第99話 皇子と皇女
「殿下、ご報告がございます」
「何かな?」
「トレンティアで事件があったようです」
「叔父上絡みの事かな?」
「ご存知でございましたか」
「少しだけね」
僕の耳にも既に報告が入っていたからね。
「それで?」
「叔父上は現在、トレンティア領主に捕縛されているようです」
「なるほどね」
まぁ、叔父上の焼死体は偽物だった訳だ。
その辺は正直どうでもよかったけど、勝手な事をこれ以上されても困るし、ちょうど良かったかな。
「どうなさいますか?」
「どうにもしないよ?トレンティア領主に任せればいいよ」
「ですが、あの街の領主は和平派の中心人物でございますが?これをきっかけに我らに圧を掛けてくる可能性もございます」
「そうだね。それでも、問題ないよ」
「殿下の叔父上が魔族と繋がっていたとしてもですか?」
「うん、問題ないよ」
これは叔父上が勝手に起こした行動だし、僕にとってはどうでもいい事だからね。
それに、僕たちの計画は誰にも止められない所まで進んでいる。このくらい何の障害にもならない。
「それと、もう一つ」
「何かな?」
「妹君が殿下に面会を求めています」
「理由は?」
「タンザの件でご報告があるようです」
「なるほどね。面白そうだ、直ぐに手配してくれるかい?」
「畏まりました……殿下、ようやくですね」
「うん、そうだね」
ここまでの道のりは長かった。
「宰相、良くやってくれたね」
「恐縮でございます」
「僕たちの野望が長い時を経て、ようやく叶う所まできたね」
「はい、ですが失敗はできません」
「わかっているよ。最後までよろしく頼むよ?」
「はい、我が心は殿下と共に」
では、まずは僕に会いたがっている妹と対談でもしようか。
「すぐに場を用意してくれ、集められるだけでいいから、僕の派閥の者もね」
「ご用意致します」
さて、妹はどんな面白い提案をしてくれるだろうか、今から楽しみだよ。
どう足掻いても、僕らの野望の為に犠牲になって貰うのだけどね。
「兄上が会ってくださると?」
薄い望みにかけたつもりでしたが、予想外の返答に逆に驚きました。
「はい、殿下は既にお待ちでございます」
「わかりました、このまま私達も向かわせて頂きます」
「では、こちらに」
兄上の側近である宰相に案内され、私達は兄上の待つ場所へと向かう。
「エメリア様、この度は長き遠征、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「何か、収穫はございましたか?」
「……それは今からの報告で纏めて話させて頂くので、少しお待ちいただけますか?」
「失礼いたしました」
他愛のない雑談に見せかけ、宰相が私から情報を引き出そうとしているのがわかります。
若くして、そして女性でありながら兄上の側近として、国の宰相に昇りつめただけあります。決して油断できる相手ではありません。
「殿下、お連れ致しました」
「うん、入っていいよ」
案内されたのは、国でも一部の者しか入る事が許されない会議室。
中に入ると、すでに兄上の派閥の者……強硬派の重鎮とも呼べる者達が席に着いていた。
中にはあまり顔なじみのない者もみられるのは、何かしらの策略でしょう。
「やぁエメリア、久し振りだね」
「はい、お久しぶりですお兄様」
「とりあえず、かけなよ。そちらの、護衛の方もね?」
そう言って、エレン姉さまに席を勧めてきます。
「いえ、私は護衛ですから、不要です」
「そうかい? まぁ、好きにするといいよ」
兄上はエレン姉さまが立場を明かせない事をわかっていてやっています。
エレン姉さまが第一皇女だと知っているのはこの国でも僅かな人だけ。
この場では、私、兄上、宰相だけでしょう。
兄上と宰相が洩らしていなければ、ですが。
「それで、僕に面会を求めた訳だけど、どうしたんだい?」
「その前に、まずはご挨拶を。この度は、私の為にお集り頂いたようで、感謝致します」
頭を下げず、強硬派の人物を見渡しながら、社交辞令を述べる。
「いえいえ、エメリア様から面白い話を聞かせて頂けると聞きましたからな」
「それはそれは、とても愉快な話なのでしょうな」
私の挨拶を小馬鹿にするように返され、私はぎゅっと拳を握り、怒りを抑えます。
頭に血を登らせ、不用意な発言をするのは愚の骨頂。
「皆さまが楽しめるような、面白いではありませんのでお許しを」
「構わないよ、聞かせてくれるかい?」
兄上はかなり余裕な様子ですね。ですが、私の報告する事は、強硬派の失態。余裕を持てるのはいつまででしょうか?
「えぇ、まずは、タンザの領主である、叔父上が起していた所業についてお話します」
私は、淡々と叔父上のやってきた悪事を述べ、強硬派に突きつけます。
知らなかった者もいるようで、叔父上が起していた悪事に驚き、顔をしかめる者もいます。
「良く調べてくれたね、ありがとう」
「いえ、ですが、叔父上は兄上の派閥の者です。この責任はどうとるおつもりで?」
「その件は後で話そうか。それより、先にまだ伝える事があるだろう?」
回答を先延ばしにするつもりですね。
ですが、起きた事実は覆ません。回答は後でも構わないでしょう。
「では、もう一つ、領主の館を襲撃した者の処罰についてです」
私は、領主の館を襲撃した犯人とし捕まえた弓月の刻を国外追放処分を言い渡した事を伝える。
「馬鹿な!その程度の処罰で許される筈がない!」
「そうだ!領主の館を襲撃したのならば、国家反逆罪、死刑が妥当の筈だ!」
やはり、そうなりましたね。
「ですが、その一方で我がルード帝国の威信を守ったとも言えます。何よりも、私はその現場を目撃しております故の判断です。それとも、その現場を目撃した者がこの場に居るのでしょうか?」
「いないね」
「では、判断を下せるのは私だけだと思いますが、どうでしょうか?」
沈黙が会議室に流れます。
この流れでは流石に兄上と言えど、対抗できないようですね。
「では、弓月の刻は国外追放処分という事で……」
「それはおかしいよ?」
「お兄様、何がおかしいのでしょうか?私は妥当な処分だと思うのですが」
「僕からも少し話させて貰うけどいいかな?」
「はい、お聞きします」
何を言うつもりかわかりませんが、私の判断を覆せるとは思いません。
「まず、叔父上の件から話そう。良く聞いてくれ、叔父上はトレンティアで捕縛された」
「え?」
叔父上が?
叔父上はあの時、焼死体として見つかった筈……。
「そして、叔父上は魔族と繋がっていたんだ」
「なんと!」
「そんな事が……」
私達よりも強硬派の人達が驚いている。当然、私も兄上が何を、何で、そんな事を言っているのか理解がおいつきません。
「嘘、ですよね、お兄様?」
「本当の事だ、トレンティアの領主から報告があがっている」
トレンティアの領主といえば、私ら和平派の重鎮です。嘘をつく理由がありません。
「続けるよ。叔父上は魔族と繋がっていた、そして、トレンティアの襲撃を企てたらしい」
会議がざわめきます。
「そして、その襲撃を防ぐのに、先ほど話にあがった弓月の刻が奮迅したと聞く。そこで、僕は問いたい、果たして、一度だけではなく二度もルード帝国の威信を守った弓月の刻は、国外追放される立場であるかどうかを。僕はそう思わない、悪に立ち向かい、平和を守った弓月の刻は英雄なのではないだろうか?」
「確かに……。全体で見れば、ルード帝国に大きく貢献していると言えるな」
「間違いないな!」
私が予想していた展開とは全く逆の展開が繰り広げられています。
このままでは、スノー達が国境を越える事が出来ない。
「ねぇ、エメリア? 君はどう思うんだい?僕としては、弓月の刻に褒章を与えてもいいと思っているくらいなんだけど、実際の現場を見た君しかわからない事もあるからね」
「わ、わたしは……」
一瞬にして追い詰められました。
まさか、こんな手で来るなんて。
「エメリア?」
「くっ……私は、弓月の刻を国外追放を勧めます」
「何故だい?」
「……結果だけ見れば、弓月の刻は正しい事をしたかのように見えますが、実際は、
「館に火を放ったのは彼らだったのか。それは知らなかったなぁ」
スノー……弓月の刻の皆さま申し訳ございません。ですが、これもルード帝国の未来の為です。
「はい、なので、行った行為と功績を天秤にかけ、考えた結果、その危険性から国外追放を推します……」
「そうか、僕としては弓月の刻は十分に評価に値すると思ったけど、エメリアがそう判断するなら仕方ないかな」
構図として、弓月の刻を守る強硬派と貶める和平派の構図になってしまいました。
しかし、私の予定通りに軌道修正は出来ました。
しかし、それもすぐにお兄様によって崩される事になりました。
「そうか、だけど、国外追放とはいえ、国境を越える事は出来ないからどうしようか?」
「……どういう事ですか?」
「エメリアが居ない間に、決まった事だから申し訳ないけど、国外追放の者も国境を通る事は出来ないと決まったんだよ」
「そんな、では、彼女らはどうすればいいのですか!?」
「そうだね……確か、国境の北には森があったよね、そこなら通っていいんじゃないかな?あそこの森は何処の国の物ではないからね」
国境の北……魔の森ですか!
あの場所は、魔物が多く、人族、獣人族、魔族、全ての国と接している森の為、所有権はどの国にもありませんが、そこを通れと?
「それはあまりにも危険です!」
「そうだね。なら、どうしようか?国境を越える事もできない、滞在も許されない。いっその事、別の刑を与えるか、僕の提案通り褒章を与えるかだね」
「別の刑となると、死罪が妥当ですかな?」
「しかないでしょう」
悪い方向に話が進んでいく。
「他に方法はないのでしょうか?」
「変だね、エメリアは追放処分を望んでいるのに、どうしてそんなに弓月の刻を庇うんだい?なにか理由があるのかな?」
「……ありません。ただ、スノーが、私の騎士団副隊長が監視としてついていますので、その者が心配なだけです」
「そうなんだ。だけど、彼女の役目は弓月の刻が国外に出た事を見守る事が役目、魔の森に一緒に入る必要はないんじゃないかな」
「いいえ、彼女には国を出ただけではなく、他の国へ着いた事を確認させるように言い渡してあります。私の指令に忠実で真面目な彼女は最後まで遂行するでしょう……それに……」
スノー、ごめんなさい。
「彼女は、
「なるほどね。それで、どうするんだい?判断は君に任せるよ、エメリア?」
全ての判断を私に委ねられました。
兄上からの、状況からの、何よりも私を助けてくれている者達を売ってしまった事に対する圧が、胸を締め付けます。
兄上には全て見透かされている。
こうなる事は最初から兄上の予想通り、全ては兄上の手のひらのうえだったという事。
「弓月の刻、及び、スノー・クオーネを国外追放とし、魔の森を通り、国外に出る事を提案します」
「わかった、みんな聞いたね?異議がある者はこの場で言ってくれ」
「「「異議なし」」」
満足そうに兄上が頷きました。
「では、宰相、この後そのように手筈を整えてくれ」
「畏まりました」
「あぁ……出来れば、弓月の刻からも話を聞きたかったな。だけど、魔の森に入るとなると無事には抜けれないかもね。あの森で死んでしまったら何も残らないし……残念だ」
それが、兄上の理由なのですね。
魔の森によって、私の策を潰す。
弓月の刻もスノーも……私がアルティカ共和国に届けようとして密書も全て、闇の中へと。
「あぁ、そうだった。僕からも一つエメリアに伝える事があったんだ」
「…………何でしょうか?」
「準備は整ったから、軍を国境に動かすよ。エメリア達も参加して貰うから、直ぐに準備してね。来週には発つからさ。もちろん、これは強制、父上にも許可を頂いているから、よろしくね?」
私は、この場で意識を失いそうになりました。
どうにか、エレン姉さまに声をかけられ、それだけは避ける事は出来ました。
しかし、私の目指す場所は、平和は……限りなく小さな光なのだと、思い知らされたのです。
皆さん……どうかご無事で……。
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