第97話 弓月の刻、転移魔法陣をみつける
「スノーさんたち、頑張っていますかね?」
「多分」
「そうですね。ですが、魔法を覚えるのは大変ですし、無理していなければいいですけどね」
「うん」
「シアさんは、精霊魔法使えるなら使いたかったですか?」
「別に」
「そうですか。僕はちょっと使ってみたかったです」
「そう」
「シアさんはローゼさんとフルールさんが精霊魔法使う所を見れなかったですからね、見たら驚くと思いますよ」
「うん」
「ぶわーーーーって蔦が夜空を覆って、しゅぱぱぱって蔦が槍みたいになったんです!」
「すごい」
「はい、凄かったです!」
シアさんと転移魔法陣を目指し、二人で森の奥へと手を繋ぎ歩いています。
シアさんは単調な返事しかしないので、傍から見れば僕一人で盛り上がり、相手にされていないように見えそうな感じで歩いています。人によっては気まずく感じるかもしれないですね。
でも、実際は違います。
シアさんと一緒の時間を過ごした僕だからわかります。
その証拠に。
「シアさん、シアさん」
「何?」
「楽しいですね」
「うん」
僕がシアさんに笑いかけると、目を細めてにこっと僕にだけわかる笑顔で返してくれます。
そして、繋ぐ手の振りが少し大きくなるのです。
「あらあら、仲がいいのね」
「わっ!」
転移魔法陣までもう少しの場所まで来た時、突然背後から声がしました。
その瞬間、僕の体がふわりと宙に浮かぶ感覚がしました。
「いきなりびっくりする」
シアさんが僕を脇に抱え、その場から飛びのいたのが原因だったようです。
僕はそっちの方がびっくりしました。ちょっと、ふわっと浮く感覚が楽しかったですけどね。
「ごめんね。ちょっと、悪戯したくなってね」
声の主はフルールさんでした。
口元に手をあて、くすくすと笑っています。
「次は普通に声をかけてくださいね?」
「次の機会があればね」
「二人は?」
「頑張っているわよ。今も必死に精霊に呼び掛けてるかな」
「呼びかける、ですか?」
「そうよ、精霊魔法と扱うには、まずは精霊に気に入れられないと駄目。まだその段階よ」
精霊魔法と言うくらいですので、魔力を精霊に肩代わりしてもらい、精霊を通じて魔法を使うようです。
その為には精霊に気に入れられ、契約を交わす必要があるみたいなので、二人は今その段階のようです。
「上手く契約できそうですか?」
「大丈夫よ。既に、二人を気に入った精霊もいるからね。ただ、それだとつまらないから、私が戻るまで契約しないようには言ってあるけど」
二人は無事に精霊と契約できるみたいです。
ですが、その事を二人は知らないようで、必死に精霊に呼び掛けている状態で放置してきたみたいですね。
「ふふっ、今ごろ何も知らずに叫んでいるんでしょうね」
フルールさんが悪い笑顔をしています。
スノーさん、キアラちゃん……ご愁傷様です。
「それで、何しに来た?」
「あぁ、そうだったわね。転移魔法陣はこの先にあるけど、その前にちょっとアドバイスをしてあげようと思ってね」
「アドバイスですか?」
「えぇ、着いてからのお楽しみだけどね」
何やら、僕たちにアドバイスがあるようです。
ですが、着いてからのお楽しみという事で、僕たちは転移魔法陣に向かう事になります。
もちろん、抱えられたままではないです、ちゃんとシアさんに降ろして貰って、歩いていますからね?
転移魔法陣はフルールさんと出会った場所からすぐの所にありました。
そこに人1人が立てるくらいの大きさの、木の板が落ちていて、その板に魔法陣が描かれています。
あれが、転移魔法陣みたいですね。
「では、早速除去してしまいますね」
「危険は?」
「ないと思いますよ」
転移魔法陣に魔力はほとんど感じる事ができませんからね、そこから何かが飛び出す可能性は低いと思います。
僕が除去をしようと、近づく前に、フルールさんが先に魔法陣に近づき、魔法陣を解析し始めました。
「これは、使い捨てのタイプね」
「フルールさんはわかるのですか?」
「一応ね」
話を伺った所、転移魔法陣は使い捨てと何度でも使えるタイプがあるようです。
「使い捨てなら後を追う事が難しいからね」
「後を追えない為にって事ですか」
「それもそうだけど、別の理由が主ね」
どうやら、使い捨てでも魔力を流せば再度使う事ができるようです。
ただし、転移先の魔法陣が生きていないと使えないみたいですし、目の前の転移魔法陣が完全な状態でないと使えないみたいですね。
「別の理由ですか?」
「えぇ、転移魔法陣だけに限らず、何度も使用する魔法陣は、魔法の負荷に耐えれる素材に描かないと直ぐに壊れてしまう。一度の使用の為にわざわざそんな物を用意したりするのは手間だし、高くつくでしょ?」
「確かに」
「だから、固定の場所を行き来する訳ではないなら普通は使い捨てのこういうのを使うの。これなら、時間と共に自然と消滅するから」
木の板ならば、雨や風を受けるうちに、いずれは朽ちてしまいますね。
「では、除去してしまいますね」
といっても、木の板は転移使った代償か、既にひび割れ、壊れかけています。
僕が何もしなくても近いうちに消滅していたと思います。
「ちょっと待って。アドバイスがまだでしょう?」
「さっきの説明がアドバイスじゃないのですか?」
僕が木の板を壊そうとスタッフを取り出すと、待ったがかかりました。
「あれは、説明だけだからね。ユアンは転移魔法陣を見るのは初めて?」
「はい、初めて見ました」
転移魔法陣は古代魔法の一種ですからね、早々見る事は出来ないと思います。
「折角だし、覚えてみれば?」
「僕がですか?」
「便利でしょ?」
便利かと問われれば、首を縦に振る事しか出来ません。
「ですが、古代文字ですので、理解はあまり出来ませんよ」
古代文字は読める文字と読めない文字があります。
読めるのは収納魔法に使われていた文字のみで、それ以外は全くわかりません。
「大丈夫、私はある程度わかるから」
「そういう事ならお願いします」
「上手く解析できるかはわからないけどね」
そういう事で、フルールさんによる転移魔法陣の解析講座が始まったのでした。
「ここをこうすれば……」
「いいのですね!」
出来ました!
フルールさんの手を借りてですが、どうにか解析が出来ましたよ!
「それじゃ、早速試してみましょう」
「はい!」
新しい魔法を覚えるのは楽しいですね。
知らない事を単純に知る事が出来るのですからね!
「シアさん、ちょっと手伝って貰えますか?」
「んー……終わった?」
「はい。終わりましたよ」
僕とフルールさんが夢中で解析したせいで、気づけば日が傾き始めていました。
辺りはオレンジ色に染まりつつあります。
結構長い間、時間を費やしてしまったので、シアさんは退屈からか、木に寄りかかり眠ってしまっていました。
「シアさんすみませんでした」
「もっとー……」
起きたばかりで、目を擦るシアさんの頭を撫でてあげると、シアさんが甘えてきます。
「後でしてあげますからね」
「わかった」
シアさんが珍しく伸びをしています。
耳と尻尾をピンと立っているのが可愛いです。
「何すればいい?」
「これを持って、僕から見えない場所に置いて待っていてくれれば大丈夫です」
木の板に描いた転移魔法陣をシアさんに渡します。
「危険?」
「初めてなので失敗する可能性はありますね」
「なら、私が実験台」
「ダメですよ、失敗したら困ります」
「ユアンに何かあったら私も困る」
「僕は平気ですよ。失敗して何処かに行っても、もう一回挑戦するだけですので」
シアさんが知らない場所に飛ばされたら、戻る手段がありませんからね。
その点、僕ならもう一回挑戦できますので、僕が実験台になる方が安全です。
「次元の狭間に閉じ込められたらどうしようもないけどね」
何か、怖い事を言われた気がしますが、きっと大丈夫です……よね?
『ユアン、こっちは平気』
『わかりました。少し、離れてください』
『うん』
シアさんに僕の目が届かない場所へと移動して貰い、いよいよ実験です。
『いきますね』
『待ってる』
地面に描いた魔法陣に乗り、魔力を魔法陣に流します。
すると、不思議な感覚に陥りました。
頭の中に映像のようなものが浮かんできました。
何もない、暗闇の中に立つ自分の姿が見えます。
そして、その足元から光の道が出来上がるのです。
多分ですが、転移先の魔法陣への道が創られているのだと思います。
やがて、光の道が大きな光に繋がるのがわかりました。
繋がりました。
『いきます!』
「きた!」
一瞬でした。
視界がぶれたと思った瞬間、目の前にシアさんの姿がありました。
「捕まえた」
「捕まりました」
シアさんに抱きつかれ、成功した事に実感がわきます。シアさんの体温、匂い、どれも本物です。
「ユアンすごい」
「はい、僕も凄いと思います!」
これはちょっと自慢していいですよね!
だって、古代魔法がまた一つ使えるようになったのですから!
「おめでとう。これで、ユアンはいつでもトレンティアに来れるわね」
「そうですね」
といっても、トレンティアの何処かに転移魔法陣を設置する必要がありますけどね。
「それならいい場所があるわよ」
「そうなんですか?」
「普段は誰も使わない、人気のない場所がね。後でローゼに確認しといてあげる」
「ありがとうございます」
「けど、人前で使わない事は勧めておくわ」
「そうですね」
転移魔法は色々と危険ですからね。
今回の事件は魔族が裏で暗躍していたと思います。
ですが、それを確認する術はないのです。
そして、犯人がわからなければ、疑いが広がります。当然、転移魔法が使える者も浮上するでしょう。
本来いない筈の場所に移動できる手段があるのですからね。アリバイを証明できなくなる可能性があります。
そして、転移魔法は危険な使い方も出来るのです。
例えば、こっそりと誰かに転移魔法を描いた物を
トレンティアにゴブリンとオーガなどを送り込んできた方法に似ていますね。今回は、召喚魔法でしたけど、同じようなことは転移魔法でも出来るのです。
「危険性はわかっているのなら、私が口うるさく言う必要はないわね」
「はい、本当に信頼できる人以外には教えないように気をつけます」
今の所、仲間とローゼさんくらいですね。
ローゼさんには設置の許可を頂かなければいけませんし、フルールさんから伝わってしまうでしょうからね。
「イル姉とルリには伝えない方がいい」
「どうしてですか?信頼していますよ」
「定期的に返って来いって言われる」
それがシアさんが嫌、というよりも面倒なようですね。
シアさんの意見を尊重し、今はイルミナさんとルリちゃんには伝えないと約束しました。
ラディくんにも口止めが必要ですね。キアラちゃんに言っておかないと……そういえば!
「忘れていましたが、キアラちゃんとスノーさんは大丈夫ですか?」
「あぁ……完全に忘れていたわ」
フルールさんまで忘れていたようです。
「ユアン、私は先に行っているから、転移魔法を描いた板を貸しなさい。5分後くらいに飛んできて」
「わかりました」
フルールさんはこの森の中なら自由に移動できるようです。
なので、スノーさん達の元に戻り、転移魔法陣の設置をしてくれる事になりました。
「二人ともどうしてますかね?」
「わからない。だけど、可哀そうな事はわかる」
転移魔法陣を覚えるためにかなりの時間を費やしました。日が傾くくらいです、その間ずっと放置され続けた訳ですからね、想像すると心が痛みます。
「そろそろ」
「行きましょう」
「うん、楽しみ」
シアさんも転移魔法は初体験のようで、尻尾を振っています。
僕、シアさんの順番で転移魔法でスノーさん達の元に向かいます。
すると、転移した先では困った表情のフルールさんが待っていました。
「流石に、申し訳ない事をしたわ」
そして、その先では疲れた様子のスノーさんとキアラちゃんが、めげずに叫んでいました。
「精霊よ!」
「精霊さん!」
「「私と契約してくれ(下さい)!」」
二人が掠れた声で精霊さんに呼び掛けています。
「これは……ちょっとサービスしてあげなきゃ駄目だわ。というか、精霊が憐れんでるよ」
契約するのをフルールさんが止めていたので、精霊がさんたちも契約してあげたくてもしてあげられなかったようです。
フルールさんが言うには、スノーさんたちの周りを励ますように精霊が集まっているみたいですね。
その後、フルールさんが何事もなかったように、精霊が集まった事を伝え、精霊と契約を交わす事が出来たようです。
その事に、スノーさんとキアラちゃんは嬉しそうにしていますが、真実は伝えない方がいいですよね?
きっと、それも優しさだと思います。
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