第94話 弓月の刻、ローゼさんの屋敷に再び向かう

 「よく来たの」

 「いらっしゃい」


 前回と同様、ミストが迎えに来てくれ、馬車に揺られローゼさんの館まだやってきました。

 そして、前回と同様にメイドさんに迎えられ、館へと入ります。

 前回と違うと言えば、そのまま前に食事をした場所に連れていかれた事と、出迎えてくれる中にフルール様が混ざっている事ですね。


 「この度はー……」

 「よいよい、時間が惜しい、座ってくれ」


 口上を述べようとするとすぐに遮られ、席に案内されます。ちなみに案内してくれるのがフルール様なのでちょっと緊張します。

 何故緊張するのか……キアラちゃんに聞いた所、精霊にも階級があるようで、下級、中級、上級とクラスがあるようです。

 下級精霊は人と会話をする事はできませんが、意志の疎通ができ、中級となると動物や魔物のような姿をしていて、会話ができるそうです。

 そして、上級ですが……遥か長い時を経た精霊のみがたどり着くと言われているクラスで、高い知能、高い魔力と人間では辿り着くことが難しいと言われている力を持っているそうです。

 中には精霊をも凌駕する化物じみた人が存在するみたいですけどね。

 なので、そんな方がまるでメイドのように僕たちに接してくれているのです。緊張しないわけがありません。


 「さて、食事をしながらになってしまうが、構わぬか?」

 「はい」

 「すまぬのぉ、儂もちっとばかし忙しくてのぉ」

 「お母さま、忙しいのは私と夫ですよ。お母さまはほぼ引退した身ではありませんか」

 「そうじゃったかのぉ?まぁ、忙しい事には変わりあるまい、何せこやつが構えとうるさくてのぉ」

 「約束しかたらね」


 ローゼさんがフルール様をちらりと見ると、その視線に気づいたフルール様がすかさず笑顔で返します。


 「では、まずその事からお聞きしていいですか?」

 「こやつの事かの?」

 「はい……それと、ローゼさんのあの姿の事です」

 

 あの日の夜、ローゼさんは若返り、フルール様と共に操られた冒険者を倒しました。

 その事がわからない事ばかりなのです。

 もちろん、秘密とあれば聞きはしませんが、教えて貰えるなら知りたいと思います。


 「そうじゃのぉ……ユアンはエルフを知っておるな?」

 「はい、仲間のキアラちゃんがエルフです」

 「うむ、では……私はエルフかな?」


 ローゼさんの姿が、あの日みた若返ったローゼさんの姿へと変わります。


 「いえ、違うと思います」

 「そうね、私はエルフではない。でも、精霊魔法が使える。ユアンはそこが気になっているんじゃない?」

 「そうです」


 キアラちゃんが言いました。

 精霊魔法はエルフが使える固有魔法だと。正確にはエルフの血を持つ者が……あっ。


 「わかったみたいね。私はエルフではない、だけどエルフの血を引いている者。つまりは?」

 「ハーフエルフ?」

 「正解よ」


 エルフと人間との間に出来た子供がハーフエルフと呼ばれているのを僕は聞いた事があります。

 

 「スノーさんは知っていましたか?」

 「ううん、私も知らなかったよ。まさかローゼ様がハーフエルフだなんて……」

 「という事は……ロール様もロールちゃんも同じく……」

 「そうよ、正確にはこの街に住む者の大半がハーフエルフ。元々、トレンティアはハーフエルフが集まった村から発展した街だったの」


 人間と見た目が変わらないので全然気づきませんでした……。


 「えっと……何故、私達エルフと共存をしなかったのですか?」

 「簡単よ、エルフは高潔な種族。という認識が高いからね、謂わば人間の血が混ざった私達はエルフにとって忌み子なのよ」

 「そんな……」


 キアラちゃんがショックを受けています。


 「そんな落ち込むことはないぞ。中には儂らを同胞とし扱ってくれるエルフもおった。じゃが、儂らがそれを拒み、この村を……街を作ったのじゃからな。そして、儂らは辺境を守る事を引き換えに、ルード領に所属する事を許され、今に至るのじゃよ」


 おばあさんの姿に戻ったローゼさんがキアラちゃんを慰めます。

 ローゼさんは今の姿、話し方の方が落ち着きますね。本当の姿じゃないとしてもです。

 

 「ですが、同じエルフとして恥ずかしいです」


 自分たち種族が酷い事をしていた事実にキアラちゃんが顔を歪めて俯きます。


 「そう思ってくれる者がおるのは嬉しいのぉ……なぁ、ユアン?」

 「はい、そうですね?」


 何故僕に?


 「ユアンも同じような経験があるのじゃろ?」

 「ふぇ?」

 「帝都の方ではまだ黒髪の獣人の差別はひどいのじゃろ?」


 あぁ、僕の正体はローゼさんにお見通しって事ですね。


 「そうですね。ですが、優しくしてくれる人は沢山いました。それに、この見た目だからこそ、仲間に恵まれたのだと思います」


 僕は久しぶりに、髪につけた魔法道具を外し、黒髪に戻します。

 僕はこの黒髪を隠す為に、一人で行動し、誰とも組まずに旅をしてきました。

 一人だったからこそ、今の仲間に出会えたのです。普通の髪でしたら、他の誰かとパーティーを組んでいたかもしれませんからね、


 「わぁ!ユアンお姉ちゃん、黒天狐様だったんですね!」

 「黒天狐様ではないですが、僕の見た目はこれが本当ですよ。ローラちゃんは嫌じゃないのですか?」

 「ううん、綺麗な髪だと思いますよ!」


 ローラちゃんも嫌がらずにいてくれます。それどころか、席を立ち、僕の髪を触ってきます。


 「キアラよ、そういう事じゃ、儂もハーフエルフだからこそ、大事にしたいものが出来たのじゃ、だからお主が気にする事はないぞ」

 「はい、そうですね」


 キアラちゃんがようやく顔を上げます。まだ、自分の中で整理が出来ていないようで、いつものような明るさはありませんが、さっきまでの悲痛な表情よりはマシになっています。


 「そういえば、ローゼさんの旦那様はいらっしゃらないのですか?」

 

 ハーフエルフもエルフの血を引いているので長命らしいです。ですが、この場にローゼさんの旦那様は見た事はありません。


 「それはのぉ……」

 「あ……」


 もしかしたら、聞いてはいけない事だったことかもしれません。軽率な質問をしてしまった事に僕は気づきました。


 「儂は結婚をしておらぬのじゃ」

 「ふぇ?」


 旦那様は亡くなった、っと返って来るのかと思いましたが、予想外の言葉に僕は間抜けな声を上げてしまいます。


 「で、でも、娘のロール様がいらっしゃいますよね?もしかして、養子とかですか?」

 「違いますよ、私はお母さまの娘です」

 「そうじゃ、ロールは確かに儂の娘じゃよ。儂はそう思っとる。儂の肉体から生まれた訳じゃないにしろな」


 肉体から生まれていない。

 それじゃ、まるで……。


 「そうね、強いて言うなら、ロールは私とローゼの子供かしら?」

 「ど、どうやってですか!?」

 「ユアンが驚くとは思わんかったが……ユアンお主はどのようにして生まれたのじゃ?」


 僕がどうやって生まれたのか。


 「それは、わかりません。物心がついた頃には孤児院にいましたので、父の顔も、母の顔も知らないです」

 「そうじゃったの。あ奴ら、割といい加減じゃのぉ」

 

 あ奴らとローゼさんは言いました。

 その言い方だと、何かを知っているような言い方です。


 「ローゼさんは、僕の両親の事を知っているのですか?」

 「知っておるぞ。無駄に儂も長く生きているからの。それに、ロールを生む方法を教えてくれたのもお主の両親じゃしな」

 「えぇぇぇぇ!」


 驚かずにはいられません!

 僕は、立ち上がりそうになるのを抑え、その先をローゼさんに聞きます。


 「僕の両親は、どんな人なのですか?」

 「とっくに気づいていると思っとたが……黒天狐と白天狐じゃよ」

 「あ、やっぱりそうなのですね」

 「そこは驚かぬのか」


 何となくそう思っていましたからね。

 もし、二人が両親なら、僕の見た目と使える魔法にも納得いきますので。


 「僕は、ロール様はどうやって生まれたのか伺ってもいいですか?」


 察してはいます。察しているからこそ、真実を知りたいと僕は思い、我慢できずに聞いてしまいます。


 「魔力溜まりじゃよ」

 「やっぱり魔力溜まりですか……」


 シアさんと出会った街の宿、翠の憩いで聞いた話を思い出しました。

 魔力溜まりから魔物が生まれる。

 そこから僕が生まれたのじゃないかと。


 「そんな事が可能なのですか?」

 「可能じゃから、こうしてロールが生まれておる。まぁ、儂らでは10年ほどの月日を費やしてしまったがの」


 10年もですか!?


 「儂らじゃからな、黒天狐と白天狐ならそこまで時間はかからんじゃろ。あ奴らは無駄に魔法と魔術の扱いに長けておったからの」

 

 時間の問題は兎も角、実際に魔力溜まりから生まれたロールさんがいます。

 僕もきっと、魔力溜まりから生まれ、両親は白天狐様と黒天狐様なのでしょう。


 「どうして、僕は孤児院に預けられたのでしょうか?」

 

 そして、生まれてすぐに僕は孤児院に預けられました。どうして、僕は両親に捨てられたのか知りたいと思ってしまいます。


 「ユアンよ、何事にも事情はある。捨てられたと思うのは間違いじゃよ」


 僕の心を読んだかのように、ローゼ様が言います。


 「ですが……」

 「生まれた事には理由がある。それは、自分で理由を作ることも出来るし、求められる事もある。ユアンは、今幸せか?」

 「幸せです。シアさんもスノーさんもキアラちゃんも一緒にいます。一緒に旅をして、戦って、休んで、笑っていられますから」

 「うむ、ならそれが全てじゃ。それに、そのうち生きておれば両親に会えると思うぞ?」

 「本当ですか?」

 「今は何処に居るのかはわからぬが、儂らはあ奴らからお願いされたからの、いずれ此処にくる子供達をよろしくってな」


 ローゼ様が黒天狐様たちに任された?


 「驚くのも無理はないが、真実じゃ。儂とユアンが出会った事は、運命であり、黒天狐たちの望みでもあったのじゃよ。理由まではわからぬが、実際にそうなっておるじゃろ?」

 「そうですね」

 「孤児院に預けられた理由が知りたければ、いつか出会う二人に直接訪ねるとよい、きっと運命が二人に引き合わせてくれるじゃろう」

 「そうですね……わかりました、いつか、その時に聞いてみたいと思います」


 僕の行動が操られているとは思いませんが、本能として此処に辿り着くように行動していた……のかもしれません。だとすれば、本能に導かれるまま行動すれば、いつか二人に会えるかもしれません。

 

 「私も聞きたいことがある」

 「何かの……まぁ、魔力溜まりの事じゃと思うが」

 「そう」

 「私もちょっと気になるな」

 「私もです」


 シアさんだけではなく、スノーさんもキアラちゃんも魔力溜まりが気になるみたいですね。


 「魔力溜まりから、子供出来る。魔力が少ないとダメ?」

 「そんな事はないぞ、魔力は魔力溜まりを使うから問題ない。必要なのは、魔力溜まりと複雑じゃが、それ専用の魔法陣と本人たちの血だけじゃ」

 「血ですか?」

 「うむ、ロールが儂の子と言えるのも、儂の血を魔力溜まりに流し、それを媒体として魔術によりロールが生まれたからな。黒天狐と白天狐が言うには髪などの体の一部でもいいようじゃがな」


 自分の血を引き継いでるから、自分の子と言えるのですね。

 けど、それだと自分の分身と変わらないような気もしますね。自分の血で作られた子供なのですから。


 「そこで、私の出番ね」

 「フルール様のですか?」

 「様はいらないわよ。そうね、この方法だと、ユアンが思った通り、ローゼの生き写ししか生まれない。それでもいいと言うのなら作れない事もないでしょう。だけど、そこに私の血も混ざればどうかしら?」

 「二人の血を受け継いだ子が生まれると思います」

 「そういう事、だから、ロールは私とローゼの子なのよ」

 

 それなら、二人の子とも言えると思いますね。


 「勉強になった」

 「そうね、魔力が少なくてもいいなら私達にも可能ね」

 「そうですね!」

 「皆さんも子供が欲しいのですね」


 一体誰との子が欲しいのでしょうか?

 まぁ、いずれは僕も子供というのには憧れます。その気持ちはわからなくはありませんが、まずは落ち着いた生活が出来るようになってからですね!


 「それじゃ、そろそろ本題に移ろうかの」

 「本題ですか?」

 「うむ、依頼の件じゃよ」

 「忘れてました!」

 「ふぉっふぉっふぉ。ユアンらしいのぉ……それで依頼の件じゃが……」


 食事を頂きながら、ローゼさんに依頼を頼まれました。

 その依頼を承諾し、明日にでも早速取り掛かろうと思います。

 その後、雑談を交え、食事を堪能させて頂きました。

 フィリップ様が騎士団の魔法使いに身体能力向上ブーストを教えて欲しいとお願いされ、それも承諾し、異様なまでに喜んだりと一幕ありましたが、楽しく食事をしました。

 最後に、今日の食事はフルールさんが作ったと言われ、盛大に驚かされ、ローゼさんにしてやられましたけどね。

 それでも平和な時間が戻ったのだと、実感したのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る