第96話 弓月の刻、森で平和な時を過ごす
「改めてこの森に来ましたが、雰囲気が全然違いますね」
「そうですね。悪い魔力が流れていない気がします」
僕たちはローゼさんの依頼により、トレントの森へと入っています。
依頼内容は、魔族が使ったと思われる転移魔法陣の除去です。
「私でも、雰囲気が違うってわかるよ。魔力の良し悪しは別として」
「澄んでる。気持ちいい」
最初にトレントの森に足を踏み入れた時、明るいのに暗い雰囲気、悪い物が住み着いているぞって感じでしたが、今は木漏れ日の射す、明るい森、森林浴するに最適な場所って感じです。
もちろんトレントは居ますけどね。
相変わらず近くを通っても僕たちに無関心のようで、木に擬態したままです。
「それで、転移魔法陣の場所はわかるの?」
「はい、わかりますよ」
魔力が澄んでいるという表現ではスノーさん達には伝わりませんでしたが、そんな感じで僕とキアラちゃんはわかります。
キアラちゃんは何となくこっちにあるような気がする、程度みたいですが、僕にははっきりと感じる事が出来ます。
「私も魔力を感じれるようになれればなぁ」
「練習すればきっとできますよ?」
「スノーは多分無理」
「私もそう思うよ」
「向き不向きがありますから仕方ないです」
魔法が苦手な人はとことん苦手なようですが、練習すれば徐々に体に流れる魔力の感覚が掴めてくると思います。
それが、スノーさんには難しいようですけどね。ちょっと強引な方法を使えばその感覚を掴む事が出来ますが、今はそれをしない方がいいでしょう。
下手すれば、その場から動けなくなる可能性がありますからね。また今度提案をしてみようと思います。
そんな雑談しながら森を進んでいきます。
「一応、ゴブリンやオーガの残党がいる可能性もあるので気をつけてくださいね」
今回もトレントが多いので僕は探知魔法を使っていません。
なので、視界の悪い森を五感を頼りに進む事になります。
「オーガが出たら、私がやる」
「まだ本調子じゃないので無理しないでくださいね?」
「わかった。でも、やる」
「シアはかなりオーガに根を持ってるみたいね」
あの夜、4体現れたオーガを後1匹、力及ばすシアさんは倒す事出来ませんでした。
そして、そのまま戦線離脱でしたからね。かなり悔しかったのでしょう。
ですが、万全の状態なら負ける要素はなさそうです。きっと気持ちの問題でしょうけど。
「ユアンまだつかない?」
「はい、もう少し先です」
森に入って一時間ほど歩いています。
近そうで遠い距離に転移魔法陣があるように感じます。
「ユアンさん、まだ、ですよね?」
「はい、もう少しの筈……なのですけど」
そしてもう30分程歩きました。
ですが、相変わらず近そうで遠い場所に転移魔法陣があるような気がするのです。
ちょっと、変ですね。
「ユアン、止まる」
「どうしました?」
「これ」
シアさんが指さしたのは、表面が薄く、刃物で傷つけられたような跡でした。
「これがどうしました?」
「これ、私がつけた」
「シアさんがですか?」
「うん。前の反省活かして、帰り道の目印つけてた」
「シアさん偉いですね!」
前に説教した甲斐がありましたね!
僕は背伸びをし、シアさんの頭を撫でてあげます。
「嬉しい」
シアさんは目を細め、大人しく僕に撫でられています。
この前、説教をしたので、出来たら褒めるのは大事ですよね。
当然、スノーさんとキアラちゃんも……。
「キアラ、この花きれいだよ」
「は、はい!綺麗ですね!」
「誤魔化しても無駄ですからね?」
露骨に話を逸らそうとしていますが、そうはいきませんよ。
「わかってるよ……それで、そのシアがつけた傷がどうしたの?」
「戻って来たってこと」
あぁ、確かにそうなりますね。
前に進んでいれば、戻るためにつけた傷の所に辿り着く筈がないですね。
「って事は、ユアンが間違えたって事かな?」
「そうなるのですかね?」
「ユアンさんもお説教ですね!」
お説教は嫌です!
それに、府に落ちないのですよね。
「ユアンは悪くない」
「どうして?」
「ユアンを頼り過ぎた私達も悪い」
「そう言われると、反論できませんね。私も探れるのに間違いに気付けませんでしたから」
誰も悪くないような気もしますけどね。
「うーん」
「どうしたのですか?」
「いえ、あまりにもおかしいなっと思いまして」
「そう?迷った訳じゃないし、もう一度真っすぐ、曲がらないように気をつけて進めばいいんじゃない?キアラと一緒に方向探りながらさ」
それもそうなのですが、果たしてそれで辿り着けるかと問われると首を縦に振れません。
「ユアン、何が気になる?」
「そうですね。もし、気づかないうちに曲がり、森を一周したとしても、誰もその事に気付かず、この広い森の中を狂いもなく、同じ場所に戻って来れるとは思えないのですよね」
「そう言われるとおかしいかも」
一日中森の中を歩き回ったら、たまたま同じ場所に辿り着くことはありえるかもしれません。
ですが、森に入ってまだ2時間も経過していないのに、ピンポイントでシアさんがつけた傷の場所に辿り着く確率はどれくらいでしょうか?
「可能性は限りなく低い」
「狙っても難しいですね」
「となると、何かしら原因があると思うのですが……」
知らない間に罠にかかった?
「そこまで気づけば、正解でいいでしょう」
「わっ!」
突然、突風が吹き抜け、声が響きました。
「敵」
「キアラ、下がって」
「わかりました!」
3人が戦闘態勢に入ります。
「待ってください、あれは……」
突風により、葉が散り、宙に舞っています。
そして、突風は小さな竜巻となり、舞った葉が竜巻に飲まれていきます。
「いらっしゃい。私の森に」
「フルールさんですか?」
葉の竜巻が治まり、葉が飛び散ったかと思うと、その中からフルールさんが現れました。
「そうよ」
「どうしてここに?」
「お出迎えよ、貴女たちの。だから、いらっしゃいなのよ」
そういえば、私の森にとフルールさんは言っていましたね。
という事は、ここはフルールさんの住処という事でしょうか?
「当たりでもあるし、外れでもあるかな。それにしても、ちょっと気づくのが遅いですね」
「面目ないです」
「まぁ、ユアン達でも中々見破られなかったという事は、まだまだ私もいけるって事ね」
「えっと、もしかして、フルールさんの仕業ですか?」
「そうよ。楽しかった?」
全然楽しくありませんでした。
ローゼさんと契約しているだけありますね、悪戯しようとするところがそっくりです!
「それで、どうしてこんな事をしたのですか?」
「暇だったからが一つの理由。二つ目は試したかったってのが理由でしょうか」
「試す、ですか?」
知らない間に僕たちは試されていたようです。
「ユアン達もだけど、私自身の力をね。暫く表に出ていなかったから、どれだけ力が落ちたのか確認したかったの」
「それで、力が落ちたのですか……」
「多少はね。だけど、あまり変わっていないようで良かったよ」
「それで、他にも理由があるのですよね?」
「ふふっ、鋭いわね」
二つしか理由がないのなら、もう一つはと言うはずです。わざわざ数を増やす必要がないと思います。
「理由を聞いてもいいですか?」
「別に隠す事じゃないからね。そうね、ユアン達は精霊魔法に馴染みがあまりないみたいだから、せっかくだし教えてあげようかなってね」
「精霊魔法をですか!」
「うんうん、キアラは多少は使えるみたいだけど、私の精霊魔法を感知できるレベルまで達していないみたいだしね」
「その通りです……」
なるほど。
僕たちがわからなかったのは、精霊魔法を使われていたのが原因だったからですね。
「といっても、精霊魔法が使えそうなのは、この中だとキアラとスノーだけかな。ユアンとリンシアも使えるには使えるけど、実践レベルに到達するまでは至らないかも」
「私が精霊魔法を?」
「スノーさん凄いですね!」
魔法には適正がありますからね。こればかりは仕方ありません。
覚えれるなら覚えたいですが、実戦レベルに至らないのなら、他の魔法を練習した方が自分の為になります。
「どう、覚える気はある?」
「是非、ご教授願います」
「私も、もっと強くなりたいです!
おぉ!
スノーさんが真剣な表情で頭を下げましたよ。
キアラちゃんの声も力が入っています。
これはかなりやる気があるみたいですね!
「いいわ。なら教えてあげる。ユアン、二人をちょっと借りるわね」
「はい、お願いします」
「転移魔法陣は?」
「この先にあるわ。危険は限りなく低いし、二人でも問題ないでしょう」
「わかりました。スノーさん、キアラちゃん、魔法陣の方は僕たちに任せて、頑張ってきてくださいね!」
「うん、ごめんね」
「すみませんです」
「謝る必要ない。強くなる為」
「そうだね、シア、もっと成長してくるから、体調が戻ったら手合わせをお願い」
「望むところ」
これだからこの二人は困ります。
まだ習得できるとは決まっていないのに強くなる前提でいるのです。
そして、もう模擬戦をする約束までしています。
「私も、もっと役に立てるようになるから待っててくださいね!」
「はい、無理はしないでくださいね」
「うん、もっとみんなをサポート出来るように頑張ります!」
前衛と後衛の違いもあるかもしれませんね。戦う事を第一に置くか、サポートをする事を第一に置くかの差がそのまま出ていると思います。
スノーさん場合は守る為に戦うとサポートよりですけどね。
僕たちはフルールさんに着いて行く二人を見送ります。
「シアさん、僕たちも頑張りましょうね」
「うん。ユアンと二人きり、頑張る」
シアさんと二人で転移魔法陣に向かいます。
さっきと違って、場所がどんどんと近づくのがわかりますね。
恐らく、フルールさんが使った精霊魔法により阻害されていた可能性が高いです。
「この先?」
「そうですよ」
「わかった」
シアさんがぎゅっと僕の手を握りました。
「シアさん?」
「危険かもしれないから」
「そうですね」
手が塞がっている方が危険ですが、フルールさんも危険性低いと言っていましたし、久しぶりにシアさんと二人きりでお散歩しているようなものです。
たまにはいいかもしれません。
僕たちは手を繋ぎながら、暖かな日の差し込む森の中を歩いて行くのでした
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