日の朝になりますので、準備をお願いしますね?」

 

 準備と言っても、必要な物は僕の収納に入っていますけどね。

 こうして、僕達は最後の夜を迎えたのでした。

 そして、翌朝。

 シアさんに抱えられながら、目覚めた朝。

 幸いにも天気は雲一つない晴天。絶好の旅立ち日和となりました。


 「こうやって、歩くと違った景色に見えますね」

 「うん」

 「私達、森の中ばかり歩いていましたからね」

 

 キアラちゃんが言う通り、トレントの森は調査ばかりで、草木の生い茂った足場の悪い場所ばかり歩いていました。

 しかし、今は街道を歩いています。

 馬車も通れる舗装された綺麗な道、両脇に僕たちを見送るように並んだ背の高い木々、その木が造り出した葉のトンネル。

 これが、トレントの森の本来の姿、楽しむ場所なのですね。

 

 「待っておったぞ」


 トレントの森を抜けると、そこには僕たちを待っていてくれる人たちがいました。


 「ローゼさんにローラちゃんにロールさん……フィリップ様まで……」

 「水臭いのぉ、儂らは信用ならんか?」

 「そんな事、ありません。ですが、ご迷惑になるかと思いまして」


 ローゼさん一家が勢ぞろいで検問所の前に立っています。

 その近くには、ミストさん、フィオナさん、カリーナさんも居ます。

 どうやら、わざわざ僕たちの為に見送りに集まってくれたようです。


 「ユアン、お姉ちゃん……ありがとう、ございました」


 ローラちゃんが僕に抱き着き、声を震わせてお礼を伝えてくれます。


 「ずるい」

 「ずるいわね」

 「ずるいです」

 

 今は、感動の場面です。それなのに、僕の仲間ときたらこれですからね。

 折角のシーンが台無しです!


 「ローラちゃん、また来ますので、元気でいてくださいね」

 「うん、必ず来てくださいね。それまでに勉強し、立派になりますから!」

 「はい、楽しみにしていますね」


 どうやら、ローラちゃんには転移魔法陣の事を伝えていないようで、長い間会えないと思っているようですね。

 ですが、ローゼさんが伝えてない以上、僕がそれをいう訳にもいきませんので、僕はローゼちゃんを撫で、僕の素直な気持ちを伝えました。


 「ユアンさん、この度はトレンティアを救って頂きまして、誠にありがとうございました」

 「私からも礼を伝えさせてくれ、ローゼ様と娘のローラを助け、この街を助けてくれ、本当に助かった」


 ローラ様とフィリップ様が頭を下げてくれます。

 

 「あ、頭をあげてください!トレンティアが無事だったのは、トレンティアの冒険者の方や、フィオナさん、カリーナさん達、騎士団の方のお陰でもありますからね」

 「それも事実ですが、それを踏まえたうえで、です」

 「弓月の刻がいなかったら、実際の所どうなっていたかわからないからな」

 「大袈裟ですよ」


 二人に散々と礼を伝えられ、僕もお世話になった事のお礼を告げる事が繰り返されます。


 「お主ら、いい加減にせぬか。ユアン達が出発できぬじゃろうが!」


 そして、ローゼさんに怒られてしまいました。


 「では、次は俺らからだな」

 「ユアン、事情は聞いた。大変な事になっているな」


 ローゼさんに叱られ、フィリップ様とローラ様が下がると、続いて大柄な男性が二人、僕たちに挨拶にきました。


 「そんな事はありませんよ。成り行きですからね」

 「そうか。少なくとも、俺もグローも、ユアン達と共に戦った冒険者はお前たちの事を蔑むような者はいないから安心しろ」

 「そんな奴が居たら、バシッと鉄拳を味合わせてやるよ。ユアンのスタッフの代わりにな」

 「それは、忘れて貰えますか?」


 いつの間にか、弓月の殴り魔という2つ名がトレンティアで広まってしまいました。

 当然僕の事らしいです。

 恥ずかしすぎます。

 それを見て、周りから笑い声が響きました。他人事だと思って、酷いですよね!

 ですが、お陰で湿っぽい旅立ちにならなくて助かりました。

 旅立ちは、笑顔が一番ですからね。


 「では、僕たちは行きますね!」

 「うむ、フィオナ、カリーナ、ミスト、国境まで頼んだぞ?」

 「「「お任せください」」」

 

 ローゼさんの言葉に僕は首を傾げます。


 「歩きは大変じゃろう。国境まで馬車に乗っていくがよい」

 「え、ですが、僕たちは既に犯罪者です。ローゼさんの立場が……」


 犯罪者に手を貸すのはマズいです。

 この事がバレた時、ローゼさん達が下手すれば罰せられる可能性があるかもしれません。

 手を貸してはいけない筈の犯罪者を手助けしたとしてです。

 

 「儂としては、犯罪者のユアン達には一刻も早く、国を出て貰わなければならぬからな。これは必要な処置じゃと思うのじゃが?」


 か、完全な屁理屈です……。


 「私達が責任を持ち、国外追放となった弓月の刻の護送致します」

 「捕縛は致しませんが、馬車で大人しくしていてくださいね?」

 

 そして、拒む事ができないように、フィオナさんとカリーナさんが畳みかけてきます!


 「わかりました。大人しく護送されます」

 

 実際の所、ありがたい事ではあります。

 歩きよりも馬車での移動の方が早く移動でき、楽ですからね。

 僕たちは馬車に乗り、いよいよ出発の時を迎えます。


 「お姉ちゃん達、必ずまた来てくださいね!」

 「いつでも来るがよい。必要な物は用意しておいてやるからの」

 「はい、色々とありがとうございました」

 

 僕は、馬車の中からですが、お礼を伝えます。これが最後ではないとわかりつつも、淋しく思えるのは、それだけ居心地が良かったからですね。


 「では、出発します」


 ミストさんの言葉と共に馬車が動き出します。


 「お姉ちゃん、またねー!」

 

 離れていく馬車に向かってローラちゃんが手を振ってくれます。

 ローラちゃんだけではなく、ローゼさんもロールさんも、いい年しした男性3人も恥ずかし気もなく手を振って見送ってくれます。


 「いい街でしたね」

 「うん」

 

 色々あったトレンティアでしたが、終わってみれば楽しい事も多かったです。


 「また来ましょうね」

 「そうだね、堂々と来れるように頑張らないとね。私も帰れるようにさ」

 「そうですね」


 スノーさんも何故か国外追放となってしまいましたからね。


 「キティがトレンティアを拠点に残ってくれるから、情報は任せてくださいね」

 「はい、お願いしますね」


 ラディくんはタンザに、キティさんはトレンティアを拠点として召喚されない時は活動するようです。

 協力者がいるからこそですが、2つの街の情報が手に入るのは有難いです。


 「それにしても、やっとアルティカ共和国に着くのですね」

 「ユアンの家、楽しみ」

 「直ぐには買えませんよ?」


 家の相場がどれくらいかわかりませんし、先にやる事を済ませなければ行きませんからね。


 「そういえば、アルティカ共和国ってどんな国なの?首都はどの辺?」

 

 その辺りの情報は僕も知りません。ただわかるのは、幾つかの国にわかれ、格王様が連絡をとりあい、協力しているって事くらいです。


 「首都はない」

 「そうなんだ。よく戦争が起きないわね」

 「獣人は平和主義。自分たちの生活、文化守る方が大事」


 それ故に、人族に比べ発展が遅れているようです。

 その代わり、実り豊な大地が広がっているようで、美味しい物が沢山あるみたいですね。


 「楽しみですね!」

 「うん。ユアンもきっと気に入る」

 「私も楽しみだな。耳と尻尾が沢山……ふふっ」

 「えっと、勝手に触ったりしては駄目ですよ。多分、怒られるから」


 獣人にとって、耳と尻尾は大事ですからね。

 僕も知らない人に触られたら怒ります。

 シアさんに関しては未だに、スノーさんとキアラちゃんにも触らせないくらいです。


 「わかってるよ。ユアンとキアラで我慢するから。シアもそろそろ……」

 「考えとく」

 「ふふっ、楽しみね!」

 

 スノーさんは喜んでいますが、シアさんは簡単に触らせないと思います。

 スノーさんは明るく振舞っていますが、まだ国外追放となった事に戸惑っていると思いますからね。

 シアさんの気遣いだと思います。

 どうしてそうなっているのかはわかりませんが、僕たちのやる事は変わりません。

 国境までは馬車で進めば3日程の距離。

 僕たちは国境までの道のりをのんびりと進むのでした。

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