第80話 弓月の刻、トレントの森で魔物に出会う

 キアラちゃんが呟いた、魔族、というその声は全員の耳に届いたようで、全員がキアラちゃんの方を向きます。


 「魔族ってあの魔族?」

 「いえ、確信があるわけではないです」


 魔族と言えば龍神様の話にも出てきた種族ですね。

 人間よりも保有する魔力が多く、世界の北側に領地を持ち、暮らしている種族です。


 「どうしてそう思ったのですか?」

 「魔法陣が召喚魔法の魔法陣だったからです」


 僕も展開されていた魔法陣に見覚えがありました。改めて魔法陣に近づき、解析すると、キアラちゃんの言う通り召喚の魔法陣に間違いないとわかります。

 召喚魔法の魔法陣には特徴がありますので。


 「私がエルフの村で暮らしている時に召喚魔法を教わりました。教わった相手は同じエルフの人なのですが、その人は魔族の人から召喚魔法を教わったと言っていました」

 「そうですか、これはエルフが使う魔法文字だと思っていたのですが、魔族の人が使う魔法文字なのですね」


 魔法文字は種族や地方によって特徴が違います。

 僕たちがチェリーと呼ぶ果物が倭の国ではさくらんぼと呼ぶように、呼び方、発音、文字が違います。

 

 「はい、これは魔族の人の文字だと教わりました」

 「だけど、キアラが召喚魔法を使えるように、他の種族も召喚魔法を使えるのよね?」

 「そうですが、魔族の召喚魔法には特徴があると言っていましたので」


 同じ魔法陣を使った魔法でも扱う者によって効果は変わりますからね。

 魔力の質、量が違えば同じ回復魔法使ったとしても得られる効果が変わるのと同じです。


 「溶けた事」

 「シアさんの言う通りです」

 「魔族の召喚獣は死ぬと溶けるって事?」

 「正確には違うようです。ゴブリンの死体を見ればわかりますが、角だけは残っていますよね?」


 ゴブリンの死体は既にありませんが、それがいた証明になるように、角だけは溶けずに残っています。


 「あれは、角をゴブリンに植え、潜在能力を強制的に引き出したのだと思います」


 要は魔物の改造って事ですね。

 角を手に持つと、ビリビリと弱い電流が手に流れます。

 魔法に対して抵抗レジストした証拠ですね。


 「……みなさんは触らない方がいいですね」

 「ユアン、何かわかったの?」

 「はい、角には魔力が込められています。しかも、良くない魔力です」


 角を回し、角を解析すると、魔法文字が彫られている事もわかります。


 「魔力に良い悪いなんてあるの?」

 「ありますよ。これには闇魔法が付与されています。効果は奴隷の首輪のように、強制的に命令を実行させる事が出来ますね」


 闇魔法が悪い訳ではなく、闇魔法を使ったその効果が悪いといった感じですね。

 その他にも僕がシアさんによく使う、身体能力向上ブーストのような効果が刻まれています。

 しかし、その効果には代償が必要です。


 「角が装着した者の魔力を吸い上げ、効果を増す事が出来ますが、魔力が尽きた時は……」


 死ですね。

 人間は大丈夫かもしれませんが、魔物の体は魔素が必要と言われています。

 魔素がなくなれば、魔物は生きる事ができないです。人間に流れる血と同じような感覚でしょうか。


 「扱いは慎重にって事ね」

 「はい、なのでこれは僕が預かっておきます」


 どちらにしても、僕は荷物持ちの担当ではありますけどね。

 収納魔法に、倒したゴブリンの角を収納し、魔法陣を壊します。

 これで、この魔法陣は使えなくなります。

 

 「他にも魔法陣があるかもしれませんが、まずは報告にー……」


 街に戻ろうと提案した時でした。


 「ゴァァァァァァァァァ!!!」


 地響きのような、大きな叫びが森に響きました。


 「な、なんですか!?」

 「どこから聞こえたの!?」


 森全体に響いたせいで方向がわかりません。しかし、こんな時に頼りになるのがシアさんです。


 「あっち」


 シアさんの耳があらゆる角度に動き、一点の方向に向いたまま止まりました。

 そして、その方向を指さします。


 「向かいますか?」

 「任せる」

 「リーダーの方針に従うよ」

 「私もです」


 判断は僕に委ねられます。


 「そうですね、放置も出来ませんし、向かいましょう」

 「わかった」

 「ですが、危険と判断した時はすぐに撤退しますので、準備は怠らないでくださいね」


 撤退するのにも準備が必要です。

 逃げる方向、殿、その援護とただバラバラに逃げる訳にはいきません。

 無事に全員で逃げる為にも協力が必要ですので。


 「急ぎます。シアさん、先導をお願いします」

 「任せる」

 「絶対に一人で行かないでくださいね。キアラちゃんを後ろにつきますので、それに合わせてください。スノーさんは最後尾をお願いします」

 「わかりました」

 「後ろからの襲撃は任せて」

 「はい。撤退の際はスノーさんを先頭に、僕とキアラちゃんが入れ替わる形になりますので、スノーさんは道を覚えてください。来た道を戻ります」


 短い打ち合わせをし、僕たちは急ぎつつ、慎重に進む事にしました。

 

 「シアさん、もう少し速度下げてください」

 「わかった」


 シアさんの足は速いですからね、少し速度をあげられるとついて行くだけでも体力を消耗します。

 ついたときに息切れし、そのまま戦闘なんて笑えませんからね。

 

 「止まる」


 シアさんが、足をとめ身を屈め、腕を横に広げ止まれの合図を出しました。

 シアさんと同じように身を屈め、シアさんの横に移動し、先の様子を伺います。


 「冒険者達が戦っていますね」

 「満身創痍」


 冒険者が血を流しながら、魔物と戦っています。

 いえ、戦いというよりは蹂躙ですね。

 見た感じ3メートル近くある人型の魔物がいたぶるように冒険者に攻撃を仕掛けています。

 魔物の手に握られているのは、大振りの大剣。人が扱うサイズではないので、魔物専用に作られた剣だと思われます。

 魔物の攻撃を冒険者は辛うじて防いでいますが、攻撃を受け止める度に数メートル吹き飛び、足をがくがくと震わせながら立ち上がるのを繰り返しています。

 魔物の周りには既に魔物にやられたと思われる冒険者たちが転がっています。

 ですが、探知魔法で探ると、青い点が映し出されます。まだ生きているようです。

 

 「トレントは動く様子はありませんね」

 

 トレントと思われる赤い点が多く、僕は直ぐに探知魔法を切ります。


 「助けにいく?」

 「ユアン次第」


 僕は少し考えます。

 冒険者は自己責任です。

 危険を冒して、助けにいく義理はありません。

 が、僕の答えは決まっています。

 考えていたのは戦いの方針です。


 「助けましょう。一撃で決めたいので、シアさんお願いします」

 「任せる」


 魔物の周りに人がいるので、下手に混戦になると魔物に踏みつぶされたり、攻撃に巻き込まれる可能性がありますからね。


 「一撃で倒せない場合は、シアさんとスノーさんは守りに徹してください。キアラちゃんはその援護を。僕は冒険者を癒しつつ、避難させます」

 

 僕の方針に3人が頷き返します。

 出来れば、シアさんの一撃で決まってくれればいいのですが。

 

 「行く」


 身体能力向上ブースト付与魔法エンチャウント【斬】、防御魔法を身に纏ったシアさんが、飛び出しました。

 目で追えない速さまで加速したシアさんは一瞬で魔物との距離を詰め、空中から魔物の首へと剣を振り下ろします。

 同時に僕たちも動き出します。

 そして、シアさんの一撃は。


 「ガァ?」


 間抜けな声を漏らした魔物の大剣に受け止められました。

 魔物も何が起きたかわかっていないようです。意識して防いだというより、身体が勝手に動いたといった感じです。

 これは……。


 「シア、その剣は魔剣だ!」

 

 誰でしたっけ、タンザで戦った……。

 

 「恐らくアズールの魔剣と同じ効果がある!」


 そうでした、アズールです。

 自動防御オートディフェンスの効果を持つ魔剣を武器にしていた皇子の騎士団の人です。


 「わかってる」


 シアさんは魔物から一度距離をとり、再度斬りこみます。

 それと同時に、スノーさんも魔物に接近し、2方面から同時に魔物を攻撃しました。

 そして、スノーさんの攻撃が防がれると同時に、シアさんの攻撃が魔物へと襲い掛かります。

 

 「ぐがっ!」


 アズールと違って、避ける事は出来ないようでした。シアさんの剣が深々と魔物の背中を斬り裂きます。


 「浅い」

 「十分だよ」


 ぼたぼたと緑色の血が地面を濡らします。

 致命傷には至りませんが、魔物にダメージを与える事に成功しました。

 これで、少しでも動きが鈍ってくれれば有利に戦いを進める事ができます。

 しかし、次の瞬間、僕たちは驚愕する事となります。

 魔物の角が怪しく光ると、魔物の傷が塞がり始めました。


 「再生持ち!?」


 傷を自ら癒す魔物は存在します。

 回復魔法が得意な魔物だったり、ゴーレムなど土や岩から作られた魔物は周囲の物質から体を補填する魔物はいます。

 ですが、回復魔法使った様子もなく、目の前の魔物は傷を癒しました。


 「面倒」

 「だね」


 傷が完全に塞がった魔物を見て、二人は認識を改めたようですね。

 これまでに戦った魔物で一番厄介な相手だと。

 さて、再生を持つ魔物相手にどう戦いましょうか。

 そんな事を考える僕たちを見て、魔物は薄っすらと笑みを浮かべた気がしたのでした。

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