第95話 弓月の刻、ランクがあがる

 「では、出来れば今日中に依頼を終わらせましょう!」

 「今日中には……無理なんじゃないかな?」

 

 依頼を受けた翌日、昨日の今日ですが僕たちは依頼を受ける為にギルドに向かっています。

 ギルドを通さない事も考えましたが、パーティーの功績に反映されるとの事なので、話し合ってギルドを通し依頼を受ける事になりました。

 

 「慌ただしいですね」

 「色々あった。仕方ない」


 ギルドの出入り口を忙しそうに行き来する人が多く、中に入ると職員さんも凄く忙しそうに動き回ってます。


 「私……冒険者でよかったです」

 「僕もそう思います」


 目の回るような忙しさと言いますが、まさにそれです。

 報酬を受け取るカウンターに、長蛇の列ができ、そのカウンターとギルドの奥へと続く扉を行き来する職員さん。

 原因はあそこみたいですね。

 

 「冒険者だし、報酬の為に頑張っているから仕方ないね」

 

 その通りですね。

 あれだけ頑張って、報酬なしな訳ありませんからね。並んでいる冒険者は明るい表情をしている人が多いので、それなりにいい報酬が貰えるのかもしれませんね。

 僕たちももうすぐ……!

 ですが、僕たちは今日は依頼を受けに来ているので、僕たちが報酬を受け取るのはもう少し先になります。

 先に受け取ってもいいのですが、今回の依頼とまとめて受け取った方が効率がいいですからね。

 なので、僕たちは依頼カウンターに並ぶ事にしました。

 といっても、こちらの方は空いていて、すぐに順番が回ってきそうです。


 「おい、あそこに弓月の殴り魔がいるぞ?」

 「あれが殴り魔か。聞いていたよりも幼いな」


 殴り魔?

 聞きなれない単語が僕の耳に届きました。

 声のした方を見ると、何故か僕の視線を避けるように、顔を背けられます。


 「シアさん、殴り魔って何ですか?」

 「わからない」


 シアさんもわからないようですね。


 「おい、あれってゴブリンやオーガをタコ殴りにしたっていう殴り魔じゃないか?」

 「いや、俺が聞いた話によると、トレントを殴って粉砕したって聞いたぞ」


 へぇ……冒険者の中にはそんな人もいるのですね。けど、トレントが現れた方に僕たち以外の冒険者はいなかったともいますが、冒険者の方にも現れたのでしょうか?


 「あの幼女が殴り魔だってよ」

 「俺もその戦い見たかったなぁ」


 なんだか色んな場所で殴り魔の話題が広がり始めましたね。


 「シアさん、殴り魔ってどの人でしょうか?」

 「わからない」


 気になりますね。僕もそんな人がいるのなら見てみたいです。

 殴り魔っていうくらいですから、きっと魔法使いですよね。話を伺えれば、今後の参考になるかもしれません。


 「ぷっ……」

 「ふふっ……」


 僕がそれらしき人物を探していると、スノーさんとキアラちゃんが笑いだしました。


 「どうしたのですか?」

 「ううん、何でもないよっ」

 「はい、何でもないです……ふふっ」


 二人が笑っています!

 僕を見て笑っています!


 「もぉ、何か知っているのなら教えてくださいよ!」


 二人が笑うのをやめないので、思わず声が少し、少しだけ大きくなってしまいました。


 「殴り魔が怒ったぞ!」

 「やばい、避難しろ!」

 「え?」


 冒険者数人が慌てたように、ギルドから出ていきます。


 「ユアン、脅かしちゃダメだよ」

 「え、僕ですか?」

 「そうですよ、ユアンさん怖がられてますよ?」

 「えぇ!?」


 僕が怖がられてる?

 僕はそれを確かめるように冒険者達を見渡します。

 だ、誰も目を合わせてくれないです……。

 もしかして、さっきまでの殴り魔って……。


 「もしかして、僕の事ですか?」

 「ユアン以外いないよ」

 「あの日ユアンさんは杖でタンザの領主をボコボコにしてましたからね」


 僕はその真実にショックが隠せません。

 補助魔法使いとして、名が多少売れるなら兎も角、殴り魔として知られてしまったのですから。

 

 「シアさん、どうにかなりませんか?」

 「ユアン、私の為に頑張った結果。嬉しい」


 シアさんは喜んでくれてますが、僕は喜べる事ではありません!


 「スノーさん、誤解を解いてください!」

 「いや、無理じゃないかな。事実だし」

 「キアラちゃん……」

 「そんな目で見られても無理だよ……。ユアンさんが杖でタコ殴りにした事はみんな見ていますから」


 そ、そんな……。

 僕は補助魔法使いです。決して、杖を持って魔物と戦うようなタイプではないです。いえ、杖は持ちますが、決してそれで普段から殴ったりするタイプではありません!


 「ま、お陰で弓月の刻の名前も売れたし、いいんじゃないかな」

 「そうですね、ユアンさんのお陰ですね」

 「うん。ユアン、頑張った」

 「嬉しくないですよ!」


 僕が少し声を出すだけで、ギルドが静まりかえります。

 僕、どれだけ恐れられているのですか……。


 「お待たせしました。確か、弓月の殴り魔、ユアンさんでしたね?」


 僕がショックを受けていると、僕たちの番が回って来たようですが、早々にそんな事を言われてしまいます。


 「違います、弓月の刻、リーダーのユアンです!」

 「そうでしたね。これは失礼しました」


 受付の人まで笑います!

 

 「まぁまぁ、冗談ですから。弓月の刻のご活躍は伺っていますよ」


 受付の人はトレンティア初日にお会いした……。


 「カタリナですよ」

 「はい、カタリナさんですね」

 「忘れてましたね」

 「そんな事ありませんよ」


 ちょっと、思い出すのに時間がかかっただけです。そして、思い出している最中に先に名乗られてしまっただけなので、忘れてはいません。


 「今日は不真面目モードですね」

 「不真面目モードって……まぁ、忙しいから、許してくれる?」


 相手に不快な思いをさせないように接するのは疲れますよね。言葉使い、仕草、表情、全てに気を使わなければいけませんから。


 「はい、僕たちもカタリナさんに変に丁寧に接して貰うよりはいいですからね」

 「変にって……」


 キッと鋭い目つきで睨まれてしまいました。

 それに僕は慌ててしまいます。


 「いえ、変な意味で変っていった訳じゃないですよ!」

 「変、変って……まぁ、いいや。それで、今日は依頼?」


 どうにか乗り切ったようです。ため息をつかれてしまいましたけど、乗り切った筈です。


 「そうです、これをお願いします」

 「はいはい……ってまた領主様の依頼じゃない」

 「また?」

 「えぇ、誰がどの依頼を受けたかのかはギルド職員なら把握しているからね。護衛、森の調査に続き、3回目の領主様からの依頼……もういっその事Bランクにあがったら?」


 正確には4回目ですけどね。

 タンザでギルドを通さずにローラちゃんの捜索を頼まれましたから。いう必要はないので言いませんけどね。

 それはそうと、Bランクに昇格ですか……その為に今回もローゼさんからの依頼をギルドに通している訳ですが、あとどれくらいで上がるのでしょうか?


 「その件だが」

 「ギルドマスター!」

 

 突然のギルドマスターの登場にカタリナさんが立ちあがり、頭を下げます。


 「いいから気にするな」

 「わかりました」

 「それより、昇格の件だが、無事に受理されたぞ」

 「え?」


 受理された?コウさんは何を言っているのでしょうか?


 「わからないって顔だな。だから、弓月の刻とそのメンバー、ユアン、リンシア、スノー、キアラルカの4名はBランク昇格が決定したと言っているんだ」

 「Bランクに昇格?」

 「そうだ」


 僕たちがBランクに?

 えっと、でも、Bランクに上がる条件って確か……。


 「Bランク以上の冒険者は貴族の依頼を受ける事が多くなるので、それに応じた試験があると……」

 「そうだが、試験どころか実戦で示した筈だ。ローゼ様の護衛、調査。どちらも不備はなかったと報告がきている」


 ローゼさんが報告!?

 また、裏でそんな事を……。


 「ですが、Bランクは高ランクの魔物を相手する依頼も増えますので、実力を示さないとダメですよね?」

 「今回、街の防衛で活躍したのはどこのどいつだ?」


 あの戦いはみんな頑張りましたし、最後はローゼとフルールさんに持っていかれました。

 僕たちがやれた事は些細な事です。


 「少しは自覚を……いや、自信を持て。あの戦いの立役者が間違いなく弓月の刻だ。

 北の戦いでは、騎士を指揮し、トレントの襲撃を防ぎ、南の戦いが窮地に陥った時、そこに駆け付けたのも弓月の刻だ。

 ユアンの補助魔法、リンシアの殲滅能力、スノーの指揮、キアラルカの正確無比な弓。どれも評価に値する活躍をみせた事に間違いはない」


 僕たちはそこまで評価されていたみたいです。

 その証拠に……。


 「ユアンの回復魔法で俺は生き延びられた」

 「そうだぞ、俺はリンシアちゃんの援護で助かった」

 「私は、スノー様に助けられました……お姉さまとお呼びしてもいいですか?」

 「エルフの嬢ちゃん、覚えていないかもしれないが、嬢ちゃんの弓が俺を殺そうとしていたゴブリンを射貫いたんだ……ありがとう」

 

 知らない間に多くの冒険者を救っていたみたいです。


 「僕は覚えていませんが、そうだったんですね」

 「うん、ユアンは杖振り回してたからね」

 「ユアンさんを止める方法を考えながら戦うのは大変だったよ」


 う……余分な事を言わなければ良かったです。

 

 「という訳だ。ここでお前たちを評価しなければ、他の冒険者も評価はできない。それでもいいのなら昇格の件は反故するが、どうする?」


 ある意味、昇格しなければ、他の冒険者の評価もなしと脅されていますね。

 ですが、僕たちの答えは決まっています。


 「まだまだ、足らない所はありますが、僕たちは昇格したいです」


 Bランクの実力が足りないというならば、Bランクに恥じない実力をつければいいだけです!

 きっと、僕たちならそれが可能だと思えてきます。


 「わかった。では、正式な手続きをしよう。ギルドカードを提出してくれ」

 「わかりました」


 僕たち4人、弓月の刻はギルドカードを提出します。


 「特別に、俺が直々に更新してやろう」


 別に、誰でもいいです。とは言えませんので、僕たちは大人しくギルドカードを更新して貰います。

 コウさんがギルドカードを水晶に翳すと、水晶とギルドカードが光輝きます。


 「ほら、これはユアンのだ」

 「ありがとうございます……あれ、色が変わりました?」

 「そうだ。そんな事も知らないのか?」

 「はい。高ランクのギルドカードは見た事ありませんでしたので」


 僕が知っている高ランクの冒険者は、火龍の翼の人達とグローさんくらいです。

 その時にギルドカードは見ていなかったので違いがあるとは思いませんでした。


 「Bランクから冒険者の評価は一変するからな。ギルドカードを見た奴に、何よりも自分自身に高ランクだという自覚を持ってもらう意味がある」


 ギルドカードの色が黒から赤に変わり、浮かび上がるBという文字。

 僕が、僕たちがBランクですか……嬉しいような、そうでないような不思議な気持ちになります。


 「私がBランク……ついこの間まで駆け出しのDランクだったのに……」


 キアラちゃんも僕と同じでちょっと複雑そうですね。

 キアラちゃんはタンザの街からトレンティアまでローゼさんを護衛した事でDランクからCランクに上がったばかりです。

 それなのにもうBランクになった訳ですから、複雑な気持ちになるのは仕方ないと思います。

 今までコツコツ頑張ってきたのは何だったのかとなりますからね。


 「シア見て見て、私もBランクだよ」

 「知ってる。みんなそう」

 「わかってるけど……シアは嬉しくないの?」

 「嬉しい。ユアンとお揃い」


 スノーさんは純粋に嬉しそうですね。

 今は皇女様直属の騎士という肩書を忘れ喜んでいるようにもみえます。

 シアさんは、相変わらずですね。僕もシアさんとお揃いで嬉しいですけど。

 シアさんだけではなく、スノーさんとキアラちゃんと一緒なのも嬉しいです。

 そして、僕たちのパーティーを認められたのが何よりも嬉しいですね!


 「よし、これで正式にお前たちはBランクパーティーだ。だが、Bランクなら言ってしまえばだれにでも到達できる地点だ。Aランクへの道は険しく厳しい。くれぐれも己の力に慢心せず、精進するように」


 そうです。

 僕も知っています。

 Aランクは選ばれた、数少ない者だけが辿り着けるランクです。

 BランクとAランクの差は埋められない程の隙間があるようです。

 

 「まぁ、弓月の刻なら確実にいつかはAランクに届くと俺は信じているけどな」

 「プレッシャーをかけないでくださいよ」

 「それくらい跳ねのけろ。そうじゃなきゃ、Bランクですらやっていけないからな」

 「精進します」

 「そうしてくれ。それと、報酬だが……これから依頼を受けるのだろう?それとまとめて用意する方がこちらとしては有難いのだがどうだ?」


 僕たちが話をしている間も受け取りカウンターでは慌ただしく人が行き来しています。


 「そうですね。僕たちはそれで構いません」

 「わかった。そのように手配をしておく。ついでに依頼の方も俺の方で手続きをしておこう」

 「助かります」

 「構わない。だが、これはBランクに上がって初の依頼だ、くれぐれも浮かれずに依頼を遂行してくれ」

 「頑張ります!」


 今日この日、僕たちはBランクにあがり、Bランクの弓月の刻として、初の依頼を受けました。

 依頼内容は、トレントの森に残された、転移魔法陣の確認と除去です。

 もしからしたら、転移魔法陣から魔族が現れる可能性もあり、見つけていないだけでそこを守る魔物もいるかもしれません。

 

 「弓月の刻、頑張れよ!」

 「お姉さま、頑張ってください!!!」

 「幼女万歳」


 僕の事を殴り魔と呼んだり、スノーさんがお姉さまと慕われたりとありましたが、僕たちは冒険者たちに見守られ、調査に向かいます。

 幼女万歳は聞こえなかった事にします。

 キアラちゃんが、可哀想ですからね!

 決して僕の事ではないと思います。僕は将来立派に成長する予定ですからね!

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