第98話 弓月の刻、転移魔法陣を設置する

 「それで、どんな精霊と契約をしたのですか?」


 依頼を終えた翌日、ギルドに報告も終え、森の調査、襲撃の防衛、転移魔法陣の除去、それぞれの報酬を受け取り、家に帰ってきました。

 報酬で受け取った金額は合計で金貨100枚以上です。予想以上の大金を手にし、一度落ち着くために湖の家に戻ってきた所です。

 

 「私は風の精霊さんと契約できましたよ」

 「私は、水の精霊だね」

 

 昨日、叫び過ぎたせいか、二人とも声がガラガラになっていますね。

 後で、回復魔法で癒してあげたいですね。効果があるかは試した事がないので不明ですけどね。

 それにしても、キアラちゃんが風でスノーさんは水ですか。

 弓を扱うキアラちゃんは風との相性は良さそうですね。

 ですが、水ってスノーさんはどうなのでしょうか?


 「契約して、変わった事はありますか?」

 

 そこで二人は顔を見合わせます。

 

 「私は、魔法自体が苦手だったから、まだよくわからないかな」

 「近くに精霊の存在を認識できますが、まだそれくらいですね」


 その辺りは普通の魔法と全然違うみたいですね。


 「そんなものよ。会話は出来るはずだから、焦らずに精霊との仲を深める事ね」

 

 またいきなり登場しました!

 いつの間にか、ソファーに座り、お菓子を食べていますし……。


 「いきなり登場するのは驚くからやめてくださいね?」

 「それが楽しいからね。むしろ、私が敵だったらどうするの?精霊を感知できるくらいにはならないとね」


 むむむ……そう言われると、困ってしまいます。実際にフルールさんが敵だったら僕たちは懐に入られてしまっている訳ですからね。


 「何しに来た?」

 「案内よ?昨日言ったでしょ、転移魔法陣を置く場所をローゼに相談してくるって」


 そんな事を言っていましたね。

 スノーさんとキアラちゃんの事で忘れかけていましたけど。


 「良い場所はあったのですか?出来れば、人目につかない、あまり人が来ない場所の方が助かるのですが」

 「えぇ、最適な場所がね。早速向かいましょうか」


 フルールさんの案内元、僕たちは転移魔法陣を置ける場所に向かう事になりました。


 「こんな森の中に最適な場所があるのですか?」

 「えぇ、着いてくればわかるよ」

 

 森の中を進みます。しかし、森の中と言っても、人が歩ける道のある森です。

 湖の家から直ぐ近くの森なので、トレントの姿も他の魔物の姿も見えない、普通の森の中です。もちろん、探知魔法で辺りの事を確認しているので、魔物が居ない事は確実です。


 「こっち、知ってる」

 「シアさん知っているのですか?」

 「うん。前に来たことある」


 シアさんって変な事知っていたりします。無口無表情な事が多いですが、実は好奇心旺盛だったりするのですよね。


 「どこに向かっているのですか?」

 「陸地タイプのとこ」

 「陸地タイプ?」

 

 なんの事でしょうか。ですが、何処かで聞いた覚えもある気がします。


 「確か……此処ね」

 「ここですか……?」


 ついた場所は、洞窟のような場所でした。

 普通の洞窟とは違う事は、洞窟の入り口が扉になっている事くらいでしょうか。

 洞窟の前は少し広めに開けていて、近くには泉と小川が流れています。


 「ユアンさん、魚がいますよ!」

 「見たことない魚ですね」


 泉の大きさは直径20メートル程ありそうです。そして、そこから幾つも枝分かれするように小川が作られています。


 「それは、ヤマメね」

 「ヤマメですか?」

 「えぇ、川魚の種類で警戒心が強く、釣るのが大変な魚よ」


 どうやら、湖にいる魚とは違う種類のようですね。

 

 「釣りたい」

 「ですね」


 釣るのが大変と聞き、すっかり釣りに嵌ってしまった二人がやる気を出しています。


 「また今度ですよ。先にやる事があるので」

 「うん」

 「残念です」


 しょんぼりと肩を落とす二人には申し訳ありませんが、フルールさんを待たせる訳にはいきませんからね。


 「それじゃ、中に入りましょう」


 フルールさんに案内され、僕たちは洞窟の中へと続く扉を開けます。

 

 「ふわぁ~!」


 扉の中は想像とかなり違いました。

 僕は思わず、驚きと感動の声が出てしまいます。


 「洞窟の中に家があるの……?」

 「びっくりです」


 そうなのです。

 普通洞窟といえば、暗くジメジメしているのですが、この洞窟はそうでないのです。

 灯りの魔石がつけられいるので、中は明るいですし、ジメジメどころかひんやりと涼しく快適なのです。

 そして、リビング、キッチンもあります。

 空気が籠っていないようなので、何処かに空気の通り道がありそうですね。


 「確か、そっちがトイレで、あっちがお風呂。部屋が二つと倉庫があったかな。転移魔法陣は倉庫にでも置くといいわね」

 

 湖の家と変わらない広さがありそうです。

 むしろ、2階建てではない分、広く感じるくらいです。


 「本当にここを使っていいのですか?」

 「えぇ、ローゼから許可を貰っているから、問題ないわよ」

 「助かりますが……ここは本来どういった目的で使用する場所なのですか?」


 明らかに、人が生活するように作られた空間です。何かしらの使用目的があったのだと思います。


 「ここ、陸地タイプ」

 「その陸地タイプって何でしたっけ?」


 聞いた覚えがあるのですが、思い出せません。


 「ここは、ローゼが経営する宿の一つよ」

 「あぁ、確か最初に水上タイプと陸地タイプの選択があったね」

 「そういえば、そんな事を聞いた覚えがありますね」


 シアさんが水上タイプを選択し、僕たちはそこに泊まっていました。そして、その時にもう一つ選択肢があったのですが、どうやらその選択肢がこの場所のようです。


 「という事は、ここは本来、お客さんが泊まる場所って事ですよね?」

 「そういう事になるわね」

 「お客さんが来たらマズくないですか?」

 「来たらマズいでしょうね。だけど、今まで一度もここを使われた事はないらしいわね。折角、トレンティアまで来たのに、わざわざ高いお金を払って、湖から離れた洞窟に泊まる人はいないみたいね」


 確かに、僕たちも水上タイプでしたね。


 「だから、今後は湖の家一本で経営をしていくとローゼは言っていたわよ。だから、この場所はユアン達にくれるって……これは、権利書だから、無くさないようにね」


 そういって、高そうな丸められた羊皮紙を渡されます。

 中を開くと、所有者の名前が僕たちの名前が書いてあります。


 「えっと、決定事項ですか?」

 「えぇ、これを渡した時点でね。大丈夫、税はとらないらしいから」


 どうやら強制的にこの場所は僕たちの物になってしまったようです。


 「ローゼさんにお礼を言わなければですね……」

 「必要ないわよ。逆にこれはローゼからのお礼でもあるし、これでいつでもユアンに依頼を頼める訳だからね。その時はよろしく頼むわね」


 そういう狙いもあったのですね。

 でも、依頼をこなすのは嫌ではありませんので、僕たちにとって大きなプラスになると思います。


 「けど、管理が大変そうだね」

 「掃除大変」

 「定期的に戻ってこないと駄目ですね」

 

 3人の言う通りですね。

 僕たちの所有という事は管理も僕たちがやらなければなりませんからね。


 「その辺は気にしなくて大丈夫よ。私がやっておくわ」

 「いえ、そこまでしていただく訳にはいきませんよ」

 「いいのいいの。私は働いていないと、ローゼに返されちゃうからね」

 「返される?」

 「えぇ、ローゼに呼ばれたのはすごく久しぶりでね。全然呼んでもらえなかったのよ」


 その理由は、働きもせずに、ローゼさんに付きまとった結果、ローゼさんを怒らせたのが原因で強制的に森に返されたのが原因のようでした。


 「ひどくない?ちょっと、10年くらいローゼの家で毎日入り浸ったくらいで」

 「あはは……そうですね」


 10年と簡単に言えるのは長命だからこそですね。ローゼさんもフルールさんも。

 そもそも、フルールさんに寿命の概念があるかもわかりませんけどね。


 「だから、仕事を探さないとまた返されちゃうのよね。そうすると、また呼ばれるまで会えないし」

 「そんな理由があるのですね」

 「えぇ、だからここを管理していれば、それは仕事している事にもなるし、ローゼにユアン達が来たことを伝えることも出来る訳ね。そうすれば、ユアン達が来たことを知らせれる私をローゼは森に返せないと」


 ある意味、フルールさんは僕たちを利用して、ローゼさんに森に返されないようにしている訳ですね。


 「わかりました。フルールさんにも得があるのならお願いします」

 「えぇ、任せなさい。街に行けないのなら、買い出しくらいしてあげるから、必要な物があれば言ってくれれば買ってきてあげるからいつでも頼りなさい」

 「はい、助かります。では、早速ですが、転移魔法陣を設置させていただきますね」

 

 確か、倉庫があると言っていましたからね。そこに設置させて貰う事にします。


 「ユアン、転移魔法陣を描くのはこれに描きなさい」

 「これは?」

 「少し特別な、ただの木の板よ」

 「どっちですか?」

 「まぁ、私が創った木の板よ。普通の木の板よりも丈夫で、魔力伝導率が良くて、転移魔法陣が発動したら私に連絡が届くだけのただの木の板よ」

 「普通ではないという事はわかりました」


 フルールさんは樹精霊ドライアドです。上級の精霊が創った物が普通な訳がありませんからね。

 木の板を持つと、まるで木の板が体の一部になったかと錯覚するくらいスムーズに魔力が流れている事がわかりました。やはり、普通の代物ではありませんね。


 「気にしなくていいわよ。特別なのは私が創ったから特別なだけで、創ろうと思えば簡単に創れるから」

 「そういう事でしたら、お言葉に甘えさせて頂きますね」


 転移魔法陣を木の板に描いていきます。


 「うんうん、いい感じね」

 「ありがとうございます」


 一度、成功していますからね。感覚としてちゃんと覚えています。


 「流石、天狐達の娘ってところね」

 「フルールさんは天狐様達に会った事があるのでしたね」


 天狐様達に教わりロール様を生んだと言っていましたからね。


 「そうね。随分と前になるけどね」

 「その、天狐様達は、どんな方なのですか?」

 「知りたいの?」

 「知れるなら……」


 僕の両親かもしれない人、いえ、ローゼさんは両親だと言っていました。

 なのに、天狐様達の事は全く知りません。知れるなら知りたいと思うのはきっと普通の事です。


 「そうね……一人は無邪気で単純、真っすぐな奴ね。もう一人は、礼儀正しく、思慮深いって感じで、二人とも美人で可愛い人だったわね」

 「ユアンみたい」

 「そうですか?」


 二人の特徴を聞いた限りそうは思えませんけど。


 「ユアンは無邪気で単純な所があるよね」

 「そうですね、礼儀正しい所もあると思います」


 褒められているかどうか判断しにくいですね……。


 「まぁ、ユアンは間違いなく二人の子だと私が断言するわよ……二人に会いたい?」

 「会えるなら、会ってみたいですね」


 その後、どうするかはわかりませんが、聞いてみたい話は色々とあります。


 「ユアンが望めばいつか会えるわよ」

 「フルールさんは、天狐様達の居場所を知っているのですか?」

 「えぇ、知っているわよ。だけど、今は、教えられない」

 「何でですか?」

 「物事には順序があるからよ。ユアンが生まれた意味がそこに繋がる。さすれば、道は自然と繋がる」


 僕の生まれた意味、繋がる道があるとフルールさんは言います。

 

 「まぁ、深く考えずに、思った通りに生きる事ね。単純なユアンちゃん」

 「もぉ、単純じゃないですよ!」

 「それだけの元気があれば大丈夫ね」


 フルールさんの優しさですね、ちょっと暗くなりかけた僕に敢えてからかうような言葉を掛けてくれたのだとわかります。


 「それじゃ、私はローゼに報告しなければいけないから戻るわね」

 「はい、ありがとうございました。後ほど、ローゼさんにお礼を伝えに伺います」

 「ありがとう。ローゼも喜ぶよ、孫のローラもね」


 じゃあねと、手をあげると、フルールさんの姿がスッと消えました。

 普通に会話していましたが、フルールさんは精霊なのだと改めて実感できます。


 「僕たちも戻りましょうか」

 「そうね」


 転移魔法陣も設置し終わりましたからね。今はここでやる事はない筈なので、僕たちは湖の家に戻ろうと思います。後でローゼさんにお礼を伝えに行かなければなりませんしね。


 「ユアン……」

 「あの、ユアンさん……」


 僕が洞窟から出ていこうとすると、シアさんとキアラちゃんが僕の名前を呼びます。


 「どうしました?」

 「ヤマメ」

 「釣りたいです」


 釣りに嵌った二人が耳を垂らし、僕を見つめています。

 特に用事はありませんからね、断る理由もありません。


 「わかりました。スノーさんはどうしますか?」

 「そういう事なら私は近くの探索をしていようかな」

 「わかりました。僕は、湖の家に一度戻り、転移魔法陣を繋いできますね」


 魔物もいませんし、一人でも大丈夫ですからね。それにしても、転移魔法陣は便利ですね。

 きっとこれから大いに役に立ってくれると思います!

 こっそりと、国境を越えてから戻って来れそうですからね。

 僕はみんなと一旦別れ、湖の家に戻るのでした。

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